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何も考えない、必死に

時間が少しでも余ると、何かして暇を凌ごうとする方は多いだろう。私もそうだ。電車での暇を消すためにnoteを書いていると言っても過言ではない。

手を動かしていないと理由もなく不安になる。というか頭が無駄に回って、やる必要のないことが生み出される。時間をドブに捨てる作業が始まる。全てが無駄ではないが、結果として有益な時間まで奪いかねないだけに困ったりする。

この前ネットの占いであるが自分の心に刺さる言葉があった。

願いや叶えたいことはあるでしょう。しかしその理想を思い浮かべるのでなく、何も頭には思い浮かべず、ただ月を眺めましょう。脳内を空っぽにしてただ月を見ましょう。

この言葉だ。明日(6/14)は満月だ。満月や新月には特別な力が宿るために、願い事を叶えるのに適していると言われる。

ないよりはあった方がマシと思って、これまで私は満月・新月のたびにとりあえず願い事を言った。(自分でも何を願っていたか忘れているが)

その度にわざわざ考えを巡らさないといけないため、少し面倒に感じていた。そもそも願いは自分で叶えるものだから、忘れない限りは大丈夫だろうと思っているくらいだ。


ただ占い系のサイトに書いてあった、無心になって月を眺める、この行動には不思議と惹かれるものがあった。

無心になって月を眺める。

この行動は簡単に思えるようで高難易度である。私はヨガの時に瞑想を行っているが、1、2年経つ今でも無心でただ座る、この行動が実現できていると思えない。できているようで結局何かを考えている。考えていないと思えば、自分の意識に集中していることになる。永遠に思考から抜け出せない。

ただ瞑想に取り組むと雑念や煩悩と言われるものが少し減っていくのを感じる。心なしか頭が軽くなる。


明日、私は雨ではあるが月があると思われる方向に向かって無心で眺めてみようと思う。願いが叶うかは知らないが、頭の中にある余分なものは排除できそうだ。

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