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Katana



どうも。
木曜日担当の、そーかいです。



なぜ、木曜日担当のぼくが
火曜日に書いているのか。



それは、
先週の木曜日に書くことができないまま、
TAIDENのnoteは
休止期間に入ってしまったからです。



申し訳ないです。



遅くはなってしまいましたが、
わっせから頂いた素敵なお題、
「木漏れ陽」について書き残そうと思います。









最近のぼくは、ひどく疲れています。


仕事が終わり、
買った晩御飯を食べる気力もなく、
ベッドで朝を迎え、
また夜のコンビニへ。


負のループから抜け出せず、
頬は痩け、腹は凹み、目は虚に、心は黒く。


仙台で出会った人たちの中で、
最も心を許している美容師の方に
「顔つき変わりましたね」と心配されるほど。



「木漏れ陽」について書こうとしても、


柔らかい温度あるものが、
脳の中に入ってくることができないよう
蓋を閉じてしまっているように、
何も頭に浮かばない。




そんな中、



なぜか今日、



ふと頭に過った音楽がありました。




耳を澄ますと、微かに、聴こえる雨の音
思いを綴ろうと、ここに座って言葉探してる
考えて書いてつまずいて、消したら元通り
12時間経って並べたものは、紙屑だった。

君に伝えたくて、
巧くはいかなくて、
募り積もる感情は、膨れていくだけ。
吐き出すこともできずに。

今、ぼくの中にある言葉のカケラ
喉の奥、鋭く尖って突き刺さる
綺麗じゃ無くたって少しずつだっていいんだ

この痛みをただ、

カタチにするんだ。

 by スキマスイッチ from 『ボクノート』




虚勢と見栄でつくりあげられた
ぼくは、なんかこう、とてつもなくダサい。
そんな自分がすごく嫌い。


口だけが達者になり、何も力を持たず、
自分を許してくれる人にだけ甘える。



芯が無い。

薄い。

力が無い。




強く、そう感じます。



そして、稀に
このような醜さを外に見せたときに
寄り添ってくれる人に対しても


「どれだけ温かい言葉をくれようが
 結局は自分の力で変えるしかない」と
また殻に篭る。






至って真面目に、惨めですね。







山形県村山市にて
「居合道」を学ぶ機会がありました。



居合道は、決して自らが先に動くことはない。


最も強い者は、刀を抜かない者。



他にも、多くのことを教えて頂いたのですが、
その中でも特に心に残ったことがあります。



それは、




侍、そして日本人にとって
「刀 / katana」は
心であり、魂であったことです。



日常の所作においても、
すぐに刀を抜くことができるか否かが意識され、
人の右側に立つか、左側に立つかで、
相手とのヒエラルキーが示される。
刀至上主義の世界。


つまり、


侍にとっての「刀」は
ただの武器ではなく、信仰の象徴でした。




ならば、




ぼくにとっての「刀」は、何を指すのだろうか。







納得できる答えを見つけるまでは、死ねない。







立ち上がれ

死んでも譲れないものがある

振り向くな

後ろに道は無い、突き進め

 by THE BACK HORN from 『刃』





文:そーかい




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