(短編小説)禿げ頭の小人たち

わんこ(兄)よりお送りします。

 僕が登下校する際に決まって通る高架下のトンネルがある。そのトンネルの真ん中あたりには地蔵が祀ってあった。そこで事故や事件が起きたという話は聞いたことがない。あるいは僕がこの世に生まれていなかった十七年以上前に何かが起きたのかもしれないが、少なくとも今は特に変な噂も聞かない。そのトンネルで幽霊を見たことも無論ない。
 僕は神や幽霊などというものは信じていなかった。テレビでやっている小人なども迷信だと思っていた。そんなものは動画加工か写り具合でそう見えるだけだと思っていた。
 幽霊がいないことを証明してみたい、という衝動にかられたのはお風呂につかっているときのことだった。僕は幽霊を見たことはないが、見たくないわけではなかった。むしろもしいるのならばその姿を写真に収めてツイッターで拡散してやりたい、と思っているぐらいのものだった。
 実験の方法はすでに考えてあった。使うのはそう、冒頭で話したあの地蔵である。
 といってもペンキを塗ったり壊したりなどという乱暴かつ取り返しのつかないことはしない。ちゃんとリカバリーがききそうな実験を考案した。
 それは地蔵の頭に白いネットをかぶせるというものだった。この白いネットは排水溝のところにつけるのに使うやつである。これをつければ地蔵の寂しい頭にも華が出るだろう。地蔵がただの石像ならば、ネットをかぶせたところで何も起こったりはすまい。もし何かたたりがあったとしてもそれを動画に収めてしまえばツイッターに上げられる。そしたらきっとそのツイートはバズるに違いないのだ。
 翌日、高架下の地蔵のところにやってきた。人目がないかを確認した後、地蔵にネットをつけた。つけてみてそれは大成功だということがわかった。地蔵は優しそうでご利益のありそうな神様から一転して、白いネットを被っている間抜けな坊主になったのだ。かぶせたのは僕とはいえ、面白かった。
「なにしてるの?」
 急に声をかけられて僕は驚いた。振り向くと、女子学生が僕の方を見ている。ぱっと見、同じくらいの年代のように思えた。
「いや、その・・・・・・」
 地蔵にいたずらをしていました、とは言えなかった。かといって言い逃れができる状態ではなかった。言い逃れするにしてもこんなふうにおどおどした様子をしていたら、なにもしてないと言っても信じてはもらえないだろう。
 ついさっきまでは面白いことだと思っていたいたずらが、今ではばかなことをしたようにしか思えなかった。どうしてこんなくだらないことを考え付いたのだろう、と過去の自分を責めたくなった。
 僕は地蔵の頭の上のネットを取った。
「ご、ごめん」
 僕は小さな声で謝った。謝るとほぼ同時にきびすを返して僕は逃げ出そうとした。
「私に謝ってどうするのよ」
 女子学生が後ろでそう言うのが聞こえた。
「待ちなさい、ひどい目に遭うわよ」
 さらに続けて女子学生がそう言うのが聞こえたが、僕は無視して逃げ出した。
 女子学生の言葉が気になって、その日僕は周囲のものにおびえながら生活する羽目になった。もしかしたら天罰が下るかもしれない、と考えてのことだった。
 一日中、なんであんな馬鹿なことをしたんだろうと悔やんでいた。我ながら不思議でしょうがなかった。幽霊がいるかどうかを確かめるためだけに地蔵にいたずらをして同年代の女子に叱られるなんて、恥ずかしいこともあったものではない。しかもそれで天罰までくだったら笑い話では済まない。僕は心の中で何度も地蔵に謝り続けた。
 結論から言えば地蔵の天罰など何もなかった。ついにベッドに入るまで、僕は怪我一つすることもなかったのだった。何もなくてよかったと安心しながら僕は眠りについたのだった。


 夢を見ていた。頭をマッサージされている夢だ。僕は施術台の上にあおむけに寝かされている。僕の頭をお団子ヘアの女性がマッサージしてくれている。その女性の顔はわからないけれどもなぜだかきれいな人だと思う。
 頭皮に一瞬痛みが走った。ついで髪の毛が抜けていくような感覚がした。
「ん?」
「お客様、だいぶ髪の毛がおありでらっしゃいますね。抜いちゃいましょう」
「え、だめだめだめ! 何言ってんの」
 ぷちぷちぷちぷち。
 うわあああああ!
「はっ! 夢か・・・・・・」
 僕はそこで目を覚ました。
 だが不思議なことに髪の毛が抜ける感覚は続いていた。それだけじゃない。髪の毛のところで何かがわさわさと動いているのが感じられた。しかもそいつはいやに大きかった。
 びっくりして僕は飛び起きた。僕は明かりをつけた。それから枕元に特大のゴキブリでもいるんじゃないかと思って枕もとの方を見た。
 枕元にいたのはゴキブリなどではなかった。三人の小人たちだった。小人たちの頭は禿げていて、灰色のスウェットみたいなものを着ていた。顔を見てそれがおじさんだとわかった。小人たちの大きさはおよそ消しゴムくらいに見えた。しかも全員同じような姿と大きさをしていた。
 僕はこのとき叫ぶことすらできなかった。どうしたらいいのかわからなくてただ固まっていた。そもそもその小人は実在するのか、という問題もあった。それは僕の幻覚なのか、それとも実在するものなのか、それすらわからなくなっていた。
「キキキ」
「ケケケ」
「クケケ」
 小人たちは笑いながらベッドから飛び降りて、ベッドの下の闇へと姿を消して行った。
 小人がいなくなってしばらくしてから、僕は出て懐中電灯と武器を探しに部屋を出た。そして懐中電灯と三十センチ定規を手に持って戻ってきた。包丁を持ってくるのはよした。さすがに殺すつもりはなかった。
 僕はおそるおそるベッドの下を覗き込んだ。しかし小人たちは見当たらなかった。
 それから三十分くらいかけて部屋中を探し回ったが小人は見つからなかった。探しているうち、あれだけ小さかったらどんな隙間にでも隠れられそうだし、見つけるのは困難だという気がしてきた。それで探すのはやめた。
 夜中の二時だしそろそろ寝なければ、と思ってベッドにもぐってみたものの、ちっとも寝付けなかった。ベッドの中にいると小人を見たときの恐怖がフラッシュバックしてきて落ち着かなくなった。それだけでなく、また小人がやってきて僕の目玉をつぶしたりしてきたらどうしよう、などと不安になってしょうがなかった。
 それでもいつの間にか僕は眠っていて、気が付いたときには朝の七時だった。しばらくまどろんだあと、二度寝しようともう一度目をつぶった。目をつぶっている間、学校のことや支度のことを考えていた。そして寝ぐせのことに思い至ったとき、小人に髪の毛を抜かれていたことを思い出した。
 僕は飛び起きて枕もとを確認した。そして愕然とした。枕元には驚く量の髪の毛が落ちていたのだ。落ちている髪の毛は昨日よりもかなり増えているように見えた。
 きっと僕が眠っている間に奴らが引き抜いたに違いない。僕はまだ高校二年生だ。AGA治療などとはあと二十年くらいは縁がないだろう。脱毛なんてものが起こるはずがなかった。
 僕は抜け落ちた髪の毛をかき集め、ごみ箱に捨てた。ゴミ箱に捨てるときはどうにかしてそれらを頭皮に戻したい衝動に駆られた。しかし戻せるわけもないことはわかっていたのでおとなしく捨てた。
 それから僕は学校に行った。学校へ行く途中、それと学校へいる間、さらには学校から帰ってきてからも僕はいろいろと調べ物をした。
 そうして調べてみたところ、僕が見たような小人の目撃証言自体は結構あるようだった。中には僕がみかけたのと同じようなものを見ている人もいた。その人は体験談で、小人においっ、と声をかけられたという。
 ほかにもいろいろな体験談を探してみたものの、そのどれもが信ぴょう性にかけていた。小人の写真や動画を撮ったものは誰もおらず、どの話も裏付けがとれなかった。
 またみんな小人を見たと言うばかりでその追い払い方を知っている者は誰もいなかった。大半の小人は目にしたとたんどこかへ消えてしまうようで、追い払うも何もないようだった。僕のところに出てくる小人のように執拗に悩ませてくるものはないようだった。
 そこで僕は次に、小人とはそもそもなんなのかを調べてみることにした。
 小人にはコロボックルやゴブリンなどといった妖精の類であるとする情報が多かった。しかしそれらの伝承で語られている存在は体のサイズが人の膝丈ぐらいまであったりして、僕の見たものに比べるとあまりに大きすぎた。
日本には小人の伝承がないようだった。
 小人の正体すら不明なまま帰る羽目になるのではないか、と不安になった頃、僕はある一つの情報に行きついた。それは幽霊は自分のサイズを変えられる、というものだった。幽霊には実体がないので、意思に合わせて大きくなったり小さくなったり、あるいは頭だけの姿になったりすることができるというのである。
 これが真実であるかどうかは定かではない。しかし現時点ではあの小人が小さくなった人間の霊と考えるよりほかに仕方がなかった。
 そこで僕は幽霊を祓う方法を調べた。その結果、僕は不動明王真言なるものを見つけたのだ。
 この不動明王真言を唱えると不動明王の力で霊を追い払えるというのだ。この不動明王というのは邪悪な霊を追い払ってくれる仏様らしい。
 お祓いの道具も買わず、お経を唱えるだけで追い払えるというのならこれほど楽なこともないだろう。
 僕は早速部屋に入ると、部屋の真ん中に胡坐をかいて座った。スマホで真言を載せてあるサイトを開くと、スマホを膝の上に置いた。そして手を合わせた。
「ナウマク サンマン ダバザラダン センダ マカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カン マン・・・・・・」
 僕はスマホに写し出された真言を何度も繰り返し読み続けた。静かな部屋の中に僕の声による真言が響き渡った。唱えている間、こんな声を両親に聞かれたりしたら恥ずかしい、とか自分は何をやっているのだろう、というようなことを考えていた。
 そのときふいに髪の毛をものすごい力でぐいっと引っ張られた。僕は思わず悲鳴を上げた。そして髪の毛をつかんでいる何かを振り払おうとしゃにむに手を振った。
「キキーッ」
 あの小人の声だった。
「なんだこのヤロウ!」
 僕は怒号を発して、小人を叩き潰さんばかりに自分の頭をばしばしたたいた。
 後ろを向いてみると、小人がこちらに背を向けて逃げている姿が見えた。だがそれも一瞬のことで小人たちは箪笥の裏に姿を消してしまった。
 僕は箪笥の裏を覗き込んだ。しかし暗くてよく見えない。僕は部屋に置いてある懐中電灯を持ってきて箪笥の裏を照らしてみた。ついでにスマホで動画も撮影しようとビデオモードを起動した。しかしそのころにはもう小人はいなかった。
 僕は落ち着いて起こったことを分析してみた。どうやら不動明王真言を唱えられることをやつらは嫌うらしい。しかし追い払うほどの力はないようだ。また真言が効くことから考えると、やつらが幽霊であることは間違いないだろう。
 やつらが突然湧いて出た理由が、僕にわからないはずがなかった。あの地蔵にいたずらをしたからに他ならないだろう。地蔵にいたずらをしたちょうどその日の夜に現れたうえに、やつらの頭は地蔵と同じ禿げ頭である。これで関係ないと思うほうがどうかしている。 
 それまでその可能性について真剣に考えてこなかったのは、単純に認めたくなかったからだった。何もないと思っていた地蔵が、僕になんらかの影響力を持つということを認めるのが怖かったのである。認めなければ天罰から逃れられると思っていた。しかしやはりそうはいかなかったということである。
 お供え物でもしてみようか。そして地蔵の前でもう一度ちゃんと謝れば今度は許してくれるかもしれない。
 翌日、僕は小さなサイズのポテトチップスを地蔵の前にお供えした。そして手を合わせた。心の中で、
「ごめんなさい。もう二度とこんなことはしませんからハゲにしないでください。お願いします」
 と祈った。
「ようやく会えたね」
 聞き覚えのある声がそう言った。振り向くと、前に僕を注意してきたあの女子学生だった。
「あ、うん」
 僕はひどく気まずい思いをした。先日、僕のしていたところを見られたうえ叱られたということがあって、目を見ることすら難しかった。
「どう、あれからひどいことになってない?」
「ひどいこと?」
 僕は知らないふりをした。小人の話などしても信じてもらえないと思っていたからだ。
「お地蔵様に手を合わせてるってことはやっぱりひどい目に遭ったんでしょ」
 お互いの名前も知らないのにこの女子学生はどんどん質問してくる。僕としてはなんともやりにくい気がした。それでもそっけなくするのも悪いと思って話を聞くことにした。
「まあ、ちょっとだけ」
「お地蔵様に手を合わせても収まらないと思うよ、それ」
 女子学生は言った。
「なんで?」
「んー・・・・・・私を家に連れてってくれたら治まると思う」
 知らない人を家にあげたくはない。
「いや、まず手を合わせても意味がないのがなぜなのかを教えてよ。あとなんで君を家に連れて行かなくちゃいけないのかも」
 僕は若干女子学生のことを気味悪く思い始めていた。意味の分からないことばかり言うし、そもそもどうして僕にこんなに構ってくるのかもわからなかった。ただ地蔵の頭の上にネットをかぶせただけなのに。
「理由は言いたくない」
「なに、言えないの? もしかしてあれなの、小人が見えたとかなんとかみたいなオカルティックなことを言うのが恥ずかしいの?」
 僕はおどけた風に言ってみた。
「へえ、小人のこと見えてたんだ。じゃあ話が早いね」
 すると話が思わぬ方向に向かって行ってしまった。
「いや、待ってよ。僕は小人が見えるなんて一言も言ってないよ」
「はっきり言うけど」
「いや、聞けよ」
 こちらが見てないって言ってるのに女子学生は強引に自分の話を続けた。
「地蔵にいたずらをしてるあなたのことを三匹の小人が見ていたの。で、あなたが歩き去っていくあなたの肩に乗っかっていったわ。でも今は肩にいないからどこかへ行ったか、あるいは家にい続けてるんだと思うんだけど」
 僕は驚愕した。そんなことがあったなんて思いもよらなかったのだ。つまるところ、あれは地蔵の天罰などではなかったのだ。
 しかしなぜ小人は僕についてきたのか。いや、今はそんなことを考えている場合ではなかった。この女子学生に小人のことを話す気にはなれなかった。もしかしたらからかわれているだけかもしれないのだから。真剣に取り合う意味などないような気がした。
「・・・・・・小人なんて知らない」
 僕はそれだけ言って歩き去ろうとした。
「今日、ここで待ってるから。あなたのことを助けてあげる」
 僕はその言葉を無視して歩き続けた。
 あんな女とは二度と関わらない、そう強く決めたはずだった。しかしほんの数歩歩いたところで不安になり始めた。あの女子学生は僕と同じものを見ていたのではないか、という気がしてならなかった。女子学生の助言を無視して一生小人に髪の毛を抜き続けられるのは嫌だ。そんなことになったら高校を卒業しないうちにハゲになってしまう。それは嫌だった。
 僕は立ち止まった。それから元のトンネルのほうへダッシュで戻っていった。女子学生はまだ地蔵の前に立っていた。
 僕は女子学生の前に立った。
「本当に助けてくれるの?」
「うん」
「連絡先を教えるよ」


 女子を家にあげるのはこの女子学生が初めてだった。幸い両親が共働きなのでとやかく言われることはない。ただ、女子の目から見てはたしてこの家や僕の部屋がどういうものなのかわからなかったので不安だった。一応きれいにはしているもののダサくて汚い部屋、などとは思われたくはなかった。
「どこに小人がいるかわかる?」
 女子学生は僕の部屋に入るとすぐにそう尋ねてきた。
「いや、姿を見つけて追いかけようとしてもすぐどこかへ消えちゃうから」
 動画をツイッターにあげて、などと思っていたくせにスマホを取り出す余裕すらなかったくらいだ。
「追いかけたりなんかするからだよ。怖がって隠れちゃったんだと思うよ」
 僕のせいとでも言いたいのか。だが仕方がないではないか。あんな気味の悪いものが部屋にいたら追い払いたくなるのが当たり前だ。他にどうしろというのか。ポテトチップスでもあげてかわいがってやれとでも?
 いろいろ思うところはあったが、僕は黙っていることにした。何を言っても言い訳にしかならないような気がした。
「まずは呼び出すわ」
 女子学生は学生鞄から鈴を取り出した。赤色の紐の先端に丸っこい金色の鈴がついているようなやつだ。女子学生はそれを鳴らした。しゃらんしゃらん、と軽やかな音が響いた。
 鈴の音が四、五回響き渡ったあたりで、おずおずと小人がたんすの裏から姿を現した。鈴の音色に引き寄せられてきたのだろうか。
 小人の一匹と目が合ったような気がした。そのとたん、小人たちはキーキーわめきだした。僕はそれを黙って見ていた。そのときの僕は緊張していたのだ。ほんの少しでも不用意なことを言ったりしたりしてしまったら小人が逃げてしまうのではないか、と不安になっていた。
「キーキー」
 女子学生は小人の声に耳を傾けるように静かに小人の方を見ていた。やがて女子学生は口を開いた。
「怒ってはないみたい。なにか伝えたいことがあるみたいで・・・・・・」
「キーキー」
「ああ、うらやましかったみたい」
「なにが?」
「地蔵にあなた、髪の毛をお供えしたでしょ」
「いや、してない。僕がしたのはネットをかぶせただけだよ。君も見たじゃないか」
「ところが彼らにとってはネットじゃなかったの。あれが白い髪の毛の代わりに見えたのね」
 そう見ようと思えばそう見えなくもないだろうが。
「だからこの子たちも髪の毛が欲しくてあなたについてきたみたい」
「そんなことある?」
 髪の毛が欲しいと言ったって、幽霊なのだからもう生えてこないしかつらもつけられないではないか。
「もしかして髪の毛を抜いたのはその髪の毛を自分につけようとしたってこと?」
「キーキー」
「ううん、違うわ。あなたがハゲになれば願いに気づいてくれるだろうって思ったって言ってるわ」
「気づかないよ! 僕がハゲになって終わりだよそれ」
「とにかく髪の毛をあげなきゃ」
「抜け毛ならゴミ箱に捨てちゃったけど」
「あなたのじゃ大きすぎる。布を小さく切ってかつらの代わりにするのよ」
「布?」
「黒とか白とか、髪の毛っぽい色のやつをかぶせてあげれば満足すると思う」
 そんなことでいいのか、と思ったが僕に何がわかるわけでもない。小人のことなんて少しも知らないのだから。ここは黙って女子学生の言う通りにしておくべきだろう。
「わかった」
 僕はなくなってもいいと思う黒い服を取り出して、はしっこをはさみで切った。布を切手よりも一回り小さいくらいの大きさで、三枚分切り抜いた。
「それを小人たちの前に置いて」
 僕は言われた通りにした。僕が近づくと小人はすこしざわついたが、離れようとはしなかった。僕はかつらを置くとすぐさま手を引っ込めた。
 実体がないのにかつらがかぶれるのか、と僕は思った。しかし小人たちは僕の心配をよそにかつらを拾い上げて被るしぐさをした。実際にかつらが持ち上げられたわけではない。小人の手はかつらをすり抜け、小人は存在しないかつらをかぶっただけだった。
 ところが被るしぐさをしたとたん、小人たちの頭にふさふさの髪の毛が現れたのである。どういう原理でそうなったのかはわからないけれども、ともあれそこに禿げ頭の小人はいなかった。そこにいるのはふさふさの黒髪を手に入れた小人たちだった。
 小人たちは互いの姿を見合って嬉しそうにキーキー鳴いた。
 それから小人は女子学生のほうを向いて手を合わせた。その直後、小人たちの体がふわーっと浮いていった。それは不思議な光景だった。高いところに登れば登るほど姿が透けていくのだ。ガラス細工のように透明になったあたりが見える限界だった。そのあとは小人の姿が見えなくなった。
「終わったの?」
「うん」
 女子学生はうなずいた。
「今日はありがとう」
 僕は言った。
「別に。大したことはしてないから。ただ一つだけ言いたいことがあるんだけど」
「なんでも言って」
「多分これからもいろいろ視えちゃうと思うけど無視していいと思うから。つらかったら神社とかいけばいいと思うけど」
 その一言に僕は不安を覚えた。これからもあんな変な奴らに付きまとわれたりするのを想像しただけで気分が落ち込んだ。今回はたまたま女子学生に助けてもらったが、このまま別れてしまったら助けてはもらえない。
「あの、よければ連絡先を交換してくれないかな。また相談したいことがあったらいろいろ教えてほしいから」
 ほぼ初対面でいきなり連絡先を聞く(それも彼女からすれば特に関係ない人間である僕が)ということがぶしつけな行いであることはわかっていた。けれどもあんなヘンテコなやつらに出会ったまま誰にも助けてもらえない日々を過ごすのはあまりに嫌だった。
「いいよ」
 ところが女子学生は僕のお願いに対して嫌な顔ひとつせず応じてくれた。あまりにも軽くOKをもらえたので思わず拍子抜けしてしまった。だがこんなお願いまで聞いてくれたのだから僕は彼女に感謝しなければいけない。無償で助けてくれて、しかもこれからも相談に乗ってくれるというのだから、ものすごくいい人に違いないのだ。
 連絡先を教えてもらった後、僕は彼女に何もお礼をしないのはきまずいと思った。
「今日はありがとう。なんか、僕にできることがあればなんでも言ってくれれば」
「何もしなくていいよ。もう帰りたいから」
 僕は自分が不用意に女子学生を引き留めていたことを思い出した。これではまるで下心があるみたいではないか。僕は急に申し訳なくなってしまった。
「あ、うん。今日はありがとう。うん、もう帰っても大丈夫だよ。うん、ありがとう」
 いつか恩返しできるようにならなければいけないな、そう思いながら僕は彼女を家から見送った。

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