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「マイ・祈祷」をみつけよう

僕にとって、文章を書くことは「祈り」だ。

ひとに会い続けることも、本を読み続けていることも、苦悩を聴き続けることも、そして、こうして誰かの目に触れ続けることも。すべては「祈り」だ。

それが何か直接的に、僕の人生に大きな変化を与えるわけではないかもしれない。とくに価値観が一新されるわけでもないし、急に特殊能力が身につくわけでもない。すごく儲かるわけでもないし、それがすごく沢山の人に読まれるわけでもない。

ただ、それを100万回繰り返したさきでは、確実になにか大きな糧になっている。そう思えるし、そう納得している。そして、100万回繰り返すことができると思えるし、実際できるし、そう納得している。それが祈りだ。だから祈りだ。

祈りとは、来世にやっと届くものだ。祈りを捧げている。その自覚がなくなった時が来世だ。祈りは、明日に実らない。それでいい。そう納得した、そのずっと先。そのずっと先を見ることができる人間だけが、祈りを捧げ、そして救済に辿り着くことができる。

来世に、まだ見ぬ明日の明日に、すべてを捧げられるか?それが祈れる人と、そうでない人の差だ。そして、それが祈れる人にしか到達しえない、その領域へと踏み込めるかどうかの差だ。


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すべての目的は「からの?」に対して完全な解答を持てない。「からの?からの?」と追っていくと、必ずどこかで虚無にぶつかる。勉強するのは何のため?良い大学に行くため?何のため?優良企業に就職するため?何のため?良い給料をもらうため?何のため?生きるため?何のため?.....死ぬため?

だから祈らなくてはいけない。祈りを持たなくては生きていけない。いずれは必ず。どこかで虚無にぶつかるから。

目的の目的は、いつも虚無だ。だから、祈らなくてはいけない。祈りとは、まだ見ぬ何かを見るため、目的そのものを見つけるために、虚無に向い続けることだ。何もわからない、虚無を虚無のままにして、虚無にすべてを捧げ続け、そして、救済を待ち続けるものだ。

来世はきっと、やってくる。それは現世のうちに必ず。まるで来世のような現世の訪れ。それを待つ。ここなら来る。この祈りなら届く。そう納得できる。そして、続けられる。それが祈りの条件だ。来世をここまで、引き寄せる。それが救済だ。救済されるには、ただ祈るしかない。祈るしかないのだ。

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さて、なにをどう祈ったらいいのだろう。今回はそれを「マイ・祈祷」と名付けることにして、どんな「マイ・祈祷」を持ち、どのように祈っていけばいいのかについて、今考えていることを、ここに書いていく。

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(投げ銭とんできてた)

まだまだ答えは出ていない。あやふやのままの祈りを、まさに祈りとしての文章で捧げる。来世になったら、わかるでしょう。

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