【消えたミチロさん】…19歳

僕には「ミチロ」さんという叔父さんがいる。

母の兄で沖縄育ちの温厚な性格で、少し変わった人だ。
「ミチロ」とは愛称で本名は光弘(みつひろ)さん。
ただ、叔父さんは子供の頃から親や兄妹からミチロ、ミチロと呼ばれていたので本人も自分の名前を「ミチロ」だと思っているようで、役所の書類の名前を書く欄に「道路」と書いたことがあるらしい。

ミチロさんは、僕が子供の頃はよく家にきてお酒を飲みながら色々と遊んでくれた。
僕だけでなく、僕の上にいる2人の兄ともよく遊んでくれたので、3兄弟は皆ミチロさんのことが好きだった。
特に長兄は僕らが生まれる前から遊び相手をしてもらっていたので、誰よりもミチロさんに対する気持ちは強かった。

そんな優しくて人気者のミチロさんは、僕が中学生になる前に、失踪してしまった。

理由はわからないがとにかく連絡がつかなくなってしまったのだ。
ただ、母はそんなに気にしていない様子で
「どっかで元気に暮らしてるんじゃない」
と呑気に言っていた。
もしかしたら僕ら子供には言えない事情があって誤魔化していたのかもしれない。

母がそんな感じなので、僕も別にたいして気にしていなかったのだが、長兄はショックだったようで、気にしていない呑気な母とそのことで口喧嘩になることもあったようだ。

僕が17歳の頃、ミチロさんがどうやら都内某所にいるらしいという情報が入った。
今思えばどんな情報網でそれが伝わったのか全くわからないが、とにかく所沢にいるらしかった。
それでも母は探しには行かずに
「生きてて良かった」
と呑気だったので、また長兄と口喧嘩になっていた。

それから、そこにいるらしいという情報だけを手に入れて2年が経過した。
僕は19歳になり、ミチロさんと会えなくなってから10年近く経っていた。
長兄も家を出て、家族でミチロさんのことをあまり話さなくなったある日の夜、母がいきなり
「今日ミチロを駅前で見たんだよ」
と言い出した。

まるで
「今日あんたの友達と街で会ったよ」
みたいな、当たり前のようにサラッと言ったのだ。
僕は当然
「えっ!?いつ?」
と驚いたのだが、母は落ち着きながら続けて
「朝、朝、朝だよぉ」
と、まるでミチロは朝見るものでしょみたいに言ってきた。
「お母さんが仕事に行く時、駅前で工事しててそこの交通整備してる人が、ミチロっぽいなぁって思って声かけたらやっぱりミチロだったのよ」
「それで?連絡先は聞いた?」
「聞いてない」
「なんでっ?」
「急いでたから、そのまま電車乗っちゃった」
呑気にも程がありすぎだ。母は約10年ぶりに再会した自分の兄との会話を、仕事に遅れるといけないからという理由で早々に打ち切ったのだ。
「でも明日もいるらしいから、明日会ってくるよ」
明日もいるはずだった人が居なくなったから、こんなにも会えなかったのに何を言ってんだこの人は、と思った。

それから母はミチロさんと話し合い、実家で同居することになった。
母、次兄、僕、ミチロさんの4人の共同生活だ。
同居してみてわかったのだが、ミチロさんは仕事かお酒かパチンコか週刊少年ジャンプしかやらない人だった。
1週間を毎週その繰り返しで生きていた。

子供の頃に遊んでくれていた叔父さんは大人になっても一緒に遊んでくれるわけではなかったのだ。

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