ルーシィ・リヴィングストンの日常④

承前

数階建ての建物が軒を連ね、旗や看板が競うようにしてひしめきあう職人通りの狭い空が、ふいに青く開ける。明るい色の石畳の先、巨大な噴水が水のカーテンを広げ、昼の陽光を受けて淡い虹を作る。街の中心部にして市民の憩いの場・モナーブルグ中央広場だ。

噴水の根元に屋台を構えるコロッケ屋台は今日も繁盛しており、職人通りの錬金術工房の一つ・アトリエRの住み込み見習いであるモランス君が、いつもの仲良し三人組で揃ってコロッケをかじっている。今酒場に行けばお熱にしているメイドに会えるぞと教えてあげれば喜ぶだろうか。なんとなく腹がたつのでそのまま通り過ぎる。 

前衛的なポーズの巨人をかたどった人体彫刻の下では、うさぎの耳を持つ女性楽師・ナタさんと、帽子を目深に被った吟遊詩人(歌っているところを見たことはないが)・ラークさんが弦楽器のセッションをし、絵描きのフュシャ君が通り掛かった人の似顔絵を描いている。


音楽コンビの評判は上々で、狐耳の女性冒険者・ツクモさんが投げ込まれるおひねりの全てをアクロバットにキャッチし、それはそれとして拍手と歓声を浴びている。フュシャ君の方はと言えば相手を怒らせてしまったようで、ほっぺたのヒゲをめちゃくちゃに引っ張られて涙目になっている。せっかくのツヤツヤ毛並みが台無しで、不憫だ。

日差しが強く照りつける広場に貴重な日陰を作る植栽を剪定するのは、庭師のボブさん。寡黙な職人だ。ワロス芝園からの出張だろうか。芝刈り機を高枝切り鋏に持ち替えて、脚立の上で汗を拭く。わたしに気づくと、軽い目礼。シブい。わたしも会釈で返し、邪魔をしないようその場を離れる。

露天市が並ぶ一角に、新鮮な果物が色を添える。郊外で果樹園を経営する美人母と、名物四兄弟の呼び込みも賑やかだ。一言挨拶をして行きたいが、先ほどそれでジルティアさんに気を使わせたばかりだ。遠巻きに通り過ぎることにする。

しかしお子さんの方に見つかってしまったようで、四人同時にこちらに手を振り駆け寄ってくる。マズイと思った次の瞬間、先頭を走る「桃」シャツの男の子が後ろの三人を巻き込み派手に転倒、四人のうち三人の頭がもげ落ちて転がった。無事だった「栗」シャツの男の子とお母さんがアロンアルファを手に大騒ぎをするという惨状を尻目に、わたしはそそくさと退散することに決めた。

広場を後にしようとしたわたしを追いかけるように、豊かな頭髪を特徴的に固めた(リーゼントと言うらしい。イカす。)男の子が駆け寄ってくる。イカす髪型の上には小さな旗。強面の頬を赤く染めて大きくこちらに手を振るのだが、距離があり過ぎてわたしにまで声が届かない。

業を煮やして更に近付こうと駆け出した彼の頭上を刈り取るように、どことなくぞんざいな感じのする人影がどこからともなく現れ宙を舞う。「やぁ僕モナップ」と聴こえたような気もするが、よくは分からない。イカす彼は、自分の頭上に立てた旗が無くなっていることに気がつくと、先ほど現れたぞんざいな感じの人影と追いかけっこを始めたようだ。楽しそうなのはいいが、意味がわからないのは困る。

たびたび目にするイカす彼だが、いつもこの調子でまともにコンタクトが取れた試しがない。いつかその髪型について、意見を交わしてみたいのだけど。

中央広場の喧騒が遠ざかる。わたしは一度振り返り、噴水にかかる虹をまぶたの裏側に焼き付けるように、ゆっくりとまばたきをした。

***

大きな通りから外れて住宅街へ。生活用水の流れる水路に沿って歩けば、終点は城壁の向こう、教会のある森へと繋がる。

水路の向かい側、若い女性が欄干にもたれて頬杖をついている。人を待っているのだろうか。退屈そうに眺める水面を傾いた黄色い陽の光が跳ねると、眩しそうに顔を上げ、わたしと目が合う。


彼女が笑顔でこちらに振る手、その薬指に、きらりと光る素朴なかがやき。手を振り返す。

***

次話

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