伊勢貝マモルの終活②
――お天道様に向かってまっつぐ、生きていりゃあよぉ。
いいことの一つや二つ、必ずあるもんだ。なぁ、マモル。
だから、まっつぐに胸張って生きろ。寂しくっても、貧乏くじでもよぉ。
なぁ、マモルよぉ……――
「……爺ちゃんを、嘘付きには出来ねぇもんな」
目に浮かぶ臨終の際の無念の形相を、遺影の笑顔で上書きしようと努める。両親のものは残っていない。遺影も、上塗りしたい記憶も。
『マモルよ、貴方を導きましょう』
「茶化すつもりならぶっ飛ばすぞお前」
仏壇に向かうマモルの背後、装いも新たに女神が姿を現す。後光と見えたのは剃り上げられた禿頭の照り返しで、腰まで伸びていた美しい金髪は見る影も無い。
『いや、ビジュアルの選択を誤ったかと。仏教徒でらしたんですね』
「問答無用でテメェの命取ろうとする奴に神聖だろうが仏性だろうが感じてたまるか」
『誤解があるようですねマモル!とはいえ貴方の現世への執着、その一端は理解できました』
瞬きのうちに頭髪を再生した女神が得意げに言う。
『転生は現世で報われたのちに。春日井 杞乃代(コノヨ)さん……ですか、ふふふ。可愛らしい方ですね』
名前を耳にしただけで、マモルの険しい顔に血の気が差す。
『まぁ、あんまり上手く行きすぎてもそれはそれでこの世への執着になりかねないので、良いとこワンナイトラヴで』
「知ってたが最低だよなお前」
『安心なさい、女神に不可能はありません!例えば彼女の住所、家族構成、主な交友関係、よく行く喫茶店、こないだ読んでた漫画!』
女神が叫びながら手を振りかざすと写真や情報が空中に描き出され、マモルは慌てて目を逸らす。今のところ全て既知の情報だが、邪悪な死神を介して個人情報を不正に受け取るなど……
『私には全てがお見通しなのです!次に何を当てて見せましょう?』
「いらねぇよ!……だが、もしも、もしもだが。」
これくらいは確かめてからにしても、"まっつぐ"から外れはすまい。
「その、彼女に、もうすでに相手が居るのか居ないのか、とか……」
『ん?わかりませんよそんなの』
「は?」
そもそもさっきの情報はどうやって仕入れたのか。
『私は心を読めるのです。女神ですから』
「じゃあ、彼女の心読んでくりゃ一発じゃねぇか」
『彼女の心なんて読めませんよ。貴方のなら読めますけど。ほら、今は貴方についてますから』
マモルは先ほどの情報が全て既知のものであったことを思い出した。『女神に不可能はありません』という誇らしげなセリフが脳内で虚しく反響する。
「お前、他には何ができんの?」
『主にトラックを暴走させたりとか、鉄骨を落としたりとかですかね』
「頼むから何も手出しすんなよお前」
まぁ、この出会いもなにかのきっかけではある。死神が役立たずである方が、妙な誘惑に駆られることもない。
マモルは既に肚を決めていた。たとえ報われなかろうが、いつものように"まっつぐ"ぶつかるだけだ。
◇◇◇
『……おのれ、女神リーネめ……』
しかし、そんな彼らを影から伺う恐るべき存在があった。ふつふつと煮える闇から漏れる憎悪に満ちた呟き。
『異世界からの勇者転生、この手で必ず阻止してくれる……!』
やにわにかき曇った空に雷鳴。呪わしき独白をかき消すように。
『この我――魔王ルヴァーナがな!』
Illustration by しゃく◆wSSSSSSSSk
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