戦え!ダシガライダーピンク!④

承前

膨れ上がる光は闇をしらじらと染め上げ、潜るわたしたちをも追い越して深く、見渡す限りの遠くまで染み渡っていく。立ち止まってはならない。彼の自己犠牲を無駄にしてはならない。

光と共に、「サーセン」とかいうやたらとノリの軽い謝罪が聞こえた気がしたが、よくわからない。わたしたちの周囲に影が形を成すことは既になく、それが頭上に残った二人の活躍によるものなのは明らかだった。

視界いっぱいに広がる闇が、不意に光を照り返す。目指す水底ではあり得ない。わたしとライダーさんは速度を緩めて立ち止まる。眼下の光景からわたしが連想したのは、夏の嵐の夜に見上げる積乱雲。そして、先程エンキドゥさんの前で感じた、総毛立つ様な疎外感だった。

否定、拒絶、懐疑と排斥。世界の不寛容が、形を成してわたしたちの道行きを阻みにかかっている。

「『これ以上はマジでNG』だってよ。どんだけヤバい事なんだろうなコレ。」

ちょっと、「世界に認められたハッピーエンドに横槍を入れて台無しにしてやろう」というだけのことなのに、随分と狭量なことだ。

「知ったこっちゃないがな!こりゃあもう、物理でぶん殴って突っ切るしかねぇ。《ゼクター》、持ってきてるんだろ?」

わたしの返事を待たず、腰を落としてベルトに手を添え「変身!」と気合の一声。途端にライダーさんの身を包むハリボテのコスプレが眩く輝き出し、"本物"の迫力を放ち始める。

ライダーさん。彼は単なるコスプレヒーローショーの支配人兼主演役者という訳ではない。その実態は、悪の科学者による恐るべき人体改造によって超人的な力を与えられ、脳改造の代わりに悪辣なる薬物に精神を侵された哀しき改造人間、ダシガライダーその人なのだった。

ハリボテ衣装に身を包むコスプレ軍団。しかし振り返ってみれば、ライダーさんは本物の改造人間であるし、レクティアさんは本物の吸血鬼だ。ソーリーマンさんはよくは知らないが、風貌といい纏う空気といい只者ではなかったし、実際この海の影を鎮めてみせた。結局、ニセモノなのはわたし一人だけということになる。

ただこの世界には、そうしたニセモノの猿真似にすら力を与えるすべが存在する。その名を錬金術という。

わたしは錬金術製の甲虫型デバイス《ゼクター》をベルトに装着。『HENSHIN』という電子音。模倣が、遠い世界の英雄の文脈が、戦う力をわたしの全身に漲らせる。それは借り物の力。しかし、確かな力だ。

ダシガライダーピンク。錬金術師エンキドゥ・エンキドォによるマスクドライダーシステム試作第1号。"厨"──稚児じみた夢が可ならしめた、わたしの変身。

「合わせろピンク、二点同時突破だ。……ライダぁぁぁ……!」

ライダーさんが身を沈め、力を漲らせる横で、わたしは淡々とベルトのデバイスを操作する。『3.2.1.』と電子音。


「キィーーーック!」

『RIDER KICK.』


闇に解き放たれる二本の力の矢。タキオン粒子によって加速する世界の中で、わたしは力の手綱を握ろうと苦心する。闇よりなお黒々と渦巻く不寛容の雲塊が凄まじい速度で──主観的には遅々とした速度で、しかし確実に迫ってくる。突き抜けられねばどうなるだろう。わたしはいつか読んだ、積乱雲の中に浮かぶ都市にまつわる物語を思い出す。嵐に巻き込まれた主人公達は雷の道を通り首尾よく都市にたどり着けた。だが…

ふと横を見ると、ライダーさんの姿がない。

首を振り向かせる余裕はなかった。しかし、自分のすぐ背後に凄まじい力の塊を感じる。彼だとすぐわかった。同時にキックを放ったはずの彼がなぜ。

「二点同時じゃ、怪しいもんだったからさ。」

引き伸ばされた主観時間の中、わたしは確かに声を聞いた。

「一点突破だ。俺のキックの力を、お前に乗せる。ちょっと痛いかもだけど、辛抱しろよな。」

言葉を返す余裕はない。意味を咀嚼し、異論を差し挟む余裕など。彼が自分を犠牲にして、わたしを雲の向こう側まで辿り着かせようとしているという意図を飲み込むのには、それは短すぎる刹那だった。

「なぁピンク、楽しかったよな。」

困惑の中で、彼と過ごした――ダシガライダーショーのメンバー達と過ごした日々を思い浮かべる。

「最初はさ、こんな可愛らしい女の子が一緒にやってくれるなんて!って、随分はしゃいだもんだったよ。まぁ、すぐにヤベーや……アツいヤツだってわかって、そんな気も吹き飛んだけど。」

彼は覚えているだろうか。まだわたしがショーに参加する以前。彼とわたしとの"はじまり"を。

「思いつきの小遣い稼ぎ、単なる副業のつもりがさ、思いのほか盛り上がっちまって。引っ込みはつかなくなるわ、そのくせ盛り上げに悪戦苦闘するわで、すっかり入れ込んじまったよ。お前らのせいだぜ?」

彼にとって、それは繰り返される日常の一幕。なんて事のないチンピラ狩のうちの一つに過ぎなかったに違いない。ただ、わたしは彼に救われた。颯爽と、珍妙なバイクで走り去る姿を見てカッコいいと思った。

「知らねーうちにばあさんやら、変な錬金術のにいちゃんまで出入りする大所帯に。客の入りはまばらでも、そこそこ楽しんでくれる奇特な客もいやがるしよ、やめるにやめられねぇでやんの。参ったぜ。」

指輪探しのあの日、広場のショーを観て思ったのだ。わたしもその輪に加わりたいと。彼との出会いを、憧れを、ずっと先まで繋げて行きたいと。だって嬉しかった。とても嬉しかったから。あの教会を別にしての、わたしにとって初めての、街との――多分、この世界との繋がりだったから。

「挙げ句の果てに訳わかんねー海ン中で大立ち回りするなんて。こんな筋書き、お天道様でも読めなかったに違いねぇ。……だけど、お陰で思い出せたぜ。」

次の公演は大ウケするに違いない。次こそは称賛の渦だ。何の根拠もない、子供じみた夢が、いつだってわたしたちを引っ張っていた。わたしたちをここまで連れてきた。それが無ければ、何も始まることがなかった。

「自分が何の為に、戦っていたのかを――」

不意に背中を襲った衝撃が、わたしの意識を白く吹き飛ばした。蠢く雲塊の中を一人、突き進む。独り。質量を伴う不寛容が、いかづちの如き排斥が、重くたれ込める拒絶が、乗算された推進力によって光の速さで後方へ吹き飛んで行く。歯を食いしばり速度に耐える。速度がなくば――


開ける視界。一面の灰の荒野。水底だ。振り返る。穴を穿たれた黒雲。彼の姿は無い。わたしは歯を食いしばり、速度を上げる。無駄にはすまいと誓う。その為には速度が必要だった。眼下、変身によって強化された視界が三つの人影を捉える。

瞬間、恐るべき雲を事も無げに貫いて、光の柱がわたしのすぐそばに聳え立った。正確には、頭上高くから降り立ったのだ。軌跡には天使の羽。

無駄にはしない。何一つ。わたしは彼から受け継いだ速度を、柱の根元に定める。歯を食いしばり速度に耐える。彼のさいごに残した言葉を、手綱のように握りしめながら。


「あとりえ★メモリアル一生分……耳を揃えて用意しろって、あのバカに言っとけ!」


次話

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?