🚀イベントレポート～お寺で宇宙学 【宇宙医学と仏教】～

先日、お寺で宇宙学実行委員会の方々が主催する、「お寺で宇宙学」の第32回に参加してきた。

聞きなれない言葉かと思うが、「お寺で宇宙学」とは
科学者とお坊さんと一緒にお寺で宇宙や学問、宗教を語ろう！という非常にユニークなイベントだ。

お寺で宇宙学

以前も参加させてもらったが、今回は例のウイルスの影響で初のオンラインイベントとなった。そのため、全国津々浦々から参加者が集まっていた。

前半は科学者側の話があり、後半はお坊さんのお話があった。お話をされたのは以下のお二人だ。

・科学側の話者：寺田昌弘 さん
（京都大学宇宙総合学研究ユニット　特定准教授）

・お坊さん側の話者： 齊藤祥行 さん
（ 浄土宗光明寺住職 ）

■「宇宙医学とは？」

ー身体におよぼす宇宙空間の影響

おおまかに言うと、

・宇宙の環境が健康にどのような影響があるのか調べる学問
・宇宙飛行士の健康と体力を維持するのが目的

なのだそうだ。
上記では宇宙飛行士と述べたが、これからは”職業宇宙飛行士”ではない一般の人も宇宙にいくことになると予想されるため、あえて宇宙飛行士に限定する必要性はないかもしれない。

”宇宙”と地球には実は明確な境界線はない。言ってしまえば、地球も宇宙の一部であるからだ。そこで、便宜上、高度100km以上を”宇宙”としている。
そんなー寺田さん曰くー近いようで遠い、遠いようで近い宇宙には地球と違った様々な特徴がある。

・微小重力
・宇宙放射線
・高真空
・閉鎖環境(宇宙船内)
・大気組成
・広大な視野
・太陽エネルギー
などなど…

それらの特徴は人体に様々な影響を及ぼす。
たとえば骨格筋。
骨格筋は文字通り骨を動かく筋肉のことだが、遅筋繊維と速筋繊維の2種類がある。それぞれ以下のような特徴を持つ。

・遅筋繊維は収縮が遅く、つかれにくい
⇒持久力に優れている
・速筋繊維は収縮しやすく、つかれやすい
⇒瞬発性に優れている

しかし、宇宙空間では抗重力筋ともよばれる遅筋繊維の萎縮が顕著であることが分かったようだ。

そして、骨。
骨密度が減少してしまい、骨量減少速度が骨粗鬆症患者の10倍にもなるとのこと。

上記、骨や筋肉への影響が及ぼされる原因には以下のような共通点があるらしい。

タンパク質の合成/分解、骨芽細胞による骨の形成/分解のバランスがとれなくなることが引き金となっている。

また、体液シフトに伴う影響も問題だ。

体液シフトとは、地球の重力の支配が弱まり微小重力になることで、
体液が上方に移動(シフト)し、体の上方で血液量が膨張することを言うそう。

体液シフトについてはABLabの宇宙医学の記事でもまとめられているので参照してほしい。

【宇宙でのヒトの身体の変化2】体液の頭部方向シフト | ABLab（エイビーラボ）

ちなみに、地球帰還時に、血液が下半身方向に急速に向かうことで、
起立姿勢(通常の”立つ”姿勢)が保てなくならないための対策として、
体液を増やすため、宇宙飛行士は地球帰還前に水を２L飲むそうだ。

体液シフトは以下のような現象を引き起こす。

・ムーンフェイス，バードレッグ
顔が満月のように膨らみ、脚が鳥のように細くなる現象
※あまりいい写真がネットにありませんでした…

・視神経乳頭浮腫
脳の中の脳圧が高くなり、柔らかい視神経の部分に圧力がかかるようになることで視神経が圧迫される現象。視覚障害を引き起こす。
地上に還ったら戻る現象なのではと言われているようだが、未解明な部分も多いようで、NASAの資金が視力関係に多く使われることもあったそうだ。

宇宙での眼に関する問題についてもABLabでまとめられているため参照してほしい。

宇宙での眼の問題について | ABLab（エイビーラボ）

・心臓が球状に大きくなる現象
まだまだ未解明な部分が多いそうだが、寺田さんは

地上では心臓自体が地球の重力に引っ張られ形を保っているが、微小重力下で起こる血液のシフトによって心臓にオーバーロード(過重負荷)がかかることで引き起こされるのではないか、とおっしゃっていた。

ー宇宙飛行士が行う対策

＜筋力トレーニング＞

・地上(打ち上げ前)

宇宙へ行くことが決まった宇宙飛行士は、打ち上げ1年前から体力トレーニングが開始され、週3回、1回2時間程度行うそう。

・宇宙(ISS)滞在時
微小重力下では筋力が低下してしまうので、それを防ぐために宇宙飛行士は毎日筋力トレーニングを行う。ハーネス等をつけ、自分と同じような重力をかけることで体がふわふわ浮かないようにするのがポイントだ。

大西宇宙飛行士のトレーニングの例

ISS内で走る？NASAのKaren宇宙飛行士

・地上(帰還後)
地球に帰還後はリハビリを目的にトレーニングを行う。
以下のように3つのフェーズに区切って徐々に体を重力に慣れさせるようだ。
①帰還～3日後：(介助あり)歩行練習、ストレッチなど
②～2週間：介助なし歩行練習、水中運動、有酸素運動など
③2週間以降～：個人に合わせたトレーニング

＜感染症対策＞

感染症対策として、宇宙飛行士は打ち上げの10日前から外部との接触を断ち、隔離されて生活を行う。
そして、結核については血液検査を行うことでチェックをする。

今後はさらに強化されていくだろう。

ー今まで行われた実験

これまで、スペースシャトルやISSで様々な生物実験が行われてきた。以下は寺田さんが話されていた成果の一例だ。

・孵化実験
ー宇宙でも、地球と同じようにメダカが生まれた！

・マウス実験
ー哺乳動物の代表としてマウスを用いた実験がよく行われている。イタリアの実験では、6匹打ち上げられて、そのうち3匹が3か月間生き延びたようで、これは最長記録とのこと。
※ちなみに、日本(JAXA)の実験ではこれまで全匹生還を達成している！

・Twins Study(双子の研究)
ーNASAのScott Kelly宇宙飛行士とMark Kelly宇宙飛行士が一卵性双生児であることを利用して、Scott飛行士のみを宇宙で1年滞在させることによる比較実験。
ただ、被験者が1組しかいないので今後追加実験が必要とのこと。

ーコロンビア号の影響

コロンビア号という名前のスペースシャトルをご存じだろうか。

2003年1月16日に打ち上げられた宇宙船だ。
この宇宙船は、16日の飛行期間ののち、地球大気圏への再突入時に空中分解した。

Wikipediaより。この事故で亡くなられたSTS-107の搭乗員たち。左からブラウン、ハズバンド、クラーク、チャウラ、アンダーソン、マッコール、ラモーン飛行士。

この事故の後、次のシャトルの打ち上げ(野口宇宙飛行士が搭乗)まで2年半空いたことや、当時はスペースシャトルからISSへの過渡期で、ステーション計画の不透明性から、
実験が進められず、研究者たちのモチベーションが低下したり、実験テーマが陳腐化したりといったことがあったそうだ。

ー今後の課題～宇宙医学の限界～

(そもそも宇宙医学が発展してきたのが近年のため)以下のようにまだまだ課題はたくさんあり、それを寺田さんは「宇宙医学の限界」とおっしゃっていた。

・現在まで約500名ほどしか宇宙に行った人がいない
・地上模擬実験では正確に宇宙環境を反映できていないのではないか

⇩

・検証の機会が少なく、正確に予想・予測できていないのではないか
・現在の宇宙医学は地球帰還をベースとしているが、これからは宇宙に一生滞在することもあるのではないか
・火星に行って帰って来れるのか？宇宙に居住できるのか？

⇩

今の宇宙医学では答えが出せない．．

寺田さんは今後の重要課題として以下の3つを挙げられていた。

・宇宙放射線の影響の解明
・閉鎖環境での精神心理的サポート
・閉じられた世界での長期飛行中の娯楽

宇宙ビジネスも宇宙医学もまだまだ発展途上のため、専門外の人でも課題解決の糸口になるアイディアを出すことができそうだ。

ー個人的な宗教観

寺田さんは祖父がお坊さんをやられていたとのことで、
さらにはモルモン教の家庭でホームステイをしたり、カルフォルニアのプロテスタント教会に通っていたこともあったり(その理由は、無料で英語の勉強ができるからだったとのこと!)と宗教と縁が深いそう。

そんな寺田さんは、インドでは周囲を囲んでいる自然から派生したのでは、キリスト教は星を見ながらできたかもしれない、などと考えていたそうだが、個々の宗教の違いはあれど、

いずれも死後について考えてできた、という共通点があるのではないか

とおっしゃっていた。

■「宇宙を学んだ僧侶が見る仏教 」

斎藤さんは、兵庫県伊丹市 浄土真宗のお寺「光明寺」の住職。

ちなみに、下の名前について本名は祥行(よしゆき)さんで、僧侶としては、祥行(しょうぎょう)さんと読むとのこと。

学生時代は宇宙に興味があり、太陽についての研究をなされていたそう。
特に、「彩層」という部分についての研究をなさっていたとのこと。

普段私たちが可視光線で見ている(見えている)のは「光球」という部分で、
紫外線で観測すると、磁場の活動がよく観察できる。
そのように違う目線で見るとまた違った側面が見れるようだ。

斎藤さんは、科学と仏教の違いについて以下のようにおっしゃっていた。

科学は世界を客観的に解明するもの。
仏教は世界を主観的に解明するもの。

ー諸行無常から涅槃寂静

仏教についての導入として、仏教で使われる４つの言葉について紹介があった。

・諸行無常

「行」とは”縁(えん)”によって存在するものを指す。
たとえば、自分の体。何を持って私なのか？顔？髪の毛？内臓？そうではなく、全部あって私の体である。すべてのものが縁あってひとり一人を構成している。

そして、体は見には見えないところで時間ごとに少しずつ変化している。
同じように、すべてのものは形を変えていくものである。

それが諸行無常が表していることのようだ。

・諸法無我

「法」とは、縁にかかわらず、この世界に存在するすべてのものを含めたもの。
たとえば、物理の法則や自然界の理。
これらは時間と共に変わるわけではない(時代によって数式が修正されることはあっても)。

諸法には、”我(われ)”なるものなど存在しない。

日常でも思い通りに体が動かないときもあるし、みんな年をとったり病気になったりする。
そのように、意のままにできないものをなぜ”我”と言えるのか？
自分自身の体でさえ思い通りにならないのだから、まわりのものも思い通りに行かなくて当然なのだ。

・一切皆苦

諸行無常や諸法無我は、冷静に考えると当たり前のことであるが、それを受け止められないのが普通の人間だ。

なぜか？

それは、「こうあってほしい」というたくさんの欲望や煩悩があるからで、それらが”苦しみ”を生み出す。
その中でたまたま思い通りにいくこともある。

そういった欲望たちがなくなれば、涅槃(ねはん)の境地に達せるだろう。

それが

・涅槃寂静

という考え方だそうだ。

涅槃とは、

燃え盛る煩悩の炎を吹き消して、悟りの知恵を得た境地
＝迷いから自由となる悟りの世界のことで、仏教徒が目指す境地 なのだそう。

仏教って何だろう？：涅槃 - 吉祥院 埼玉県川口市真言宗のお寺

参照；吉祥院 仏教って何だろう？

ー仏教で見る世界

難しい話だが、仏教では、”目で見る”のではなく、”見る機能そのもの”が”眼”なのだそうだ。それは耳や鼻、舌なども同様。

モノではなく、それを自分がどのように受け取るか。
それが仏教の考え方なのだそう。

最新の研究では、この世界の物質は「素粒子」で出来ていて、それらが原子や分子を構成していることが分かっているが、仏教にも同じような考え方”原子論”があるそう。

原子論では、一次基本粒子として、地・水・火・風があり、二次可変粒子として、眼や耳があり、それらで認識できるものとして色や声があるそう。

ーある思考実験

斎藤さんはある思考実験として、次のようなお話をされていた。

ーーーーーーー
学研などの教材グッズとしてあなたの元へ、ある科学実験セットが届く。
そこには”小さな宇宙セット”なるものがあり、それを水槽に放り込むと．．．

宇宙ができる！💥💥

その中にいる"わたし"は宇宙がどういうものか知れるのか？あるいはその"外側"を知ることができるのか！？
ーーーーーーー

荒唐無稽な話かもしれないが、このように考えると宇宙について考えやすいかもしれないし、もしかしたら実際そのようにして始まったのかもしれない。

ー科学の眼鏡で仏教を見れば

斎藤さんは、科学を学んだおかげで仏教に対しても色々考えを巡らせるようになったし、科学を学んだからこそ、「奇想天外なことでもおかしなことでもない」と思え、仏の言うことを信じられるのかもしれない、とおっしゃっていた。
また、科学を学んでいなかった自分よりも(上記の思考実験のような)可能性を受け入れられる自分がいるし、科学を学んでいなかったら胡散臭い僧侶になっていたかもしれないと語っていた。

斎藤さんが語られていた中で特に「この地球上で当たり前のことを、”当たり前”だと思っているんだろうと、科学を学んだ中で思った」という言葉が印象的だった。

※章タイトルはヨビノリさんの「科学の眼鏡で世界を見れば」のオマージュです。笑

■最後に

今回は以前参加したときよりもさらに科学と仏教どちらも楽しめた気がする。
それは、個人的に宇宙にも生命・医療にも仏教にも興味があるから、というのもあるがそれだけでなく、

・寺田さんに個人としての宗教観があり、斎藤さんが科学を学んだうえで僧侶になられたから、
・宇宙医学という宇宙空間で生命を考える学問が、宗教観にも関連するから
といった理由があると思う。

タイミング的にも、最近以下の記事を読んで、漫画ブッダをコミックシーモアで全巻購入し読んだこともあって仏教の考え方がスッと入ってきたように思う。

非常におもしろかった！