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ジャン・ジュネ作「女中たち」 (2006)

※上演ご希望ございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。著作権はジャン・ジュネ及び田口アヤコに帰属します。

(未上演)

*********

ジャン・ジュネ作「女中たち」

Les Bonnes   JEAN GENET


訳:田口アヤコ

翻訳協力:角本 敦


登場人物
 クレール CLAIRE
 ソランジュ SOLANGE
 奥様 MADAME


奥様の寝室。
ルイ15世様式の調度類。レース。
舞台奥に、真向かいの建物正面に向かって開いた窓。
上手に寝台。
下手にドアとタンス。
ふんだんに花。
夕方。

ソランジュを演じる女優は 召使い用の黒の短いワンピースを着ている。
椅子の上には、別のもう1枚の黒い服。黒い靴下、靴。


クレール:(化粧台に背を向けて、下着姿のまま立っている。
腕をさしのべた彼女の身振りとその声の調子はおおげさな悲劇調である。)
手袋! またその 手袋!
台所に置いておきなさいって言ったでしょ?
その手袋で 牛乳屋を誘惑するつもり?
だめ ごまかしたって! 流しのうえに吊るしておきなさい。
いつも言ってるでしょ この部屋は汚してはいけない。
なにもかも みんな!
台所から来るものはみんな きたない唾液
つば
あんたのつば
あっちへ持っていって!
(この長台詞の間、ソランジュはゴム手袋を手にはめ、
 花束にしてみたり、扇にしてみたり、見とれ興じている。)
どうぞご遠慮なく きどっておいで。
ちっとも急ぐことはないわ
時間はあるの。
出て行って!
(ソランジュはがらりと態度を変え、
 へりくだって ゴム手袋をつまんで 出て行く。
 クレールは化粧台の前に腰をおろす。
 花の匂いをかぎ、化粧道具たちをいじりまわし、
 自分の髪にブラシをかけ、化粧をなおす。)
ドレスを用意して。早く! 時間がないわ
いないの?
(振り向いて)
クレール? クレール!

ソランジュ:お許しください 奥様。
奥様の菩提樹茶を煎じておりましたので。

クレール:ドレスを。
スパンコールの白いドレス、
それに扇子、エメラルド。

ソランジュ:奥様の宝石、みんなお出ししますか?

クレール:出してちょうだい。
選ぶから。
あのエナメルの靴もね。
何年も前から あんたが欲しがってるあれ。
(ソランジュ 戸棚からいくつもの宝石箱をとりだし
 ベッドの上に並べる)
結婚式に履こう と思ってるんでしょ。
言いなさい。あの男に誘惑されたんでしょ? その おなかは?
(ソランジュ 絨毯に膝をついて
 おもむろにつばを吐きかけながらエナメルの夜会靴を磨く)
言ったでしょ、クレール。つばはおよしって。
そんなものあんたのなかに眠らせておきなさい。
あんたのなかに。そうよ!
あんたのなかで まぎれこんできたにんげんが溺れるくらいにね!
ほんとに厭らしいわ。
もっとよくかがんで この靴にうつっている自分をちゃんとごらん。
(足を突き出し、ソランジュがそれを念入りに眺める)
あんたの唾液のヴェールでこの足がべっとりくるまれる
それが気持ちがいいとでもおもうの?
あんたのじめじめした沼地からのあの霧のヴェール!

ソランジュ:(ひざまずき、へりくだって)
奥様に お美しくなっていただきたいんです。

クレール:美しく? なるわよ
(鏡に向かって 身繕いながら)
あんたは わたしのことが嫌いなんでしょ
ことばを選んで へりくだって
いらいらする。
こんな花なんか飾って。グラジオラス。
(立ち上がって声の調子を低め)
無意味だわ。こんなにたくさん。
死にそう。
(また自分に見とれて)
あたしはきれいになる。
あんたなんかとうていおよばないくらい
あんたがマリオを誘惑するのは このからだでも この顔でもない。
牛乳配達の 若い男
あいつはあたしたちを軽蔑している。
あんたにコドモをつくらしたって

ソランジュ:いえ わたしは けして…

クレール:おだまり 馬鹿! ドレスは!

ソランジュ:(タンスの中のドレスをかきわけ 探す)
赤いドレスです。
奥様は 赤いドレスをお召しになるのです。

クレール:白 って 言ったでしょ あのきらきらの。

ソランジュ:(きびしい口調で)
奥様は 今夜は 赤いビロードのドレスをお召しになるのです。

クレール:(素直に)
あら どうして?

ソランジュ:(冷たく)
ビロードの布の下
奥様のお胸が忘れられないんです。
奥様がため息をついて、旦那様に、
あたしのことを 忠実だ とお話しになっていたときの。
黒のご衣裳のほうが 未亡人としてのご身分を引き立たせるかもしれませんが。

クレール:なんですって?

ソランジュ:はっきり 申しましょうか?

クレール:ええ いいわ
あたしのことを脅迫したらいいわ
主人なんてどうでもいいのね。
ソランジュあんた、旦那様のご不幸のことを言いたいんでしょ?
間抜け。なにがおかしいの?

ソランジュ:まだ
まだそれを持ち出すときでは。

クレール:あたしが 恥知らずなおんなだってことを?
あたしが みじめな
持ち出す
は! なんてことを言うんだろ

ソランジュ:奥様!

クレール:あんたが何を言いたいのか ちゃあんとわかってるわ
悪口
はじめから
あたしの顔につばを吐きたいんでしょ

ソランジュ:(哀れっぽく)
奥様
奥様 まだ そこまで行ってないんです
わたしたちは。
旦那様が…

クレール:旦那様が監獄にいるのは
あたしのせいだって 言ってしまいなさいよ
ほら 言いなさい
言いたいことを。

ソランジュ:わたしが何を言ったって
脅迫とお取りになる。
わたくし 女中だ ってことを
思い出してくださいませ 奥様

クレール:あたしが旦那様を警察に密告したから、
旦那様をお金で売り渡したから、
あたしはあんたの思いのまま ってわけ?
だけどね
あたしは もおっとわるいことだってできた。
もっとうまく。
あたしが 苦しまなかった と思ってる?
クレール
あたし がんばって むりやりに手をうごかしたのよ
わかる?
ゆっくり 正確に 書き間違いもせず
自分の恋人を監獄に送る手紙を書いたの。
あんたはあたしを助けてくれないの?
それどころか
ばかにするつもり?
未亡人!
旦那様は死んじゃあいないわクレール
旦那様は
監獄から監獄にたらいまわされて
さいごはきっとギュヤヌまで流されるわ
そしてあのひとの愛人のあたしは
気が狂いそうになりながら どこまでもついていくの
苦しんで!
罪人たちの群れの中に入るんだわ
未亡人!
白いドレスはね クレール
王様の妃が着る 喪服よ
あんたなんにもしらない
白いドレスは いけない だなんて!

ソランジュ:(冷たく)
奥様は赤のドレスをお召しになるのです。

クレール:(あっさりと)
オーケー。
(きっぱりと)
ドレスを出して!
ああ わたしは ひとりぼっち
友人のひとりもいない あんたも あたしを

ソランジュ:わたくし奥様をお慕いしております。

クレール:主人を慕う っていう あれ ね
あたしのことを 慕い 尊敬し

遺言でなにか遺してもらおう とね。

ソランジュ:たとえ 火の中…

クレール:(皮肉に)
水の中 ね。
(ソランジュ ドレスを着るのを手伝う)
ホック。
もっとやさしく。
あたしをしばりあげるつもり?
(ソランジュ ひざまずいて ドレスの襞を整える)
もっとさがって。
あんた なんだか けものの匂いがするわ
きたない屋根裏部屋の匂い。
毎晩毎晩 きたないおとこたちがやってくる
屋根裏部屋 女中部屋!
(優雅に)
あたしが屋根裏部屋の話をするのはね、
あたしの記憶をためしてるの。
クレール、
(部屋の片隅をゆびさす)
あそこに 鉄のベッドが二つ、あいだに小さいテーブル
あそこには ペンキで塗ったタンス、
そのタンスの上に小さな祭壇。聖なる処女 ってやつの。
そのとおりよね?

ソランジュ:わたしたちは
わたしたちは ふしあわせなんです。
泣けるほど。

クレール:…
あのマリア様にたいして あたしたちがどんなに身を捧げているかについては
話さないことにしましょう。
紙でつくった 花のこともね。
(笑う)
あの紙の花!
聖なるつげの枝!
(部屋の花をゆびさす)
あたしのこの花たちを見なさいよ
あたしのほうがずっときれいな 聖なる処女 だわ
クレール!

ソランジュ:お静かに…

クレール:そして あそこ!
例の明かり取りの窓。
あそこから もう服を半分脱いだ牛乳屋があんたのベッドに忍び込んでくる!

ソランジュ:奥様 どうかしてますわ
奥様。

クレール:手!
あちこちさわらないで!
あんたのその手のせいで 台所の流しがいやあな匂いがする。

ソランジュ:お腰の線!

クレール:え?

ソランジュ:(ドレスを整えて)
このお腰の線。
奥様の素晴らしいウエストからヒップ…

クレール:さがりなさい 変態!

ソランジュ:何を盗んだと?

クレール:いやらしい って言ったのよ
さあ ぐずぐず言うんだったら あんたの屋根裏部屋にお行き!
このあたしの部屋 奥様の部屋では高貴な涙しかいらないの。
いつか あたしのドレスのすそにも 涙がちりばめられるけど
でもそれは あんたとはちがう 尊い涙
ドレスを整えて! ドレスのすそを!

ソランジュ:奥様…

クレール:悪魔があの匂いをさせてあたしを抱く
悪魔があたしを抱き上げて 地面から足が離れて
あたしはいくのよ
(かかとで床を蹴る)
でもあたしはいかないの。
ネックレスは?
急いで 時間がなくなる!
ドレスのすそ
折って安全ピンで止めといて
(ソランジュは立ち上がり、宝石箱の中の首飾りを取ろうとする
 クレールが宝石をつかむ
 指がふれ合い クレール身を引く)
あんたの手
気持ちが悪い
あたしは 急いでるの。

ソランジュ:
奥様の目 きらきらしてきましたわ
ここが岸 かも

クレール:なに?

ソランジュ:岸
もしくは境界
奥様、距離を保っていただかないと。

クレール:なんてことばづかい
クレール あんたあたしに仕返しをしてるわけね
自分の役を降りるつもりね

ソランジュ:奥様は
わたしのこころのなかを見抜いてらっしゃる

クレール:女中でなくなるときが近づいている
あんたは仕返しをする。
用意はいい?
あんたの爪 といである?
あんたの憎しみはもう あんたを目覚めさせてる
クレールは おぼえてる。
クレール 聞いてるの?
クレール、聞いてないの?

ソランジュ:(ぼんやりと)
聞いております。

クレール:あたしのおかげ、
奥様が いるっていう それだけの理由で
女中というものが存在してるの。
あたしの怒声と あたしの権力者としての振る舞いのおかげで

ソランジュ:聞いております。

クレール:(大声で)
あたしのおかげであんたがいるのに
あんたはあたしを ばかに してる
あたしはあんたたちが じぶんの役 を演じるための
お手伝いをしてあげてる
あたしが奥様であることをやめたら
あんたもいっしょにさよなら
だけど 奥様はすごくお優しいし
すごくキレイだわ
あんたなんかどおでもいい
いま恋する女の 絶望 ってやつが
あたしをもっともっと美しくしてくれてるのよ

ソランジュ:(軽蔑的に)
あなたの恋人なんて…

クレール:あたしの不幸なあのひとのおかげで
あたしはどんどん高貴になってく
奥様はもっと偉大な存在になって
あんたをおもいっきりおとしめて
あんたのなかに 怒りを貯めさせてあげるわ
いまがその時なんじゃないの?

ソランジュ:(冷たく)ええ ええ もうたくさん!
急いで。
用意は?

クレール:あんたは?

ソランジュ:(はじめはやさしく)
用意は万端。
よごれもの扱いはもうたくさん
わたくしも あなたさまを憎んでおります。

クレール:ゆっくり
ね ゆっくり。
(ソランジュを静めようと やさしく肩をたたく)

ソランジュ:憎みます そして 軽蔑します
なんにも恐れないわ
恋人の顔でも思い浮かべて
あのひとに守ってもらったらいかが?
大嫌い
いいにおいの息でふくらむ あなたの胸
象牙のような しろい
あなたのもも 金色にかがやいてる
そしてあなたの 琥珀色の足!
(赤いドレスにつばを吐く)
あなたを憎みます。

クレール:(息が詰まって)
ああ あああ なんてことを

ソランジュ:ええ 奥様 お美しい奥様。
いつまでもご自分のおもいどおりとお思いで?
美しさをひとりじめにして
わたしには分けてくださらない
香水
おしろい
赤いマニキュア
シルク
ビロード
レース
なんでもかんでも お好きなように選んで
わたしにはくださらない。
そしてわたしから横取りした
あの牛乳屋
はっきり言ってしまってください
牛乳屋のこと!
あのひとの若さが あなたのこころを乱すのでしょう?
若さと ぴちぴちした新鮮さ
白状なさい
このソランジュは
あんたのことなんかこれっぽっちも…

クレール:(あわてて)
クレール! クレール!!

ソランジュ:え?

クレール:(ささやくように)
クレールよ、
ソランジュ
クレールよ

ソランジュ:クレール…
クレールは
あんたのことなんかこれっぽっちも大事にしちゃいない
いま クレールは史上最高にクレールになってる
透明に 光り輝いてさ!
(クレールの頬を張る)

クレール:ああ
クレールあんた…
あああ

ソランジュ:奥様は 花のバリケードで守られて、
あなた様のとくべつな運命で、
尊い犠牲 をはらうことによって
じぶんは救われる とお思いだったんでしょう?
女中の反乱なんて 想像してやしない。
反乱。女中の。
奥様
あんたの恋なんて
ぺしゃんこにつぶしてやるわ
旦那様なんて つまらない泥棒
そしてあんたは…

クレール:許されないわ!

ソランジュ:許されない! ばか
奥様こそ 許されない
動揺して へんなお顔!!
鏡をご覧になったら?
(クレールに手鏡を差し出す)

クレール:(うっとりと鏡を見て)
あたし ますますキレイ
危険があたしを明るく照らす…
クレール
あんたはただの 暗闇…

ソランジュ:地獄の暗闇ね!
わかってるわ
あなたが次に言う台詞も
きょうはとことんまで行く
二人の女中、忠実なあなたのふたりの召し使いがいるんですから
もっともっとキレイにおなりになって
女中たちをばかにすればいいわ
あんたなんか怖くない。
にごったため息と、労働と、あなたへの憎しみと、
あたしたちはいま どろどろに混ざり合ってる
それがいま はっきりしたかたちになる…
奥様 笑うの?
あたしが大きすぎる夢でも語ってると思ってるわけね。
笑わないで。

クレール:出て行きなさい

ソランジュ:また お勤め!
奥様
わたくし台所に戻りますわ
手袋と 歯のにおいといっしょにね 台所に戻ります
流しがごぼっとげっぷをする
奥様には花が あたしには流しがある
あたしは女中!
あなたはわたしを汚すことはできない。
そして
天国で わたしに勝ち誇ることもね
あたしは天国まで あなたにぴったりついてく
憎しみをしっかりもってね!!
少し笑えば?
あの笑顔で お祈りをしなさいよ
早く
ものすごい速さで!
でももうおしまい あんた
(のどをふせいでいるクレールの手をかるく叩く)
その手をどけて!
あんたのちっぽけなのどをあたしに差し出しなさいよ
ふるえないで ガタガタみっともない
さっとやってあげる…
ええあたし 台所に戻るわ…でも
その前に 仕事を。

(突然 目覚まし時計が鳴る。
 二人の女優は動揺し、肩を寄せ合って)

ソランジュ:もう?

クレール:急いで
奥様がお帰りになる。
(ドレスのホックをはずしながら)
手伝って。
もう終わり。あんたやっぱり最後までやれなかったわ。

ソランジュ:(手伝いながら、沈んだ様子で)
いつも同じ。あんたのせいよ
いつだってひきのばす。
殺せない。

クレール:時間がかかるのは準備のせいよ。
それに…

ソランジュ:(ドレスを脱がせ)
窓を見張って。

クレール:それにそもそも 時間は余裕をとってる
ちゃんと片付けられるよう 目覚ましは進めてあるから。
(ぐったりとひじ掛け椅子にすわる)

ソランジュ:暑い。暑苦しい今夜は。
一日中暑かったわ。

クレール:そうね

ソランジュ:こんな天気の日は死にそうだわ クレール

クレール:そうね

ソランジュ:もう時間。

クレール:そうね
(ぐったりした様子で立ち上がる)
お茶の準備しなきゃ

ソランジュ:窓を見張っててよ

クレール:時間はあるわ
(顔を拭く)

ソランジュ:また鏡を見てるのね クレールちゃん

クレール:疲れた。

ソランジュ:(厳しく)
窓を見張って。
あんたがぐずぐずしてるから
片付かない。間に合わないかも
ブラシもかけなくちゃ、ドレスに。
(妹を見る)
なに? もうあんたになっていいのよ
自分の顔をとりもどして さ
クレール、あたしの妹に戻って。

クレール:疲れた。
この明かりが…
ね 向かいの家のひと、

ソランジュ:なに?
あんた まっくらなとこでやりたいわけ?
目を閉じて 目を閉じてればいいわ
クレール ちょっと休んで。

クレール:(自分の質素な黒い服を着る)
なんでもない
「疲れた」って言ってみただけ。
あたしに同情しないで
威張らないで。

ソランジュ:ちょっと休んだらいいじゃない
あんたがばたばたしないほうが あたしは助かるわ

クレール:もういい
あたしに説明しないで。

ソランジュ:なに?
あんたが始めよ
牛乳屋のことなんて言い出すし
あんたがおもってること あたしにはちゃあんとわかってる
マリオが…

クレール:やめて!

ソランジュ:あの牛乳屋が 毎晩あたしにいやらしいことを言ったって
あんたにもおんなじことを言ってる
でもさっきは ひどくうれしそうだったわねあんた…

クレール:(肩をそびやかして)
そんなこと言ってる間に
ちゃんと片付いたか 調べといたほうがいいわよ
机の鍵。(鍵を置き変える)
旦那様が言うわ、カーネーションやバラのうえに…

ソランジュ:さっきあんたはご満足にごっちゃにしてさ…

クレール:カーネーションやバラのうえに
いつだって女中の髪の毛がくっついてる って

ソランジュ:あたしたちのこまかい生活のはなしと あれを…

クレール:なにを?
なにとなにをごっちゃに?
ちゃんと言いなさいよ
儀式?
ここであんたと議論してるひまなんてないわ
あの女
あの女 戻ってくるわよ。

ソランジュ
でも今度こそあのひとのことをやってやった
旦那様が逮捕された ってきいたときの
あの女の顔
あんた 見たんでしょ? うらやましいわ
今度こそ うまくやってやった
でしょ?
ねえ
あたしがいなかったら
あたしの密告した あの手紙がなかったら
あの瞬間のあの女のあの顔
見られなかったのよ? あんたも!
旦那様が手錠をはめられ 奥様は涙にくれる…
死んじゃうかもね 奥様
今朝はもう 立つのもやっと ってかんじだったわ!

ソランジュ:すてき
くたばっちまえ!
そしたらとうとう 遺産 がもらえる
あのきったない屋根裏部屋も
もううんざり
ばかなあいつら 召使いたちとももう会いたくない

クレール:あたしは
あの屋根裏部屋 けっこう好きよ

ソランジュ:ばか ヒロインきどりね
あたしに逆らいたくて
「あの部屋が好き」だなんて
あたしは大嫌い
みたまんま
きったない
なあんにもない
奥様も言ってた なあんにもない。
そう どおせあたしたちは
なあんにもない。

クレール:ばか
やめてよ またおんなじことばっかり!
そんなことより 窓!
あたし ぜんぜんみえない 夜が暗すぎるわ

ソランジュ:しゃべらせてよ!
ぜんぶ吐き出してやる
あたしがあの屋根裏部屋を好きだったのは、
みじめったらしい部屋のせいで
あたしもぜえんぶ みじめったらしくなるから。
しゃれた手つきでもちあげようにも ビロードのカーテンはない
踊るように歩こうとも ふかふかのじゅうたんはない
目に楽しい家具もない
鏡もない バルコニーも!
あたしに美しいふるまいをさせるようなものは なあんにもないわ
(クレールの身振りを見て)
安心したら、
牢屋の中でだって
あんた マリーアントワネットみたいにして
歩き回れるわよ
夜 部屋で ね。

クレール:何言ってんの
あたし 部屋の中を歩き回ったことなんて…

ソランジュ:(皮肉に)
へええ
お嬢様は
お部屋の中を歩き回ったりなんて なさらない!
カーテンやレースのベッドカバーにくるまってね!
ねえ?
鏡の自分にみとれたり
バルコニーでいい気になって歩いてさ
朝の2時に
集まってきた民衆たちにご挨拶!
そんなことは なさったことがない!

クレール:ね ソランジュ…

ソランジュ:夜が暗すぎて
奥様を見張れない だって!
あんた あのバルコニーの時も
だあれにもみられてない とおもってた ってわけね
あたしをなんだとおもってるの?
夢遊病者?
ほら 白状しなさいよ

クレール:ねえ ソランジュ
声が大きすぎる!
お願い 小さい声で…
奥様の帰ってくるのが 聞こえないかもしれない
(窓に走り寄り、カーテンを持ち上げる)

ソランジュ:カーテン! 上げないでよ
あんたのその上げ方 見たくないわ
閉めて!
逮捕された日の朝
旦那様もおんなじように カーテンから警官たちをみてた

クレール:あんたにはつまんないことでも 人殺しみたいに見えてるのね
女中たち用の裏階段から逃げてく。
あんたすっごく 怖がってる…

ソランジュ:あたしを怒らせようとしてるわけ?
勝手に言ってれば
だれもあたしのことなんかどおでもいい
だれもあたしたちのことなんか
愛してない

クレール:彼女は
あたしたちのこと 好きでしょ
お優しいわ
奥様は!
奥様はあたしたちを大事にしてくださってる。

ソランジュ:あの女は
ご自分の椅子とおんなじように好きってこと
あたしたち女中のことを。
もっと言ってしまえば
あのバラ色の便器とおんなじ
あの女専用の ビデと。
あたしたちだってじぶんたちを愛せない
きたない垢…

クレール:ああ

ソランジュ:きたない垢は おんなじ垢のことを好きになんてなれない。
あたしがこの遊びを本気で続けて
夜になったらきっちり あのぼろっちいベッドに戻るって?
そうね あたしたち
いつまでだって続けられるかもね このおふざけ!
あああでもあたし
あたしのことを クレール って呼ぶだれかさんに
つばを吐くことができなかったら
たまったつばで のどがつまっちゃう…
あたしの吐いたつばのきらきらが
あたしの ダイヤのティアラになるの!

クレール:(立ち上がり、泣く)
もっと優しく話して。
お願い
奥様
奥様の優しい話をしてよ

ソランジュ:優しさね!
あたたかく親切で優しいなんて かんたんなことよ
あのひとの 優しさ ね!
あのひとは キレイで金持ちなんだから
でも女中は女中でしかないわ
優しさ なんて!
上品に歩いたって お掃除や皿洗いをしながら
ハタキをお扇子みたいに持ってさ
優雅な手つきで雑巾がけ
じゃなきゃ
あんたみたいに
夜 奥様の部屋でこっそり
空想の大群衆をあつめてみたりするのがせいぜい

クレール:ソランジュ やめて!
どうしたいの?
あたしを責めれば ふたりとも気が静まるとでも?
あたしあんたのことも責めてあげましょうか?
もっとすっごいネタがあるわよ

ソランジュ:あんたが?(長い間)
あんたが?

クレール:そうよ あたしが!
その気になったら…
なぜって
結局どうしたって…

ソランジュ:結局?
どうするって?
はっきり言えば?
あの男の話をはじめたのはあんたよ
クレールあんたなんか だいきらい

クレール:あたしだって…
でも
あたしはあんたを攻撃するのに 牛乳屋なんかつかわないわ

ソランジュ:あたしたちのうち
どっちが相手をやるとおもう?
え どうぞ やりなさいよ!

クレール:まずそちらからどうぞ!
お先に撃てば!
あんたはおびえてる ソランジュ
いちばん重大なことで
あたしを責めればいいじゃない。
ほら 警察に送った あたしの 手紙。
あたしたちの屋根裏部屋
あたしが練習した すごい量の紙でうまってるわ
筆跡を変えるために 何枚も何枚も何枚も
あたしは ひどいはなしも いわゆる美談てやつも
考えだした
あんたはキレイなほうを使ったわね!
ゆうべあんたが 白のドレスで奥様役をやったとき
あんた喜んで喜んで
もうすっかり 島流しの船に忍び込んだつもりになってたわね
あの ふね…

ソランジュ:ラマルチニエール号。

クレール:それ
その船で 旦那様についてく
あんたの恋人にね!
フランスを離れて
悪魔島とか ギュヤヌとか!
あのおとこといっしょにね!
キレイなゆめねえ!
あたしが勇気をふりしぼって 匿名で手紙を送りつけたからこそ
あんたは高級娼婦みたいになって
喜んでいられたわけよ
自分を痛めつける妄想で 快楽を得てたってわけ。
けちな泥棒の十字架を背負ってやる、
顔を拭いてやったり 手を貸してやるのが、
きもちいいんでしょ!
すこしでも恋人が優しく扱われますよう
なあんて
囚人たちに 自分の身を与えたり ね!

ソランジュ:あんただって
さっき
あのひとの話のとき…

クレール:あたしがそうじゃないとはいわない。
あたしは あんたがやめたとこから
話の続きをしたの。
でもあんたほど お盛んじゃあないわ
あんたは 屋根裏部屋であたしの手紙を見たときから
もう船に揺られてたのよ

ソランジュ:あんたにはわからない

クレール:ばか わかってるわよ!
あんたの顔の中にあたしが見えるし、
あたしたちの共通のいけにえが苦しそうになめてる
たくさんの苦痛もみえるわ!
旦那様はいま 獄中
喜ぶべき だわ
少なくとももう ばかにされることはないし
あんたはもっと ゆーっくり
あのおとこの胸にべたべたできる
あのひとのからだ あのひとのあし
もっともっといやらしく想像できるわ
ぜんぶみえる
あんたもうすっかり あいつに身をあずけてるってわけね
あたしたち 危ないのに!

ソランジュ:なに?

クレール:わかんないの?
あたしたち ぎりぎりよ
警察に送った手紙
事実と日付をしらべたでしょ
あたし どうしたっけ?
ねえ!
ほら おもいだしてよ
あんた 顔が赤くなってる
すてきね! その困った顔!
恥ずかしいの?
ほらいっしょにいたでしょ
あたしは 奥様の書類をかきまわして、
例の手紙をみつけたわけよ…

(沈黙)

ソランジュ:それで なに?

クレール:まどろっこしいなあ
いい あんたは それで 旦那様の手紙
自分のとこにおいとこうとした
ゆうべも見たわ
奥様宛の 旦那様のカード!
あたしはちゃあんと みてるの

ソランジュ:(けんか腰で)
あんた あたしのものにさわったの

クレール:義務よ あたしの。

ソランジュ:なんてしつこい女。

クレール:しつこいんじゃない 慎重なの
あたしがぎりぎりの作戦で
床によつんばいになって 机の鍵をこじあけてさ
できるだけ正確な情報で 密告 しようって…
でもあんたは つみぶかい流刑囚の恋人 なんて夢想にむちゅうになって
あたしのことなんてわすれて…

ソランジュ:入り口が見えるよう 鏡を置いといたわ
あたしは 見張りをしてた。

クレール:うそ!
あたしはなんだってみてるし
あんたのことなんてお見通し
あんたいつもの用心深さで
調理場の入り口に残ってた。
奥様がお帰りになったら じぶんだけ台所に逃げ込もうってさ!

ソランジュ:うそよ クレール
廊下を見張ってたの

クレール:でたらめばっかり
もうすこしで やってるちょうど最中に
奥様にみつかるとこだった
書類をさわりながら
あたしの手はがたがた震えてたのに
あんたのこころは ずうっととおく
海を渡って 赤道を越えて…

ソランジュ:(皮肉に)
あんただってどうなのよ
じぶんは「うっとり」してないっていうの?
クレール
罪人の情婦
想像しなかったなんてうそだわ
あのひとのことをさ!
あんたが 密告 したのだって
正確にいえばさ
正確 だって ごりっぱだわ
ほんとのとこは じぶんのプライベートなおなぐさめに
役立てようとしたんじゃないの?
言い返しなさいよ

クレール:そんなこと あたりまえ
あたしはもっとふかく知ってるわ
あたしがいちばんはっきりみてる。
でも あの話を考えだしたのは あんたよ
こっち向いたら
ほら もしじぶんの顔を見れたらねえ
ソランジュ あんたの横顔
熱帯の処女林の太陽に照らされてる
恋人の脱走の準備をしてる あんたの横顔!
(神経質に笑う)
あんまりあせりすぎじゃない?
安心してよ
あたしがあんたをきらいなのは ほかの理由
わかるでしょ

ソランジュ:(声を低めて)
あんたのことなんかこわくないわ
そりゃ 憎しみも たくらみも あるんでしょうね
でも気をつけなさいよ
あたしは あんたの 姉。

クレール:姉?
ほんとうに強いのは どっちだとおもう?
あのおとこのことをしゃべらせて、
あたしの目をそらそうとしてるんでしょ?
あんたのことはわかってるわ
あの女のこと 殺そうとしたでしょ。

ソランジュ:責めてるの?

クレール:ごまかさないで。
みたの。
(長い沈黙)
こわい
こわいの
ソランジュ
あの儀式のときには
あたしはじぶんののどが こわい
あんたが奥様のうしろに見て ほんとにねらってるのは
あたしだわ
あぶないのは あたし。

(長い沈黙。ソランジュは肩をそびやかす)

ソランジュ:(決心して)
そうよ 手を出したの
あんたを自由にしてあげようとおもって…
がまんできなかった
あのおんなの 意地の悪さや優しさに
あんたが 赤くなったり青くなったりして
腐っていって
息が詰まって
そんなのをみてたら あたしも息が詰まってきた
あんたのいうとおり
あたしを攻撃すればいいわ
愛しすぎたのかも。
あたしがあいつを殺しちゃったら
いちばんさきに密告するのはあんたね。
あんたが あたしを 警察に引き渡す。

クレール:(ソランジュの両手首を持って)
ソランジュ…

ソランジュ:(ふりはらう)
何がこわいの?
ぜんぶあたしの問題。

クレール:ソランジュ、姉さん
あたしが悪かったわ…
ねえ帰ってくる。

ソランジュ:あたしは誰も殺さなかった。
勇気がたりなかった
わかるでしょ
できるだけのことはした
でも
あいつ 寝返りをうって
寝息がしずかに聞こえて
毛布がふくらんでて
奥様。

クレール:やめて

ソランジュ:まだよ
知りたいんでしょ!
もっと話してあげる
あんたの姉さんが どんな人間か
どんなものからつくられた人間か
何が女中をつくるのか
あたし あいつを絞め殺そうって…

クレール:神様を思って。
神様のことを考えるの。
そして そのあと どうなるか とか…

ソランジュ:あとにはなにもないわ
教会の堅いベンチにひざまずくのは もうたくさん。
教会。
あたしには
えらいひとの赤いビロードとか
あの修行僧のためのつめたい石畳とか
とくべつな場所が似合うのよ
見てよ
あの女 どんなにいいように苦しんでるか
どんなにうつくしく苦しんでるか。
苦しみはあのひとをとうめいにして、
あのひとのうつくしさを ますます高める
自分の夫が泥棒だって聞いてさ
警察とやりあって
大喜びよ
いまは 「捨てられた女」っていう このうえない身分
そしてその苦しみに過不足なく同情してる
優秀な二人の女中に
両脇から支えられてる。
見たでしょ
宝石や シルクや シャンデリアの光できらきらして
あのひとの 苦しみ!
クレール
あたしはじぶんのみじめさを じぶんの犯す罪のうつくしさで
打ち消そうとしたの
そのあとは きっと
火をつけるわ。

クレール:落ち着いてよ ソランジュ
火なんて 火事なんて うまくいかないし
すぐに見つかる
放火した犯人は ひどい目にあうわ

ソランジュ:知ってるわよ
あたし 鍵穴から 目や耳で
どんな家政婦よりも立ち聞きしたわ
あたしはなんでも知ってる
放火犯!
申し分ない肩書き!

クレール:やめてもう
息が詰まる
息が詰まるわ
(窓をあけようとする)
空気。

ソランジュ:(不安になって)
開けるの?

クレール:開けるの

ソランジュ:あんたもなのね
あたしも
息が詰まる
ずっとまえから
ずっとまえから みんなのまえでこの遊びをやってみせたかった
屋根の上から叫んで
奥様のドレスで 街へ行ってみたかった…

クレール:黙って。
ねえあたしが言いたかったのは…

ソランジュ:まだ 早すぎる。
そのとおりね
窓は開けないで。
控えの間と 台所のドアを開けましょう
(クレールは二つのドアをそれぞれ開ける)
お湯 見て来て

クレール:あたしが?

ソランジュ:じゃあ 待ってれば。
奥様が帰って来る。
奥様は 星と 涙と ほほえみと ためいきとを
持って帰ってくるわよ
そんなふうな甘ったるいいろいろで あたしたちを腐らせてくれるわ。

(電話のベル。姉妹は耳をひそめる)

クレール:(電話に)
…旦那様?
旦那様よ!
クレールでございます、旦那様…
(ソランジュは受話器を取ろうとするが、
 クレールが退ける)
はい、奥様に
お伝えいたします
釈放 なんて
奥様 きっとお喜びになりますわ
…はい
旦那様
ええ メモを。
旦那様は 奥様を ビボケの店でお待ちになる…
はい…
…では、旦那様。
(受話器を置こうとするが 手が震えてテーブルの上に置いてしまう)

ソランジュ:出て来たの

クレール:判事が 保釈をつけたのよ

ソランジュ:だけど…
だけど それじゃ
ぜんぶ むりだわ

クレール:(そっけなく)
聞いた通りよ

ソランジュ:旦那様を保釈にするなんて…
判事もばかなことを!
法律もでたらめね
あたしたちのことも ばかにして!
旦那様
出て来たらきっとすっかり調べる
家の中を探しまわって 犯人をみつけるわ
あんた わかってるの?

クレール:あたしたち 運命を賭けて
できるだけのことはしたわ

ソランジュ:すばらしいお仕事ぶりよ
たいしたもんだわ
あんたの密告 あんたの手紙 みんなすばらしくうまく行ってさ
これであんたの筆跡がばれたら 完璧
で なんで 旦那様は
家じゃなくてビボケに行くの?
なんでよ!

クレール:そんなにあんたに能力があるんなら
奥様を片付けちゃえばよかったのよ
こわくなって やめたくせに!
香水の匂いやら なまあたたかいベッドやら…
それが 奥様!
この生活を続けるほかないんだ
また あたしたち 遊びを続けて…

ソランジュ:遊びも危ない。
証拠をのこしてるわ
あんたのせいよ
やるたびに ぜったいなんかをのこしてる
消せない証拠をやまほど。
あの女
それを見ないふりして歩きまわって
そして 証拠をみつける
あたしたちのあしあとの上に
バラ色のつま先をのせる
ひとりずつ あたしたちをあばきだすのよ
あんたのせい
奥様は あたしたちを あたしたちを ばかにしてるんだから!
奥様はみんなわかってる
ベルを鳴らすだけで。
あたしたちが 奥様のドレスを着てたことも、
奥様のしぐさを真似してたことも、
奥様の恋人を奪おうとしてたことも。
なにもかも 目撃者として口をききだす
クレール
なにもかもが あたしたちを陥れるわ
あんたの肩がのこったカーテン
あたしの顔がのこった鏡
いつもあたしたちのお遊びをみてるこのシャンデリアだって
みんな あの女のまえで白状するわ
あんたの不手際のせい
なにもかもだめになる!

クレール:それは
あんたに力がなかったからよ
できなかったから! あんたが…

ソランジュ:なにを?

クレール:殺さなかった。

ソランジュ:まだあたしに力はあるわ

クレール:どこに? どこによ
あんたはなんにも見てやしない
高い木のうえからは もっといろいろみえるのよ…
あんた牛乳屋のことが頭をかすめただけで
もうなんにもかんがえられなくなっちゃう

ソランジュ:あいつの顔が見えなかったのよ
クレール
あのとき急に
すぐそばにいることに気づいちゃったのよ
奥様の眠りの すぐそばに。
力が抜けて
のどなんかどこにあるのかわかんなくって
毛布を あのひとの胸の上にふくらんだ毛布をめくらないと とおもって…

クレール:(皮肉に)
そして 毛布はなまあたたかくて
夜は 暗くて。
そういうことはね
まっぴるまだってできるひとにはできるのよ
あんたには こんなおそろしいことはできないのよ
でも あたしは
あたしだったら やるわ
なんだって。

ソランジュ:くすり。睡眠薬。

クレール:そうね。
小さな声で。
あたしは強いわ
あんたさっき あたしに威張ろうとしたけど…

ソランジュ:ね クレール…

クレール:(静かに)
いい?
あたし 何を言ってるかはじぶんでちゃんとわかってる
あたしは クレール
決心した。
もうがまんできない。
蜘蛛、
傘の袋、
きたない
神様も家族もない くたびれた尼さんみたいなのは もうたくさん。
祭壇のかわりにかまどなんて もうたくさん。
あたしはのろわれたおんな、腐ったおんな
あんたの目からみてもそうでしょ

ソランジュ:(クレールの両肩に手を置き)
クレール…
ふたりとも興奮し過ぎだわ
奥様
帰ってこないわね
あたしだってもうがまんできないわ
あたしたちふたりが 似すぎてること
この手 黒い靴下 あたまの髪の毛
がまんできないわ
あんたのことを責める気なんてないのよ
奥様の部屋で散歩するのは あんたのちょっとした気晴らし…

クレール:(いらだって)
ああああ
やめて!

ソランジュ:あんたの手助けをしたいの
慰めたいのよ
でもあんたがいやがるのはわかってる
むかむかするんでしょ
わかる あたしもあんたが きらい
屈辱の中で愛し合う っていうのは
愛じゃあ ない

クレール:愛しすぎてるってこと。
あたし このおそろしい鏡が耐えられない
臭い息みたいに あたしの姿を吐き返して
あんたは あたしの臭い息
ねえ!
あたし 覚悟はできた
冠をかぶりましょ
家の中を歩きまわるわ。

ソランジュ:でも
やっぱり
それだけの理由じゃあ
あのひとを
殺せないわ

クレール:うそ。
これ以上 なにがあるっていうの?
いつ どこで もっといい理由がみつかるっていうの?
まだ足りない?
今夜奥様はきっと
どん底にいるあたしたちを ひとごとみたいに見るわ
げらげらばか笑いもするかも。
涙を流しながら でも 笑う。
そして 深いためいき!
冗談じゃない。
あたしはやるわ
あんたはできなかったけど…
毒を。
強いのは あたしよ。

ソランジュ:でも…

クレール:タオルを取って
洗濯バサミ
タマネギ
にんじん
窓を拭いて!
終わり。
終わりだわ!
ああ 忘れるとこだった
蛇口を閉めて。
おしまい。
あたしは 世界を支配するの

ソランジュ:あんた

クレール:手伝うでしょ?

ソランジュ:あんた どんなふうにするかだってわかってないわ
もっと すごく たいへんで
すごく簡単なことなのよ
クレール

クレール:あたし 牛乳屋のあの太い腕で支えてもらう。
あのひとなら平気よ
そして左手をあのひとの首にまわして…
手伝ってくれるでしょ?
そして あたしがもっと遠くまで行くことになったら
ソランジュ
もしあたしが流刑場に行くことになったら
いっしょに行ってくれるでしょ?
船に乗ってさ!
ソランジュ
あたしたち あの永遠の恋人たちになるのよ
罪人と聖女のカップル。
あたしたち 救われるんだわ
ソランジュ
そう
あたしたち 救われるのよ。
(奥様のベッドのうえに 腰を下ろす)

ソランジュ:落ち着いて。
部屋まで運んであげる。
眠りなさい。

クレール:ほっといて。
明かりを
少し
暗くしてちょうだい。
(ソランジュ 明かりを消す)

ソランジュ:休みなさい
休みなさい
いい子。
(ひざまずいて クレールの靴を脱がせ 足に接吻)
落ち着いて
かわいいクレール
(クレールをなでる)
足を乗せて
そう 目を閉じて。

クレール:(ためいきをつく)
恥ずかしい
ソランジュ

ソランジュ:(きわめて優しく)
だいじょうぶ
あたしにまかせて。
眠れるわ。
眠っちゃったら そのまま屋根裏部屋へ運んであげる。
あんたの服を脱がせて、
ベッドに寝かせてあげる。
眠りなさい
あたしがついてる。

クレール:恥ずかしいわ、ソランジュ。

ソランジュ:静かに。
お話をしてあげる。

クレール:(訴えるように)
ソランジュ?

ソランジュ:なあに、いい子ちゃん

クレール:ソランジュ、聞いて

ソランジュ:眠るのよ

(長い沈黙)

クレール:あんたの髪 きれいね
きれいね。
あのひとの…

ソランジュ:あのひとの話はしないで

クレール:あのひとの髪は つけ毛。
(長い沈黙)
おぼえてる?
木の下で、
ふたりで、
足に日が射して、
ソランジュ、

ソランジュ:眠るの。
あたしがついてる。
あたしは あんたのお姉さんよ

(沈黙。クレール立ち上がる)

クレール:だめ だめ
弱気になっちゃだめだわ
明かり
明かりをつけてよ!!
綺麗すぎる。
(ソランジュ 明かりをつける)
立って
なにか食べなきゃ
台所に…
ねえ
食べなくちゃ!
強く ならなきゃ

教えて
睡眠薬 ね?

ソランジュ:そう
睡眠薬…

クレール:くすり。
しけた顔はやめて。
陽気になって
歌ってよ
歌いましょ
歌ってよ。
お城や大使館で 乞食をしてるみたいに。
歌って!
(二人は声高に笑う)
そうしなくっちゃ
悲劇的すぎる
窓から飛んでっちゃうわ
窓を閉めて。
(ソランジュは笑いながら窓を閉める)
殺人。
ことばじゃ いいあらわせないことだわ
歌って!
あの女を森にかついでいってさ、
にれの木の下で、
月明かりで、
ばらばらにしてやるの!
そして歌うのよ
花壇に咲いてる花の下に埋めてさ、
毎晩毎晩 じょうろで水をやるのよ!

ソランジュ:(アパルトマンの入り口で ベルが鳴る)
奥様。
あの女 帰って来た。
(クレールの両手首をつかむ)
クレール
あんた
ほんとに
やれる?

クレール:いくつ?
入れるの

ソランジュ:10
菩提樹茶のなかに。
10粒。
できるの?

クレール:(ふりほどき ベッドを直しに行く
 ソランジュは一瞬クレールをみつめる)
瓶を持って来る
10 ね

ソランジュ:(きわめて早口に)
10
9粒じゃあ足りないわ
多すぎたら吐き出しちゃう
10
お茶は濃くして。
いい?

クレール:(つぶやく)
おーけー。

ソランジュ:(出て行こうとするが 思い直し ふつうの声で)
うんと 甘くして。

(ソランジュは下手に退場。
 クレールは部屋を片づけてから 上手に退場。
 何秒か。
 舞台裏から神経質な笑い声。
 ソランジュを従えた奥様が、毛皮に包まれて
 笑いながら入ってくる。)

奥様:あいもかわらず すごい 花ね!
いやらしいグラジオラス 気がめいるバラ色
そしてミモザ!
うちのおかしな娘たちは
きっと 夜明け前から市場を走り回って
ばかみたいに安いのをみつけてくるわけね
かわいいソランジュ、
あたしはこんなダメ奥様だってのに こんなに心づくしを
そして 旦那様は刑務所に入れられているっていうのに
こんなにたくさんの 薔 薇!
だめなご主人さまのことを
こんなにあたしのことをかんがえてくれてるのね
旦那さまは犯罪者扱いされてるってのに
こんなにたくさんの バラ!!
いい?
ソランジュ
あんたたちに
信用してる証を見せてあげるわよ
いい?
あたしはもう 希望を失ったの
こんどはもう こんどこそはもう ね
旦那さまは確実に 監獄ゆき
(ソランジュは奥様の毛皮の外套を脱がす)
監獄行き!ソランジュ
か ん ご く よ!
もう地獄みたいなとこ
あんたどうおもう?
あんたのご主人さまは
いっちばんよごれた いっちばんばかばかしいことに
まきこまれちゃったのよ
ああ 旦那さまはわらの上に寝てるっていうのに
あんたはあたしに ふかふかのベッドを用意してる!

ソランジュ:奥様 考えすぎですわ
留置場 て言ったって
もう大革命のころとは違うはず…

奥様:地下牢の腐ってしめったわら布団 なんてのは
もちろんそりゃもうないでしょうよ
でもね
旦那さまが!
ひどい拷問にあってるんじゃないかしら!
って
想像しちゃうのよ
刑務所は狂った犯罪者でいっぱい
あの育ちの良い旦那さまが
そんなやつらと一緒に暮らすのよ!
恥ずかしいわ 死にそう
旦那さまは潔白を証明するためにガンバってるのに
あたしはこの花園の中を
ゆくんだわ!
心は絶望でいっぱいだけど。
こなごな。

ソランジュ:手がこんなに冷えて。

奥様:あたしのこころは こなごな!
毎日帰ってくるたびに心臓がどきどきして
こんなによ ものすごい勢いで!
あああ あたししぬわきっとたおれて
あんたたちの お花たちに囲まれて!
あんたたち
あたしのお墓を用意してるのよ
ここ最近ずうううっと
このあたしの部屋に 棺桶用の花を!
寒い。
でも文句なんかいってられないわ…
夜じゅうずっとどこにつづくかわかんない廊下をうろうろうろうろ
つめたあい氷みたいな顔した役人たちに会って来たのよ!
しろくって大理石みたい
あああ蝋人形みたいな!
やっと やっとよ
旦那さまの顔が見えて
でもすっごい遠くてね
あたし 指で合図したんだけど
どうにか。
あたしじぶんが 罪人 みたいなかんじがしたわ…
で すぐ
憲兵が ふたり
旦那さまをつれてっちゃった…

ソランジュ:憲兵。
それは…
看守 でございましょう?

奥様:あんた あたしが知らない知識をしってるのね
看守でも憲兵でもおんなじ
とにかく旦那さまは行っちゃったの
あたしさっきは
裁判官の奥さん てやつに会って来たのよ…
クレール!!

ソランジュ:奥様にお茶を入れておりますわ

奥様:早くさして…
ああソランジュ ゆるして
あたし
旦那さまがひとりで たべものもたばこもなくて
なのに あたし自分のお茶をせかしたりして…
ああみんな 牢屋ってのがどんなんだか しらないんだわ
想像力の 欠如! よ
あたしはいやでも想像する
あたしのするどい感受性!
みじめだわ…
クレールとあんたはしあわせよね ふたりきりの家族
低い身分てのは
不幸を知らずにすんでるのね うらやましいわ!

ソランジュ:旦那さまが無実だってことは すぐにわかりますわ

奥様:無実よ! あたりまえよ!
でもね無実だって あああ有罪だって
あたしはあのひとを見捨てたりしないわ!
こういうときこそね
自分が だれを あいしてるのか
はっきり わかるの!
あのひとは 犯罪人なんかじゃあないけど
もし もし 罪に問われたら
あたしあのひとの共犯者になるわ
ギュヤヌまで! シベリアまで!
どこまでだって付いてくわ
あのひとは きっとうまく解決するけど…
このばかばかしいできごとで
あたしがどんなにあのひとのことがだいじか
はっきり わかったの
こんなことが起こってね
あたしたちは別れても当然
だけど
あたしたちは もっともっと強くむすばれる!
ああもう まえよりも幸福だ ってくらいだわ
怪物的な幸福!
旦那さまは無罪だけど、
もし もし 有罪だったら
あたしはあのひとの十字架を背負う
喜んで!
どこまでだって!
牢獄から牢獄へ
流刑場まで 付いてくわ
いざとなったら 最期まで歩きつづけるとしたって
流刑場まで 流刑場まで…、
ソランジュ!
たばこ
たばこが吸いたいわ

ソランジュ:そういうことは
許されるかどうかわかりませんわ
ギャングの妻だって妹だって母親だって
付いて行くことは許されてません。

奥様:ギャング!
なにいってるの?
それにあんた なんてものしりねえ
判決がでたら
もう ギャング なんてもんじゃあないわ
それに あたし 規則だって曲げてみせる
ソランジュあたしは あたしの勇気をありったけつかって
なんだってやるわよ!!

ソランジュ:奥様は とても 大胆ですわ

奥様:あんたまだわたしのことをわかってないの
これまではね
あんたとあんたたち姉妹は
あたしを
こまやかで優しく お茶とレースが大好きな奥様 としてみてたけど
もうずうっとまえから
あたしは違う生き方をしてるの。
あたしは強いのよ
闘う覚悟はできてるわ
旦那さまはギロチンの心配はないけど
あたし そのくらいのつもりでいたほうが
じぶんのためにはいいわ
ものすごい速さであたまをつかうためにはね
この高まってるかんじが重要なの
もっとよくものをみるために
この速さが。
この速さが
朝からどんよりしちゃってるこのあたしの不安を
突き抜けることができる
ねえ
この調子でいけば
あのひどい刑事たちが
どうしてうちに最悪なスパイをしのびこませたのか
きっと わかるわ!

ソランジュ:奥様 あわてずとも…
もっとひどい事件でも無罪になった てのがありますわ
エクス・アン・プロヴァンス裁判所で…

奥様:もっと ひどい??
あんた 旦那さまの事件のことで
なんか知ってるっていうの?

ソランジュ:わたくし…
わたくしはなにも。
まわりが いろいろ申しますからそれを
奥様 たいした事件ではない とおもっております
わたくし…

奥様:くだらないことばっかりよ
無罪放免 なんてこと なにを知ってるっていうの?
裁判所なんか よく行くの あんた?

ソランジュ:話を。
読むんです
もっと悪い なにかをした男が…
結局…

奥様:旦那さまの事件は ほかのとくらべるようなもんじゃあないわ
窃盗 盗み
ばかばかしいことで逮捕されてるの
これでいいかしら?
泥棒!
ひどいはなし
あのひとを密告した あの手紙みたいにひどい さいあく。

ソランジュ:奥様 お休みにならなくては…

奥様:疲れてなんかないわ
あたしのことを なんにもできない みたいに扱うの
やめて!
あんたたちにご忠告いただいたり
ちやほやされて甘えてる女主人とは ちがうの
今日からは!
ちやほやされなきゃいけないのは あたしじゃない
あんたたち あたしを気の毒がってるの?
親切そうに いらいらする!
最悪。息ができない!
あんたたちの親切さ
ここ最近もおっとべたべたしてきたわ ここ何年も!
結婚式みたいに
むしろその反対だっていうのにさ
すごい花なんか飾って!
あとはあたしに お寒いでしょうから とか何とか言って
暖炉に火でも入れれば完璧!
あのひとの牢屋に 暖房なんてあるとおもう?

ソランジュ:ええ…ない とおもいます
あの
もし
奥様が
わたくしたちに つつしみ が足りない と
おっしゃりたいのでしたら…

奥様:そんなこと ぜんぜんいってないわ

ソランジュ:きょうの かけいぼ
ごらんになりますか?

奥様:まったくだわね!
あんたはにぶいおんなだわ
数字なんか見れないでしょ?
ねえソランジュ
そのにぶさ
あたしをばかにしてるってわけ?
数字 かけいぼ 夕食のメニュー
女中の食事のメニュー 下女の食事のメニュー
そんなこと 話してるヒマがあるわけないでしょ?
あたしは あたしの苦しみと一緒に
ひとりっきりでいたいわ!

ソランジュ:わたくしどもは 奥様のお苦しみがよく…

奥様:あたし 家の中をお通夜みたいにしたいわけじゃないの
でも でもね…

ソランジュ:(毛皮のケープを片づけながら)
裏地が破れてますわ
あす毛皮屋に持っていきます

奥様:そうね もうそんな必要はないけど。
あたしもう着飾る なんてやめるわ
もうあたしだって年だし
ねえ ソランジュ
あたし もう若くないわね?

ソランジュ:また 暗いお考えが…

奥様:喪に服してる みたいなもんなんだから あたりまえよ!
旦那さまが 牢屋 にいるっていうのに
なんでドレスのこととか毛皮のこととか 考えられるのよ
あんた家の中があんまりにも暗すぎる っていうんだったら…

ソランジュ:とんでもありません 奥様

奥様:あんたたちまで
あたしの不幸を悲しむすじあいはないわ
許可してあげるわよ

ソランジュ:あたしたちは奥様を見捨てたりいたしません
これまでこんなによくしていただいて…

奥様:わかってる
あんたたちの生活 つらいでしょ?

ソランジュ:とんでもない!

奥様:あんたたち
あたしのむすめ みたいなもんよ
この家のなかにいてもらえると
すこしはさみしさも薄れるわ…
ねえ 田舎に行く?
すごい花が咲いてるわ
でもあんたたちあんまりあそばないわね
若いのに 笑ったり しないし…
田舎はのんびりできるわ
ゆっくりさしてあげる
それに
ねえ こんど あたしのもの
みんなあんたたちにあげる
十分だわね
あたしの着古しったって
あんたたちはお姫様みたいな格好できるわ…
あたしのドレス…
(戸棚に行き ドレスをながめる)
誰のために着るっていうの?
もう上流の生活なんてやめるわ

(クレールがお茶を捧げて登場する)

クレール:お茶 を。

奥様:バイバイ
ダンス パーティ 劇場 そんなものたち お別れ。
あんたたち みんな引き継いでちょうだい。

クレール:(ぶあいそうに)
奥様
ドレスはそのままご自分のもとに。

奥様:(びっくりして)
なにを?

クレール:(冷静に)
奥様 むしろ
もっと豪華なドレスをご注文なさった方がいいですわ

奥様:あたしにブティックをはしごしろって?
いまあたしはあんたの姉さんに とくとくと説明してたとこよ
あたしには 裁判のときに着る黒い服が必要なの

クレール:奥様は とてもエレガントにおなりです
苦しみがおしゃれをなさる口実になるのかもしれませんわ

奥様:あら
それも そうかもねえ…
旦那さまのために
きちんとした格好をね。
でも旦那さまが流刑囚となったときのための喪服は必要だわ
ほんとに亡くなったとき以上の りっぱな…
いま持ってるのの数倍いいやつを新しくつくろう
あんたたち あたしのお古を着てくれたらいいのよ
あんたたちに古着っていうお恵みをあたえたら…
もしかしたら旦那さまにもお慈悲があたえられるかもしれないものね
ありえるわ

クレール:でも 奥様…

ソランジュ:お茶を 奥様。

奥様:置いといて。あとで飲むわ
ドレスをあげる
ぜええええんぶあげるわ

クレール:わたしたちは いつまでたったって
奥様のようにはなれませんわ
奥様のドレス
わたしたちが どんなに丁寧に慎重に扱っているか!
奥様のクローゼットは
マリアさまのお御堂といっしょ
開けてみますと…

ソランジュ:(ぶっきらぼうに)
お茶 冷めてしまいます。

クレール:扉を両側に開けて。お祭りの日みたいに。
ドレスをまともに見ることすらできません
わたしたちにはその権利がない
奥様のクローゼットは神聖…りっぱな!

ソランジュ:べらべらしゃべって
奥様がお疲れになるわ

奥様:はい おしまい。
(赤いビロードのドレスを愛撫する)
これ 「魅惑」って名前よ
綺麗でしょう
いちばんキレイ。あわれなほどキレイな服
ランバンがあたしのためにデザインしたの
とくべつに。
あんたにあげるわ
クレール!
(服をクレールに与え、クローゼットをあさる)

クレール:奥様 ほんとにくださるんですの
ほんとに!

奥様:(優しくほほえんで)
もちろんよ
言ったでしょう?

ソランジュ:奥様は お優しいこと
(クレールに)
きちんと御礼を申し上げなさい
前から すてきなドレス って言ってたじゃないの

クレール:とても とても着られませんわ
あんまりにも美しすぎて。

奥様:仕立て直せばいいわ
袖とおんなじビロードが すそにあるから…
暖かいわよすっごく
あんたは女中だから 丈夫な布でないとだめだものね
そうね あんたには…ソランジュ
なにをあげようかしら
あんたにはね…
この 狐
(取り出して 中央の肘掛け椅子の上に置く)

クレール:あら!
バルコニーのマント!

奥様:バルコニー?

ソランジュ:クレールは
奥様がこれをハレの場でしかお召しにならなかった と
申しているのでございます

奥様:なにいってるのかわかんない
あんたたちはドレスをもらえるんだからいいわよねえ
あたしは欲しかったらじぶんで買わなくちゃなんない。
でももっと豪華なのを注文しよう
旦那さまの喪が 素晴らしくなるように!

クレール:奥様は お美しい

奥様:いいのよいいのよ
御礼なんかね。
喜んでもらえるっていうのは
すっごく気分がいいわ!
あたしはいいことだけしようとおもってるのよ!
あたしのことを罰しよう なんて
どんなに意地のわるいやつにだって言えやしないわ
なにを理由にあたしを 罰する なんて
あたしの人生はすっかり守られてる
あんたたちの忠実さのバリアー
そして旦那さまはあたしのナイト
ああでも この愛情も
あたしの絶望には役立たないわ
あたし
いま
絶望してる!
あの悪魔の手紙!
知ってるのはあたしだけだったはずなのに。
ソランジュ?

(妹にお辞儀をしながら)
ソランジュ:はい、奥様

奥様:(気がついて)
なに?
あんた クレールにお辞儀なんかして。
ばかね
あんたたちがそんなおふざけが好きだとはおもわなかったわ!

クレール:お茶 は 奥様。

奥様:ソランジュ
あたしはね あんたの…
あら また誰か 机の鍵をいじった?
あんたの意見をね
聞こうと思ったの。
誰が あの手紙を送ったのかしら?
まあ あんたにわかるわけないけど
あたしとおんなじ。
びっくりしてるわよね
でも
いまに 旦那さまが この謎を解くわ
あたし 筆跡鑑定てやつをしてもらって
このひどいことをしくんだのは誰なのかを…
受話器…。
誰がまた受話器を外したの?
あら なぜ?
電話が誰からかあったの?

(沈黙)

クレール:わたしです、
旦那さまが、あの…

奥様:旦那さま? どの旦那さまよ?
(クレールは黙っている)
え?

ソランジュ:旦那さまから お電話があったときに…

奥様:何を言ってるの? 留置所から?
旦那さまが警察から電話をしたの?

クレール:奥様を びっくりさせようと思いまして…

ソランジュ:旦那さまが 保釈になって…

クレール:「ビボケ」で奥様を 待っていらっしゃって…

ソランジュ:ええ 奥様がご存知だったら!

クレール:奥様 もうわたしたちを
お許しになっては…

奥様:(立ち上がり)
なに?
なに?
なにも言わないなんて!
くるま、ソランジュ
早く くるまを!
急ぎなさい 走って 早く!
(ソランジュを部屋の外に追い出す)
コート! 毛皮の
は や く!
あんたたちふたりとも きちがいなんじゃないの
そうじゃなきゃあたしが狂うわ。
(毛皮のコートを着る クレールに)
いつ?
電話。

クレール:(抑揚のない声で)
奥様の お帰りになる 5分前に。

奥様:すぐ話してよ!
お茶 冷めちゃったわ
ソランジュ なにしてんのかしら
待ってられない!
ああもうあのひと なんて言ってた?

クレール:今 申し上げましたとおりに。
とても 落ち着いて いらっしゃって…

奥様:そう あのひといつもそうなのよ
死刑になれ って言われたって あのまんまよきっと
性格ね
え それで?

クレール:なんにも。
判事が 保釈にしてくれた と

奥様:こんな真夜中に 裁判所からでられるもんなのかしら?
判事 って そんなに遅くまで 働いてるもんなの?

クレール:それは まあ 場合によっては もっとずっと遅くまで。

奥様:もっとずっと遅く…
あんたどうしてそんなこと知ってるの?

クレール:わたくしは よく知っております
探偵雑誌を読むんです

奥様:(驚いて)
なあにそれ?
へんなはなしねえ
あんたって ほんとにへんな子。
(腕時計を見る)
遅い。
(長い沈黙)
あたしのオーバー
裏をちゃんと直しに出してね

クレール:あす 毛皮屋へ。

奥様:ねえ かけいぼは?
今日の収支。いま時間があるから 見るわ

クレール:それは ソランジュの仕事です

奥様:そうね…
それにあたしいま 気がおかしくなってるから…
あした 見るわ
(クレールをながめて)
ね。…
あんた…お化粧してるのね!
(笑って)
クレール!!お化粧してるのね!

クレール:(非常に困って)
奥様…

奥様:いいのいいの隠さなくても
わかるわ
生きるのよ
あんたもね 生きるの!
それ どこのいいひとのためなの
白状なさい!

クレール:すこし おしろいを…

奥様:おしろいじゃあないわ
ピンクが入ってる
あたしの古い口紅もつけたわね
「バラの灰」ってやつ…
まあ当然よね
あんたまだ若いのよね
もっと キレイに なったらいいわ
ほら いろいろ ね…
(花を取って クレールの髪に挿す
 腕時計を見る)
なにしてんのかしら?
もう12時も過ぎた ってのに
帰ってこないわ!

クレール:タクシーが いないんですよ
大通りまで出て 探してるんですきっと

奥様:そうね時間の感覚がなくなっちゃったわ
うれしくて
気が狂いそう!
旦那さまが釈放! 電話 こんな時間にねえ。

クレール:奥様
お掛けになった方がよろしゅうございますわ
お茶を 入れ直してまいります

奥様:いらない あたしのどは渇いてないわ
今夜はこれから シャンパン
一晩中ね!

クレール:ええ
お茶を
すこし…

奥様:(笑って)
もうすっかり元気満杯だわ

クレール:ええええ ええ。

奥様:あたしたちを待ってなくていいから。
すぐ休んでていいわ。
(突然 目覚まし時計に気づく)
え なに この目覚まし?
どこから出て来たの?

クレール:(非常に困って)
目覚まし。
これは 台所の 目覚ましなんです…

奥様:
あたし いちどもみたことないわ

クレール:(目覚ましを取り上げる)
台所の棚の上に
いつも ありますわ。
ずっとまえから そうですわ

奥様:(微笑して)
そうねたしかに 台所 って
あたしにはあんまり縁のないところだわ
あんたたちの部屋。
あんたたちの領土。あんたたちがあそこの王様。
でもなんでここに持って来たの?

クレール:ソランジュが。
掃除のときに
振り子時計は狂ってる って言って…

奥様:(微笑して)
あの子は几帳面ね
あたしは世にも忠実な女中たちをつかってる

クレール:あたしたち
奥様を お慕いしております。

奥様:(窓の方へ行きながら)
そりゃあ当然よ。
あんたたちのために あたしが
してあげなかったことなんてある?
(出る)

クレール:(ひとりで、にがにがしく)
奥様はわたしたちに
お姫様のようなドレスをくださいました。
奥様は
クレールだかソランジュだかの病気の看病をしてくださいまさした。
いつでも奥様は あたしたちをごっちゃになさってる。
奥様は
親切さであたしたちを包んで
奥様は 
姉と わたしと 姉妹が一緒に暮らせるようにしてくださいました。
奥様は
もうおつかいにならない こまごましたものをくださいます。
わたしたちが日曜日にミサに行くのをお許しになりますし、
わたしたちが奥様のおそばでお祈りを捧げることを
我慢してくださいます。

奥様:ねえ 聞いて! 聞いてよ

クレール:わたくしたちが捧げる聖水をお受けになりますし、
ときには反対に
わたくしたちに聖水をおかけになります
奥様の手袋の先で!

奥様:タクシーが来たわ!
ね そうよね?

クレール:(ひどく大声に)
奥様のご親切さをかぞえあげております

奥様:(微笑しながら戻って来る)
褒めてもなんにも出ないわよ…
でもあんたは自由ね。
(家具の上を手でなでる)
バラで部屋をいっぱいにするけど、
家具は拭かないのね!

クレール:奥様
わたくしたちのお勤めに ご不満が?

奥様:不満なんてないわ
とても満足よ
クレール
じゃ
あたし行くわ!

クレール:奥様 お茶を一口だけでも。
冷めてはおりますが

奥様:(笑って クレールにのしかかるように)
あたしを殺そうっていうの?
お茶や、花や、おせっかいで。
今夜はね…

クレール:(嘆願的に)
すこし だけ でも

奥様:今夜はね シャンパンを飲むのよ!
(お茶の盆の方に行く
 クレールはゆっくりとお茶の方に戻る)
あら きょうのお茶はずいぶんいいカップに入れてあるのね!
なんてすてき!

クレール:奥様…

奥様:こんな花はかたづけて。
あんたたちの部屋に持ってきなさいよ。
もう休んでいいわ!
(出ていくかのように身を翻して)
旦那さまは 自由!
クレール、
旦那さまは釈放されたの
会いに行くの!

クレール:奥様。

奥様:奥様は 逃げるわ!
花はかたづけてね!

(出て行ったあとに ドアが叩き付けられる)

クレール:(ひとり残って)
奥様 なんてご親切なこと!
そして 奥様 なんてお美しい!
なんてお優しい 奥様!
わたしたちは恩というものを知っておりますから
毎晩 あたしたちの屋根裏部屋で
奥様のために お祈りをしております。
奥様のご命令の通り、
あたしたち 大きな声を出したりはけっしていたしませんし、
奥様の前では あたしたちの間でだって
無作法なものいいはいたしません。
奥様は わたしたちを 優しさで 殺す
親切さという名の毒を盛る。
奥様は 親切
奥様は キレイ
奥様は 優しい
日曜日のたびに ご自分のお風呂をわたしたちに使わせてくださいます。
ときどきは お菓子を分けてくださる。
しおれた花をたくさん くださる
わたしたちの菩提樹茶を入れてくださる。
奥様は 旦那様のお話をいやになるほど聞かせてくださる
胸が悪くなるほど!
奥様は 親切
奥様は キレイ
奥様は 優しい。

ソランジュ:飲まなかったの?
そうなるとおもった
はじめから あんたなんて あてにしなきゃよかったわ
りっぱなお仕事ぶりですこと。

クレール:あんたがやればよかった

ソランジュ:もうあたしのこと からかってなんかいられないわね
奥様は 逃げました!
奥様は あたしたちの手から 逃げていってしまった
クレール!!
どうして逃がすなんて…
旦那様に会ったら みいんなわかってしまう。
もうおしまい。

クレール:うるさい
睡眠薬は入れた
でも 飲まなかった
あたしのせい?

ソランジュ:いつもどおりね!

クレール:あんただって
旦那様が釈放されたニュースを知らせたくて知らせたくて
口がうずいてたじゃないの

ソランジュ:そのニュースは あんたの口からでたわ!

クレール:あんたの口が仕上げをした!

ソランジュ:できるだけ したわ
口を閉じて
口を…
あたしを責めるわけ?
あたしはちゃんとやったわよ
あんたのために時間をかせいで
死ぬほどゆっくり階段を降りて
人なんかとおらない道を選んでさ
でも
雲の固まりみたいにタクシーがうじゃうじゃいるの
むりだった
一台 止めちゃったの…
あたしは時間をひきのばした
でも ぜんぶ失敗したのは あんた。
奥様を 手から 放して
ああ もう 逃げるしか
ね 荷物を持って
逃げよう。

クレール:あたし できなかった。
のろわれてるのよ

ソランジュ:呪い?
また ばかな こと

クレール:あたしの言ってる意味 わかるでしょ
モノたちが あたしたちの邪魔をした

ソランジュ:モノ?
モノは あたしたちのことなんて気にしてやしないわ

クレール:いつもそう
あたしたちは 裏切られる
モノたちがみいんな あんなふうにあたしたちを責めるなんて
あたしたちは 大罪人
あいつらぜえんぶばらすつもりだったわ
奥様に!
電話
電話の次には あたしたちのくちびる
あんた ぜんぜん見てなかったわね
奥様はなにもかもみてたわ
もう謎が解けてるきっと
もう火は 着いちゃった

ソランジュ:でも逃がしたのね

クレール:ソランジュ
奥様
奥様 台所の目覚ましみつけたわ
あたし見たの
あたしたち だしっぱなしだったの
そして鏡台のほこりに目をつけて
あたしの顔のお化粧を見つけて
雑誌のことも あの「探偵」
どんどんあたしたちが あばかれていく
あたし ひとりで
受け止めたわ
ひとりで
あたしたちがめちゃめちゃにされるのを
みて…

ソランジュ:行こう
荷物もって。
早く 早く 早く 早く
クレール!
船でも
汽車でも…

クレール:どこへ?
どこへ?
手に ちからが はいらない

ソランジュ:行こう
どこでもいいでしょ!
誰のとこだって

クレール:落ち着くとこなんてない
どおおやって生きてくの?
あたしたちおかねなんてないわ

ソランジュ:(まわりを見回す)
クレール
持ってこう…
持ってっちゃおう

クレール:おかね?
は! あたしたち 泥棒じゃあないわ
すぐに警察に見つかる。
お金があたしたちを警察に通報するんだわ
さっき モノがあたしたちをあばくのを見てから
もう モノ が 怖い
ソランジュ
つまんないことで あたしたち つかまるわ。

ソランジュ:どおでもいいわ
ぜんぶ悪魔の餌食に。
どおでもいい 逃げよう。

クレール:もうだめ まにあわない。

ソランジュ:このまま ここにいるつもり?
くよくよ考えるだけで じっと?
あしたの朝 帰ってくる ふたりとも!
手紙がどこから来たか わかるわ
ぜんぶ ぜんぶわかるわ
あの女 あんなに輝いて
階段ですれちがったとき
ひどいかおだった
勝ち誇って 幸福で 残酷で
あの女の あの喜び
あたしたちの恥からできてる
あの女が勝ち誇ってるのは あたしたちの恥の色 赤よ
あの女のドレスの赤も あたしたちの恥の色
あの女の毛皮
ああ あの女 毛皮 着ていったわ!!

クレール:疲れた

ソランジュ:よくいうわ
なんて お上品なこと

クレール:もう 疲れた!

ソランジュ:奥様に罪がないなら
女中たちに罪があるってこと
無罪っていうのは 簡単なことね 奥様!
ああ あたしがあんたの死刑をうけもったのなら
とことんまで 
とことんまでやったわ

クレール:ソランジュ

ソランジュ:最後まで。
毒入りのお茶
あんたがずうずうしくも飲まなかった
歯をぎりぎりと開けさせて あたしが飲ませてやったのに。
死ぬのがおいや!
は!
お願い差し上げるつもりだったわ
あんたの服に接吻して 手を合わせて!

クレール:そんなに 簡単なことじゃない

ソランジュ:そお
あんたが 生きていなくてもいいようにしてあげたのに!
毒を 飲ませてください って
あんたが哀願せずにはいられないように
そのうえで あたしは一回断ってあげるわけ
それで あんたは 生きていることに耐えられなくなるって段取り!

クレール:クレールだか ソランジュだか
あんたにはむかむかする
そう あたしには
クレールもソランジュも いっしょ
吐きそう!
あたしたちのふしあわせは
みんな あんたのせい

ソランジュ:もう一度 おっしゃってください。

クレール:(観客に正面を切り
       黒い服の上から お気に入りの白いドレスを着る)
あんたが
最高におそろしい犯罪をしたってことを
責めてるの よ

ソランジュ:あんた気が違ってる もしくは 酔っぱらってる。
犯罪なんてないわクレール
あたしたちが責められるべき犯罪 なんて
ここにはないわ

クレール:じゃあ犯罪をひとつ
つくりだしましょ
ねえ
あなた あたしを侮辱したいのでしょ
どうぞご遠慮なく。
あたしの顔に つばを どうぞ!
泥と 汚れを さ!

ソランジュ:あんたはキレイよ

クレール:最初の手続きはとばして。
もうずっとまえから
役を演じるための嘘やためらいなんて
どうでもいいことにしちゃってたでしょ?
早くして。
早くしてったら!
もう はずかしめと屈辱には我慢できない。
だれかが聞いて 笑って
あたしたちを 気が違ってる とか うらでこそこそなんか言ってたって
あたし
もう
気持ちがいいの
ぞくぞくする
クレール
あんまりうれしくて
変な声がでちゃう

ソランジュ:あんたはキレイよ

クレール:あたしを ほら はずかしめて

ソランジュ:お美しい

クレール:とばして。
序章はとばして よごして。
侮辱するのよ

ソランジュ:あなたのお美しさ
とても 侮辱 だなんて。

クレール:侮辱 よ
あたしがじぶんでじぶんの美しさを褒めるためだけに
このドレスを着たわけないでしょう?
憎しみを
侮辱を
あんたのつばを!

ソランジュ:手伝って。

クレール:あたしは女中なんて憎むわ
醜くて 卑しい職業
女中 なんて にんげんじゃあないわ
流れる いやあな匂い
あたしたちの部屋や廊下に 漂って しみこむ
口から入って来て あたしたちを腐敗させる
あたしは あんたたちを 口から吐き出してやる。
(ソランジュ 窓の方へ行こうとする)
動かないで。

ソランジュ:高まって来たわ
あれだわ

クレール:女中は世界にとって必要。
墓掘りや 汲み取り屋や 警官が必要なのとおんなじ。
でもやっぱり このキレイな世界を
汚すのね いやな においで

ソランジュ:続けて
続けてください

クレール:あんたたちの 驚きのまじった
でもまにあわない後悔のような まぬけなかお
しわしわの腕
何年も着てるブラウス
あたしたちのお古のドレスを着るために
ねじ曲がった そのからだ!
あんたたちはゆがんだ鏡よ
下水の栓
あたしたちの恥
酒粕!

ソランジュ:続けて
お続けになってください

クレール:もうせいいっぱい
急いで
ねえ
あんたたちは…
あんたたちは…
ああ もうだめからっぽ
おもいつかない
侮辱
クレール
あんたのせい 力が尽きそう

ソランジュ:あたしを外に出してください
みんなに話してやる
人が窓から首を出してあたしたちを見るわ
聞いて いただかなくっちゃ
(窓を開ける が クレールが部屋の中に引き戻そうとする)

クレール:向かいの家の人が見るわ!

ソランジュ:(もうバルコニーにいる)
それがあたしの望み!
気持ちいい
風が いい気分

クレール:ソランジュ
ソランジュ!
あたしといっしょにいて!
戻ってよ!

ソランジュ:いいかんじだわ
奥様は
奥様は
歌声も
恋人も
牛乳屋も
自分のものにしていらっしゃいました

クレール:ソランジュ…

ソランジュ:黙って!
朝の牛乳配達、
明け方の使者、
楽しげに響く鐘の音、
病弱そうな男前の夫、
もうおしまい!
舞踏会よ

クレール:なに?

ソランジュ:(おごそかに)
やめにさせるの。
ひざまずいて。

クレール:ソランジュ…

ソランジュ:ひざまずいて!

クレール:やりすぎよ…

ソランジュ:ひざまずいて!
あたし じぶんがなにをすべきか
とうとう わかったの

クレール:ころす の?

ソランジュ:(歩み寄って)
そうかしら?
絶望でいっぱい
いまならなんだってできる
やっぱりあたしたち 呪われてたんだわ

クレール:黙って!

ソランジュ:あたしたち
犯罪を犯さなくってもいいのよ

クレール:ソランジュ!

ソランジュ:動かないで!
奥様に
聞いていただきたいんです。
あんたは奥様を逃がしちゃったわね
あんたがね!
ああ 奥様にあたしの憎しみをぜんぶ流し込んでやりたい
あたしはいつもいつもいつも
あいつのことが大嫌いだった
あんたは卑怯で大ばかなろくでなし
奥様を逃がしてしまった
今ごろ あいつ シャンパンを飲んでる。
動かないで
動かないで!
死がすぐそこにいて
あたしたちを狙ってるんだから

クレール:出て いかせて

ソランジュ:動かないで。
あんたといっしょにね
あたし
たぶん
いっちばん簡単なやりかたと 勇気をみつけだすってわけ
奥様!
妹を自由にして
同時に あたしは死ぬことができる。

クレール:何をするのよ
なに?

ソランジュ:お願い
クレール
返事を して。

クレール:ソランジュ
もうやめましょ
もうたくさん
このままでいい

ソランジュ:あたし
ひとりで続けるわ
ひとりで。
動かないで。
あんたがもっと利口だったら
奥様を逃がすことなんてなかったわね
(クレールにのしかかって)
今度こそ こんな卑怯なおんなとは
お別れ。

クレール:ソランジュ! ソランジュ!
助けて…

ソランジュ:出したいだけ叫べばいいわ
最期の叫びをね 奥様。
(クレールを押し、クレールは 部屋の隅にうずくまる)
ああ やっと!!
これで奥様も死んだ
リノリウムに横たわって…
台所の手袋で 首を絞められ。
お座りになっていてください 奥様。
わたしのことを 敬称をつけて
マドモワゼル・ソランジュ と呼んでくださっても結構です。
当然。
わたしがこんなことをしたからには…
奥様も 旦那様も
これからは わたしを
マドモワゼル・ソランジュ・ルメルシエ
と呼ぶようになる…
グロテスクな 黒い服。
(奥様の声を真似る)
女中の喪に服すなんて。
近所中の召使いたちみんな
行列をつくって あたしに挨拶していくの
まるであたしがあの子の家族かなんかだったみたいに。
あの子は家族同然 なあんて冗談を
ほんとにしちゃったわ…死んでから。
奥様!
わたしは奥様と対等 頭を上げて 歩いていきます…
(笑う)
だめだめ、刑事さん、
あたしのしたことの意味なんて なんにもおわかりにならないでしょう
わたしたちが なにをいっしょにやったか
この人殺しで わたしたちがどんなふうに協力したか…
ドレス?
そんなもの 奥様がそのまま取っておいてくださいまし。
妹もわたしも、じぶんのドレスは持っておりますわ
それを夜になると こっそり隠れて着ていたんです。
わたしはいま 自分のドレスを持っています
あなたと対等。
わたしはいま 女囚たちの着る赤い服をまとっています。
旦那様はにやにやしてる わたしが滑稽ですか 旦那様?
わたくしのことを きちがいだと?
旦那様は、
女中は 奥様だけがするような仕草なんぞは しないもの
と信じていらっしゃる
旦那様、ほんとうにわたくしを許していただけるのですか?
ご親切なこと…
わたくしと 大きさ で競おうとなさっている
でもわたくしは とほうもない大きさの残酷さを手に入れました。
いま奥様は わたしの孤独にお気づきになった とうとう!
そう
わたしはいま ただひとりの人間です。
おそろしい 女です。
あなたにひどい言葉を投げつけることだってできる。
でもわたしは 女中らしく あなたに優しく接する
奥様はちゃあんと恐怖から立ち直ることができる。
ちゃあんと落ち着きをとりもどすことができる。
ご自分の 花や 香水や ドレスに囲まれて
ええ あの
オペラ座の舞踏会の あの白いスパンコールのドレス
いつもわたくしが お着せしない 白いドレス。
そして ご自分の宝石と ご自分の男たちに囲まれて。
わたしには妹があります。
ええ わたくしはあつかましくも妹の話をします。
奥様
わたしはなんだってずうずうしくやらせていただく
どんなことだって。
誰がわたしのことを黙らせることができますか?
誰がわたしに「うちの娘」なんて言うことが?
私は長い間お勤めを。
そして お勤めに必要な 演技 を身につけました。
奥様にはいつも笑顔。
身を屈めて
ベッドをつくる
床を磨く
野菜の皮をむいて
ドアのそとで立ち聞き
鍵穴からのぞき
身を屈める。
でもいまは 立っています まっすぐに。
ちゃんと。
わたしは人殺しです。
マドモワゼル・ソランジュは 妹を絞め殺した女。
口を閉じろ と?
奥様はほんとに繊細でいらっしゃる。
わたしは奥様が可哀想…
サテンのようになめらかなお肌、ちいさなかわいらしいお耳、
細い細い手首を。
わたしは腹黒いめんどり、
裁判官がわたしを食べる
わたしの身柄は警察に所有されておりますから。
クレール!
あの子は 奥様のことがとっても好きだったんです!
いいえ、刑事さん、
言い訳なんかはいたしません。
この話に関係があるのは わたしたちだけ。
ね クレール
それは あたしたちの あたしたちだけの
夜 でしょう?
(たばこに火をつけて、不器用に吸う。煙にむせる)
あなたにも、ほかのだれにも、
なんにもわからないわ
わかるとしたら
ソランジュが今度こそ最後までやった ということだけ。
ソランジュはいま 赤い服を着ているでしょう?
ソランジュは いま出て行きます。
(ソランジュは窓の方へ行き、開けて、バルコニーに出る。
観客を背にして夜に対面し、次の長台詞を言う。
かすかな風がカーテンを動かす)
出て行く。
大階段を下りる。
警官がソランジュについて。
バルコニーに出て、ごらんなさい
ソランジュが 黒い服を着た 警官たちと一緒に歩いている。
ちょうど正午。
ソランジュは9ポンドもある大きな松明を掲げている。
すぐあとからついてくるのは 死刑執行人。
彼女の耳に 彼が愛をささやく。
あたしに首切り役がついてくる。
クレール!
あたしに首切り役がついてくるのよ!
(笑う)
近所中の女中たちぜんぶ、
クレールを墓地まで送った彼ら召使いたちが
行列をつくって ソランジュを見送る。
(外を眺める)
捧げる花輪や花束 吹き流し のぼりなんかを手に手に持って。
弔いの鐘。
厳かで麗々たる埋葬。
なんてきれい。
先頭は給仕長たち 燕尾服を着て それぞれの手に手に 捧げる花を持って。
次は下男たち 短いズボンに白い靴下 それぞれに捧げる花を持って
そして小間使いたち
門番たち
天国からの使いの者たち。
あたしがみんなを導いてやる。
死刑執行人が あたしを優しく眠らせてくれる、
あたしは喝采を受け、
青白い顔で、
死んでいく!
(室内に戻る)
たくさんの花、なんてたくさんの
あの子のためのすばらしい 葬式
クレール!
(わっと泣き出し、肘掛け椅子に崩れ落ちる…
 立ち上がる)
むだですわ、奥様。
わたしは警察に従います。
わたしを理解してくれるのは 警察だけ。
警察もまた、世界から見放された人の世界に属しているんですから。
(しばらく前から 台所のドアの縁にひじをついたクレールは
 観客だけにしか見られず、姉のことばをじっと聞いている)
わたしたちは いま
マドモワゼル・ソランジュ・ルメルシエ
です。
ルメルシエという女、あのルメルシエ、
世に名の轟く罪人。
(がっくりして)
クレール、あたしたち もうだめだわ。

クレール:(悲しげに、奥様の声で)
窓を閉めて、カーテンも。
それでいいわ

ソランジュ:もうおそいわ
どこの家も眠ってる。
もうおしまい

クレール:(手で黙れと合図する)
クレール
あたしに
菩提樹茶をいれてちょうだい

ソランジュ:でも…

クレール:菩提樹茶 って 言ったの。

ソランジュ:あたしたちふたりとも
死にそうよ。疲れた。
もう おしまい。
(肘掛け椅子に座る)

クレール:
手をひける って思ってるの?
風を仲間に
夜を共犯に なあんて

ソランジュ:でも…

クレール:もうおしまい。
この最後の瞬間は あたしの好きなようにさせて。
ソランジュ
あんたのなかに あたしを生かしておくの

ソランジュ:だ め!
だめでしょ?
あたま おかしくなってる
行こう クレール 早く!
ここにいても…
この家 もう毒がまわってる

クレール:このまま。

ソランジュ:クレール
あたし すごく弱いの
ほら もう 血の気が…

クレール:おくびょうもの
あたしの命令を。
あたしたち まだ始めたばっかり。
ソランジュ おしまいまで行きましょう
あたしたちふたりぶんの命を支えるのは
ソランジュあんたひとり
流刑場で あんたにあたしがついて来てるってことには
誰も気がつかないわ
いい
あんたが判決を受けたとき
じぶんのなかに あたしがいること
忘れないで
あたしたち
キレイで
自由で
陽気になる
ソランジュ
もうじかんがない
あたしのあとに 繰り返して

ソランジュ:おーけー
でも でも小さい 声で。

クレール:(機械的に)
奥様、菩提樹茶をお召し上がりになりませんと。

ソランジュ:(厳しく)
言えない

クレール:(ソランジュの両手首をつかんで)
ばか!
奥様、菩提樹茶をお召し上がりください。

ソランジュ:奥様、菩提樹茶をお召し上がりください…

クレール:お眠りにならないといけませんわ…

ソランジュ:お眠りにならないといけませんわ…

クレール:わたくし 眠らずに 奥様を見守っております…

ソランジュ:わたくし 眠らずに 奥様を見守っております…

クレール:(奥様のベッドに寝る)
もう一度言うわ
(ソランジュ うなずく)
もう一度。
菩提樹茶を。

ソランジュ:(ためらって)
で も

クレール:菩提樹茶!

ソランジュ:奥様 で も

クレール:続けて。

ソランジュ:奥様 でも
もう 冷えております。

クレール:それでいいわ。
ここに。
(ソランジュ トレイをもってくる)
あんた いちばんりっぱな
いちばん高価なカップに注いだのね…
(茶碗を取って飲む。
 その間、ソランジュは観客に顔を向けて、
 動かず、
 両手を十字に交差させている。)

ー幕ー


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