『無題（仮）』（2022）

※上演ご希望ございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。著作権・上演権は田口アヤコに帰属します。

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『無題（仮）』（2022）

都市部の駅前、夜。
バスロータリーがあり、ベンチがある。

登場人物
女（62）

女：

あのね、
おとうさん、好き？

あ、あたし、あなたのおとうさんと友だちで、
もうね
長いの。あ、あたしのほうが10歳くらい年上で
あごめんね、「かなこ」って言います。
こんばんは。

ごめんごめんごめん、
まってたの
ほらバイト、してるんでしょ？終わる時間をね、や、お母さん、元気？

あ、ごめんねー
あたし君のお母さんのことはぜんっぜんしらないのよ
お誕生日おめでとうー
って、きのうだよね、いやね、ほら誕生日当日だとさ、なんかキモいかなって
あ、でもね、20歳、おめでとう。

なんかね、いま18歳じゃない、あたしたちのころは20歳だったからさ、ま、なんか、すごいなって。それでね、あの、これ、ビールとか、なんかチューハイとか、ストロングゼロとか、買ってきたから、あっお茶とか、コーラとかもあるから！
そこさあ、ベンチあるじゃん？
すこし、話させてよ。
ごめん！しゃべりたいの！

ごめんごめん、君のおとうさんのサイトーくんとはずーっと会ってなくてさ、それこそいまFacebookとかあるじゃない！

あたしね、62歳。
アラカン？まっそれはいっか、

うん、あたしはねえ、ビール好きだからー。
キリンとー、スーパードライとー、いやもう今日は発泡酒買ってないから。
あっお酒、大丈夫？
まあー、カンパイだけしよっか！
や、めでたいよ。おめでとう。

ぶっ、サイトーくんに、似てないね！
なんかさあ、サイトーくんが、なんか「愛とかないけど、子どもつくりました」って言っててさ、いやまあびっくりしたわけ。
なんかね、お友達の女の子が、「子ども産みたいから協力して」って言ったんだって、
いやなんか、20年経って？もう言ってもいいかなって

や
あたしもほんとのとこはしらないよ、
なんかストーカーみたいでごめんね！
いやそんときさあ、あたしも、「産みたかったなあー」って、せつせつとおもったわけよ、

あのね、その少し前に、てか何年か前だな、あたしもなんか子ども欲しい欲しいって言ってて、普通に婚活とかしてたわけ、そしたらさあ、サイトーくんが「スズキさん、ぼくの子どもを産んでくれませんか」とか言うわけよ、
びっくりしちゃって！
だって別に恋愛とかそういうのないんだよ？てかさあ、いやいやいや、あなたとわたし、セックスする関係じゃあないでしょうと。

や、そのあとね、サイトーくんと、あなたのおかあさんと、こう、注射器みたいなやつでさ、タイミング法的に、こう入れたらしいのよ、ぶっちゃけ精子をね、
だから、セックスとかそういうのなくて、彼氏彼女とかそういうのもなくて、
でも何回かで成功して、
よかったねー！っておもったの。わたしも。
でもね、そんとき、いやこれもう20年、てか21年だね、前の話でさ、いやでも、あーそんな方法も、あったんだなーって。

でさあ、すごいサイトーくんが盛り上がってたの、「子どもはこういうふうに育てたい、モンテッソーリが、」とかそういうやつ。
あ、ごめんね、なんか君がここまでどう育ってきたかとかさ、生きてきたかとかさ、あたしには言う権利もないからさ、聞き流して！

でもさあ、すごい「おめでとー！」って思う気持ちと、サイトーくん、それはフリーライドじゃん？ってすごいなんか怒っちゃったわけ、なんかあたしのなかで、個人的にね、

だってさあ、おんなのひとが「子どもが欲しい」とおもってさあ、それで自分の身体破壊して子どもをおなかのなかで育ててさあ、生きるか死ぬかの出産してさあ、いやほんとに愛もなく精子あげただけなのに、「俺の子」って、えっなに言ってるの？って。

まあそれはいいのぜんぜんいいの、
なんか2人の話じゃん？なんかさ、でも、「代理出産」とかいま海外セレブとかもバンバンやってるけどさ、マジでおかねで？子宮、っていうか、卵子っていうか、おんなのひとの人生そのものを、いやある一定期間じゃんって考え方もあるけど、障害のあった子どもとか産まれてきちゃったら、自分か、子どもか、どっちか死ぬまで「一生」じゃん？
それを「おかねで」って、なんか、すごい話じゃない？

って、男の子の君に話しても、ぜんっぜんピンとこないよね
なんか、あたしはもう生理とかおわってさ、すごーい気楽になったけど、産んどけばよかったんじゃん？ってすごいおもうの、それこそさ、
サイトーくんの、子ども、産んでたらどーなってたかなーって、ほんとしょっちゅう考えちゃうんだよね

いやいやいや、「しょっちゅう」ってのは嘘嘘
でもね、なんか君が産まれてさ、
1歳だよーとか、七五三だよーとかもう中学生だよーとか、あっ大学合格おめでとう！
なんかさ、長いよね、20年間。すごいよね。
でも、あたしにとっては一瞬で過ぎちゃった。気づいたら、すごいおばーちゃんになっちゃったなあ！

ごめんねー、こんなおばさんの独り言聞かせて。ストロングゼロ飲む？これねー、「梨味」とかすごい飲みやすいから！

なんかさあ、
60年生きてきてさあ、もしかして、あたしにはなーんにもないんじゃないかーって。や、仕事とか、してるよ？　結婚もしたの。まあ、それはいいや。
子どもがいるってのは、すごいよ。
言いたくないけどね。
戻れないから。

どうしても、産むのはおんなのひとでさ、おとこのひとは、なーんにもしないの。
なんかそれってさあ、おとこのひとはおんなのひとに、「代理出産」させてるんじゃん、っておもったりするの。
サイトーくんの、うん、君が産まれてさ、すごい感じたの。サイトーくーん、サイトーくんは、なんにもしてなくなーい？って。なんにもしてないのに、サイトーくんは、「自分の子ども」が生まれたんだなーって。

ごめんね、なんかさあ、君の名前が呼べなくて。ごめんね、すごい失礼だとおもうんだけど、呼びたくないの。
じゃあなんでこんな呼び止めてこのオバサン話し続けてるんだよーって感じだよねごめんね、

ごめんごめんね、もうさ、わたしもこんなことしたくないし、ってか、わかんない、今後やらないって自信はないけどさ、今日でおしまーい、20年と1日でおしまい。

なんかさ、わたしはずっと、わたしの傷について言語化できてないのよ、サイトーくんがとか君がとかの問題じゃなくて、その「傷」っていうのがね、
ずっとずっとずっと、人間とかじゃなくてもっと前の、なんか昆虫とかでもさ、メスとオスがいます、とかさ、ツバメとかでもさ、卵を産むのは誰なのとかエサもってくるのは誰なのとかさ、

ほーんと、ずーっと選択させられてきたわけ、高校生とかだったら、「いま妊娠したどうしよう」とかさ、彼氏が避妊してくれないとかさ、むっちゃ生理痛きつ過ぎるよとかさ、なんでこんなに結婚しろとか子ども産めとかいわれんの？とかさ、そうだあたしもう子宮取ってるの。なんかさ、それも、いろいろあるのよ。

ごめんね、これ、ビールかチューハイか、持ってってよ。
なんかプレゼント？とか考えたんだけどさ、よく考えたらキモいじゃん、あのこのビールとかも飲まなかったらぜんぜんいいから！ほんと、つきあってくれてありがとう。
サイトーくんには内緒にしといてね。
お母さんには言わないとおもうけど。

サイトーくんも、あなたのお母さんも、すごくすごく愛して、大事におもってると思うよ。あたしがどうこう言う話でもないけど！

ごめんね、やっぱり名前、呼べないや。
うん、あたしの名前も言っちゃったけどさ、忘れて！

なんかさあ、そのうち、おとこのひとも、子どもが産めるようになったらいいのになーっておもう。ごめん、ぜんぜんわかんないよね。

遅い時間に呼び止めてごめんね。ありがとう。
あなたは望まれて生まれて来た子どもだからさ。
あたしも、望んでたんだとおもう。

あたしの存在自体もさあ、なんか、夢とか幻覚とかくらいにおもっておいてよ。あしたの朝、起きたら忘れてね

あのね、わたし、ほんとべつにサイトーくんがどうこうとかほんとなかったんだけど、ものすごくつらかったの。

（終）