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ガラスの動物園 (2007)

※上演ご希望ございましたら、お気軽にお問い合わせ下さい。著作権はTennessee Williams及び田口アヤコに、上演権はCOLLOLに帰属します。


【上演記録】

COLLOLリーディングシリーズ「recall: 1」
vol.1 ガラスの動物園
Tennessee Williams作

@門仲天井ホール

2007年6月30日(土)〜7月2日(月)
http://www.COLLOL.jp/recall/


STAFF

words&direction  田口アヤコ

音響演出     江村桂吾


照明       瀬戸あずさ

舞台監督     吉田慎一(Y's factory)


制作       COLLOL

制作補     守山亜希(tea for two) 
日下田岳史 宮田公一 高橋悌


演出協力     角本敦

宣伝美術     鈴木順子


マリンバ演奏   高屋敷祥一


この文章は、
vol.1 ガラスの動物園
vol.2 蒲田行進曲
共通の当日ごあいさつとして書いています。

恋と愛についてかんがえています、
簡単に、手に入れたり、失ったり、してしまう、

奪ったり、我が物としたり、得たり、勝ち取ったり、
契約したり、みつけたり、交換したり、納得させたり、
説得したり、栽培したり、そだてたり、はぐくんだり、

手放したり、売り渡したり、見失ったり、捨てたり、
投げ捨てたり、うそぶいたり、裏切ったり、
隠したり、手から離れたり、溶けたり、
失敗したり、切ったり、ほかのものを選んだり、

リサイクルしたり、


血縁、というのも
いまや切っても切れない仲、ではなくなった時代のようです

死ぬまで、わたしたちは、
手に入れたり、失ったり、

よろこんだり、かなしんだり

どうぞごゆっくりおたのしみください


COLLOL
劇作家/演出家/女優 田口アヤコ


CAST

………南部のアマンダ…………………………
伊藤嘉奈子(出身:兵庫県 三人姉妹の次女)


    ………北部のアマンダ…………………………
大倉マヤ(出身:大阪 ひとりっ子)


……………追憶のトム………………………………
堂下勝気(出身:天草・北海道)


  ……………でていかないかもしれないトム………
大友久志(出身:東京 ひとりっこ)


……………現在のジム………………………………
田辺誠二(出身:山梨県 男3人次男)


  ……………ハイスクールのジム……………………
小林隼(出身:埼玉県 弟います)


…………びっこのローラ…………………………
伊藤保恵(出身:岩手県 兄姉姉あたし四人兄妹)


   …………ちいさなローラ…………………………
西尾佳織(出身地:東京 弟が一人)


      …………追憶のローラ……………………
八ツ田裕美(出身:埼玉県 妹あり)


        …………生きる、ローラ…………
草野たかこ(ひょっとこ乱舞)
(出身:千葉県 一人っ子 兄弟なし)


*********


<オープニング> 1 
まえがき 
ジム(小林)


ガラスの動物園

まえがき

“ガラスの動物園”は、“追憶の劇”である。

音楽について
この劇では、更に音楽を用いることによって、
文字、を超えたところから、アクセントが加えられる。
“ガラスの動物園”のテーマが劇中幾度も繰り返されるが、
これは、それぞれのシーンにおいて、エモーショナルな強調をおこなうためなのである。
このテーマ曲は、サーカス、でかかってる音楽のようなもので、
その場内、テントの中で聞いているのではなく
離れた場所で、しかも、なにか他のことでも考えながら、聞いているような。
そういう場合の音楽は、ほとんど無窮につづくかと思われ、
考えごとにこころをうばわれた空ろな意識のあいまに、どこまでもまといついてくる。
これは、本来、ローラの者楽である。
だから、ローラと、ローラを象徴するガラスの 可愛らしく、美しい、こわれやすさとに、
劇の焦点が合わされたとき、ひときわ明瞭に、きこえてくる。

照明について
この劇では、写実的な照明は用いない。追憶というもののもつ雰囲気にふさわしく、舞台はうす暗い。
ローラには、ほかの人物とは異なった照明をあてる必要がある。
聖女や聖母マリアをえがいた初期の宗教画にみられる光線のような
素朴な明かるさにあふれた照明でなければならない。
たとえばエル・グレコのような宗教画では、たそがれを思わせる暗い雰囲気のなかに、
人物の姿を、かがやかしく浮き出させている。

テネシー・ウィリアムズ


場所
 セント・ルイス市の或る裏通り

第一幕 青年紳士の来訪にそなえて
第二幕 青年紳士の来訪

時  現在および過去


<オープニング> 2
人物 ローラ、アマンダ、トム
ジム(小林)


人物

アマンダ・ウィングフィールド(母親)
 小柄だが、おそろしく気力の旺盛な婦人。
ところが、その気力には、どこか見当ちがいなところがあり、
現実を離れた世界に必死となって取りすがっている。
この婦人の性格を描写するにあたっては、よほど慎重に、独創的なエ夫をこらす必要がある。
類型の模写におわってはならない。
アマンダは、もともと、性格的に偏執狂なのではなく、その生活が、偏執狂的になっているのである。
大いに賞賛されて良い婦人で、わらうべきところがある半面、
また、愛すべく、同情すべき面も、多分にそなえている。
たしかに、忍耐力がつよく、一種の英雄的資質が身についている。
その愚かさの故に、意識せずして残忍な行動をとることも、時には、あるが、
ほっそりとした彼女の身うちには、やさしい思いやりがあふれている。

ローラ・ウィングフィールド(その娘)
アマンダは、現実との結びつきを見うしない、
そのため、幻の世界に精神を注いで日々を送っているのであるが、
ローラの場合、事態は、さらにひどい。
小児期の疾病がもとで、いまだに、びっこをひいている。
片方の脚が、他方よりも、やや短かく、添え木を用いているのである。
舞台では、この欠陥をさほど強調する必要はないが、
人目をさけたがるローラの性癖は、ここに根ざしているのであり、
その性癖が、しだいに高じて、ローラは、自分の集めているガラスの動物園に似た存在――
あまりにも繊細で、飾り棚から取りおろすと、ただちにこわれてしまうような存在に、なっている。

トム・ウィングフィールド(その息子)
この劇の語り手であり、倉庫で働いている詩人。
生まれつき冷酷なたちではないが、
行きづまった現実を打開するためには、やむをえず非情な行動をとることも必要なのである。

ジム・オコナ(来訪する青年紳士)
 感じの良い、世間なみの青年。

<オープニング> 4 
ウィングフィールド一家は、アパートの裏部屋に住んでいる。 
ジム(田辺)


ウィングフィールド一家は、アパートの裏部屋に住んでいる。

アメリカでは、どこの都会でも、
中流の下に該当する階層の人たちが密集して棲んでいる地域には、
まるで疣のようにアパートが頭をもたげ、
おびただしい数の所帯がひとつの建物にぎっしりとつめこまれていて、
とてつもない蜜ばちの巣をたてならべたかと目をうたがわせるような風景によくでくわすものだが、
この一家がおしこめられているのも、
そういったアパートのひとつである。

中流の下といえば、アメリカの社会では、もっとも大きな階層をなしており、
国民の大部分が、これにふくまれる。
そしてまた、これは、本来、痛めつけられ、痛めつけられることに慣れきってしまった階層でもある。
あらゆる変化をきらい、たがいに他と異なることをおそれ、群れをなして生存することを好み、
集団の無意識な行動の陰に隠れたがるこの階層の本能が、
このようなアパートというかたちをとって、あらわれているのである。

この一家の部屋は、狭苦しい裏通りに面し、
出入りには、火災用の非常階段をつかうことになっている。
こういうアパートに火災用の階段がついているというのは、
たまたま、そこに、いくぶんの真実がほのめかされたことになり、いかにも詩的で、おもしろい――
すべて、この種の巨大な建物は、
じりじりと執念ぶかくもえつづける人間の絶望の炎にやかれて、
たえず、くすぶっているようなものなのだから。

幕があくと、ウィングフィールド一家の住む裏部屋のくろずんだ外套が、
陰惨な表情をたたえてあらわれる。

居間の奥は、食堂。
居間に置かれた古風な飾りだなには、透明なガラス製の動物が、いくつも見えている。

居間の正面の壁には、大きく引きのばしたウィングフィールド一家の父親の写真が、かけてある。
すばらしく美男子で、第一次世界大戦当時の軍帽をかぶった若々しいすがたである。
その顔には、つつみきれぬほほえみが浮かんでいる――
「永久に、この笑顔は、やめてやらないぞ」といわんばかりに、
あくまでも、ほほえみつづけているのである。

この劇には、語り手がいて、その語り手が、ものがたりをすすめてゆくことになっている。
これは、この劇の約束として、あからさまに打ちだされており、なんらの擬装をも必要としない。
この語り手は、従来の劇の約束にとらわれず、思うままに、その役わりをはたすのである。


<シーン1>第1幕第1場 
1 トム、手品、アメリカ 
トム(堂下、大友)


(トム(堂下) 登場。)

トム:さて、みなさん。

僕はこれから、みなさんに手品をお目にかけます。
僕の手品は、まあプロの、手品師の手品とは、
ぜんぜんちがう、
やりかたが、全然、反対。
手品師は、いかにも真実らしい見せかけで、錯覚を起こさせる
僕は、楽しい錯覚を起こさせておいて、真実をお見せするのです。

これからみなさんを、セント・ルイス市内のある裏通りへご案内しましょう。

時代は、ちょうどあの奇妙な時代
アメリカの「中産階級」というマスの群れが、めくらになるための教育を施されて
どんどん社会に送り出された。
みんなみんな、めくら。
まあ目で、ものをみようとしなくなっていた、というのが正しい言い方かもしれません
それでばかみたいに指先に力をこめて、まるで点字を読むような震える手つきで、
経済組織が崩壊していくぞっとする様子を、まさぐっていたのです。
スペインでは内乱、
この国では、クリーヴランドとかシカゴとかデトロイトとか、
かつて平和をみだされたことのない都会に、
まずはどなりあい、そして混乱、労働争議やなんか、
で たまにはなぐりあい、と、まあ、その程度のところで、どうにかおさまっていた状況。
こういった時代が、この劇の背景となっています。
そして、この劇は
はるかな追憶の世界のできごとなのです。

追憶の世界
追憶の世界
追憶の世界!

だから
だからこの劇は、おぼろな光りのなかに浮かんで、情緒の波間をただよい、
現実からはとおく離れたものになる
追憶の世界ではあらゆるものが、音楽にさそわれて姿をあらわしてくるようにおもわれます
いまも、ヴァイオリンの音が聴こえてる。

この劇では、僕が語り手。みなさんに物語をお聞かせしますが、
同時にまた僕は、劇中の人物にもなります。

僕のほかに、この劇にあらわれる 人物。
まず、僕の母親
名前は、アマンダ。
それから僕の姉 ローラ。
そしてもうひとり、
僕たちの一家を訪れる青年紳士が、劇の後半に、姿をみせます
この紳士は、ほかのだれよりも現実的な人物で…
まあ僕たち一家の3人は、
とにかく、世間とつながりのない小さな殻の中に閉じこもって暮らしていたわけです
その殻の外の広々とした世界からの使者として、
僕たちのところに訪れるのが、この人物。

僕はもともと詩人で、
ま 詩人というものはなんでもやたらに象徴化したがる。
僕もこの人物をひとつの象徴として扱います。
われわれの生活の目標、
われわれを期待させ、しかしそうそう簡単に訪れては来てくれないもの。
そんなものの象徴として、この人物を使います。

この劇には、実はもうひとり、人物が出る
この人物は、部屋の壁にかかった額縁の中にただ、いるだけ。
にやにや笑った写真
これがお目に入りましたら、
そのひとは僕たち姉弟の父親で、
ずっとむかし
むかし
僕たちを捨て、どっかに行っちまった男だとおもってください。

彼は、電話会社で働いてて…
まあ長距離電話のケーブルの電波にでも反応しちゃったのか、
遠い海の向こうの国やなんかにあこがれるようになって、
電話会社を辞めて。
あっさり、セント・ルイスを出て行きました。

メキシコの太平洋がわのなんだかって町から来た絵葉書が一枚
そのあとは、なんにも。
その絵葉書にはね、
「みんな元気かなあ、さよなら」
Hello! Good bye!
それだけ。
住所
住所?
そんなものはどこにもなし。

このくらい僕がしゃべっておけば、
あとは劇を 見て、いるうちに
おのずとおわかりになるでしょう。


<シーン1>第1幕第1場 
3 食堂、アマンダの昔の話1 
アマンダ、トム、ローラ(マヤ、大友、西尾)


ト書き(アマンダ): 食堂に明かりがつく。

アマンダ:
土曜日、
おかしなことがあったのすっごく。
ローラ、教会で。
あたしが入ってったらもう席はいっぱいで、
前のほうの家族席がいっこ空いてたのね、
で、ちっちゃいおばさんがひとり座ってるだけで、
お母さんはね、
「ここに座らせていただいてもかまいませんか、」って
ね、にっこり言ったわけよ
そしたらそのおばさん、
「それはかまいますわ、
この席に座るために、お金を払ってるんですから」って言うの
ねえ、
神様がご自分の場所を賃貸しして、
お金儲けをしてるなんて
考えたこともなかったわ!
このへん北部のエピスコペーリアンのひとたちって…
南部のひとたちの考えてることは
あたし、よくわかるんだけど
北部。ぜんぜんわかんないわ。
あらトム指!
フォークになにか乗せるのに指!
やめなさいみっともない
なにかをつかわないとだめなら、パンをちぎって使うの。
そしてよく噛んで食べる。
トム動物はね、
がつがつ食べたって消化液が胃からどんどん出るけど、
人間はそうはいかないの。
よく噛んで、それから飲み込む。
ほら、咀嚼。噛んで、ようく。
ゆっくり食べなさいよ!もっと。
ゆっくり。
美味しいお料理には
繊細なあじわいがあるの。
それをそんなにすぐ飲み込んじゃあ。。
あじわうの、くちのなかでゆっくり。
ほら噛んで、
ちゃんと 噛むの!
あんたの唾液腺にもちゃんとしごとをさせてやらなくちゃ。

トム:
お母さん…
僕がこんなに急いで食べなきゃないのは、
お母さんがそうやって、
僕の口ばっかりじいっと観察して、指導、してくれるから。
食事中なのにさ、
動物の消化液、唾液腺、咀嚼、
食欲なんてなくなるよ

アマンダ:
あらそう。
トムあんたずいぶんナイーブね、メトロポリタン・オペラの主役歌手みたいだわ
お母さんはまだテーブルを離れていいって言ってないわよ!

トム:たばこを、

アマンダ:ずいぶん吸い過ぎなんじゃない…

ローラ:
お母さん
コーヒー、とってくる、

アマンダ:
だめ、だめ、だめ、だめ。あんたは、座ってるの。
今日は、お母さんが、召使い。あんたはお嬢様
お母さん丁重にサービスするわ

ローラ:
でももう 立っちゃったし…

アマンダ :
もういちど座ればいいでしょ
ほら座って。
あんたは、生き生きと、きれいにしていなくちゃ
紳士がたがお見えになったら、ちゃあんとお相手するの。

ローラ:
紳士がたがお見えになるって…わたしにはそんな予定 全然ないわ

アマンダ:
結婚を考えてるような紳士がたは
全然予定してないときにかぎってお見えになるのよ
それがまたすばらしいってこと。
あたしいまでも覚えてるけど、
あんたのお母さんが、ちょうど、いまのあんたみたいなお嬢様で、
まだブルー・マウンテンのお屋敷にいたころよ、
日曜日の、午後にね。…(アマンダ台所へ)

トム: また、はじまった。

ローラ: (うなずく)でも聞いてあげて。

トム: また?

ローラ: お母さんは、あの話をするのが楽しみなんだから。


<シーン1>第1幕第1場 
4 アマンダの昔の話2
アマンダ(かなこ)


いまでも覚えてるよ――
お前のお母さんが、ちょうど、いまのお前みたいなお嬢様で、
まだブルー・マウンテンのお屋敷にいたころ、ある日曜日の午後に、
ねえ、紳士がたが――17人――お母さんをたずねてお見えになったことがあったのよ!
ほんとに、ねえ、お客様がたに坐っていただく椅子が足りなくなってさ、
わざわざ教会まで黒んぼのボーイを走らせて、折りたたみ椅子を借り出してくるってさわぎ
お母さんをたずねてお見えになるような方は、紳士なんだから――みんな!
ミシシッピーの河口地帯では指おりの方々ばっかり――
大農園のあるじだの、大農園のあるじの息子さんだのって、ね! 
チャンプ・ラフリンさんも、そのうちのひとりさ。
あのころは、まだお若かったけれど、のちには、デルタ農業銀行の副頭取におなりなすったよ。
それから、ハドレー・スティーヴンスンさん――ムーン・レークで、水におぼれてなくなられたけど――
そう、あとにのこされた奥様には、一生こまらないだけの遺産が、はいったはずだよ――
国債で、十五万ドルってんだから、ねえ。
それから、キュートリア家のご兄弟――ウェズレーさんとべーツさんも、よくお見えになったものさ。
とりわけ、ベーツさんのほうは、ほんとにりっぱな方で、お母さんに夢中だったよ! 
ところが、ウェーンライト家の評判の道楽息子と悶着をおこしてさ、
ムーン・レーク娯楽場で、大ぜい人がいるのに、ピストルの射ちあいをはじめたの。
弾が、腹にあたって、ねえ、メンフィスへ運はれてゆく途中、救急車の中で、息が絶えてしまったのさ。
この方も、やっぱり、あとにのこされた奥様が困らないだけの遺産は、ちゃんとおいとかれたよ――
土地が、たっぷり八千から一万エーカーは、あったろう、ね。
なあに、その奥様とは、好いていっしょになったわけじゃないのよ――
失恋して、すっかりやけっぱちになってるところへつけこんで、さ、まんまと、ものにしちまったのさ、
奥様が、ね。わたしの写真を、肌身はなさず持ってたらしいの――
なくなった晩に、持ちものを調べてると、それが、出てきたってわけ。
アア、そう、それから、あの方がいたよ――
ミシシッピー・デルタ地帯の娘という娘が、みんな大さわぎにさわいだ、あの方が!


<シーン1>第1幕第1場 
5 だれも、お見えにならない
アマンダ、トム、ローラ(マヤ、大友、草野)


ローラ:あとは、わたしが、片づけるわ、お母さん。

アマンダ:(台所から出て来る)
いけませんよローラ、あんたは、あちらへ行って、タイプライターのおけいこ。
でなきゃあ、速記を、すこし練習なさい。あんたは、生き生きと、きれいにしてなくちゃあ! 
もう、そろそろ、紳士がたがお見えになる時刻でしょう。
今日は、何人ぐらい、おもてなしすることになりますかねえ…え、あんた?

ローラ:
何人たって…お見えになる方なんか、だれも、いやしないわよ。

アマンダ:
だれも? ひとりも、お見えにならない? 
マア、あんたったら…冗談ばっかり! 紳士がたが、ひとりも、お見えにならないって? 
マア、一体、どうしたっていうんでしょう、ねえ? 
大水…それとも、竜巻にでも、さらわれてしまったのかしら?(アマンダ台所へ)

ローラ:大水でも、竜巻でもないのよ、お母さん。
ただ、わたしは、ねえ、ブルー・マウンテンのお屋敷にいた頃のお母さんみたいには、
人に好かれないって、ただ、それだけのこと……
お母さんったら、わたしが、オールド・ミスになることばかり心配してるのよ。

ト書き(ローラ 草野):音楽が、きこえはじめる。
しだいに照明が消えてゆく。


<シーン2>第1幕第2場 
1 アマンダとローラ うそつき!ローラの昔の話
ローラ、アマンダ、ト書き(ローラ)
(マヤ、草野、やつだ &
 かなこ、西尾、やすえ)


ト書き(ローラ やつだ): 
第1幕第2場 舞台は、前場と同じ。居間が、しだいに明かるく照らし出されてくる。
ガラスの動物をならべた棚のそばで、ローラがその動物たちの手入れをしている。
やがて、立ちあがると、蓄音機のそばまで歩いて行く。
前場のおわりから続いている音楽が止むと同時に、ローラのかけたレコードが鳴りはじめる。                
右がわの通路の奥に、アマンダが、姿をあらわす。鍵の音(実際に音を立てる)。
ローラは、いたずらを見つけられた子供のような恰好で舞台をよこぎり、
タイプライターの前に坐って、キーをたたき始める。

ローラ: おかえりなさい。

ちょうど、わたし…

アマンダ: わかってるわ。
今ちょうど、あんたは、
タイプライターのおけいこをしてるところなんでしょ?

ローラ: (うなずく)

アマンダ: うそつき、うそつき、うそつき!

ローラ: 愛国婦人会の例会、どうだったの、お母さん

アマンダ: 愛国婦人会の例会!

ローラ: 愛国婦人会の例会だったんじゃないの?お母さん

ト書き(ローラ): こころ細い、聞きとれないほどの声で

アマンダ: 愛国婦人会の例会なんて、行けなかったわよ。
そんな元気とか、勇気とか、ね!
穴でも見つかったら、そこにはいってそこから死ぬまで、
出てきたくないようなかんじ。

ト書き(ローラ): アマンダはタイプライター用紙を引きやぶって、床のうえに投げつける。

ローラ: どうして、そんな乱暴なこと、するの、お母さん

アマンダ: どうして? どうしてだろうね?
ローラ、あんた、いくつ? 年齢。

ローラ: わたしの年は、知ってるでしょう、お母さん。

アマンダ: あたしあんたはもうりっぱなおとなだとおもってたけど、
それはまったくまちがってたわ。

ローラ: そんな顔しないでお母さん

ト書き(ローラ): アマンダは、両眼をとじて、うなだれる。しばらく無言がつづく。

アマンダ: あたしたち、これから、どうする? どうなるの、あたしたち?
これからさ、いったい、どうなるの? ねえ。

ト書き: 無言がつづく

ローラ: なにか、あったの、お母さん? お母さん、なにか、あったの?

アマンダ: すぐ、落ち着くわ。
ちょっとどうしたらいいかわかんなくなったの、
これから。

ローラ: お母さん、なにか、あったんでしょ
はっきり、言って?

アマンダ:
今日は、愛国婦人会の例会で、
今日の例会で、お母さんが役員に就任するってことになってたの、
ね、そのまえに、ルービカム商科大学へ、ちょっと寄ってみたのよ
あんたが風邪をひいて休んでるからその届けをして、ついでにふだんの成績も聞いとこうと思って。

ローラ: マア‥…

アマンダ:
ほんとに、マア――マア――マア、よ
タイプライターの先生に会って、あんたの名前を言って、母親です、って言ったの
その先生、
「ウイングフィールド? そんな学生、この学校には、いませんわ」って、
お母さん、言ってやったのよ、
「うちのローラは、一月の初めから、ずっとこちらへ通わせていただいてるんですけど」ってね
「この六週間、一日も欠かさず、」って。
すると、先生は、
「ちょっと、お待ちください」と言って、出席簿を持ってきて、
あんたの名前はちゃんと、載ってるんだけど――ずっと毎日、欠席のしるしがついて。
先生がさ、
「わたくし、いま、はっきりと思い出しましたわ。
お宅のお嬢さんとっても内気で、人前に出るともう、手がふるえてくるもんだから、
タイプライターが、正しく打てないんですよ!
スピード試験のときに――お嬢さん――吐き気がするってわけで、洗面所へつれて行ったんですよ!
そのあと、全然いらっしゃらない。
学校からは毎日、おうちのほうへ、電話をかけましたけど。」
きっとあたしが留守のあいだに、かかってきたのね
――お母さんがデパートで、こんな、いやらしい下着を宣伝して、一日中、一所懸命、働いているあいだに、さ!
気が遠くなりそうだった――腰が立たなくなっちゃったよ!
そのまま、坐りこんじゃって、水を持ってきてもらったの。
ローラ、やめて!――やめて、その蓄音機は!

ローラ: !

アマンダ:
あんた毎日なにしてたの
毎朝家を出て、学校へ行くようなふりして、

ローラ: おさんぽ

アマンダ:
え?

ローラ:ほんと、お母さん。ただ歩きまわってただけ。

アマンダ:
歩きまわってただけ? 歩きまわってた――この、寒い、冬のさなかに? あんな薄っぺらいコートで――
わざわざ肺炎にかかるため?
それ、一体、どこを、どう、歩きまわってたの、ローラ?

ローラ: いろんなところ――公園には、いちばんよく行ったけど。

アマンダ: この間じゅう、風邪気味のときにも?

ローラ: 歩くの、つらかったけど、でも、まだ、そのほうが、まし
学校へ行くより。あたし教室で吐いちゃったの!

アマンダ: 毎日、朝の七時半から、夕方、五時すぎまで、
ずうっと、公園の中をうろうろしてたってこと?
あんた――学校へかよってるって、お母さんに思わせておくために?

ローラ: そんなに言うほど、つらくもない
いろんなところに入って、暖まったりして

アマンダ: どんなところによ?

ローラ: 美術館とか、動物園、鳥がたくさんいるでしょ、
それから、お昼を節約して、そのお金で、映画を見たり、
最近はたいてい、「宝石の小箱」――熱帯のお花を作ってる、あの大きな温室、
お母さん、知ってるでしょう――あそこにいたの。

アマンダ: あんたは、お母さんをだまそうと思って、そんなこと――
ただ、だますためだけに! それ、なに? なぜなの? なぜ? なぜ? なぜ?

ローラ: だって、お母さん――お母さん、がっかりすると、
ものすごく、つらそうな顔つきになる――まるで、美術館のキリストのお母さんの絵みたいな

アマンダ: ローラ、

ローラ: わたし、お母さんのああいう顔、見る勇気がなかったの。とても、なかったわ。

アマンダ: 
あたしたち、どうしようってのローラ、
――これからさき、これからさきの年月を、さ?
じっとこの家の中に閉じこもっていて、外の行列をのぞいたり、
ガラスの動物をあつめて、楽しく遊んだり、
こんな、すりっ切れたレコード――
あんたのお父さんがのこしてった、しょうもない思い出のレコードを、死ぬまでかけてようってわけ?
なにかの職業婦人になるってのは、だめなんだね。
あたしたち。だめ、見込みなし、――どうせ、また、からだがおかしくなるんだわ、
ね、そうすると、あとは、一生、だれかの世話になって暮らすってこと
ね、ローラ、女のひとが、ひとり身でいて、なにかの手に職がなかったら、どうなるか、
お母さんはよく知ってる。
あたし南部でたくさん見てきたわ
お兄さんや弟のお嫁さんだとか、お姉さんや妹のご主人だとか、
人のお情で面倒をみてもらってるひとり身の女――まるで、小鳥みたいな女――
自分の巣っていうのがなくって――ひとのご慈悲にすがって、一生。
あたしたち、それでいいの?
いいもわるいもないか、あたしたちに残されてるのは。
――結婚する女も、世の中には、たくさんいるけど。――
ねえ、ローラ、あんた好きなひと、今までに、いなかったの?

ローラ: いた、けど。
お母さん。ひとりだけ、好きになったことがある。

アマンダ: そう。

ローラ: さっき、その人の写真、見つかって

アマンダ: 写真、くれたの、その人?

ローラ: くれたんじゃない。学校のアルバム。

アマンダ: そう――ハイスクールの。

ローラ: うん。ジムっていうひと。
これ、”ペンザンスの海賊”。

アマンダ: なんの海賊?

ローラ: オペレッタのタイトル――

アマンダ: 笑ってる。

ローラ: ジムね、わたしのこと――” ブルー・ロージズ”ってよんでたの

アマンダ: ブルー・ロージズ? なんなのそれ

ローラ: わたし、胸膜炎で寝てたことがあるでしょう?
そのあと、学校行ったら どしたの、ってジムが。
プルーローシス、って言ったらそれを青い薔薇って聞きちがえたの。
それから、ずっと、わたしのこと、「ブルー・ロージズ!」って。
ジムは、エミリー・マイゼンバッハって子と仲が良くて、
わたし、エミリーって子はよくわかんなかった
…ジムとエミリーが婚約したって、新聞に出たことがあるけど。
ずいぶん前のはなしだから、もう結婚してるとおもう。

アマンダ:
いいじゃない――いいじゃない、それで。
キャリアウーマンには向かない女の子が、まあまあ立派な相手と結婚して、
結構、うまく納まってるって、よくあること。
だからね、お前も、そうなれるように、ね、
お母さんが、がんばるから。

ローラ: でもね、お母さん――

アマンダ: なによ

ローラ: わたし――びっこなんだもの!

アマンダ: ローラ
あんたは、びっこじゃなくて…
ほんとに何でもないちょっとした個性(あれよ、)、ただ、それだけのこと。
なにか、その埋めあわせになるようなものを、身につければ、いいの。
それで、いいの。ね、さしあたり、愛嬌のあるもてなしかたを覚えるとか――
朗かで気持ちの良い娘になるとか――そう、やっぱり、愛嬌

ト書き(ローラ): 壁にかかった父親の写真に、スポットライト。

アマンダ(かなこ): それだけは、あんたのお父さんも、くさるほど持ってた――愛嬌!

ト書き(ローラ やすえ): アマンダはベッドに、
ローラは肘かけ椅子に、座る。
音楽が、聴こえはじめる。
照明が、消える。
第1幕第3場 舞台は、前場と同じ。


<シーン3>第1幕第3場 
1 電話をかけるアマンダ 
アマンダ(かなこ)


アマンダ:アイダ・スコットさん?
わたし、アマンダ・ウィングフィールド!
あなた、この前、愛国婦人会の例会には、お見えになりませんでしたのねえ!
そうそう、あなたの蓄膿症――いかがですか、ちかごろ?
マア、ほんとに、殉教者の苦しみねえ。立派ですわ。そう、殉教者――まったく、あなた、殉教者ですわ!
ところで、わたしね、さっき、名簿を、何気なく、繰ってましたの。
そしたら、マア、どうです、「主婦の手帖」の予約購読、
もう、切れかかっているじゃありませんか、あなたの分。
いよいよ、これから、ベッシー・メー・ハーパーが、待望の連載小説を書きはじめようっていうのに、ねえ。
ハーパーの小説は、前の「三人のハネムーン」以来、これが、はじめてですよ。
そう、あれも、ほんとうに、いい小説でしたわねえ。
ところが、アイダさん、こんどのは、また、もう一つすばらしいんですよ。
ロング・アイランドに住んで、なに不自由なく、馬に乗って遊び暮らしてる人たちの話。
年ごろの、きれいな娘が、馬で障害を飛びこえる競走、「レガッタ」っていうんですか…
それをやっていて、落馬するんです。背骨をやられますの…馬が、踏んづけるですよ。
かわいそうに、娘は、一生、全身不随。
ところがね、それをなおせるお医者さまが、いますの! 世界中に、たった一人だけ。
それがこの娘の許婚者なんですよ。背が高くて、金髪で、とってもハンサム。
すばらしいでしょう? だけどね、やっぱり、この青年だって、
なにもかも完全ってわけにはいかないの。もちろん、弱点がありますわ…
それも世の中でいちばん情ない弱点。呑むんです。ひどいお酒呑み。なあに? 
マア、たいへん! だめよ、あなた、焦がしちまっちゃあ! 
はやく見てらっしゃい、台所へ行って! 切らないで待ってますわ、わたし……
マア、なんて女だ! なにをするんだろう、ねえ、あの女! 電話、切ってしまったよ、失礼な!
(受話器を置く音)


<シーン3>第1幕第3場 
2 トムとアマンダの喧嘩 
アマンダ、トム、ト書き(ローラ)
(かなこ、大友、やすえ)


アマンダ: ふうん…、トムはなにか書いてる。

トム: (アマンダを見る)

アマンダ: トム、
あんたの眼、はね、めがねみたいに取り替え可能、ってわけじゃないんだから。
もっと大切に使いなさいよ
大詩人ミルトンは眼が見えなかったっていうのは、有名な話だけど
眼が見えなかったから、天才詩人になれたってわけじゃないでしょ?
あんたは、まっすぐ座れないのねえ
猫背、こう肩が上がってて、まるっきり、つばめがこういう格好してるみたいだわ

トム: お母さん、
僕は、いまちょっと書きたいものがあるからさ

アマンダ: お母さんは、
人体解剖図の話をするわよ
そんな悪い姿勢をしてると、内臓が、どういう影響を受けるか。
ほらしっかり座る。
あんたの胃が、肺を圧迫して、
そうすると、肺は心臓を圧迫するの。
もうねえあんたの心臓は、すっかり元気をなくしてるってわけ、
あんたのために働きたくたって、こう押えつけられて、身動きがとれないんだものねえ…

トム: (おおきなため息)
なんなんだよ!

アマンダ: なによトム
いきなり

トム: …

アマンダ: なんなの最近あんた?
ほんとになんて馬鹿な子!

トム: ねえ、お母さん…
昨日
お母さんは、僕の本を勝手にどっかにやったでしょう

アマンダ:ええ、あんたの本、ね
図書館へ持ってって返しました、あんな、いやらしい小説
あんなけがらわしいものを、この家の中に持ち込むのは許しません。
絶対、にね!

ト書き(ローラ): トムは上着を手に取る。

アマンダ: トム、聞きなさい。
ほんとに、失礼だわ いい加減にしなさい。
お母さんは、もうぎりぎり一杯、我慢、
我慢してるのよ!

トム: お母さん、僕も、もう、ぎりぎり一杯。
僕はどんな我慢だって、平気で、我慢しつづけることが出来るって思ってるんですか?
僕の今やってる仕事と、僕がやりたいと思っていることとは、
ああでもそんなことは、お母さんには、どうだっていいんだなあ

アマンダ: 分かります
あんたは、自分でも恥ずかしいとおもうようなことをやってるってことでしょ
だから、そうやってまわりに当たってるのよ
あんた、毎晩、映画を見に行くんだなんて言ってるけど嘘でしょ。
毎晩、毎晩、
映画なんて、真夜中近くになってから出かけて行くもんじゃないでしょう?
午前二時までやってる映画館なんてないでしょう?
あんた帰って来たら、もう、ふらふら
ひとりでぶつぶつぶつぶつわけわかんないこと言って、
まるっきり気ちがいよ。
睡眠時間なんてたった三時間で、それで朝になったら、仕事に行かなきゃないんだから…
働きぶりだって大体想像つくわよ
仕事になんて身が入るわけないわねえ
だって、からだの方がすっかり参っちゃってるんだから。

トム: その通り。僕は、もう、完全に、参ってます。

アマンダ: それで、首になるの?
そして一家が路頭に迷う! わたしたち、いったい、どうやってやってくのよ

トム: ねえ、お母さん
お母さんは、僕が会社の倉庫がだあいすきとでも、思ってる?
コンティネンタル製靴会社が、好きで好きでたまらない、なんて思ってるんですか?
これからさき、55年、僕の一生を、あのコンクリートと蛍光灯の四角い箱に埋めてしまうつもりだと思う?!
月に65ドルもらって、それで、将来の夢も望みも、何もかも、あきらめてるんです
永久に!

アマンダ: どこ行くの、これから? どこ行くのよ

トム: 映画に。

アマンダ:嘘ばっかり。

トム: 嘘?
は、そうですね、おっしゃる通り。
映画には行きません 阿片窟へ行くんです!
僕の通り名は殺人鬼ウィングフィールド!
昼間は倉庫で真面目に働く平凡な労働者、
夜になったら暗黒街の闇の帝王!
いずれそのうち、僕の命を狙ってる奴らが、夜中に、ここへ、ダイナマイトをぶち込むんですよ!
一家、みな殺し!

トム(ト書き): (マヤ堂下組始まる)
トムは乱暴に上着をつかみ、それを着ようとするが、片腕が袖の中でひっかかってしばし動きがとれない。
忌ま忌ましげにうめき、引きはがすようにして上着を脱ぐ。上着の肩が破け、上着を部屋の中に投げる、
それはローラのガラスの動物を並べた棚に当たって ガラスの砕ける音が、きこえる。(ガラスの砕ける音)
アマンダは出て行く。
トムはローラと二人きりになって、ローラをぼんやりと見つめている。
ガラスの動物の棚に近づく。
膝をついて、床に落ちたガラスを拾い集めて
ローラを見る。ちらりと。
何か言いたいが、何も言えない。照明が、消える。


<シーン3>第1幕第3場 
2 トムとアマンダの喧嘩 
アマンダ、トム、ト書き(ローラ)、ローラ
(マヤ、堂下、やすえ、西尾)


アマンダ: ふうん…、
 
トム: お母さん、ちょっと向こうへ行っててもらえませんか?
これ、最後まで書いちゃいたいんだけど

アマンダ:あんた、まっすぐ座れないのねえ

トム: お母さん、なんかほかにすることないんですか?
僕は、いまちょっと書きたいものがあるからさ

アマンダ: あのね、
そんな悪い姿勢をしてると、
あんたの胃が、肺を圧迫して、
その肺は心臓を圧迫するの。
あんたの心臓は、すっかり元気をなくして、
あんたのために働きたくたって、こう押えつけられて、身動きがとれないってことよ。

トム: くそっ
なんなんだよ

アマンダ: なによトム
いきなり

トム: …

アマンダ: なんなの最近あんた?
ほんとになんて馬鹿な子!

トム: ねえ、お母さん
この家の中はさ、僕のもの、僕の自由になるものって、
なに一つ、なに一つなんにも、ない
ありゃあしない!
昨日
お母さんは、僕の本を勝手にどっかにやったでしょう

アマンダ:ええ、あんたの本、ね
あんなけがらわしいものを、この家の中に持ち込むなんて、あたしは許さないわ。

トム: この家、この家!
この家の家賃は、誰が、払ってるんです?
誰が、まいにち、

アマンダ: よくまあそんな口きけるわね

トム: は!
口をきいちゃいけない、僕の方は!
僕は黙って、しゃべるのは、お母さんだけ!(トムは上着を手に取る。)

アマンダ: トム、聞きなさい。
お母さんは、もうぎりぎり一杯、我慢、
我慢してるのよ!

トム: お母さん、僕も、もう、ぎりぎり一杯。
僕はどんな我慢だって、平気で、我慢しつづけることが出来るって思ってるんですか?
ああでもそんなことは、お母さんには、どうだっていいんだなあ
分かるわけない。

アマンダ: 分かります
あんたは、自分でも恥ずかしいとおもうようなことをやってるってことでしょ
だから、そうやってまわりに当たってるのよ
あんた、毎晩、映画を見に行くんだなんて言ってるけど嘘でしょ。
毎晩、毎晩、
あんた帰って来たら、もう、ふらふら
ひとりでぶつぶつぶつぶつわけわかんないこと言って、
まるっきり気ちがいよ。
睡眠時間なんてたった三時間で
仕事になんて身が入るわけないわねえ
だって、からだの方がすっかり参っちゃってるんだから。

トム: その通り。僕は、もう、完全に、参ってます。

アマンダ: それで、首になるの?
わたしたち、いったい、どうやってやってくのよ

トム: ねえ、お母さん
お母さんは、僕が会社の倉庫がだあいすきとでも、思ってる?
コンティネンタル製靴会社が、好きで好きでたまらない、なんて思ってるんですか?
これからさき、55年、僕の一生を、あのコンクリートと蛍光灯の四角い箱に埋めてしまうつもりだと思う?!
畜生! だれか、鉄棒で、この頭、ぶち割ってくれ! ほんとに、そう思いますよ、
毎朝、あんなところへ出かけて行くことを考えたら!
ところが、やっぱり、出かけるんだ、僕は!
月に65ドルもらって、それで、将来の夢も望みも、何もかも、あきらめてるんです
永久に!
でもお母さんに言わせると、僕は、自分の夢や望みのほかに、何も考えない人間ってことになってる。
ねえお母さん、もしも僕が自分のことだけしか考えない人間だったら
僕は、親父さんのあとを追っかけてますよ こんな家は、出て行きます。

アマンダ: どこ行くの、これから? どこ行くのよ

トム: 映画に。

アマンダ:嘘。

トム: 嘘?
は、そうですね、お母さんのおっしゃる通り。
映画には行きません 阿片窟へ行くんです!
罪悪の巣窟、犯罪者の隠れ家へ行くんですよ
お母さん、僕はね、犯罪者。僕の通り名は殺人鬼ウィングフィールド!
昼間は倉庫で真面目に働く平凡な労働者、
夜になったら暗黒街の闇の帝王!
いずれそのうち、僕の命を狙ってる奴らが、夜中に、ここへ、ダイナマイトをぶち込むんですよ!
一家、みな殺し!
みんなみんなみんな、夜の大空へ、吹っとばされるんだ!
ね、お母さん、どんどん、どんどん、大空を飛んでいくわけですよ
魔法のホウキにまたがってさ!
下にはあんたのブルー・マウンテンのお屋敷。
うしろにはお供の紳士がたが、あいつら十七人そろって、ぞろぞろついて来てますよ! 
どうです、え、この、おしゃべりの、鬼ばばあ!

ト書き(ローラ): トムは乱暴に上着をつかみ、それを着ようとするが、
片腕が袖の中でひっかかってしばし動きがとれない。
忌ま忌ましげにうめき、引きはがすようにして上着を脱ぐ。上着の肩が破け、上着を部屋の中に投げる、
それはローラのガラスの動物を並べた棚に当たって
ガラスの砕ける音が、きこえる。(ガラスの砕ける音)

ローラ わたしのガラス、動物園が…

アマンダ: 今後、死ぬまで、口をきかないから
謝らない限りは!

ト書き(ローラ): アマンダは出て行く。
トムはローラと二人きりになって、ローラをぼんやりと見つめている。
ガラスの動物の棚に近づく。
膝をついて、床に落ちたガラスを拾い集めて
ローラを見る。ちらりと。
何か言いたいが、何も言えない。
照明が、消える。


<シーン4>第1幕第4場 
1 トムとローラ、手品、棺桶 
トム、ローラ(堂下、やつだ)


ト書き(ローラ):
第1幕第4場。
トムが右の路地の奥に姿をあらわす。
教会の塔から荘厳な鐘の音が聞こえる そのたびに、
トムは手に持った小さなおもちゃのガラガラを振る――
ちっぽけな
人間のあがきと、
全能の神の不滅の力と尊さとを、
対比させているかのように。
その手つき、そしてその危なげな足どりには、
飲んできた酒の酔いが、あらわれている。

ト書き(トム): トムが階段をすこしのぼると、部屋のあかりがしのびやかにつく。
ローラが寝間着姿であらわれ、
食堂の左のドアから居間にはいって、
そこにあるトムのベッドをみる。

ト書き(ローラ): トムはドアの鍵を出そうとして、ポケットに手を入れる、
ポケットのなかのいろいろの中には、映画の半券がたくさん混ざっていて
それが、滝のようにざーっと、手から、こぼれ落ちる。
空きびんも、一本、出てくる。
やっと、鍵を見つけて、鍵穴に入れようとする瞬間に、落とす。(鍵の音)
マッチを点けて、床を探す。

トム: くっそ

ローラ: トム! なにしてるの、

トム: ドアの鍵をさがしてる

ローラ: どこ行ってたの?

トム: 映画。

ローラ: こんなに、遅くまで映画?

トム: 大サービスなプログラムだったんだよ
グレタ・ガルボ、ミッキー・マウス、観光映画、ニュース映画。

ローラ: それ、ぜんぶさいごまでみるんだ

トム: そりゃあそうでしょ
そうそうあとさあ、
マジックショー!
マジシャンのマルヴォリオ
気前のいいやつでさあ、お土産までくれた。
これ。――魔法のスカーフ!
ローラにあげるよ、(西尾ローラ 登場)
カナリヤのかごの上で、振ると、金魚鉢になっちゃう
でもっかい振ると、カナリヤが、飛んでく…
でもさあ、棺おけの手品ってのがすっごくてさあ、
そいつが、棺おけの中に入って、ふたする、
釘をガンガン打って、
でもさ、あっさり、抜け出してくるんだよ
釘一本、うごかさず!
僕もそんなんやりたいよ
ねえ、
こんな、生活からさ、
あっさり、抜け出す。

ローラ: シーッ!

トム: なんだよ

ローラ: お母さんが起きる。(大友トム 登場 西尾ローラト書き始まる)

トム: あのひとだってたまにはひとに起こされる、てのもいいんじゃないの?
ねえローラ、棺おけにはいって、そのふたに釘を打たれる
こんなんは馬鹿でもできる
でもさあ、その釘で閉じられた棺おけから、釘一本うごかさずに
抜け出してくる人間なんてのは
いない。
いない。いないよ。
いるのかなあ、どっかに?


<シーン4>第1幕第4場 
1 トムとローラ、手品、棺桶 
トム、ローラ(大友、西尾)

ト書き(ローラ):
トムが右の路地の奥に姿をあらわす。
教会の塔から荘厳な鐘の音が聞こえる そのたびに、
トムは手に持った小さなおもちゃのガラガラを振る――

ト書き(トム): トムが階段をすこしのぼると、部屋のあかりがしのびやかにつく。

ト書き(ローラ): トムはドアの鍵を出そうとして、ポケットに手を入れる、
ポケットのなかのいろいろの中には、映画の半券がたくさん混ざっていて
それが、滝のようにざーっと、手から、こぼれ落ちる。

トム: くっそ

ローラ: トム! なにしてるの、

トム: ドアの鍵をさがしてる

ローラ: どこ行ってたの?

トム: 映画。

ローラ: こんなに、遅くまで映画?

トム: 大サービスなプログラムだったんだよ
映画のあとはね、マジックショー!
マジシャンのマルヴォリオ すんごい手品をやるわけ、
こうビンのなかの水を、あっちへ移し、こっちへ移し
で その水が、ワインに変わったり、ビールに変わったりさあ
最後はウィスキーになる
で どなたか、お客様のうち、
舞台にあがって、お手伝い願える方は、ございませんかって、
その男が、言うんだよ――だから、あがって行ってやった、
これがね、ほんとの ケンタッキー・ストレート・バーボン。
気前のいいやつでさあ、お土産までくれた。
これ。――魔法のスカーフ! ローラにあげるよ、
でもさあ、棺おけの手品ってのがすっごくてさあ、
僕もそんなんやりたいよ
ねえ、こんな、生活からさ、
あっさり、抜け出す。

ローラ: シーッ!
お母さんが起きる。

トム: (うなずく)
ねえローラ、棺おけにはいって、そのふたに釘を打たれる
こんなんは馬鹿でもできるよ
でもさあ、その釘で閉じられた棺おけから、釘一本うごかさずに
うまいこと抜け出してくる人間なんてのは
いない。
いない。いないよ。
いるのかなあ、どっかに?

ト書き(ローラ):
あたかも、それに答えるものの如く、
父親の笑顔の写真が輝きだす。


<シーン5>第1幕第5場 
1 アマンダとトム 
アマンダ、トム、ト書き(トム)
(かなこ、堂下、大友)


ト書き(トム 堂下): 食堂の青い光りを残して、他の照明が消える。
六時を告げる柱時計の音、その音に続いて、目覚まし時計が鳴りだす。
第1幕第5場。
場面は前場と同じ。時も、前場の終りから引き続いている。
六時を知らせる教会の鐘。
六つ目の鐘の音と共に、目覚し時計の音が、止まる。

アマンダ: 元気一杯、起きましょう!
元気一杯、起きましょう!
ローラ、元気一杯、起きましょうって、トムに、そう言ってらっしゃい!

ト書き(トム 大友): アマンダは朝食の皿、コーヒーカップ、クリーム入れなどを持って出てくる。
音楽がきこえてくる。
トムが、部屋にはいって来て、朝食の席に着こうとすると、
アマンダは、肘かけ椅子に座ったまま、息子に背をむける。
トムは気を使いながらもやはりむっつりとして、
母親の後姿をちらりとながめ、ベッドに腰をかけて、食事を始める。
コーヒーが、やけどするほど熱い。
一口飲むと、息をつまらせてカップの中へ吐き出す。
その音でアマンダははっとして、トムの方を見ようとする
が、また、もとの姿勢に帰る。
トムは、横目で母親をちらちら見ながら、コーヒーを吹いて冷ます。
アマンダが、咳ばらいをする。
トムも、同じく咳ばらいをして立ち上がりかける
が、また、腰をおろして頭をかき、もう一度、咳ばらいをする。
アマンダが、咳をする。
トムは、コーヒー茶碗を両手で持ち上げて、
それを冷ましながら、しばらく茶碗ごしに母親を見つめている。
それから、茶碗をゆっくりと下に置いて、
ためらいながらベッドから腰をあげる。

トム: ごめんなさい、
ごめんなさい本気で言った訳じゃない
ごめんなさい。

アマンダ: お母さんは、
あんたたちのことを思いすぎて、鬼婆みたいにおもわれて。
肝心のあんたたちには嫌われてるってわけね

トム: …

アマンダ: あたしは、ほんとに、
心配で、心配で、夜だって眠れないし
そんなんでいらいらしてきて…

トム: うん

アマンダ: これまであたし、
長い間だわ それこそひとりで、
なにもかも、ひとりで、こんなふうにしょって

でも今はあんたはあたしを手伝ってくれてる、
ね、あたしを安心させて、しっかり、してちょうだい

トム: わかってる、

アマンダ: ね、そう
そんなかんじ…
あんたやる気になって、
あんたさえやる気になって、やってったらきっとあんたは成功するわ
ね、
あんたにはそう…
才能、あるわ、そう、
ね、うちの息子と娘は、二人とも、
二人ともほんとに立派よ
あたしの立派な子…
あたしにはもったいないくらい、
トム、
ひとつだけ、約束してちょうだいお母さんに。

トム: なに?

アマンダ: けっして、
お酒を飲みすぎるような男にはならない、っていう、
約束。

トム: 了解、約束します
僕は、酒に飲まれるようなアル中にはならない。

アマンダ: あんたがアル中!
お母さんにはそれがいちばん怖いわ
…ピューリーナ、飲みなさい。

トム: コーヒーだけ飲むよ

アマンダ: ビスケットは?

トム: だいじょうぶ。
コーヒーだけ飲むよ

アマンダ: 朝ご飯も食べないようじゃあ いい仕事ができないわよ
まだ10分あるわ…
そんなに一気に飲んで!
あんた熱すぎるものを胃に入れたら胃癌になる!
ミルク、入れなさい。

トム: だいじょうぶ。

アマンダ: ミルク、入れたらちょうどよく冷めるから

トム: いい、いいよ、
僕は砂糖もミルクも入れないのが好きなんだ

アマンダ: 知ってるわよ、そんなこと
でもその飲み方は体に悪いの。
ね、
体、だけは
あたしたち丈夫にしとかなきゃいけないわ
こんな大変な時代、大変な世の中、
あたしたち3人が頼りにできるのは
おたがい同士、3人きり…
でしょ、大事なの、あたしたち、
…トム、ね、お母さん…
お母さん、さっきローラに買い物に行ってもらったでしょう、
あんたに相談したいと思ったの
あんたから話し掛けられなくたってね、
お母さんから話すつもりだったのよ

トム: どしたの? 相談?

アマンダ: ローラのこと、よ

トム: ああ、
うん、

アマンダ: ローラの性格、
わかってるでしょう、
とにかくおとなしくって…
なんにも言わないからこそ、ね、ものごと突き詰めて考えすぎるのよ
いろんなことに気づいててさ、
それでそれにいちいち気にするの
こないだね、
あたしが帰ってきたら、
あの子ひとりで泣いてて…

トム: なにかあったの

アマンダ: あんたが、って

トム: え

アマンダ: トムは、この家がつまらないんだ、って
そんなふうに考えてるのあの子

トム: なんで、

アマンダ: なんでかね…
あの子の考えてること、
あたしにだってぜんぜんわかんないわ…
でもあんたのやってることは、
ずいぶんおかしいかんじよ
まあでもね、
あたしはそれがいけない、って言ってるわけじゃないの
うん、
あんたのやりたいこととか、ね、
そりゃ倉庫の仕事やなんかじゃない、ってことくらいね、
あたしにも、わかってるの、
でもみんな、ね、みんなね、
ちょっとずつ自分を我慢してるのよ
そう、あんたもね、もちろん我慢してる
そう、
でも、ね トム
人生、人生って、
そんなに、かんたんじゃあ、ないの、
もっと、耐えて、
そう、がんばって、
ね。
あたしまだまだあんたに言いたいことが、
あるんだけど!
でも、
言っても、あんたには、
わかってもらえないとおもう、

今までこんなこと言ったことないけど、
あたし
あんたのお父さんのことを、
ほんとに好きだったのよ。

トム: うん

アマンダ: あんただんだんあのひとに似てきて
夜帰ってこないで、休みの日も、
で、
そうだ、あの日も
飲みすぎて、
あんなにばかみたいに荒れて! こないだ。
ローラが言うのよ、
あんたはこの家が嫌いだから、毎日
夜遊びを、する、って
…そうなの?

トム: いや、
そういうことじゃなく…
お母さんは、
言いたいことがまだまだあるけど
言っても僕にはわからない、って
さっき、そう言ったけど、
僕も、そう、
言いたいことがまだまだある、でも、
ありすぎて、お母さんにはわからない!
だから…
おたがいに、
気を、使って、
おたがいの…

アマンダ: でも
なんで
なにがあんた、
そんなに…
迷ってるの? トム
ねえ毎晩、どこに行ってるの?

トム: 毎晩、映画を見てるんです

アマンダ: どうしてそんなに映画を、見なきゃ、いけないの?

トム: 僕が映画を見るのは、
冒険がしたいから、
倉庫で働くっていうのは、冒険とはほど遠いですから!
ね だから…
だから、映画を、見るんです

アマンダ: でも、それにしたって…
そんなに必要?

トム: もう僕はちょっとの冒険じゃあ足りない

アマンダ: ね
まわりの若い人やなんかは…
がんばって出世しよう、とか
自分の仕事をがんばって、
冒険心とやらを満足させてるわ

トム: でもまわりの若い人やなんかは
倉庫の仕事なんかじゃない仕事で満足してる。

アマンダ: 倉庫って、
でも倉庫とか事務所とか、工場とか!
そういうとこで働いてる若い人だってたくさんいるでしょう?

トム: そういう若い人は、全員、
自分の仕事をがんばって、
冒険心とやらを満足させて、ますか?

アマンダ: それでじゅうぶん!
だめだとしても…
それで、不平不満は言わないわ!
冒険、冒険って、
あんたは冒険にこだわりすぎだわ

トム: 男って言うのは、
女になびいて、
獲物を追って、
争う、
そんな本能です
でも倉庫の仕事じゃあこんな本能はぜんぜん使われない!

アマンダ: 男の、本能!
あたしに向かって「本能」なんて言葉を使わないで!
本能っていうのはねえ、
まともな人間だったらとっくに捨てちゃってるもの、
そんなのだいじにしてるのは、動物よ!
キリスト教徒はそんなもの要らない、
赤ちゃんでもなければね!

トム: じゃあ大人の、キリスト教徒は
なにが必要なんですか?
お母さん。

アマンダ: もっと気高いものよ、
精神とか、魂とか、
もっとうつくしいものよ!
動物だけなのよ、
本能を、満たさないと満足しない、っていうのは!
あんた、
動物になりたいの?
ねえ、もっとましなこと、考えてるでしょう? 豚とか、猿とか、そんなのより!

トム: ましだかどうだか、
わからないですね

アマンダ: やめて。
いいわ、
もうこんな話はやめましょう
もっとだいじな話があるんだから…

トム: 時間が。

アマンダ: 座って。

トム: 遅刻します。いいんですか?

アマンダ: まだ、5分。
ローラのこと。

トム: ええ、
で?

アマンダ: そろそろあの子のために、
将来の目標とか準備とか、
考えなきゃいけないでしょ、
あの子、あんたより年上なのに…
二つ。二つも。
まだなんにもいい話がないし…
なんにもしないで、毎日、暮らしてるの。
あたしあの子がああやって過ごしてるのを見ると
どうしよう、って…

トム: 社交が嫌いなタイプなんだよローラは。

アマンダ: そんなタイプなんて…
情けないわ。
でもね、ちゃんと結婚して、自分の家庭があって、で、だったら
なんにもいわないけど!

トム: え?

アマンダ: このあとひどいことになるわ、
あたしにははっきり見えてるのよ!
怖いのよ、あたしは!
あんたはどんどんあんたのお父さんに似てくる、
あのひとも家を空けて、
で、
どこに行ってるのか、教えてくれない、
そして最後は家出。
さよなら。
あとはどうなるか、
あたしだけだわ、
海員組合から来た手紙、見たわ
あんたの考えてることくらい、お母さんにはちゃんとわかる、
あたしだって、ばかじゃあないのよ!
ねえいいんじゃない、
やったらいいわ、
やりたいことを!
でもあんたの代わりがみつかってからにして。

トム: なにそれ。

アマンダ: ローラが、じぶんのめんどうをみてくれるひとを見つけて、
結婚したら!
あの子がじぶんの家庭を持って、独立したら、
そしたら
あんたはどこでも好きなところにお行きなさい、っていうこと。
海でも、陸でも、お好きなように、ね!
でもそれまでは、
あんたが、
準備してやらなくっちゃあ。
あたしのために、じゃあないわ、
あたしはもうこんなかんじよ、
でもローラは、
まだまだ人生長い、
一人じゃ生きてけないわ!

ト書き(トム 大友): トムは、いきなり立ちあがって、上着を取って着る。

アマンダ: トム、マフラーは? 毛のマフラーして行きなさい!

ト書き(トム 大友): トムは、掛かっているマフラーを、腹立たしげに首に巻きつけ、
力をこめてその両端をひっぱる。

アマンダ: ね まだ、話があるの、
あんたに、頼みたいことがあるの。

トム: ほんとに遅れますよ

アマンダ: ね 会社の倉庫に勤めてる人で、だれか
立派な、若い、男の人、いない?
誰か、一人、身持ちの良い人、見つけてくれない?
お酒のまない人。で うちへご招待して。あんたの姉さんのために。
ローラのために。
紹介、お知りあいを。
ね? どうなの?
ね、どうなの? トム?

ト書き(トム 大友): トムはドアから出て、右の路地の奥へ、去る。
アマンダはトムを追いかけ、戸口を出て階段の降り口に立つ。
トムがふり返って叫ぶ。

トム: いいですよ!


<シーン5>第1幕第5場 
3 電話をするアマンダ 
アマンダ(かなこ)


アマンダ:
エラ・カートライトさん? わたし、アマンダ・ウィングフィールド。
そう、まず、あなたの腎臓――いかがですか、ちかごろ?
アラ、そう? また、ぶり返し?
マア、ほんとに、殉教者の苦しみねえ。立派ですわ。まったく、あなた、殉教者ですわ。
ところで、わたし、名簿を繰っていて、気がついたんですけど、
「主婦の手帖」の予約購読、もう、切れてるのよ、あなたの分。
いよいよ、これから、ベッシー・メー・ハーバーが、待望の連載小説を書きはじめようっていうのに、ねえ。
こんどのは、ロング・アイランドに住んで、なに不自由なく、馬に乗って遊び暮らしてる人たちの話。

マア、そう? お読みになったの、あなた? じゃあ、これから後は、どうなると思います?

アラ、そんなこと、ありませんよ。ベッシー・メー・ハーパーが、読者を失望させるなんて、
そんなこと、絶対、ありませんよ。そりゃあ、話の筋は、入り組んでますとも――
だって、しかたがないでしょう――筋ってものは、どうしたって、入り組むもんですよ――
筋の入り組んでない小説なんて、ありますかしら――
とにかく、ベッシー・メー・ハーパーのものは、いつ読んでも、
気持ちが、とっても、高められるじゃないですか――
どうなすったの、エラ? なんだか、ひどく、怒ってらっしゃるようですわねえ。

アラ、そう――まだ、七時だから? 
マア、エラ、九時まであなたは絶対に起きないんだってこと、わたしすっかり忘れてましたわ。
ほんとにごめんなさい…

マア、そう? 予約、申し込んでくださる? 
マア、ありがとう、エラ。いい方、ねえ、あなた――いい方ですわ、いい方ですわ。


<シーン6>第1幕第6場 
1 トム、ダンスホール 
トム(堂下、大友)


トム(堂下):第1幕第6場。
路地の向こう側に、パラダイスというダンス・ホールがありました。
夜、春の夜なんかには、そのホールのドアも、窓も、ぜえんぶ開けっぱなしで、
なかの音楽が、聴こえてくる。
時々ホールは真っ暗になって、おおきなミラーボールだけがついている。
そのミラーボールはゆっくりとまわって、
虹のような、淡い、光。
オーケストラも、ワルツとか、タンゴとか――
ゆるやかな、官能的なリズムを演奏する。(大友トム 登場)
若いカップルが路地へ出てくる、人目をさけてるんでしょう、
かれらは、ごみ捨て場の缶や、電柱の陰にかくれて、接吻をするんです。

トム(大友):これが、せめてもの憂さ晴らし
僕と同じように、変化も、冒険もない日々をすごす人たちにとっての。

変化と冒険は、この年にはもうすぐ目の前にあったのだけど。
こんな無邪気に踊っている若いひとたちを暗がりで待ち伏せ、
今にも襲いかかろうとしていた。

その気配は、ヒットラーの山荘をつつむ霧の中や、
英国の首相チェンバレンの手元のこうもり傘の中にひそんでいた
スペインではゲルニカの爆撃が起こった!

トム(堂下):この国では
スゥイング・ミュージックと、酒、ダンス・ホール、バー、映画、そして、性
シャンデリアのようにきらめいて、はかない虹のような光を散らす。
若いひとたちは踊り狂っているだけ、「いとしの君よ、世界の夜明けがおとずれる!」という、
当時の流行歌に合わせて。

トム(大友):
世界におとずれようとしていたもの、もう、すぐに、
それは、爆撃のあらしでした。


<シーン6>第1幕第6場 
2 トムとアマンダ、月、青年紳士、しあわせを祈る
アマンダ、トム、ローラ、ト書き(ローラ) (マヤ、大友、草野、西尾)


アマンダ: トム、どこにいるの?

トム: 外で、煙草、吸ってます。

アマンダ: 
あんた、煙草、吸いすぎよ、ほんとに。日に一箱…一箱15セントとして…月に、いくら? 
15掛ける30? ま、大金とはいえないけど…
とにかく、ワシントン大学の夜間にかよって、会計学の講義でも聴けるくらいには、なる、ねえ! 
どう結構な話じゃない?
なにを、そんなに、見てるの?

トム: 月。

アマンダ: 月が出てるの、今夜?
アラ! ほんと! なんて、可愛いお月さま――銀のお靴みたい。何か、願いごとをした?

トム: ええ。

アマンダ: どんな願いごと?

トム: それは、秘密。

アマンダ: なら、いいですよ――お母さんのも、教えたげない。

トム: お母さんの願いごとくらい、教えてもらわなくたって、わかりますよ。

アマンダ: マア、お母さんの頭の中はお見通しってわけ?

トム: ま、謎の人物では、なさそうです、ね。

アマンダ: そうね、お母さんには、秘密なんて、ありゃしないわよ。
あたしお月さまにお願いしたのはね、かわいい子どもたちの成功と幸せ――それだけが、お母さんのお願いごと。
月の出る晩は、いつでも、それを、お願いするし、
月の出ない晩は、月の出ない晩だって、やっぱりそれを願ってることに変わりない。

トム: 僕は、また、お母さんのこったから、
どこかの紳士が訪ねてきますように、ってお願いしたのかと思った。

アマンダ: なあにそれ?

トム: そいつを一人見つけて連れて来いって、僕に言ったの、覚えてないんですか?

アマンダ: 倉庫に勤めてる人で、誰か、立派な青年があったら、
その方を、うちへご招待できたら姉さんのためにはずいぶんありがたいんだけどってことは
そりゃあ、たしかに、言いましたけど

トム: そう。何度も。

アマンダ: それで?

トム: 呼んどきました。

アマンダ: え?

トム: 青年紳士が、訪ねて来るんですよ。

アマンダ: どなたか、うちへご招待したっていうの?

トム: ええ夕食に。

アマンダ: ほんとに、ご招待したの?

トム: ええ。

アマンダ: それで、その方…来てくださる?

トム: ええ。

アマンダ: 来てくださるの?

トム: 来ます。

アマンダ: マア、よかったわねえ!

トム: ええ

アマンダ: で、それ、すぐなの?

トム: すぐです。

アマンダ: すぐって…どう、すぐなの?

トム: まあ、すぐです。

アマンダ: まあ、すぐって…

トム: 明日、来ます。

アマンダ: 明日? 明日! それじゃあ、まあ、支度できやしない。明日?
そういうことは、すぐ、その場で、電話してくれなくちゃあ――ご招待した時に。
ご招待して、お受けになったら、その時に、よ!

トム: なにも、そんなに、さわぐことは、ないでしょ。

アマンダ: さわぐわよ、あたりまえじゃないの! 
こんな、あばら屋へ、ひとさまを、ご招待できますか…すこしは、きれいに、片付けとかなくちゃあ。
おまけに、それが、明日の晩…とても、間に合いやしない。
結婚祝いにもらった銀の食器…あれが、三組残ってる。あれを、磨いて。
テーブル掛けは、レースの…長い間、放ったらかしだわ、どうなってるだろ? 
着るもの…なんでもいいってわけには、いかない。ない。何もないねえ、着るもの。ないねえ。
このソファーもどうしたもんだろ!
そうだ、なんか明るい模様の更紗! それを、買って来れば、ね、そんなに高くはつかないわね
それから、床に置くスタンド――これは、あれ、月賦で、だいぶ払いこんであるんだから、あれを届けさせる! 
壁紙、張り替えるひまがあれば、いいんだけど。なんていうの、お名前は?

トム: Mr.オコナ。

アマンダ: オコナさん。アイルランド系だね! てことは明日は金曜日だから、
ご馳走は、お魚のお料理ね。大丈夫。
鮭の蒸し焼きに、マヨネーズのソースってことにすれば、いいわね
どこで、お目にかかったの?

トム: 倉庫にきまってますよ。ほかに、どこか、お目にかかるところ、なんてありますか?

アマンダ: さあ、どうだか。飲むんですか、その方?

トム: どうして、また、そんなこと、聞くんです?

アマンダ: あんたのお父さんは、飲む人だったでしょう?

トム: ねえ、お母さん、止しましょうよ、その話は。

アマンダ: ということは、飲むの? その方。

トム: 飲みません。飲まないと思いますけど、ねえ。

アマンダ: はっきり突きとめてちょうだい、それだけは。
何がいけないたって、呑んだくれくらいいけないもの、世の中にないんだから…
あたしの娘には絶対お断り。
倉庫で、どんな仕事してるの、その方? それが、聞きたいのよ、お母さんは。

トム: 発送係。

アマンダ: マア! 発送係! じゃあ、だいぶえらいのね。
あんたも、もうすこし頑張ったら、それくらいの出世がねえ…
ねえ、給料は、どれほど?

トム: まあ確かなところはわかんないけど、
だいたい85ドルってとこじゃないかなあ

アマンダ: 月85ドル? あんまり、威張れないわねえ。

トム: 僕より、20ドル、多いんだけど。

アマンダ: そうね、そうね、そうね! 
月85ドル。まあだめだねえ、とても、だめ。月85ドルじゃあ、家庭は持てないよ
どう遣り繰りしてみたって。

トム: お母さん、オコナ氏は、家庭なんか持ってませんよ。

アマンダ: でも、いずれは持つんでしょう? 持たないの?
まだすこし聞いておきたいことがあるんだけど…お名前は…
そう、オコナさん。オコナさん。オコナだけじゃないでしょ、
なに、オコナっておっしゃるの?

トム: ジェームズ・D・オコナ。Dは、デラニーのD。

アマンダ: デラニー? ふた親とも、アイルランド系なんだね――それで、飲まないの?

トム: 僕 電話で、聞いてみましょうか?

アマンダ: いけません!
あんたまさか、オコナさん、美男子じゃないんだろうねえ?

トム: お母さん、念のために、ことわっときますが
ローラのことは、一言も、相手に、話してないんですよ僕は。
「君いちど僕のうちへ晩めし食いに来ないか?」って、それだけですよ、僕が言ったのは、
「いいねえ、ありがとう」ってのが、やつの返事で、
なんにも、ほかのことはしゃべってないですから。

アマンダ: そりゃあ、そうでしょうとも。あんたがそんなぺちゃぺちゃしゃべるわけないわ。
でも、まあ、あの子がどんなにきれいでやさしいか、それが分かったら、

トム: ねえ、お母さん。でもローラには、あんまり期待をかけないほうがいいですよ。

アマンダ: なによそれ。

トム: そりゃあお母さんとか、僕とかの眼からみたら
ローラは、まったく申しぶんのない娘。僕たちには肉親の愛情がありますからね
僕たちは、ローラが、びっこだってことさえ、忘れてるくらいですよ。

アマンダ: その言葉は、やめて。…びっこだなんて。

トム: お母さん、事実は、事実として、認めたほうがいいですよ。びっこなんです、ローラは。
おまけに、それだけじゃない。

アマンダ: それだけじゃないって、だからなによ?

トム: お母さん――ローラは、ほかの娘とは、ずいぶん、ちがってるんですよ。
それは、わかってるでしょう、お母さんにも。

アマンダ: わかってますとも。わかってるからこそ、
ほかの娘とちがってるところがあの子の良いところだって、そう思ってます。

トム: いいとばかりは、映らないでしょう――他人の眼には、とくにはじめて会う人の眼には、ね。
はにかみ屋も、度がはずれてる。ローラは自分ひとりだけの世界に閉じこもったきりでしょう
これは、他人に言わせると、多少、変わりものだってことになりますよ。

アマンダ: そんな言葉――変わりものだなんて。

トム: 事実は、事実として、認めてください、お母さん
ローラは、変わりものですよ。

アマンダ: あの子の、どこが、変わりものなのか…あたしにはわからないわ。

ト書き(ローラ): 音楽がきこえ始め、それが、幕切れまで、つづく。

トム: お母さん、ローラは、ちっぽけなガラスの動物たちの世界に生きてる。
せいぜい、流行おくれのレコードをかけるくらいが、関の山
ほかに、なんにも、しやあしない…

ト書き(ローラ): トムは、ゆっくり立ちあがって、戸口から、しずかに外へ出る。
ドアを開け放したまま、ゆっくりと路地の奥へ歩き去る。
アマンダは、椅子から立ちあがると、戸口を出て、階段の降り口に立ち、月をながめる。

アマンダ: ローラ! ローラ!

ト書き(ローラ): ローラのこたえる声が、台所からきこえる。

ローラ: なあに、お母さん。

アマンダ: お皿なんか、放っといて、こっちへ、いらっしゃい!

ト書き(ローラ): ローラが、皿拭きのタオルを手にしたまま、姿を見せる。
アマンダの声は、浮き浮きしている。

アマンダ: ローラ、さ、ここへ来て、お月さまに、願いごとをするの!

ローラ: お月さま――お月さま?

アマンダ: 可愛いお月さま――銀のお靴みたい。さ、ローラ、からだ、こっち向けて――
左の肩ごしに、願いごとをするの!
さ、早く! 早く、お願いしなさい!

ローラ なにを、お願いするの、お母さん?

アマンダ: しあわせを、さ! 幸運を!


<シーン6>(原作にはないシーンです) 
3 ローラたち 
ローラ4人(やつだ、やすえ、西尾、草野)


やすえローラ 登場。

草野ローラ ローラの部屋に帰る。(マヤアマンダ 退場)

西尾ローラ 登場。

やつだローラ 登場。


それぞれ、下手側の月をみる。
自分の部屋から、もう一度お月様にお願いごとをする。
左の、肩ごしに。


西尾ローラ やすえローラに近づく。
何をおねがいしたの?って聞く。

やつだローラ 草野ローラに近づく。
何をおねがいしたの?って聞く。

4人 中央に集まって、
それぞれの秘密のお願いごとを教えあう。


<シーン7>第2幕第7場 
1 トム、ジムの話 
トム(大友)


トム:
そんなわけで
僕は、次の日の夕方
ジムを連れてきました。ディナーの招待。

ジムのことは、ハイスクールのときから、僕は、そこそこ知っていて、
まあそのころ、ジムっていうのはまさに「ヒーロー」
典型的なアイルランド系、人当たりがよく、快活で、念入りに磨きをかけた白磁の器のような生徒。
全校の人気を一身にあつめて
バスケットボール部のエース、
討論会では全校チームのキャプテン、
生徒委員会、
合唱団の団長、
そして、年に一回のオペレッタでは、すばらしいテノール。
いつ見ても、走ってる。
走ってなければ、飛んでるか、跳ねてるか、とにかく、ただ歩いてる、なんてことはない。
引力の法則だってじぶんのものにしてしまいそうな勢い。
こいつはきっと大統領やなんかになっちゃうんじゃないか?って
みんな、そう思ってたとおもう。

でもなにがあったのか。
ハイスクールを出たあとのスピードはがた落ち。
ヒーロー、ジムにも、世の中は、ままならないものだったんでしょう
倉庫に勤めてた、そのときにも、
僕といっしょ、毎日ルーティンのつまんない仕事をやらされてました。

倉庫では、僕は、あまり、人づきあいが悪いかんじだったんだけど…
ジムとはそこそこ仲良くしていた、
ジムにとって、僕という人間は、大切な存在だったんだとおもう。
ジムの輝かしい過去を覚えている人間、
バスケットボールの試合で優勝したり、
討論会で銀色のトロフィーをいただいたりするのを見ていた人間、
それが、僕。

僕は、仕事中、ちょっとひまがあるとこっそり手洗いに行って、
狭い個室のなかで詩を書いてた、
ジムだけはそのことを知ってて、僕のことを「シェイクスピア」なんて、呼んでました。
ほかの連中は、なんとなく、僕を警戒、いやむしろ、敵意を感じていたくらいです。
でもジムだけは、気軽にともだちぽく話しかけてきたので
そんなジムの態度がほかの連中にも伝染してったんでしょう、
その敵意、のようなものも しだいにうすらいで、そのうちに笑顔で挨拶するやつだってでてきた
道を歩いてるときに、向こう側で変な犬が道を横ぎる、
それを見て、にやりと笑うような、いわば、そういう笑顔です。

ジムとローラが、ハイスクールで、知り合いだったことは、僕は知ってました
ローラが、ジムの声はとても良い、って なんども、なんども、言ってたから。
でもジムがローラのことを覚えていたかどうかは まああんまり、
ローラってひとはハイスクールではおどろくほど目立たない生徒で、
ジムが異常な人気者だったのとは、それこそ正反対。
ジムがローラを覚えてたとしても、ローラが僕の姉だってことは、知らなかったんでしょう
うちの夕食に誘うと、笑いながら、こんなことを言ってました――
「へえ、シェイクスピア、君には、親も、きょうだいも、なにも無いんだと思ってたよ!」
でも僕には、それがあるんだと、ジムにもわかったはずです。


<シーン7>第2幕第7場 
2 アマンダとローラ むかしはきれいだった、
ジム・オコナ、ジムの訪問
ト書き(ジム)、ト書き(ローラ)、アマンダ、ローラ、トム、ジム
(田辺、草野、かなこ、やすえ、堂下、小林)


ト書き(ジム): トムは、右へ去る。居間の内部が、しだいに明かるくなる。
青年紳士がおとずれるというので、その準備に、アマンダは、目ざましい奮闘ぶりを示し、
部屋の中が、見ちがえるほど。
ばら色の絹のシェードのかかった大形の電気スタンド。
天井から吊した電燈の壊れた部分は、あざやかな色どりの紙ちょうちんで隠してある。
椅子やソファーは更紗のカバーで被われ、真新しいソファークッションが、二つ。

ト書き(ローラ): ローラは、両腕を上げて、部屋の中央に
その前にアマンダがしゃがみこんで、娘の新しいドレスのすそに手を加えている。
いかにも、敬虔な、儀式張った態度である。
このドレスは、「思い出」というものに見られる特有の色と形をもっている。
ローラのヘアスタイルは、前よりやわらかく、ローラの顔によく似合った形に変わっている。
こわれやすいもの、この世のものとも思えない美しさが、ローラには、あらわれており、
すりガラスの人形が、光に照らされて、束の間のかがやきを放つのを見る思いがする。
幻のような、はかない美しさである。
ローラは、右の方へ行って、鏡をながめる。

アマンダ: ね、まるで、絵葉書の天使みたい。きれいよ。
じゃ、こんどは、お母さんが、支度をするから。
すばらしいおめかしをしてびっくりさせたげる

ト書き(ローラ): ローラは、しばらく鏡をのぞいている。
それからベッドの右の小卓に腰かけ、しばらくそのまま。
やがて、火災用階段の降り口へ出て、母親が来るまで隣のダンスホールから聞こえる音楽に耳を傾けている。
アマンダが食堂の左のドアから出て来る。黄色い水仙を胸に、娘時代のドレスを着て。

アマンダ: そう、昔は、ね。昔は、きれいだったよ、
このドレス、花のかたちの飾りがたくさんついてて、
でもぜえんぶくたっとしちゃった。しょうがないから全部取っちゃった。
もう、何年たったかな
これを着てコティリョンダンスのリード役をしたことがあるし、
サンセット・ヒルのケーキウォークで二回も優勝した。
州知事さんの舞踏会に招待されて、ジャックソンへ出かけたときも、これを着てった。
お母さんは、こうやって、広間いっぱい、すべるように踊ってた。(アマンダは舞台を一周する。)
あんたのお父さんにはじめて会った時も、これを着てた。
ちょうどマラリヤにかかっちゃって、でもご招待が、たくさん。
キニーネを飲んで、どんどん出掛けてったの。
熱があったってね。
毎晩ダンス。午後は馬車で遠乗り。そしてピクニック。
5月だわ
黄色い水仙がたくさん咲いてて、
馬車で、
黄色い水仙が目につくたびに、
「待ってちょうだい、水仙が咲いてる!」って。
紳士がたに手伝ってもらうの。
たくさん、たくさん、たくさん、
家中の花瓶に、
「花瓶がなかったら、
手に持ってればいいのよ、」
って
マラリヤ、
あんたのお父さん、
たくさんの、黄色い水仙。

ト書き(ローラ): 音楽が止まる。
遠くで、雷。

アマンダ: 降り出さないうちに着くといいわね

ローラ: お母さん、

アマンダ: なあに

ローラ: 今日いらっしゃる方、お名前は?

アマンダ: オコナさん、オコナさん。

ローラ: 名字が、それで、お名前は?

アマンダ: なんだったかしら。
ああ、そう ジムさん。

ローラ: お母さん、
ジム、ジム・オコナさん?
その方、トムがハイスクールのとき知ってた人?

アマンダ: それは知らないけど、
倉庫のお知り合いの方よ。

ローラ: お母さん、ごめんなさい、わたし、
ハイスクールのときのお友達でジム・オコナってひとがいて、
もし、もし、
トムがその人をご招待してるんだったら
わたし、
いっしょにお食事なんかできない!

ト書き(ローラ): (戸口のベル)
遠い雷。

アマンダ: どうしたの

ローラ: わたし、

アマンダ: どうしたの

ローラ: だめ、気分が、悪いの

アマンダ: なにを言ってるの、
ね、ローラ、
勇気出して。
生きてく、勇気を。

ト書き(ローラ): ローラはドアを開ける。

トム: ローラ、
こちらが、ジム。
ジム、僕の姉さん。ローラっていうんだ

ジム: へえ、シェイクスピアにはお姉さんがいたんだ!
こんにちは、はじめましてローラ。

ト書き(ローラ): ローラは体が固まり、震え、後ずさって、
ジムと握手する。

ローラ: は
はじめまして。

ジム: きょうはありがとう。冷たい手だね!

ローラ: わたし…
蓄音機をかけてたから。

ジム: ごりごりのクラシックでもかけてたの?
盛り上がるジャズなんかをかけたらきっと暖まるよ!

ト書き(ローラ): ローラはうなずき、蓄音機をかける。トムはローラに近寄るが、
ローラはそのまま、左のドアから出て行く。


4 ジムとトム、弁論術、映画1 
トム、ジム(堂下、小林)


ジム: どしたんだろ?

トム: ああ、ローラ?
んー ま、
ローラはひどいはずかしがり屋なんだよ

ジム: ふうん、
きみは姉さんがいるなんてこと、言ったことないよねえ

トム: まあ、
いるってこと、わかったろ?
新聞、読む?

ジム: おう

トム: マンガ?

ジム: マンガ? スポーツ欄だよ
へえ…
どこ行くんだ?

トム: たばこ、テラスでしか喫えないんだ

ジム: なあ、シェイクスピア、
俺きみにすすめたいものがあるんだよ。

トム: なに?

ジム: レクチャー。
いまとってるんだけどさ、

トム: なにの?

ジム: 弁論術。
俺たちはさ、倉庫とか、現場に向く人間じゃあないんだとおもうんだよ…
きみも、俺も。

トム: ふむ
ていうか
弁論術とそれと、どう関係するんだよ

ジム: 出世して、役員、とかさ!

トム: はあ。

ジム: 俺にはずいぶん役立ってるぜ
まあ考えてみろよ
きみとか、僕とかと、
本部の事務所の連中と
いったいどこがちがうとおもう?
度胸だよ。
度胸。
相手がだれでも、
どこ行っても、
引かない、
度胸だよ。
ねえトム、メンドーザ氏がいろいろ言ってたぜ

トム: ふむ、
ほめてた?

ジム: それはさあ、

トム: ふうん…

ジム: きみ、いいかげんに目を覚まさないと首になるぜ

トム: 目は覚めかかってるんだよ

ジム: ま
他人からはそうは見えない、ってことかなあ…

トム: そう簡単に見えてたまるもんか、
ねえ僕はいま十字路に立ってるんだよ

ジム: なに寝言みたいなこと言ってるんだよ

トム: 映画には、もう飽きた

ジム: 映画?

トム: 映画。
ねえ
俺たちはさ、
活動する代わりに、活動写真を見に行ってるわけさ、
映画スターさんたちの、活動を。冒険を。
アメリカ中の人間が、観客席で、観てる、ってわけ
戦争でも起こらない限り、
冒険なんてものは大衆には手が届かないんだよ。
でも戦争が始まったらさ…
ま 俺はもう待っちゃいられないんだよ
飛び出す。

ジム: 飛び出す?

トム: (うなずく)

ジム: いつ

トム: もう、すぐ

ジム: どこ
どこへさ

トム: 俺はもう胸の中が煮えたぎっててさ、
倉庫にいると、こう体が震えてくるんだよ
人生てものがどんなに短いか。
ねえ、自分はいま、何をやってるのか。
ねえ、ぼくが倉庫でつくってる「靴」なんて
意味なんかありゃしないよ。
絶対に。
これ。
組合に、入ったんだ

ジム: (カードを読む)海員組合。

トム: 組合の会費は今月分もう払った!
電気代の金でさ

ジム: おいおい、電気が止まってからどうするんだよ

トム: 電気が止まった頃には、もうここにはいやしない。

ジム: なあ、でも、
お母さんはどうするんだよ

トム: 親父みたいになるんだよ。
おかしな親父からは当然おかしな息子が産まれるんだよ、
あのにやにや笑ってる顔、
16年、16年、帰って来ないんだよ。

ジム: まあ言ってるだけなんだろ?
だってきみのお母さんは、どうするんだよ?

トム: シーッ
来るよ、
母さんにはいろいろ言わないでくれよ


4 ジムとトム、弁論術、映画2 
トム、ジム(大友、田辺)


トム: ローラ、
こちらが、ジム。
ジム、僕の姉さん。ローラっていうんだ

ジム: へえ、シェイクスピアにはお姉さんがいたんだ!
こんにちは、はじめましてローラ。
どしたんだろ?

トム: ああ、ローラ?
んー ま、
ローラはひどいはずかしがり屋なんだよ

ジム: ふうん、

トム: 新聞、読む?

ジム: おう

トム: マンガ?

ジム: マンガ? スポーツ欄だよ
へえ…
どこ行くんだ?

トム: たばこ、テラスでしか喫えないんだ

ジム: なあ、シェイクスピア、
俺きみにすすめたいものがあるんだよ。

トム: なに?

ジム: レクチャー。
いまとってるんだけどさ、

トム: なにの?

ジム: 弁論術。
俺たちはさ、倉庫とか、現場に向く人間じゃあないんだとおもうんだよ…
きみも、俺も。

トム: ふむ
ていうか
弁論術とそれと、どう関係するんだよ

ジム: 出世して、役員、とかさ!

トム: はあ。

ジム: 俺にはずいぶん役立ってるぜ
まあ考えてみろよ
きみとか、僕とかと、
本部の事務所の連中と
いったいどこがちがうとおもう?
度胸だよ。
度胸。
相手がだれでも、
どこ行っても、
引かない、
度胸だよ。
ねえトム、メンドーザ氏がいろいろ言ってたぜ

トム: ふむ、
ほめてた?

ジム: それはさあ、

トム: ふうん…

ジム: きみ、いいかげんに目を覚まさないと首になるぜ

トム: 目は覚めてるんだよ

ジム: ま
他人からはそうは見えない、ってことかなあ…

トム: そう簡単に見えてたまるもんか、
ねえ僕はいま僕の人生の十字路に立ってるんだよ

ジム: なに寝言みたいなこと言ってるんだよ

トム: 映画には、もう飽きた

ジム: 映画?

トム: 映画。
ねえ
俺たちはさ、
活動する代わりに、活動写真を見に行ってるわけさ、
映画スターさんたちの、活動を。冒険を。
アメリカ中の人間が、観客席で、観てる、ってわけ
戦争でも起こらない限り、
冒険なんてものは大衆には手が届かないんだよ。
でも戦争が始まったらさ…
ま 俺はもう待っちゃいられないんだよ
飛び出す。

ジム: 飛び出す?

トム: (うなずく)

ジム: いつ

トム: もう、すぐ

ジム: どこ
どこへさ

トム: 俺はもう胸の中が煮えたぎっててさ、
倉庫にいると、こう体が震えてくるんだよ
人生てものがどんなに短いか。
ねえ、自分はいま、何をやってるのか。
ねえ、ぼくが倉庫でつくってる「靴」なんて
意味なんかありゃしないよ。
絶対に。
これ。
組合に、入ったんだ

ジム: (カードを読む)海員組合。

トム: 組合の会費は今月分もう払った!
電気代の金でさ

ジム: おいおい、電気が止まってからどうするんだよ

トム: 電気が止まった頃には、もうここにはいやしない。

ジム: なあ、でも、
お母さんはどうするんだよ

トム: 親父みたいになるんだよ。
おかしな親父からは当然おかしな息子が産まれるんだよ、
あのにやにや笑ってる顔、
16年、16年、帰って来ないんだよ。

ジム: まあ言ってるだけなんだろ?
だってきみのお母さんは、どうするんだよ?

トム: シーッ
来るよ、
母さんにはいろいろ言わないでくれよ


5 アマンダ 食前の祈り
アマンダ、トム、ジム


アマンダ: トム!
テラスにいるの?
こちらにお入りになったらどう?

トム: お母さん、きれいですねえ、とっても。

アマンダ: あんた
あたしにお世辞を言ってくれたのなんて、生まれてはじめてじゃなくて?
びっくりしちゃうわ。
オコナさん、でしたわね?

ジム: はじめまして。

アマンダ: いつも息子から聞かされてますわ、
ねえ、あんまりあなたの話ばかり、ほめるもんだから、
一度家へお食事にでもご招待したらどう?
わたしだってそんな立派な紳士にお会いしたいわ!って。
うちの息子ときたら、あんまりにも無愛想でまいっちゃうわ。
あんなふうじゃ、南部の人間とは言えませんからね。
さ、座りましょう!

トム: 母さん、
食事は?

アマンダ: ローラのところに行って聞いてみてちょうだい。
ね、今日のお食事は、ローラが担当。
(ジムに)ローラにお会いになりました?

ジム: ええ、玄関で。

アマンダ: ええ、あの子、とてもきれいでしょう?

ジム: ええ、ほんとに。

アマンダ: 女の子もローラくらい器量良しだったらたいてい家庭的じゃない、って欠点があるんですけど、
ローラはきれいなうえに、とってもてきぱきしてるの。
ほんとにありがたくって。
わたしなんてぜんぜんだめ、せいぜいちょっとしたお菓子をつくるくらいで。
でもね、南部じゃあうちに大勢召使いがいましたから、
もういまじゃ夢みたいな話ですわ。
遠い遠い昔の夢。
ねえ、気楽なもんでしたわ!
まわりにいる紳士がたなんて、大農園のご子息ばっかりで、
当然そのうちのどなたかと結婚するものとばかり思い込んでましたの。
でも結婚って、男の方が申し込んで、女性はそれをお受けする。
昔、昔からそうなってる…
すこしは変わったことがしてみたくなって。
大農園のみなさんと結婚するのはやめにしましたの!
電話会社に勤めてる人と結婚しました。ほら、あそこで笑ってる。
でも電話会社だけあって、長距離電話に惚れ込んじゃって。
家を飛び出してって、いまはどこでどうしてるやら…
あら、わたしこんなくだらない、じめじめしたお話を。
あなたのお話をお聞きしたいわ!
トム!
お食事のほう、いかが?

トム: もう用意はできてます。
でもローラ、すこし気分が悪くて、
食事はしないほうがよさそうだって。

アマンダ: ま ローラ!
あなたが来ないと、食前のお祈りができないわよ。
あらでもほんとに気分が悪いのね…
(ジムに)台所であんまり火のそばにいたからですよ!
今夜は暑すぎるもんだから。

ト書き(ローラ): 舞台外から、雷鳴

アマンダ: 少し、降ってくれそうね。
トム、食前の、お祈りを。

トム: え?

アマンダ: いつもの、
お祈り。
ほら。

トム: 今日もまた、つねに変わらぬ御恵みを。
主の聖き御名のたたえられんことを。

ト書き(ローラ): 音楽。


<シーン8>第2幕第8場
アマンダとトムとジム 乾杯、停電
アマンダ、トム、ジム(マヤ、小林、大友)


ト書き(ローラ): 第2幕第8場。
場面は前場と同じ。半時間経過。
食事は終わりに近づき、アマンダと、トムと、ジムが、前場の終わりと同じ姿で、テーブルについている。
食堂と居間が次第に明るくなり、前場から聞こえていた音楽が止む。

アマンダ: (笑い声)
ねえ、オコナさん、
きょうはとっても楽しいわ。ひさしぶりに、こんな気持ち。

ジム: それはよかった。
ではもう一度、乾杯しましょうか?
「懐かしの、南部のために」。
乾杯!

アマンダ: 乾杯!(照明が消える)

ジム: おいおい、どうしたんだ、Mr.電灯!

アマンダ: ヒューズかしら、
オコナさん、あなたヒューズの直し方、ご存知?

ジム: ま、やってみますよ。

アマンダ: 電気、って、わたしなんかにはなにがなんだかわからなくって。
まあわたしなんかには宇宙全体、わからないことだらけだけど。
科学、って、
わからないことを、
わからせてくれるものだ、なんていうひといますけど、
わたしにはさっぱり。わからないことが増えるだけだわ
ヒューズ、いかが?

ジム: いや、
ちょっとヒューズじゃないようですよ

アマンダ: トム?
こないだ、電気料金の請求書、これを払わないと電気が止まるってのがあったわよね?

トム: あーうーん、先月の?

アマンダ: あんたあれどうしたの?

トム: うーんあれか、

ジム: お母さん、きっとシェイクスピアくんはその紙に詩でも書いちゃったんでしょう

アマンダ: まあ、この子ならやりかねないわ!
わたしも簡単に「お願いね、」なんて言っちゃったんだけど、
楽しよう、とおもうと とかくこの世は高くつくもの、ってことですわね!

ジム: その詩がなにかに入選して、賞金がもらえるかもしれませんよ。

アマンダ: 今夜は19世紀に逆戻りした、ってつもりで
過ごすしかないわね、
エジソンさんがまだ電灯を発明してくれてない、ってくらいで!

ジム: ろうそくの灯りって、僕は好きですけどね

アマンダ: あら、ロマンチックなことおっしゃるのね
でもまあほんとに、食事が済んでからでよかったわ。
電気会社もなかなか親切なこと!
でもトム、これはあんたのせいなんだから、
お皿を洗うお手伝いをしてちょうだい、そのぶんね。

ジム: なにか、僕もお手伝いしましょうか

アマンダ: ま、とんでもない

ジム: いやでも、なにかあれば。

アマンダ: ええ、ええ、
じゃあ…
あのローラがね、向こうでひとりでおりますから、
相手を、してやっていただけないかしら?
このろうそく、お持ちになって。
で、このダンディライアンワインを少し飲ませてみたらいいとおもうの。
グラス、いっしょにお持ちになれます?

ジム: ええ、やってみましょう。

ト書き(ローラ): ジムが居間に入って来る。
ローラにとって、これは、人生における、最大の事件なのである。
最大の。生涯、最高の。


<シーン8>第2幕第8場 
2 ジムとローラ ダンディライアンワイン、チューインガム
ジム、ローラ


ジム: 気分
どうです?
よくなりましたか? 少しは。

ローラ: (うなずく)ありがとう。

ジム: これ。きみの分。
ダンディライアン・ワイン。

ローラ: (うなずく)ありがとう。

ジム: ほら、飲もう。
でも飲みすぎて酔っ払わないでね。
このろうそく…どこに置いたらいいだろ

ローラ: (うなずく)お好きに。

ジム: じゃ
ここかな
床に。だいじょぶかな?

ローラ: (うなずく)

ジム: 新聞敷いといたほうがいいな、
蝋が垂れるから。
僕は床に座っちゃうのが好きなんだ
いい?

ローラ: (うなずく)

ジム: クッション、ひとつくれる?

ローラ: え?

ジム: クッション!

ローラ: あ…

ジム: どう きみも?
床の上はいや?

ローラ: (首を振る)

ジム: じゃ、

ローラ: (うなずく)

ジム: クッション、敷きなよ。
そんな遠くに座ったら、
ぼーっとして、見えないよ!

ローラ: こっちからは、見えます

ジム: ふむ、
でもそれはちょっと不公平じゃない?
僕はここでばっちりライトを浴びてる!
そうだね、
そのくらい、
ちゃんと見えるようになった。
だいじょぶ?

ローラ: (うなずく)
ありがとう。

ジム: ぼくもいいぐあいだな
いいね、ここ。
なんか牛になったような気がする!

ガム、いる?

ローラ: (首を振る)

ジム: (うなずく)
チューインガム。
ね、
チューインガムを発明した人って、
その発明でどのくらい儲けたんだろうね!

あのチューインガム王が建てた
グレー・ビルディング、
シカゴじゃあ一大観光名所になってるって知ってる?
おととしさ、
夏、
「進歩の世紀」って博覧会があったでしょう
あんとき行って見てきたんだけど。
あ あの博覧会、行きました?

ローラ: (首を振る)

ジム: そっか、
すんごい展示だったよ…
僕が、いちばんおもしろかったのは
やっぱり科学館だね、
これから、アメリカが、どう変わっていくか!
それがだいたいわかるようになってる。
これはね、もっともっとすばらしくなっていくわけです、
未来は!
そうだところで、
トム、あなたのことを「ひどい恥ずかしがりやなんだ」
って言ってたけど、
そうなの?
ローラ

ローラ: あたし…
うまくわからない

ジム: あなたは多分、
すこしゆっくり生きてるんだとおもうな、
ゆっくり生きる、てのはいいことだとおもうけど
僕は、そんな女性、すごくいいとおもう。
あ、ごめんなさいよく知らないのに立ち入った話を。

ローラ: オコナさん。

ジム: はい?

ローラ: あたし、
チューインガム、すこしだけ
いただけますか?

ジム: (渡す)

ローラ: オコナさん 歌は
続けてらっしゃるんですか?

ジム: 歌?
僕?

ローラ: (うなずく)
とても、素敵なお声で…
覚えてるんです。

ジム: 僕の歌、を聞いたことがある。

ローラ: (うなずく)なんども。
…あたしのこと…覚えてらっしゃらないですよね、ぜんぜん。

ジム: や、
僕、
会ったことあるような気がしてたんです、きみに。
名前まで…
思い出せそうになったんだけど。名前。
でも名前っぽくないんですよ それ
だからね、ちょっと、言い出せなくて。

ローラ: それ、
それ、ブルーロージズ、じゃないですか?

ジム: ブルーロージズ! 青い薔薇!
そうそれ、ブルーロージズ!
そうだ僕はぼうっとしてるな、ハイスクールのときだ
どうしても思い出せなかった…
ハイスクール…
そうか、きみが、シェイクスピアの姉さん!
それも知らなかった。
すみません。

ローラ: いえ、
だって、それは…
あなたとはそんなに親しくはなかったし…

ジム: でも僕たち、
おしゃべり、してましたね!

ローラ: ええ、お話、してたわ

ジム: どの教科だろ
一緒の授業もあったでしょ

ローラ: (うなずく)

ジム: なんの授業だろ?

ローラ: あの
声楽の。
コーラス!

ジム: ああ!

ローラ: 講堂で、
席、隣同士だったんです通路はさんで
月曜日と、水曜日と、金曜日。

ジム: そう、そう、
思い出した
きみ。
いつも遅刻してきたでしょう。

ローラ: 階段が。
階段がすっごく昇りづらくて、
あのころあたし、脚に、添え木をつけてて…
すごい音がして、歩くと…

ジム: そんな音、ぜんぜん聞こえなかったなあ

ローラ: もう雷みたいな音に聞こえてた。

ジム: ぜんぜん気づかなかったよ僕は。

ローラ: あたしが講堂に入るくらいにはみんなもう席に着いてて、
そのみんなの前を通って真ん中の通路を、
ずっと後ろのあたしの席まで…
すごい足音がして、
みんなあたしのこと見てて。

ジム: そう。
でも、
そんなに気にすることはなかったのに
うん。

ローラ: (うなずく)
でも気になって。
歌が始まるとほんとにほっとした。
いつも。

ジム: 僕すっかり思い出しましたよ、
ね、
きみのこと、ブルーロージズって呼んでた!
なんでそんな変な呼び方してたんだろう?

ローラ: プルーローシスにかかって。胸膜炎。
しばらく学校休んで、そのあと、どうしたのって聞いたでしょう?
プルーローシス、ってあたしが言ったら、
それを「ブルーロージズ」って聞き間違えたの
そのあと、ずっと、あたしのことそう呼んで

ジム: いやじゃなかった?

ローラ: そんな!
反対に、ちょっと、うれしいくらいで…
あたし、あんまり…
あんまりいっしょにいる人がいなかったから。

ジム: ん、
そうか、
そう、ひとりで、ちょっとさびしそうではあったかも、ね

ローラ: あたしなんだか、うまく、友達がつくれなくて

ジム: そんなこと、ないとおもうけど。

ローラ: あたし、つきあいづらいと思われる、思われがちで。

ジム: それは、なんだろ

ローラ: それは、
でもそれで、
なんだか失敗しちゃった。

ジム: それは
もっとなにか…

ローラ: でも、しょうがないと思って。
あたし

ジム: それはあれだ、
「ひどい恥ずかしがりや」。

ローラ: あたし直そうと、したけど、
でも

ジム: 直せなかった?

ローラ: うまくいかなかったの

ジム: そう、それは
そういうのは、
なんだろ やっぱり努力して、
すこしずつ、直していくしかないんだろね、

ローラ: (うなずく)
そう、でもそれにはすっごく

ジム: (うなずく)
時間が、かかるよ

ローラ: (うなずく)
そう

ジム: ローラ、
僕は思うんだけれど、
人間て、
友達になっちゃえばどんな人間だって、そんなに怖いもんじゃあない
これ、大事だと思うんだ
あとね、人間なら、誰でも!
悩んでるよ、みんな。
きみだけじゃない。みんな。それぞれ。
きみはこの世界中でじぶんだけが失敗した人間だと思いこんでるけどさ、
ほら
そのへん
ざーっと見てみたらさ、
いっぱい、いるよ。
失敗した人間。
きみの仲間。
たとえば、この僕。
僕も、ハイスクール出たばっかのころなんてすっごいやる気で、
や、いまは、こんな、こんな、
微妙なことをしてる、なんてさ、
そんなこと、そのときにはぜんぜん想像してなかった。
僕は、もっと若い頃に成功してるつもりだったよ そのころは…
そう、あのアルバム、「トーチ」、
僕のことをすっごく褒めてたでしょう

ローラ: (うなずく)
覚えてます。

ジム: 
「何をやっても、大成功間違いなし!!!!」
そう、書いてあった。


<シーン8>第2幕第8場 
3 ジムとローラ ハイスクール
ジム、ローラ


ローラ: わたし、
お願いしようと思ってたの、サインを。

ジム: そのときに、
言ってくれればよかったのに。

ローラ: いつもお友達に囲まれてたんですもの
近づけなかった
ほんとに、
人気者でしたね、

ジム: ローラ、
そのプログラム、貸して。
はい、僕の、サイン。
だいぶ遅くなったけど、しないよりましでしょう。
僕のサインなんてたいした値打ちはないけど。
でもそのうち高い値がつくかもね!
ところでハイスクール卒業してからどうしてたんです?

ローラ: わたし、
卒業試験の成績が悪くて。

ジム: それは
やめちゃったの?

ローラ: ええ、戻れなかった。
…あの、
エミリー・マイゼンバッハって方、お元気?

ジム: あのドイツの子?

ローラ: もう、おつきあいしていらっしゃらないの?

ジム: ああ、全然会ってないですよ

ローラ: 新聞に、出てたのを。婚約なさったって。

ジム: ああ、あれね、しょうもないデマってやつですよ

ローラ: ほんとじゃ、ないんだ

ジム: エミリーの楽観的な見方によると、ほんと、ってことなんでしょうけど。

ローラ: そう…

ジム: ね、ハイスクール卒業してからは
何してたんです?

ローラ: え

ジム: ハイスクールのあと、どうしてたの?

ローラ: とくに、なにも

ジム: なにか、は
やってたでしょう?

ローラ: そう、ね

ジム: ん、たとえば?

ローラ: 商科大学の講義とか…

ジム: へえ、
それってどんなかんじなの?

ローラ: ええと、わたし、
わたしそれもやめたの。うまくのみこめなかったの。

ジム: そう、いまは、どう?

ローラ: いまは、
いまは…


<シーン8>第2幕第8場 
4 ジムとローラ ガラスの動物、ワルツ
ジム、ローラ


ローラ: わたし、
ガラスを、あつめてるの
可愛い、ガラスの、ちっちゃな動物たちが多いんだけど
とってもちっちゃいの。
うちのお母さんなんか、「ガラスの動物園」なんて呼んでる
この子が一番年上。もうすぐ13歳。
気をつけて。

ジム: 僕、かなり不器用なんだけど…

ローラ: だいじょうぶ
やさしく持ってね、
ね、灯りのほうに近づけてみて、
その子 明るい光がとっても好きなの。
ね、キラキラしてるでしょ?

ジム: 光ってるね。
この子は、
なんだろう?

ローラ: 角が一本生えてるでしょう?

ジム: ああ、ユニコーン、か

ローラ: そう

ジム: ユニコーンなんて動物は、もう現代にはいないんでしょう?

ローラ: そう、そうね

ジム: この子は一人で、さびしいかもね。

ローラ: でもいつも棚の上で、
普通の馬たちと仲良く暮してるみたいよ。

ジム: へえ…
ね、どこに置こうか?

ローラ: テーブルの上に。
ときどき場所を変えてやると、みんな、とても喜ぶの。

ジム: 喜ぶ、か…(ダンス音楽が始まる)
雨、やみましたね。あの音楽はどこから聞こえるんだろう?

ローラ: 向かいに「パラダイス」ってダンスホールがあるの。

ジム: ね、
ちょっと踊ってみませんか、軽く。
ミス・ウィングフィールド!
でもきみの予約はもういっぱいかな?
おっと、ぜんぶ埋まってる! でもこの名前たちを消してしまいましょう!
あ ワルツだよ!

ローラ: わたし、
踊ったりなんて出来ない

ジム: それこそ、きみのトラウマになってる「劣等感」だよ
やってみなくちゃ

ローラ: あなたの足を、踏んじゃうかも

ジム: 僕はガラスで出来てるわけじゃあないから。
腕を広げて。
ちょっと、前に。
ね、もうちょっと高く
いいね。
だいじなのは、力を、抜くこと。

ローラ: そう、ね、

ジム: ほら、

ローラ: うん、
お上手ね、

ジム: そう、ローラ、そのまま。

ローラ: わたし、

ジム: だいじょうぶ がんばらないで、
簡単だよ。

ローラ: ええ、でも…

ジム: ほら、
ちょっと、きみのせなか、ゆるめて!
行くよ!

ト書き(ローラ): 
ジムは
ジムは
ローラを持ち上げ、くるくると回る。
くるくると
ジムの
身体がテーブルに軽く当たり、ガラスのユニコーンが床に落ちる。(ガラスの砕ける音)
音楽、消える。


<エンディング> 
1 ジムとローラ 一角獣、キス
ジム、ローラ


ローラ: だいじょうぶ

ジム: ぶつかっちゃったよ、ガラスの、馬

ローラ: これで他の馬たちと同じになったみたい

ジム: ああ角が、

ローラ: ええ、とれちゃったみたい。
でもこのほうが 本人しあわせかもしれない。

ジム: いちばんのお気に入り、って言ってたのに

ローラ: ガラスって、
すぐ壊れるの
おもての道を車が通っただけで、棚が揺れて落ちることもあるの

ジム: ごめん、でも落としたのは僕だな、ごめん。

ローラ: 手術をしたんだ、って
思ったらどう、かしら
角をとったおかげで、この子もう「変わりもの」って言われなくていいんだもの。
ほかの普通の馬たちと、気楽につきあうことができる

ジム: ん、
ありがとう。
きみ、
いやなんか、きみって、
きみと話してると、なんだかふしぎなかんじになる、
ねえ、
今までに誰かに「きれいだ」って言われたこと、ある?
きみはきれいだよ、普通と違った綺麗さ
違ってるから、そのぶん素敵なんだよ
きみが僕の妹だったらこんなふうにして自信を持て、ってしっかり教えてあげたりするんだけど
きみは、世界中にひとりだけ。
ほかのひとなんて雑草みたいでさ、
きみは、あれだ、
ブルー・ロージズ。

ローラ: でも、
青い、
バラ、なんて
変、

ジム: きみには変じゃないんだよ
きみは、きれいだよ

ローラ: どこが? どこが

ジム: どこも。
眼、
髪の毛、
手。
きれいだよ。
お世辞じゃないよ、ごちそうになったからお世辞、なんてそんなつまんないことしないよ。
ねえだれか、
きみに自信をつけてあげなくっちゃ、って
ねえ、自分を高く、ね、
きみに、誇りを、持たせてあげる人間がいなくっちゃあ
キスしてあげる人間がさ、ローラ。

ト書き(ローラ): ふたりは接吻する。

ジム: いけない。…
たばこ、どう? きみはやらないだろうな
ドロップは?
僕のポケットにはなんでも入ってるでしょ…
ねえローラ、
僕、あれなんだ、
きみに電話をかけたり、デートしたり、そういうの、
できないんだよ。そういうの
こういう、事情やなんか、話しといた方がいいよね
なにか誤解して、傷つけちゃったら困るから。

ローラ: ええ
ええ
ええ

ジム: ローラ僕、
もうきまった相手がいるんだよ、
ベティーって娘で、ちょうどきみみたいだよ、
やさしくって、おとなしくて、家庭的な娘。
僕とおんなじアイルランド系で、
去年の夏会ったんだけど、
恋愛っていうのは、これは、ひとを変えるよ。
愛情、って
世界を、がらりと変えちゃうようなとこがある。
ベティーの叔母さんがね、病気になったらしくって、
で、セントレーリアに行ってて、ベティーがさ、
で、
トムが食事に誘ってくれて
OKした、っていう
あの、知らなかったんだよいろいろ、
何も、聞いてなくって。
ねえ、

ト書き(ローラ): ローラはガラスのユニコーンをジムの手に握らせる。

ジム: これ、
僕に?
どうしてなんの、ために

ローラ: 思い出。
今夜の、思い出のために。

アマンダ: (舞台外で)
さあさあ、坊ちゃん嬢ちゃんお待ちどうさま! レモネードをどうぞ!


<エンディング> 
2 アマンダ ジムの辞去
ジム、ローラ、アマンダ、トム
(小林、やすえ、マヤ、堂下、大友)


ジム: お母さん、実は、僕もう、おいとまを。

アマンダ: あらオコナさん、まだ宵の口じゃあないですか

ジム: ええ、

アマンダ: あしたのお仕事に差し支えちゃ、ってことかしら

ジム: ええ、

アマンダ: じゃあ今回は。でも次回は、もっとゆっくりしてくださらなくっちゃあ。
夜はいつがいちばんご都合よろしいの?
土曜日かしら?

ジム: ええ、実は僕には勤め先が二つありまして、
一つは朝出勤するんですが、
もう一つは夜から。

アマンダ: まあとっても頑張っていらっしゃるのねえ!
夜までお仕事。

ジム: いえ、仕事、ではなくて…
ベティー、って子で。

アマンダ: ベティー。それは、

ジム: ええ、
ずっと、つきあってる、女の子なんですが。

アマンダ: それは、

ジム: ええ、
6月の第2日曜日に結婚するんです。

アマンダ: 結婚なさるような話、トムは全然してませんでしたけど。

ジム: ええ、倉庫の連中には秘密にしてあって。
うるさくなんやかや、からかわれますから。
今夜は、楽しい夜を。ありがとうございました。
南部流のもてなし、っていうのはこういうのなんですねえ、

アマンダ: ええ、ええ、なんにもおかまいせず。

ジム: なんだか逃げてくみたいなばたばたで、申し訳ないんですが、
実はベティーとの約束が。ウォーバッシ駅まで迎えにいかなきゃないんです。
待たせるとえらく不機嫌になる女のひとって、よくいるでしょう

アマンダ: ええ、ええ、
おんなってのは身勝手なもんですわ。
では、さようなら、オコナさん。ええ、
おめでとうございます…お二人、お幸せに。
ローラ、
あんたも、

ローラ: ええ、

ジム: さよならローラ、
あれ、大切にするよ。思い出、かな!
僕の忠告も、忘れちゃだめだよ
(台所に)シェイクスピア! 僕おいとまするよ!
ではまた、お母さん、ローラ、ありがとうございました。
おやすみなさい!(出て行く)

アマンダ: ええ、ええ、ええ、
こう、なんていうか、おかしなことになっちゃうわけね。
ローラ蓄音機なんて、やめて。
ええ、ええ、ええ、
あたしたちの青年紳士は、婚約してて、結婚、する。
トム!

トム: なに? お母さん

アマンダ: こっち来て。
まったくおかしな話。

トム: 青年紳士は、もうお帰り?

アマンダ: 青年紳士は、
早々とお発ちあそばしたわ
あんた、うまくあたしたちをからかってくれたもんだわね

トム: え? なにを、

アマンダ: あの方、婚約してるなんて、結婚間近、なんて、
あんたひとっことも言わなかったわね

トム: ジムが? 婚約?

アマンダ: 倉庫じゃ あんたいちばんの仲良しだって言ってたじゃないの

トム: それは、
でも、

アマンダ: とんでもなくおかしな話ね、そんな仲良しが、婚約してるのを知らないなんて。

トム: 倉庫は、働く場所で、
なにか人のあれこれを探しにいってるわけじゃない。

アマンダ: あんたは、
どこに行ったってなににも興味なんかないんだわ
あんたは夢の世界に住んでて、
まぼろしをつくってる!
どこ行くのよ、どこ行くのよ、
どこ行くのよ?

トム: 僕は映画に行くんです。

アマンダ: オーケー、つまりあんたは
あたしたちをさんざんふりまわして。
労力と、時間と、お金。
新しい電気スタンド、カーペット、ローラに着せたドレス…
これはぜんぶ、
ほかの娘のフィアンセをおもてなししただけってこと
行きなさい、映画へ、行きなさい!
どうぞ考えないで、
捨てられた母親、
結婚できない、びっこで、仕事もない姉娘
そんなのどうだっていい、
あんたのたのしみの邪魔になるようなものなんて、なんにもないわ。
ええ、ええ、ええ、行きなさい、映画へ!

トム(大友):(舞台外から)
行きますとも!
僕の自分勝手な楽しみってやつに対して
あなたがどなればどなるほど、
僕は、
ここから離れてく…
そしてもう映画なんてものには行かないんですよ 僕は!

アマンダ: 行きなさい、
早く、行きなさいよ!
月の世界へ。
あんたは起きてるつもりで眠ってるのよ、自分の世界で!

ト書き(ローラ):
アマンダはドアをバタン、と閉めて、
居間に戻る。
室内の場面は、防音ガラスを通して見ているように演じられる。
アマンダは立っている、
背を丸くして座っているローラに、なぐさめのことばをかけている。
その母親の言葉は、観客には聞こえない。
彼女の沈黙は、dignity、尊厳、と tragic、悲劇的な美しさをもつ。
ローラの表情は彼女の髪の毛で隠されているが、
トムの言葉の最後には、顔を上げ、母親にほほえむ。
ゆるやかで、優美な、ほとんどダンスのような、なぐさめ。


<エンディング> 
3 トム 月の世界、エンディング 
トム(堂下、大友)


トム(堂下):
僕は、月の世界へは、行きませんでした。
月よりも、もっと、遠くへ行ったのです。
時のへだたりほど、遠いものはないでしょう…

僕は、セント・ルイスのまちをとび出しました。
この階段を、最後に降りて、それっきり、二度と、ここへは、戻りません。
以後、ずっと、父親のあとを、追っていました―
やたらに駆けめぐって、それで、おくれを、とりもどすつもりだったのです…

あちこち、ずいぶんと、旅行しました。
さまざまな都会が、風に吹かれた落葉のように、目の前を、数かぎりなく通りすぎていきました
あざやかに彩られた落葉です―しかし、いずれも、枝を離れた落葉ばかり。

時たま、おちついてみたいと思ったこともあります。
しかし、僕は、しょっちゅう、何かに、追っかけられていました。
いつも、思いがけない時に、そいつが、僕を、いきなり、とっつかまえるんです。
時には、それが聞きなれた音楽の一節であることもあり、
また、時には、それが透明なガラスの一片にすぎないこともありますー

どこか、知らない都会の夜のまちを、
話す相手もなく、ただ、一人で歩いていますー
そのうち、香水を売る店の、明るいショーウィンドウの前にさしかかります。
ウィンドウには、色のついたガラスの瓶が、一面に並んでいます。
ほのかな色をした、透明な、かわいい瓶です。
まるで、虹のかけらのような瓶。

すると、不意にだれか、僕の肩に手をふれる者がいます
ローラです。
僕は振り返って、その眼をじっとのぞきこみます。

アア、ローラ、ローラ、僕は、あんたを、ふりすてるつもりで、家を出ました。
しかし、僕は、われながら意外なほどあんたのことを、思ってます!

僕は、ポケットから煙草を取り出して、通りを向こうへ渡ります。
映画館か、でなければ、バーへ、とびこみます。
酒を注文して、だれかれの区別もなく、話しかけますー
とにかく、そのろうそくのあかりが、消えてくれさえすれば、いいんだから!
いま、世界は、目のくらむような稲妻のひかりを浴びてるじゃありませんか!
消してしまいなさい、ローラ!―そんな、ともし火は……

〈ローラは、燭台にまだ点っているろうそくのあかりを吹き消す。室内全体が、暗くなる。〉

トム(大友):
僕は、セント・ルイスを出る、

アパートの非常階段を、最後に降りて、
それっきり

それからはずっと、父親の足あとを、追っていました
僕は息が切れるほどくるくる、くるくる、走り回って、
それで自分が追いつかなかったものを取り戻そうとした

いろんな町をまわりました
どこも都会、ビルだらけの、さまざまな都会が、
風に舞う落葉のように、
僕の目の前をくるくる、くるくる、通り過ぎていきました
あざやかな、赤や、黄色の落葉
でもぜえんぶ枝から離れた、もう離れてしまった落葉。

落ち着いてみようと思ったこともあります。
でも僕はずうっと何かに追いかけられていました
忘れた頃に、僕はいきなりつかまえられる。

ローラ、僕はじぶんのきょうだいを捨てるために家を出ました。
でも僕はずっと忘れたことはない。

ポケットから煙草を出して、通りを向こうへ渡る。
映画館か、でなければ、酒の飲める店に入る。
強めの酒を注文して、そこらにいる人にずうずうしく話しかけて、
そう、そのろうそくのあかりが、消えちゃってくれればさ、
いま世界はぎらぎらした稲妻のような光に包まれてるんだから。
ローラ
そんなちっぽけな火は消してしまおう。

〈ローラは、燭台にまだ点っている蠟燭のあかりを吹き消す。室内全体が、暗くなる。〉

これで僕の思い出が終わる。
では さようなら!

(幕)

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