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エッセイ

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人生の話、フリーランスの話、広告コピーの話まで。TAGOの日々のできごとや考えを綴った文章。
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#人生論

そうか。書くことは、迷いを減らすことだったのだ。

人間は、みんな迷子だと思う。 物心ついた日からずっと迷い続ける生き物なんじゃないだろうか。この迷路に出口はなくて、あるとするならそれは死ってことになる。きっと、生きている限り、迷い(選択)の連続なのだ。 「たいやきのひとくち目は頭か尻尾か」「そろそろ寝るか、あともう少し起きてるか」「今日のデートはヒールかパンプスか」などの小さなことから、「就職するか進学するか」「別れるかプロポーズされるまで待つか」「子供の名前は一郎にするか秀喜にするか」などの人生に関わる大きなことまで、

「自己中」を、肯定してみる。

一般的に「自己中」は良くないものとされている。 自分優先。わがまま。エゴイスティック。独りよがり。配慮がない。自分の考えを押しつける。これらの言葉に当てはまるような人間は白い目で見られる。あなたのそばにいるかもしれない。 そんな、誰もがそう思われないように生きている「自己中」という性質を、今回、なんとか肯定してみたい。どうか屁理屈とか言って怒らず優しく見守ってほしい。 まず「自己中」を肯定する上で無視できないのは、「この世の中に、自己中な側面を持っていない人なんていない

「わかってほしい」を抱えて、僕らはみんな生きている。

病気になるたび、お世話になっている内科医院がある。 その医院はいつ行っても待合室が人であふれている。その理由はわかる。診察時、患者の話に一生懸命に耳を傾けてわかろうとする先生の人柄や姿勢だ。実際、自分はその先生と話すとすごく安心する。 「このへんに違和感がある」 「言葉で言い表しづらい痛みがある」 「夜苦しいから何とかしてほしい」 患者たちは自分の体の状況をわかってほしいという一心で、先生に向かって必死に症状をうったえる。先生は患者の話を途中でさえぎらずに最後まできく。

「無謀」なんて言葉で片付けるな。たどり着いた「生き方」なんだ。

「もう3週間くらい前になるかなあ。ここに泊まってた人なんだけどさ、その人さあ、日本での生活を全て捨ててやってきたらしくて。白人の彼女を連れてこれから最南端に行くって言っててさー、かっこよかったなあ。今頃どこにいるのかなあ」 その日、バラナシには澄んだ空が広がっていた。南インドケララ州の空みたいに広くて青かった。ガンジス川のほとりにある小さなゲストハウスに泊まっていた僕は、宿のたまり場のようなスペースで、そこに“沈没”している日本人バックパッカーたちの話を聞いていた。(

目を背けたかった過去を、全肯定する。

“弱い大人”が好きだ。 人は誰もが弱い部分を持っているけれど、多くの人がその弱さを見せずに生きている。でもたまに、弱さ(繊細さ)が自然と滲み出ている人がいる。そういう人は、簡単に消化できないような過去を持っていることが多い。そして人一倍、他の誰かの痛みにも敏感だったりする。 noteで文章を書くようになったせいか、最近は過去を振り返ることが多くなった。生きてきた日々を見渡してみると、ところどころで自分の弱さが顔を出している。目を覆いたくなる瞬間もある。 あの頃の自分は何

人はみんな若いまま死ぬ。

二十歳のときは、 三十歳の感覚なんてわからなかった。 三十歳のときは、 四十歳の感覚なんてわからなかった。 四十歳を過ぎた今、 五十歳や六十歳や七十歳の感覚を 少し想像できるようになった。 何歳になっても、 きっと「人生まだまだこれから」と 思って生きているんだろうなって。 二十代前半のころ、 四十代以降の感覚なんて想像もつかなくて こんな乱暴なことを思っていた。 四十代以降って、 もう若さも体力も相当失われていて、 先(可能性)がほぼ見えていて、 “人生の消化試合