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短編小説

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TAGOが執筆した小説作品。ホラー、SF、恋愛、青春、ヒューマンドラマ、紀行文などいろいろ。完全無料。(113作品 ※2022/10/1時点) ※発表する作品は全てフィクションで… もっと読む
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2019年7月の記事一覧

『桜の栞』(短編小説)

年季の入った「熱川虎之介大全集」の一冊から飛び出た長方形のしおりがひらひらと宙に舞った。足元に落ちたしおりを手にとって見てみると、やや厚めの紙は黄ばんでいて、かなり使い込まれていた。おそらく、この大全集が発売された昭和中期のものなのだろう。しおりの真ん中には繊細な筆致で八分咲きの桜の木が描かれていた。その大全集は、僕と千香がつきあい始めた先週末、古書街で購入した。 古書街デートをしたその帰り道、僕は彼女に想いを伝えた。それまでも何度かデートには誘っていたので、僕

『進化』(掌編小説/ホラー)

 まさか遭遇するとは思わなかった。  東京には独自の進化をした人類が一定数いるという噂が、先月SNSで話題になっていた。ネットにありがちな誰かがでっちあげた都市伝説の類かと思って真剣に取り合わなかったのだが、いま目の前に「彼ら」がいる。  たまたま私は東京に来ていた。本社での会議が長引いて、ぎりぎりで駆け込んだ終電の地下鉄で遭遇したのだ。  彼らの首は前方に90度曲がっている。胴体から首が直角に生えているような感じで常に下を向いているため、顔は見えない。彼らは一様にスマ

『AM3時のアルパーラ』(超短編小説)

「ん・・・この音は」 1階のリビングからきこえるピアノの音色で、僕は目が覚めた。枕元の目覚まし時計を見ると深夜3時だった。小学生の娘が練習でもはじめたのか、いやこんな真夜中に弾くはずがない、ってことは妻か、いや妻はついさっき隣りで寝息を立てていた、じゃ誰だ?それにしてもなんと見事な演奏だろうか。僕は寝ぼけながらも多少警戒しつつ右手にバットを持って階段をゆっくり下りた。 ♪〜 リビングのガラスドアごしに見える。窓からの月明かりに照らされた人影が、子犬のワルツを

『耳の長い宇宙飛行士』(超短編小説)

おかしな色をした雲だった。 紫と赤が混じり合った不思議な色が街を覆っていた。確か、外国の偉い予言者が言っていた。空が宇宙と融合し始めている時、こういう紫の空が現れると。 顔を上げたまま歩いていると、私は蓋の開いたマンホールに落下してしまった。視界が一気に真っ暗に染まり、数十秒落ち続けた。地面にたたき付けられたかと思ったら、トランポリンみたいな柔らかい布の上に落ちて、ボヨヨーンとはね上がった。その勢いのままマンホールを飛び出て、体はどんどん上昇して、紫の雲

『マチと座敷わらし』(短編小説)

夏休みのまっただ中、8歳の一人娘であるマチは両親に連れられて、母の故郷にやってきている。あっちを見てもこっちを見ても山と田んぼだらけだ。田園風景の中にお屋敷みたいな大きな家がぽつんぽつんとある。田んぼにはヘンテコな顔をした案山子がそこらじゅうに立っている。昼は蝉が鳴き、夜になれば虫と蛙が歌う。 都会にはないものがいっぱいあって、マチには新鮮だった。大好きなあの映画の風景の中にいるみたいで、暇さえあれば麦わら帽子を被って外に遊びに出かけた。あぜ道を探検したり、白詰

『角の跡』(超短編小説/400字)

「パパ?カブちゃん寝てるの?」 7歳の優貴が可愛がっていたカブトムシが息を引き取った。私は親として子にどう説明していいのか迷っていた。 「天国に旅立った」と言えば済む話かもしれない。でも、その便利な耳障りの良い言葉で終わらせたくなかった。大切にしてきた生き物との初めての死別。どう感じ、どう受け止め、どう心に折り合いをつけるのか。自分の感情と正面から向き合ってほしかったのだ。 迷った挙げ句、飾り気のない事実の言葉で説明することにした。 「カブちゃんは一

『泣き顔』(超短編小説)

カーラジオから懐かしいクリスマスソングが流れている。もうそんな季節なのかと音量を上げた。リズミカルな曲に合わせて、鼻歌を口ずさみ、ハンドルにのせた両手の指先を踊らせる。それくらい、今の自分は上機嫌なのだ。 隣県の病院に向かっている。あと数時間で、産まれたばかりのわが子に、はじめて対面できる。出産には立ち会えなかったが、一刻も早く会いたくて海外から戻ってきたばかりだった。 環七で渋滞に巻き込まれていた。車がほとんど進まないのは、この道の先のどこかで行われて

『他人』(超短編小説)

「私は他人のままがいい」 千登勢には独特の間合いがあった。普段から何を考えているのかわからなくて、たまに予想もつかないことを言い出す。僕のプロポーズの返答がそれなのは、やっぱりおかしいと思うのだ。 「えっと・・・それ、ごめんなさいってこと?」 「・・うーん」 「俺を好きじゃないってこと?」 「好きでいたいからよ」 千登勢は難しそうな表情をした。 「ちょうどいい距離感ってあると思うの」 「・・・」 「結婚したら距離が近づきすぎて、弘也のことが見えなくなると思

『教室』(超短編小説)

我慢は限界を迎えようとしていた。この授業が終わるまであと30分近くもあるのに。 昨晩、高級さつまいもの鳴門金時を食べ過ぎたことが原因なのはわかっていた。お腹の中でどんどん新しいガスが製造されているのは明白だった。 もし今、少しでもガスが漏れれば、たちまち教室全体に充満し、やがて犯人探しが始まるだろう。赤面した犯人の表情は一生みんなの記憶に刻まれるだろう。広志は想像しただけで恐ろしかった。 額からは汗が吹き出し、腕には鳥肌が立ち始めた。もうだめだ・・

『荷台』(超短編小説/750字)

初夏の陽射しは眩しかった。 とめどなく額に垂れる汗をタオルで拭き取る。担任の先生も髪がびしょびしょになって頭皮に張り付いていた。 中学の校外学習で大農場に来ている。早朝の薄暗い時間から、生徒10人で農作業を手伝っている。農業はこんなに腰にくるものなのかと思った。一刻も早く終わってほしかった。 「そろそろお昼にしましょう!」 農家のおじさんが生徒たちに声をかけた。みんな作業の手を止めて嬉しそうに目を輝かせた。 「ほら、丘の上に大きなかしわの木が

『車窓』(超短編小説/400字)

母は、そわそわしていた。 意味もなく花瓶の位置を変える。目的もなく台所をうろうろする。押し入れで何かを探すふりをする。 今日、僕は東京に行く。 初めて実家を離れることの意味を考えていた。それは母にとって、初めて子供を送り出すことであり、子供中心に生きてきた18年間が終わるということを意味する。 今日、旅立つのは僕だけではない。母も旅立つ。僕という子供から。 「じゃ行くわ。親父にもよろしく」 「・・いつでも帰ってきなさい」 「うん」

『函の悪戯』(超短編小説/400字)

菊地正春様 先週は誘って頂きありがとうございました。お蕎麦、大変美味しかったです。繊細な蕎麦の香りとサクサクの天ぷら。正春さんに連れていって頂けなければ、あの名店に出会えなかったと思います。同時にお店がそこにあったから正春さんと一緒に蕎麦を食べることができたということですね。今度信州に来られるのはいつになりますか? 「何これ? お父さん宛の手紙みたいだけど・・・」 「えっ何?」 母はその古い便せんを見た瞬間、さっと私から奪い取った。そして読まずにエプロンのポケット

『不服』(超短編小説/400字)

「大きくなったねえ。こんなに小さかったのに」 久しぶりに会う大人は子どもに向かって大概そう言う。一番わかりやすいのは身長だ。前に会った時からどれだけ身長が伸びたかで、声の大きさやトーンが変わったりする。 * 今、日本有数の温泉郷にいる。いわゆる家族旅行だ。大学入学を機に家を出る娘を思って母が宿を予約した。 その旅館に泊まるのは8年ぶりだった。前に来た時、私はまだ10歳だった。玄関先で迎えてくれた女将は、私たち家族のことを覚えていてくれたみたいで、笑顔

『かなでの宇宙』(短編小説)

「あれがカシオペア座だよ」 「カシューペ座?」 「カ・シ・オ・ペ ・ア・座」 「えっと、カシューペア座、どれ?」 「ほら、あのマクドナルドみたいな形の・・」 「あった!」 父が教えてくれたカシオペア座は、奏(かなで)が生まれてはじめて知った星座だった。 奏が住んでいる街は、四方が山に囲まれた高地にある。“星に近い街”というキャッチフレーズの通り、標高が高く空気も澄んでいて夜になれば空には数え切れないほどの星が輝く。 7歳の奏が夜空の存在を意識しはじめた