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短編小説

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TAGOが執筆した小説作品。ホラー、SF、恋愛、青春、ヒューマンドラマ、紀行文などいろいろ。完全無料。(113作品 ※2022/10/1時点) ※発表する作品は全てフィクションで… もっと読む
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2019年6月の記事一覧

自選短編集(1)

noteで書いた短編小説がちょうど50編になりました。 仕事もnoteも含めて、これだけ毎日のようになにかを書いていると、「書く」という行為から距離を置きたくなる瞬間が頻繁にあります。小説の場合だと、書きたいテーマもないのに無理に絞り出そうとしてまで書きたくないと思うこともありました。でもここでの粘りが「書く力」のスタミナになっていく気もするんですよね。 22時過ぎても書くテーマが見当たらない時は焦ってくるわけです。「毎日note」というハッシュタグを使っている以上は、途

『50メートル走』(童話)

ついにやってきた。待ちに待った、ゆるゆる村の運動会。 50メートル走に出場するオイラは、今日のために練習を重ねてきた。牛乳配達のお手伝いもトレーニングだと思っていつもより頑張ったし、毎朝7時に起きてゆるゆる村のひろーい田んぼのあぜ道をジョギングした。 すべては、50メートル走でいちばんをとるためだ。・・もう誰にも「牛歩」なんて言わせない。 いちばんをとったら、子ヤギのメ~テルさんが「モースケくん、かっこいい」と言ってくれるはずなのだ。そんなことを

『校長先生の話』(超短編小説)

温暖化の影響かは分からないが、その年の暑さは、アブラゼミの鳴き声が叫び声に聞こえるほどだった。 7月、小学生たちの夏休み直前に近所の病院で騒ぎがあったらしい。けっこう大きな噂になっているようなのだが一向に具体的な内容が伝わってこないので、情報通のおっちゃんにわざわざ聞きに行った。 おっちゃん情報によれば、にわかには信じられないような話だった。 真夏の炎天下、小学校のグラウンドで行われた全校集会。校長先生が朝礼台の上に立って、ためになる話をたっぷり

『玉森家の一族』(超短編小説)

彼方の地平線に、陽炎が揺れていた。 視界に入るすべてのものが溶け落ちそうな夏の昼下がり、僕は縁側に座って、冷えたラムネを飲んでいた。 玉のような汗が額からこぼれ落ちた。すると、ガラス玉がコンコンと音を立てて床を跳ね、縁側の下の土に着地して転がった。 「!?」 僕は絶句した。一瞬の出来事だったが、いま確かに汗の滴がガラス玉に変わった気がする。 あっけにとられている時、頬から顎まで伝った汗がまた床にぽとり落ちた。縁側の床で弾けた小さな汗の飛

『幼馴染』(超短編小説)

「ずっとずっと紗英ちゃんと友達だからねっ!」 「うんっ、ずーっと、ずーーーーーっと、由佳里ちゃんと友達だよ」 私は「ずっと」の部分に精一杯の力を込めて言った。幼なじみの由佳里ちゃんが遠いところに転校する。引越のトラックから手を振る由佳里ちゃんは泣いていた。いつも強くて逞しくて、男子にも負けなくて、私のことを守ってくれていたあの由佳里ちゃんが目に涙を浮かべていた。一緒に手を振るかのように、道ばたに咲いた菜の花が風に揺れていた。 転校によって、9歳と9歳の友達関係

『宛名のない手紙』(掌編小説/ホラー)

 渕七瀬村には奇妙な噂があった。  村のはずれにある古いポストに、宛名のない手紙を投函すると、翌日の夜、投函した本人が神隠しに遭うというものだ。  日本がまだ戦時中だった頃、村に住んでいた源二郎という若者が、思いを寄せる女性に恋文を書いたのだが、肝心の宛名を書き忘れたまま投函してしまった。翌日の晩、源二郎は村から忽然と姿を消した。事故に遭ったのか、誘拐されたのか、未解決のまま事件は放置されたのだという。  その噂を聞かされたのは、僕が9歳の時だった。母は真面目な顔で「手

『妄想恋愛作家』(短編小説)

恋は、選ばれた一部の人間だけのものではない。 街に行けば、手をつないで歩いているカップルなんてざらにいる。恋はそんな珍しいものではなく、誰もに平等に訪れるありふれた人生のイベントだ。夢や憧れのような遠い存在ではなく、すぐそばに転がっている大衆的なもののはずだ。少なくとも、あの頃の自分はそういうふうに思っていた。 しかし、自分のまわりに恋なんてものはどこにも落ちてなかった。一人で勝手に恋い焦がれることが恋なのなら、僕は世界一の恋の達人だろう。だが、僕が望ん

『迷子のほのか』(短編小説)

水曜日は迷子になる。ほのかは、そう決めていた。 放課後は、いつも一緒に下校している仲良しの友達にバイバイと手を振って、先に一人で教室を出ていった。 校門をくぐり、いつもとは逆の方向に向かって歩き始めた。知っている道を歩いていても迷子にはなれないから、知らない道に行かないといけないのだ。コンクリートの道をどんどん行くと、また分かれ道に出た。まっすぐ行けば桜花公園で、左に行けば田んぼや果物園が広がる道だ。ちょっと迷って桜花公園の方に行くことにした。

『洋館』(掌編小説/ホラー)

 母からは絶対に近づいてはいけないと言われていた。  突き当たりにある門構えの立派な古い洋館は、かなり前から誰も住んでいる気配はなかった。近所では誰も近寄ろうとはしなかったが、好奇心旺盛な子供たちの興味をひくには十分すぎるほどの存在感があった。  その洋館には、真偽が定かでない様々な噂が飛び交っていた。母は「あそこには一家心中した家族の幽霊が出る」と言い、父は「150歳のお爺さんが住んでいる」と言い、クラスメイトの田中君は「吸血鬼が住んでいる」と言い、小学校の3年2組の先

『忘却の海』(超短編小説)

外房、九十九里浜。 私はあてもなく波打ち際を歩いていた。裸足の指で粒子の細かい砂を一歩一歩踏みしめながら。 果てしない砂浜。見渡す限りの海。いかに自分がちっぽけな存在かを感じられる場所に行きたかった。私が今心に抱えている傷は、足元に転がっている小さな貝殻と同じように、ありふれたものなのはわかっている。スケールの大きな風景が心の濁りを薄めてくれるはずだと、そう思ってここまでやってきた。 失恋旅行は初めてだった。 あの人と会うことはもうない。

『熱帯夜』(掌編小説/ホラー)

風のない熱帯夜だった。 冷蔵庫にはマヨネーズと苺ジャムとミネラルウォーターしか入っていない。小腹がすいて仕方なかったので、アパートからちょっと離れた場所にある国道沿いのコンビニに行くことにした。スマホの時計を見ると23時をまわっていた。 私が住んでいるのは年々過疎化が進む地方都市の小さな街。駅前の商店街は深夜でも多少明るいが、駅から少し離れると田んぼや森が広がっていて民家もほとんどない。街灯も少ないので深夜にもなれば、豊かな里山の風景は闇に覆われてしまう

『夜の留守番』(超短編小説)

それは、当時7歳だった僕には大冒険のような時間だった。生まれて初めての留守番だったのだ。 「タカユキ。ごはんはテーブルの上に置いてあるからね。夜9時までには帰ってくるから。お父さんは8時くらいには帰ってくるから留守番よろしくね。大丈夫?」 「うん、大丈夫」 その日、母は高校の同窓会だった。母の化粧はいつもより濃くて顔が真っ白だった。服も箪笥の奥から引っ張り出してきたドレスみたいなのを着ていた。キラキラしている母の姿は、いつもの母じゃないみたいで好きじゃなかった

『動物園』(超短編小説)

「さて、みなさんを動物に例えると何ですか? じゃ、右の人からね」 面接官をしている中間管理職風の垂れ目男は、にやつきながら半分お遊びのような調子で3つ目の質問をした。それを聞いた4人の就活生たちは少ない時間の中で必死に考える。 「私は自分をアリだと思いました。なにごともコツコツとやるタイプで、以前大学のゼミで・・・」 一番右の黒縁眼鏡の男は、優等生っぽい顔をしているかと思っていたが、受け答えも優等生の模範解答みたいだ。全くつまらない。 「私はゾウガメだと思

『ロンドンの犬小屋』(短編小説)

ロンドンまではまだ10時間もある。私のような大男にはエコノミークラスの座席はあまりにも窮屈で、到着まで果たして耐えられるだろうかと不安でいっぱいだった。右隣りの席には私より大きなヘビー級のサラリーマンが座っていて私をいっそう憂鬱にさせた。唯一の救いは左隣りに座っているのが10歳くらいの小さな女の子だったことだ。急きょ頼まれた仕事の出張なので、通路側の席をとれなかったのはまあ仕方ない。 前回ロンドンを訪れた時は新婚旅行だった。郊外にあるコッツウォルズの絵本のような