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短編小説

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TAGOが執筆した小説作品。ホラー、SF、恋愛、青春、ヒューマンドラマ、紀行文などいろいろ。完全無料。(113作品 ※2022/10/1時点) ※発表する作品は全てフィクションで… もっと読む
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2019年4月の記事一覧

『占い師』(短編小説)

「おじいさんは、どんな芸ができる人なんですか?」 「この12面ダイスを用いましてあなた様の色を見てさし上げます」 「えっ、占い師なんですか?」 「はい、さようでございます」 その異国情緒のある派手な身なりから大道芸人かと思い込んでいたその老人は、占い師であった。毛皮のベレー帽を深く被っていて、顔は暗くてはっきりと見えなかった。 老人は、年に1度くらいの頻度で、シャッターを下ろした宝石時計店の前に現れる。10年ほど前にこの街にやってきて以来、その謎多き老人をこれ

『フレアスカート』(超短編小説)

それはあまりにも突然すぎた。 風速5メートルほどの突風で、前を歩く女のフレアスカートがふわりとめくれ上がった。僕の視界は季節外れの花畑に包まれた。 とっさに女が足を止めて後ろを振り返る。バツが悪かった僕は不自然に空を見上げた。しばらくして顔を戻すと、女はまだこちらを見ている。鋭い視線が真っ正面から僕につき刺さる。 狐につままれたような、時空の歪みの中にいるような、まさにそんな気分であった。 小春日和のぽかぽかとした平和な午後、僕は無性にフ

『横顔』(超短編小説)

「どうですか、釣れますか」 「ダメですねえ」 交わした言葉はそれだけだった。その声は、抑揚のない不思議な響きであった。 立派な髭をたくわえた白髪の老人はほとんど動くこともなく、釣り竿を持って湖面をただじっと見つめている。その姿はまさにお地蔵様のようであった。 その隣にいる僕の竿にもまるで反応がない。 靄のかかった早朝の湖で、静かに二人並んで魚を待っている。老人と僕は友人でも知り合いでもない。今日、この名もない湖で、たまたま同じポイントに居合わせ

『鉄灰色の空』(短編小説)

——— 二車線の国道をまたぐように架かる虹を〜 車の一人旅には、ミスチルの歌がよく合う。スピーカーから飛び出してくる抜けの良い歌声は骨の髄まで届き、気分を高揚させる。 秋晴れの空の下、ハイウェイを北上していく。東京から飛ばしてきた小さな軽はたった今、八ヶ岳PAを越えた。 それは、30手前の男の傷心旅行だった。少しでも今の心の濃度を薄めたかった。無理をしているのはわかっていたがテンションを上げて心を錯覚させようとしていた。でも、ミスチルの歌を熱唱しても

『後塵』(超短編小説)

「薄っぺらいなあ、断捨離とか」 テレビの前でそんなことを言っているのは、妹の可奈である。受験を終えたばかりの高校三年生だ。 「だいたい、傲慢すぎ。ものがあふれた生活が当たり前になりすぎたら、こういうこと言い出すねん。先進国のしょうもない流行りの美意識が、埋め立て地の面積を広げていくねん!」 可奈がテレビに向かって吐き出す台詞はそのほとんどが聞くに耐えない内容であったが、ここ数年「確かに一理あるな」と思えるようになってきたのは、可奈の成長なのか、自分の包容力の

『声』(短編小説)

23時40分。 僕は、うつろな表情で、車両連結部のドアにもたれかかっていた。こんな時間であっても山手線は混雑している。 流れていくビジネス街の夜景を眺めていた。車窓ごしに輝いて見える無数の明かり。その内側には働いている人間がいるのだ。そう、ついさきほどまで私もその一人であった。日本人は休むのが世界一下手だと疲れた顔をした学者が言っていたのを思い出した。 「おい、そこのお前」 不意に誰かの声が聞こえた。周囲を見渡してみたが、その空間にいるのは、寝

『夏の氷解』(短編小説)

父方の田舎は、兵庫県丹波にある。地域の中でも一二を争うほどの大屋敷に祖母が一人で暮らしている。祖父は10年前に老衰で亡くなった。子供の頃、私を可愛がってくれていた覚えがある。父いわく、大変厳格な人で怒らせるととても怖かったという。昔は市議会議員をやっていて、正体不明の人たちが家を出入りしていたと言っていた。 幸いにも祖母は八十を超えても変わらずパワフルである。夫婦は似るというが、亡くなった祖父と同じように活動的な人で、この前なんか地域コミュニティが主催する5km

『烏の色』(超短編小説)

「烏はなぜ黒いと思う?」 「ほらほら、またはじまった」 良平はたまにこちらが到底想像できないような突飛な話題を持ちかけてくる。そのたびに私は口ごもる。ほとんどが答えのない問いなのだ。 「昔、白い鳥に挟まれたからでしょ」 私がちょっとばかり気のきいた返答をしたりすると、良平はこの上なく嬉しそうな顔をする。 「そうか〜そうだよな〜。うーん。なるほどなあ。麻結子らしいなあ」 「で、結局答えなんてないんでしょ?」 「答えは、答える人の数だけあるんだよ」 「なにそれ

『まつごのめ』(短編小説)

2004年頃に興味本位で某芥川賞作家の小説学校に1年間だけ通っていました。その授業で発表した約3,000字の短編小説を少し加筆修正したものです。恥ずかしながら、自分の鬱屈とした20代の日々が見え隠れしています。若さと自己顕示欲でペンを走らせた、物語も文章も拙い作品です。PCの奥深くに封印していましたが、noteという場を得たことで再度人の目に触れさせてみようという気になりました。気分次第でまたすぐに引っ込めるかもしれません。 まつごのめ  深い深い夜だった。外では霧のよう