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心乱華

ー心緒淒迷(心が迷って乱れている)ー


「別れよう?だって前に美香ちゃんが好きって言ってたでしょ」
「付き合う前の話でしょ、それに美香とはもう連絡とってないし」
「他の子を下の名前で呼ばないで」
「ごめん」
「私じゃ、令は幸せにならないよ」



何を思ってるのか、一年記念デートの翌日の第一声で彼女から別れを切り出されるなんて、思いもしなかった。

普通のカップルと異なり、事情を抱えた僕らは、愛が深まるほど別れる明確な理由を欲していた。


ー全て(事情)を捨てられたら、彼女だけに夢中になれたかもしれないー

事情を抱えながらも、それくらいに僕らは、非の打ち所がないくらいに純愛だった。

決して愛に限界なんてない、そんな言葉に躍起になって関係を保ってたわけではない。

僕らは互いにいたって優しくて、夢に向かって高め合う、理想な仲を築き、男とか女とか関係なくなるくらいに確かに愛を深めていた。

(だけど、同時にその愛が常に僕たちを正義の戦争に縛りつける)

◇◇◇

そう、不安定な戦時中が如く、僕らの晴れやかな日常の余韻は、いつも驟雨に襲われるといった工合に影と冷気に差し込まれる。  

例えば、
決まって僕は最高のデート、例えば誕生日デート、をしたその日に、悪夢を見る。
そして、彼女は最高のデートをした翌日に、僕を傷つける。

悪夢を見るのも、彼女が僕を傷つけるのも、解消できないと思われる明確な問題があるからで

それでも秘密を抱えた僕らは絶妙な感覚で、深く愛に溺れていた。

悪夢:(人の死体が家の前に転がってる夢、
床一面漢字で埋め尽くされた部屋を歩く夢、
警官の目の前で起こる、毒殺事件を傍観してる夢)を見るほどに、それが僕らなりの愛の証拠のように感じられて。

でも、時々寒気がするような文字に起こせないような経験に襲われることがあった:

僕たちは食卓にいるのに、平な台所に置かれたグラスが、急に倒れて転がって、流しに落ちる不可解な現象。

僕らの事情について、口喧嘩で戦争をした直後と、明確な理由がある故尚更、突然起こった説明がつかない現象に、僕も、彼女も、20秒目を無言で見合わすほどに、背筋凍りつく恐怖はしっかり感じた。

「グラス落ちたよね」
「きっとなんか振動が伝わたんだよ」
「だって流しはたいらだよ」
彼女は恐怖のあまり、僕に怒っていた。

僕も一刻も早く帰りたかったが、
今動いたら、なんかいけない気がして、
一歩も動けなかった。

でも少ししたら、忘れて隣に座って夜のバラエティ番組を見て笑い合った。

◇◇◇

珍しく平凡な日常が長く続いて、
初夏の空気が窓の隙間から流れ込む、ある日の朝、僕は僕らの抱える全て(事情)に寛容になれた。

その前日の夜、20回目の悪夢で、お寺の行列で儀式を済ました僕は悪夢・事情の根源、すなわち彼女の信仰する(知名度の低い)排他的な宗教を受け入れたのである。

ーーー

その次のデートで、僕が彼女の宗教を精神的に受容できる旨を伝えると、予想に反して、彼女の目に浮かんだのは涙だった。

その時の複雑な涙は、今思えば
本当の意味での終戦をしらせる涙だったように思える。

涙の理由を打ち明けられたのは1ヶ月の月日が流れてからだったからだが、将来の道として、彼女の宗教に僕の家族も全員入信するのが条件のようで。
ー振ったのはどちらが先か覚えていない

彼女は始めから僕以上に結末、その条件を受け入れてもらえないことを自覚していて、
最初から彼女は純な状態で心を乱して、いたのかもしれない。

ーーー

「(而今才道當時錯),心緒淒迷」
(今やようやく当時の自分の誤りに気づき、)心が迷って乱れている。

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