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セカンド・ヴァージンⅢ

   ~元夫という立場の元カレ~


私はバツイチだ。
今は結婚している。

最初の夫は「若気の至り」それでしかなかった。
学生時代を終え、同級生全員が社会人になったころ、結婚ラッシュがやってきた。あれは、みんなで一斉に「出口に向かって走りましょう」っていう、妙な暗示にかかったような集団催眠の一環だったように思う。
それほど焦りもなかったはずなのに、財布からご祝儀なる出費が増え「そっちの水は甘い」を植え付けられた女の脳みそが、ペースを乱され半狂乱になって整理券を取りに行った。だからすぐに破綻した。「結婚」を解かっていなかった。でも、一番楽しい時期を過ごした相手であることは間違いなかった。

二番目の夫はおとなしい男で「家庭的」という言葉そのものだった。
母子家庭で融通の利かない身である私を無条件で受け入れてくれた、会社の上司だった。転勤が決まった時に「娘と二人、一緒に来ないか」と言われ、ときめきを感じるほどではなかったが、その時の私にはその言葉が最高の口説き文句のように思え、二つ返事でついていった。安定の「結婚生活」私の選択に間違いはなかった。そこそこに優しく、そこそこにできる男。でも、それまで楽しいと思っていた危ういことや誘惑を伴う危険なことはさせてくれそうにないタイプだった。

実は、最初の子どもは前の夫の子どもだ。だが、元夫はそれを知らない。
言う必要もなかったし、二番目の夫と結婚するとき追及されることもなかったから、それは墓場まで持っていく体の私だけの秘密。
最初の子どもが女の子で良かったと思う。あまり似ていないし、元夫を思い出すような要素もない。これが息子だったなら、その成長につれ、少しずつ後悔したかもしれない。現に今の夫の子どもは、コピーかと思えるほど、今の夫に似ていた。

同級会というのはある種の甘い罠だった。それまで参加したこともなかったが、ちょうど祖母の介護時期でもあり、母親が体調を崩したことも手伝って長期で実家に帰ることになった。そんな時「帰ってるならどうか」と、久しぶりにスーパーで出くわしたクラスメイトに声を掛けられた。

同級生は長男長女が多く、ほぼ半数以上が地元に残っていたため、それほど集まる頻度もなかったらしい。役所に行けば数人、病院に行けば数人、家業を継いでいるものに関しては、ほぼ毎日畑や出荷場で顔を合わせることができたからだ。
そんな状況だから、改めて「同級会」という話が出ないのも仕方のないことだった。狭い町で、決まったところにしか憩いの場がなければ、ちょっと覗けばだれかに会える。話が弾めばだれかを呼ぶ。それだけで充分な規模、要は、なにかをきっかけに集まる理由が欲しいだけなのだ。

「去年、厄年の集まりがあったから、それほど集まらないと思う」
その言葉がなかったら行こうとは思わなかったかもしれない。なぜなら、元夫は同級生だ。同級会を開くといったクラスの中にもいた。だから、その言葉で、おそらく来ないだろうと予測した。
特にひと悶着の末の離婚…というわけではなかったが、できれば会いたくなかった。顔を合わせたくないほどの要因も思い出せないが、若い頃の自分を知っている相手に会うのは、なんとなく気恥ずかしさがあった。

その集まりは「同級会」と呼ぶには大げさな、小規模な飲み会だった。女子は少なかった。仲のいい友だちでもなかった。私が実家に帰っているのはそれほど知られていなかったから…とまではいわないが、みな子育てその他、姑の手前もあるのだろう、中途半端な時期に出掛けられるほど余裕がある嫁などいないのだ。

「おまえらのせいで俺、ご祝儀2回取られた~。なんで別れたんだよ~」
「なんでだろうね~」
「今だってそんなやって、ふたり並んでると全然違和感ないのに」
「やだ、お互い違う生活があるから~」

元夫は私と別れて半年で新しい妻をめとった。狭い町だけにいつまでもひとりでいては噂の種に事欠かないと、世間体を気にした親に急かされた…と言ってはいたが、さすがに半年は早いだろうと思っていた。だが、相手は私たちの結婚式で友人代表をやったクラスメイトの奥さんの友だち…ということだから、結局ひとりではいられない人だったのだと理解した。離婚のときはそれなりに引き留めもしたくせに、なかなかどうして食わせ物だったというわけだ。

飲み会の席での元夫は無口だった。
「飲み会」と言われてホイホイ出てきたら、元嫁がいました…なんて洒落にもならないのだろう。こんな時の女は強い。

2次会、3次会…と続いて、みなバカのように酔っぱらっていた。時間に制限のない私は最後までつきあい、足もおぼつかなくなった。記憶もあいまいになりかけたころ、結果、元夫にお持ち帰りされることになった。

まさかラブホテルに連れていかれるとは思っていなかった。普通に家まで送ってくれるのだろうと高をくくっていた。まさかそんなつもりでいるとは思わなかったのだ。
だが、タクシーに乗り込むとすぐに覆いかぶさるようにして唇を押しつけて来た。運転手が気づかないほどの一瞬のことだったので、酔ってもいたし、最初は間違いだと思ったのだ。

「ついたぞ」と言われてタクシーを降りた。自分の家ではないこと以外、そこがどこだとは見当もつかなかったが、元夫の家でもなく、駐車場から入り込むドアを見てそこがラブホテルだと気づいた。

酒の力というのは人の理性をもマヒさせるようだ。ここにいることにそれほどの違和感を感じない。相手が妻帯者だとか、自分が夫持ちであるということはそこではどうでもいいことのように、ふたりだけの空間しかなかった。

ドアが閉まった途端、絡まるようにキスをした。久しぶりの元夫の匂いに「あぁ、そうだ、この人はこういうキスをする」などと、頭の中は意外と冴えていた。
「奥さん待ってんじゃないの?」
「そっちこそ」
「だって、私、旦那と来てるわけじゃないもん」
「そうか。家に帰ったら言うの?」
「まさか」
そんなおかしな会話をしながらもつれ合い、キスを交わしながらベッドのある場所までなだれ込む。だが、

「ちょっとトイレ…」
「なんだよ、いいじゃん」
「よくないよ、飲み過ぎた」
私たちにシャワーは必要ない。でも、私はもう若くない。

急いでトイレに入った。装備を外すためだった。
私が元夫と付き合っていた頃にはなかった装備が、歳を重ねた私にはたくさんついている。ガードル、ババシャツ…こんなもの、見せられないと思いながら急いで脱ぐ。細かくたたんでバッグの一番下に突っ込み、酔っぱらっていても自分は女なんだな…と再認識する。今の夫ならば、この装備はなんのことのないものでも、元夫の中の私には恥ずかしいものなのだ。結婚てこういうことか…と、妙な納得をする。

トイレを出ると元夫はベッドの端に腰かけて携帯を眺めていた。奥さんからのメールでも確認しているのか、でも、もうそんなことはどうでもいい。ここにきてしまったのだから、もう結果は同じだ。
私は携帯を取り上げてソファに放った。そうして、ふたりが恋人同士だった頃のように彼の首に纏わりついてベッドに倒れた。
「本当にいいのかこんなことしてて」
「そっちこそ」
そんな会話をしながらも、私がしっかりとしまい込んだトップスをたくし上げる手は止まらない。懐かしい手が私の肌を這い、あの頃そうしていたように背中に伸びて器用にブラを外していく。なんだかおかしかった。ふたりは子どものようにお互いを求めた。大人の顔をしながら、子どものようにあの頃の感触を探している。
「ちょっと太った?」
「うるさい…集中して」
そうして肌と肌が触れ合うと、もう誰でもないただの男と女になった。

彼の唇が私の胸元から首にかけて流れてくる。そう、そんな風にあなたは私を愛していた。そして私はあなたの首から頭を抱きしめて・・・・
「なぁ、」
「もう黙って」
余計な音は入らない。吐息と布の擦れる音だけでいい。
あなたの身体は私の身体を覚えているのかしら? 私の知らない女を抱くその腕は、まだ私のいいところを探り当てることができるのかしら。あぁもうそんなことはどうでもいい。頭の中が白くなっていく。久しぶりの感覚。私が女だということを思い出させてくれる。

ねぇ、ねぇ、
私がねだると指が答える。昔よりも少し力強くなった腕を伸ばして。
ねぇ、ねぇ、
だんだん呼吸が荒くなる。そんなにせっかちにしないで。
私の記憶の中にある、あの頃のように愛して・・・・


気が付くと、男は私に背を向けて眠っていた。
私も少し眠ったのかしら? でも、眠れるはずなんかなかった。

酔いが覚めたら急に現実がやってきた。

急に虚しさに襲われた。よくなかった? そんなはずはなかったのに。なぜだか満たされていない気分があとに残る。
お腹に手を当てる。
「今月の生理、いつだったっけ…?」
相変わらずやさしさのかけらもない…そう思いながら、男の高いびきを聞いていた。余計なことまで思い出した。この男はことが終わるとさっさと私を放り出す。自分勝手に私を抱いて、勝手に果てて、眠りにつくのだ。私はいつも置いてけぼりで、こうして隣で見下ろしていた。

私の身体はもう、あなたの形を覚えてはいなかった。あなたの指では、もう私を探れない。別れるということにはそれなりに理由があったのだ。

あんなにときめいたことはない…そう思っていたのに。なにを期待していたのだろう。あの頃の私はそれでもいいと思っていた? うぅん、やっぱり、同じようにさみしかったような気がする。
ベッドを降りてシャワーを浴びる。それまでのことが嘘だったことのように、熱い熱いシャワーをあおる。
「ぁ、いたっ…」
男が残した疵が疼く。昔はそれすら愛しかった。でも今は、ただの痕でしかない。

どうせ起きやしない。それは知っている。
バッグの中に小さく折りたたんだ私の抜け殻…そんな気遣いが何だというのか。この抜け殻こそが今の私。抜け殻ごと包んでくれなきゃ意味がない。
「バカみたい…」
鏡の中の自分を笑う。
どうせもう2度とはない。なにを確かめたかったのか。男と女は、何度過ちを犯しても繰り返す。大切なものはそれだけではないのに・・・・この男はもう私の男ではないのに。

「帰ろう…」
外はもううすら明るくなっていた。
私も大人になった。ラブホテルに男を残し、ひとりで帰れるほどに、いい女になったのだ・・・・

まだまだ未熟者ですが、夢に向かって邁進します