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いつかお父さんに食べさせたいもの。カレーライス。ラーメン。

お父さんと眠る。

同じ布団で眠る。

明け方の寒気に抱き合う。

お父さんが先に起きる。

ドジャースの試合を見ている。

私は途中から参戦する。

『アストロズにやられた!9回裏でホームラン!』

お父さんがイヤホンをしてテレビを見る。

夢中で見る。

私は、スマートフォンに向かって音声入力をしたり、手短に誰かと話したりする。

そうしながら、何度もお父さんを見る。

お父さんの車椅子と私の椅子は向き合わせたままだ。

お父さんがしゃべる。

私は作業を止めて、お父さんと笑い合い、テレビの画面を見る。

お父さんがしゃべる。

私はその都度、テレビの画面を見て、お父さんに言葉を返す。

耳の遠いお父さんに、はっきり聞こえるように、大きな大きな声で話す。

もともと、声の大きなお父さんは、豪快に笑う。

おしゃべりはどんどん膨らみ、お父さんが違うものに興味が移ったとき、おしゃべりは終わる。

お父さんは時に、しみじみとテレビドラマを見て涙ぐんだり、柔らかく、穏やかに微笑んで、愛しげにテレビドラマの成り行きを見ている。

お父さんは、イヤホンをしているから、私には聞こえない。

私の片方しかない眼球も、テレビの画面には2時間しか耐えられない。

お父さんがうつらうつらする。

昼寝をしようと誘う。

お父さんは布団に転がるや否や、深い眠りに落ちてゆく。

悪い夢を見ないように、お父さんに触る。

髪の毛の匂いを嗅ぐ。

ほっぺたじゅうに、口づけをする。

お父さんの皮膚の状態を見て、引っ掻いた後にマイザーと言うクリームを塗る。

お父さんが眠りながら、薄くなった皮膚をあちこち掻きむしるたびに、追っかけっこのようにマイザーを塗っていく。

時々、お父さんは眠りが浅くなる。

いつも見る夢は、食べられない、食べたいものを食べる夢。

近頃は、足先から足がむくみやすくなっているので、しょっぱいものは食べさせられない。

ラスクを買いだめて、1日1袋ずつ、お父さんは砂糖の甘みで飢餓感を乗り越える。

ときには、どうしようもなくなって、夜中に発作的に、マヨネーズを舐める。

いつまでどこまで?
お父さんに厳しい食事制限をやらせるべきなのか。

まだまだ数値はいいから、お父さんも私も頑張る。

だけれども、それを一体いつまで?
それを一体、どの段階まで、お父さんに強いるのか。

お父さんに食べさせてあげたいもの。
お父さんが食べたがっているもの。

カレーライス。
ラーメン。

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25歳 上の夫(令和5年、77歳。重篤な基礎疾患があります)と私との最後の「青春」の日々を綴ります。

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