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100パーセントを続けるということ

4年前の2018年のこと。ドイツ・シュトゥットガルトは4月だっていうのに気温が低く、私は分厚いダウンジャケットを着て、マフラーをぐるぐるに巻いていた。

練習を見ようと集まった地元のファンにまぎれて、プレーを眺める。一緒に来た相棒に向かって「さぶい、さぶすぎる」とぶつぶつ文句を言いながら、練習が終わるのを待っていた。「きっと出てくるの最後だよ」と相棒が言う。いつも残って自主練しているらしい。

練習終了から1時間くらいが経っただろうか。ほとんどの選手が帰宅していったが、相棒の予言どおり出てくる気配はない。そうこうしていると雨が降ってきた。しかも土砂降り。雨は傘をさす意味がないほどの勢いで、あっという間にずぶ濡れだ。待つことさらに数十分、ようやく姿を現した。

「雨の中、待ってもらってすみません」

クラブハウスの駐車場から出てくると運転席の窓を開けて言った。当時、所属クラブで出番を失っていた浅野拓磨選手は、ロシア・ワールドカップ直前の欧州遠征に招集されず、メンバー入りが危ぶまれていた。そんなギリギリの状況なのに、「寒かったでしょう?」とこちらを気遣ってくれる。人のこと心配している場合じゃないでしょ、と返したくなるのをこらえて、私は聞いた。いま、どう思ってる? 何を考えて、プレーしてる?

「試合に出ていないのは悔しいですし、なんでやっていう気持ちもあります。でも、先を考えたときに、いまを100パーセントでやっていないと未来の自分がダメになってしまう。いまがいいとは言えないですけど、よくないならよくないなりのやり方をやっていかないと先には進めない。サッカー人生はいまがすべてではないんです。先を見て頑張るしかない」

あれから4年――。カタール・ワールドカップが開幕した。私はデリバリーしたケンタッキーフライドチキンを頬張りながら、サウジアラビア対アルゼンチンの試合を見ている。サウジ、なかなかやるじゃないか。あのアルゼンチンが焦ってるぞ。でも落ち着け、カードもらいすぎだ。テレビに向かってぶつぶつ言いながら、2本目の缶ビールに手を伸ばす。

そうだ。今日食べたものが未来の体を作ると分かっていてもジャンクフードを食べてしまうのだから、いまを全力で生きるなんて、そう簡単にできることではない(少なくとも私はそうだ)。でも彼は違った。ロシアW杯のメンバーから漏れても腐ることはなかったし、バックアップメンバーとして帯同した事前合宿では人一倍声を出していたし、セルビアではキャリア初のリーグ戦2ケタ得点を挙げてブンデス復帰を果たした。言葉どおり、何事にも100パーセントで取り組んできたんだ。

ケガの影響がどれくらいあるかは分からない。もしかしたら、ピッチに立てる時間は数分かもしれない。だけど、彼の目の前にカタールの舞台があることを、いまはただうれしく思う。

【追記】
ドイツ戦が終わって、相棒にLINEする。すぐに返信がきた。そうか、やっぱりな。あれは泣くよな。

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