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中編小説 夏の香りに少女は狂う その12

これまでの話は、こちらのマガジンにまとめてあります。

***

その日の夜。
明美が熟睡しているのを確認してから、リンは義之の部屋へと向かった。

「ヨシくん…」

一応ノックをしてから、部屋のドアを開ける。

義之は入り口に背中を向ける格好で、ローテーブルに向かっていた。
どうやら、ノートパソコンを操作しているらしい。

「リンちゃん」

リンに気づき、振り向いた。
いつもの優し気な笑顔だが、少々苦悩の色も見てとれる。

それは…
この夜も、リンと体を重ねることに罪悪感を持っているからだろうか。

リンもまた、胸に小さな痛みを抱えたままだった。
フタをしたつもりの痛みだったが、それはどうしようもなく、にじみ出てくる。

義之には妻がいる。
あと少しで、子供も生まれる。
この事実は、もはやどうしようもない。

わかっていて抱かれたはず、だった。
だが、頭では理解できても、心はそうはいかない。
そのことを、リンは思い知ったのだ。

「ヨシくん、パソコンで何か調べものしてたん?」

再び、痛みにフタをする。
とりあえず今は、余計なことは考えないでおこう、そう思ったのだ。

「いや、大したことないねん。とりあえず次の就職先、何かないかなーと思ってな。ま、しばらくは失業保険があるから、生活に困ることはないねんけど」

「ヨシくん行ってた会社、ブラックやったんやろ?」

とりあえずリンは、義之の隣に腰を下ろした。

「うん、出張と残業が半端ない。これ以上働いたら、体壊すと思ってな」

「ヨシくんも、大変やってんなぁ」

思わず膝立ちになり、リンは義之の体に腕を回した。
義之の頭を胸に抱え込み、背中をなでる。

「ヨシくん、お疲れさん」

ついでに、義之の頭をなでる。
慰めるように、いたわるように。
長めの前髪が、リンの指のすき間を通り、サラサラとこぼれ落ちた。

「あー、なんか癒される」

義之はリンに身をゆだね、きゃしゃな体を抱きしめた。

「そういやリンちゃんは、昔からええ子(いい子)やったなぁ」

リンの胸元に抱かれたまま、ぽつりとつぶやく。

「そんなことないよ。実際今、『悪いこと』してるやん。それにヨシくんかて、頼りがいあって、いい人やんか」

「いい人が、こんなことするかいな」

義之の端正な口元が、かすかに歪んだ。
そしてリンの脇を抱えるようにして、ベッドへと倒れこんだ。

甘い、それでいて微かに苦い夜が、始まった。

お互い、「いけないこと」をしていると知りながら…
快楽の波に抗うことは、できなかったのだ。

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