10時過ぎの電話
夜中の電話は嫌いだったし今も嫌いだ。
その当時は確かまだ携帯とPHSとポケベルが混在してるようなご時勢だったけどそれでも一般回線の電話の方が利用頻度が圧倒的に高かった。女の子が家族の視線を気にしつつ彼氏と夜中に電話してるなんてのもよく聞く話だったけど私には夜中に電話をかけてくるような友人はいなかったし自分からもしなかった。たまーに私宛に電話がかかってくると思ったらそれは昔の同級生を騙る変なセールス電話だったりするのでまあそういう風に夜中の電話にいい印象は持ってなかったと思ってもらって問題ない。
その晩も、夜の10時位だったと思うけど電話が鳴った。
電話を取った父は二言三言話していたけれどやがて階上の部屋に居た私が呼ばれた。
「中学生の時の同級生だって」
父は不審げに言うと私に受話器を手渡した。
私もうさんくさく思いながら受け取った。「電話をかけてくる中学生の時の同級生」にとんと心当たりがないのだ。
しかし試しにもしもしと受話器の向こうに声をかけてみると聞こえてきたのは多分十年以上も聞いてなかったんじゃないかって声だった。
「もしもし、おばちゃんよ」
私に対して自分のことをおばちゃんと名乗る人は昔から一人しかいない。伯母だ。どうして伯母が同級生を名乗るのか疑問に思っていると伯母はいきなり爆弾を投げつけてきたのだった。
つまり、伯母の妹要は私の母が不調を感じて受診した病院でとある深刻な病気の診断を受けたと。
ついては母の担当医から病気の説明をしたいから指定された日に病院に来られないかと。
その日は伯母だけじゃなくて叔父も同席するからと。
細かいことは後で説明するけどとにかく私の父に悟らせない為にこの電話は最初は伯母の娘(私の従姉妹)にかけさせたんだと。
私がはーとかそうなのーとか間抜けな声を出していたので横で様子を伺っていた父は安心したのか離れていった。
受話器を置くと私は急いで階上の自分の部屋に上がった。
さて困ったことになったなとか思ってたかもしれない。困るだけの事情があったから。
ざっくり説明するとその当時は我が家は三人家族だった。定年退職した父と母と勤め人の私。
これだけ書くと問題なさげだけど実は問題がどんぶり一杯ある家庭だった。
まず父は在職中から糖尿を患っていてその進行を止める努力も何もしてこなかったので悪化し腎臓を患って何年か前から腹膜透析(病院や診療所でする透析とは違って自宅でできる透析)に移行した人だった。腹膜透析してる時でも自己管理とやらが甘くてトラブルを起こし入院するのが度々だった。
それをサポートしてたのが母で母は何から何まで父の世話を焼いていたと言っていい。退職の何年か前、糖尿病というのは全身的な状態を悪化させるもので視力が低下して車の運転が恐くなったと言い出した父を勤め先まで毎日車で送り迎えしたりしてたのも母だ。(私の出身県は交通機関が全然発達してないの車の運転ができないとそもそも就職できない土地柄だ)
それと私。自慢にもならないけど仕事が出来ない人間だった。本当にできない。全然できない。その時点で新卒で就職したところをまだクビになってなかったのは奇跡の類だと思う。
そして実は四人目がいる、というか、いた。私の兄。
兄は今で言うニート一歩手前のような人間だった。紆余曲折があってありすぎてある晩兄がそれまでついてきた致命的な嘘がバレて両親と喧嘩し、逃げるように家を出て行ってそれっきりだ。
で、その晩私がとりあえず取った行動は兄の友達に連絡を取ってみることだった。兄の友達というのはその人一人しか心当たりがなかった。最初に書いたけどその当時携帯はあんまり一般的でなかったのでその友達のおうちに電話して出られた友達のお母様に事情を説明してお母様からその友達に連絡取って貰って…という手順を踏んで。
12時過ぎだったかやっとその友達から連絡があって(時間が遅すぎたから私の携帯にかけてもらった)、友達が言うのにはやっぱり彼も兄の行方は知らないとかいうことだった。
さあどうする。
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