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ふたつのショートショート、タイトルは「代行」

はじめに

思いつきでショートショートを書きました。どこからも依頼されていない、純粋に自分の楽しみのために書いたものです。
書いているうちに当初に想定していたのとは別のストーリー展開を思いつきました。「そっちのほうが面白いかなあ、いや最初のほうがいいかなあ」などと迷っていたんですが、「いや、どうせ自分が好きで書いてるんだから、どっちも書いちゃえばいいんじゃね?」と気が付き、ふたつのショートショートを書き上げました。どちらもタイトルは「代行」ですが、まぎらわしいので「その1」と「その2」にしました。
書いた以上やっぱり誰かに読んでもらいたいので、noteで公開することにしました。
読んでいただくとわかりますが、途中までまったく同じ文章です。それがどのように分岐していくのか楽しんでいただければと思います。
また作品の冒頭の書き方は昭和のショートショートでよくあった「俺は〇〇だ」を踏襲してみました。ちょっと無粋な気がしてこれまで自分では書いてこなかったのですが、読者をいきなり本題に引っ張り込むには適した書き出しだったのだなと、あらためて思いましたよ。

『代行(その1)』


 俺は小説家だ。自分で言うのも何だが、結構売れている。毎月のように新刊が本屋に並び、それが馬鹿売れしているのだ。
 だからどんどん書かされる。毎週何かの締切があって、一日も休めない。仕事場として購入したマンションの一室に籠もったまま、朝から晩まで――ときには徹夜してでも書き続けなければならない。当然ながら他のことをしている余裕はない。飯を食って排泄してシャワーを浴びて寝る以外の時間は執筆に費やさなければならないからだ。もうずいぶんと長い間、妻にも娘にも会っていない。でも仕方ない。これが俺の仕事なのだ。
 ある日、眼が覚めて郵便受けを確認すると、新聞と一緒に俺宛の郵便物がいくつか入っていた。宛て先は仕事場ではなく自宅になっているから、きっと妻がまとめて放り込んでいったのだろう。カップラーメンの朝食を摂りながらひとつひとつ確認する。
 その中に、ある地方都市での講演の依頼が入っていた。市政二十周年記念のイベントのひとつだそうで、是非とも高名な作家である俺に来てほしいと書かれてあった。講演料も提示されていた。正直なところ、俺でも驚くほどの高額だった。これはいささか心が動く。だが日程を確認してみると、ちょうど締切と重なっている。これではとてもではないが行けそうにない。小遣い稼ぎの機会を失うのは癪だが仕方ないな、と思ったとき、郵便物に紛れて一枚のチラシが挟まっているのに気づいた。「あなたの代わりに」という文字が見える。引っ張りだしてみた。

【山田代行サービス あなたの代わりに何でも代行いたします】

 時間が取れない人間の代わりにやるべきことを代行してくれるサービスらしい。例として結婚式や葬式の参列、役所への申請書提出などと一緒に「あなたの代わりに人前でお話もします」と書かれていた。少し考えてから、チラシに書かれている番号に電話をした。
 その人物はすぐに仕事場までやってきた。ひとの良さそうな中年男性で、山田と名乗った。
「俺の代わりに講演できるか」
「問題ありません。講演に慣れた人材も揃えております」
 俺の疑問に山田はあっさりと答える。
「しかし偽者だとバレないかな」
「その点はご心配なく。人というのは意外に記憶が曖昧なものでしてね。堂々とあなた様の名前で講演すればみんなあなた様だと思ってしまいます。実際のところ、今まで代行だと発覚した例はありません。もちろん年齢の近い代行者に行かせますが」
 最後に利用料金を確認し、思ったより安かったのでとりあえず契約した。それきり忘れて仕事をしていたら、ある日山田から電話があった。
――ご依頼いただきました講演ですが、支障なく終了いたしました。先方にも喜んでもらえたそうです。写真撮影禁止にしましたので代行者の顔も記録には残りません。
 至れり尽くせりだった。講演料は無事俺の講座に振り込まれた。悪くない“仕事”だった。
 それからしばらくして今度は経理のことで税理士と打ち合わせしなければならなくなった。俺は小説を書くのは得意だが、数字になるとからっきし駄目だ。税理士の話を聞いているだけで頭が痛くなる。すぐに山田に電話を入れた。
「税理士の話を代わりに聞いてくれ」
――承知いたしました。結果は後ほど連絡いたします。
 数日後、山田がやってきた。細かな数字を言われそうになったので、
「そういうのはいい。結論だけ教えろ」
 と言ったら、
「あなた様は何もしなくてよろしいです。すべてはうまく処理されましたから」
 と言われた。ならばいい。俺は代金を支払った。
 その後も何か面倒なことがある度に、俺は山田代行サービスを利用した。知人の子供の結婚式や所属している作家団体のパーティ、町内会の会合にも代行を行かせた。おかげで俺は執筆に専念でき、ますますたくさん本が出るようになった。
 ある日、いつものように郵便受けを見てみると、中に妻からの封筒があった。中には印鑑を押した離婚届が入っていた。添えられた手紙には、
“家庭を省みないあなたのことを、わたしも娘も見限りました。別れてください”
 と書いてある。俺は焦った。すぐにでも妻と話をしなければ、しかし、こんなときにも締切はある。一分たりとも仕事場を抜け出すことなどできない。俺は困惑して山田に連絡した。彼はすぐに来てくれた。
「そういうことでしたら、奥様との話し合いも代行いたしましょう」
「いや、さすがにそれはまずいだろう。夫婦のことまで代行させるなんて」
 俺が躊躇すると、
「心配には及びませんよ。私どものスタッフにはそういうことに長けている者もおります。必ずあなた様のご期待に沿うことができます」
 そう説得され、結局今度も依頼することにした。
 翌日、また郵便受けに妻からの手紙が入っていた。
“昨日のお話であなたの誠実さに打たれました。離婚は取りやめます。来週の娘の誕生日ディナーを楽しみにしています”
 どうやら離婚は回避できたらしい。ほっと安堵したが、どうやって妻を宥めたのか不思議だった。「あなたの誠実さ」だと? 代行者は何を言ったのだ?
 いや、それより問題なのは手紙に書かれていた娘の誕生日だ。すっかり忘れていた。ディナーと言われても、その日もやはり締切があって動けない。俺は今度も山田に頼ることにした。
「ご心配なく。万事うまく代行いたしますので」
 それからは事あるごとに山田を頼った。妻の誕生日、結婚記念日、もちろん俺の誕生日も彼に伝え、家族サービスを代行してもらうことにした。郵便受けには妻だけでなく娘からの手紙も届くようになった。
“お父さん。お仕事がんばってください。大好きです”
 そう書かれた文面を読んで、俺は思わず涙をこぼした。よし、これからも執筆に専念しよう。
 そして俺は書いた。書きに書いた。本はますます売れ、評価も高くなった。そしてついに最高峰と呼ばれる文学賞の候補に選ばれた。
 そういう文学賞の選考会当日になると、候補者はどこかで編集者と集まって結果発表を待つ「待ち会」なるものを開くらしい。そして受賞が決まると記者会見に呼ばれ、それから取材攻勢が始まると聞いた。もちろんそんなことにかかずらう余裕などない。それも山田に任せた。
 翌日の朝刊で、俺の作品が受賞したことを知った。一面に結構大きく写真が載っていたのは、俺の知らない男だった。まるで似ていないが、新聞では俺の名前で紹介されていた。
 受賞の感想とかエッセイ執筆の依頼が激増した。それをこなすため、俺はますます仕事に専念した。俺の評価は更に上がり、今世紀最高の作家とまで呼ばれるようになった。
 家族との仲も順調だった。雑誌には妻や娘と仲睦まじくしている写真が掲載された。そこにいる知らない俺は、とても幸福そうだった。来年にはまた子供が生まれるという。そうか、娘に妹か弟ができるのか。俺は嬉しかった。
 まだまだ書かなければ。俺はますます執筆に没頭した。

『代行(その2)』


 俺は小説家だ。自分で言うのも何だが、結構売れている。毎月のように新刊が本屋に並び、それが馬鹿売れしているのだ。
 だからどんどん書かされる。毎週何かの締切があって、一日も休めない。仕事場として購入したマンションの一室に籠もったまま、朝から晩まで――ときには徹夜してでも書き続けなければならない。当然ながら他のことをしている余裕はない。飯を食って排泄してシャワーを浴びて寝る以外の時間は執筆に費やさなければならないからだ。もうずいぶんと長い間、妻にも娘にも会っていない。でも仕方ない。これが俺の仕事なのだ。
 ある日、眼が覚めて郵便受けを確認すると、新聞と一緒に俺宛の郵便物がいくつか入っていた。宛て先は仕事場ではなく自宅になっているから、きっと妻がまとめて放り込んでいったのだろう。カップラーメンの朝食を摂りながらひとつひとつ確認する。
 その中に、ある地方都市での講演の依頼が入っていた。市政二十周年記念のイベントのひとつだそうで、是非とも高名な作家である俺に来てほしいと書かれてあった。講演料も提示されていた。正直なところ、俺でも驚くほどの高額だった。これはいささか心が動く。だが日程を確認してみると、ちょうど締切と重なっている。これではとてもではないが行けそうにない。小遣い稼ぎの機会を失うのは癪だが仕方ないな、と思ったとき、郵便物に紛れて一枚のチラシが挟まっているのに気づいた。「あなたの代わりに」という文字が見える。引っ張りだしてみた。

【山田代行サービス あなたの代わりに何でも代行いたします】

 時間が取れない人間の代わりにやるべきことを代行してくれるサービスらしい。例として結婚式や葬式の参列、役所への申請書提出などと一緒に「あなたの代わりに人前でお話もします」と書かれていた。少し考えてから、チラシに書かれている番号に電話をした。
 その人物はすぐに仕事場までやってきた。ひとの良さそうな中年男性で、山田と名乗った。
「俺の代わりに講演できるか」
「問題ありません。講演に慣れた人材も揃えております」
 俺の疑問に山田はあっさりと答える。
「しかし偽者だとバレないかな」
「その点はご心配なく。人というのは意外に記憶が曖昧なものでしてね。堂々とあなた様の名前で講演すればみんなあなた様だと思ってしまいます。実際のところ、今まで代行だと発覚した例はありません。もちろん年齢の近い代行者に行かせますが」
 最後に利用料金を確認し、思ったより安かったのでとりあえず契約した。それきり忘れて仕事をしていたら、ある日山田から電話があった。
――ご依頼いただきました講演ですが、支障なく終了いたしました。先方にも喜んでもらえたそうです。写真撮影禁止にしましたので代行者の顔も記録には残りません。
 至れり尽くせりだった。講演料は無事俺の講座に振り込まれた。悪くない“仕事”だった。
 それからしばらくして今度は経理のことで税理士と打ち合わせしなければならなくなった。俺は小説を書くのは得意だが、数字になるとからっきし駄目だ。税理士の話を聞いているだけで頭が痛くなる。すぐに山田に電話を入れた。
「税理士の話を代わりに聞いてくれ」
――承知いたしました。結果は後ほど連絡いたします。
 数日後、山田がやってきた。細かな数字を言われそうになったので、
「そういうのはいい。結論だけ教えろ」
 と言ったら、
「あなた様は何もしなくてよろしいです。すべてはうまく処理されましたから」
 と言われた。ならばいい。俺は代金を支払った。
 その後も何か面倒なことがある度に、俺は山田代行サービスを利用した。知人の子供の結婚式や所属している作家団体のパーティ、町内会の会合にも代行を行かせた。おかげで俺は執筆に専念でき、ますますたくさん本が出るようになった。
 ある日、卒業した高校の同級生から手紙が届いた。来月久しぶりに同窓会をするから来ないかという誘いだった。最初は無視するつもりだった。忙しくて故郷に帰っている暇などないし、高校時代にはあまりいい思い出がなかったからだ。今でいうスクールカーストの最下位層にいた俺は、いつも教室で屈辱的な仕打ちに耐えていた。招待状を送ってきた同級生こそが、その屈辱を与えてくる存在でもあった。あいつは野球部でエース、ガールフレンドもいて、毎日青春を謳歌していたのだ。
 その同級生が俺に「是非来てくれないか。君のような出世頭が出てくれるとみんな喜ぶから」と書いている。そうか、俺は出世頭か。当然だ。俺の本は全国で売れているし有名俳優主演で映画化もされているからな。あの頃俺を散々馬鹿にした奴らに逆に屈辱を与えてやるのも愉快かもしれない。
 一旦はそう思って出席しようかという気になったが、開催日を見るとまたもや締切と重なっている。とてもではないが行けそうにない。くそっ、意趣返しの機会を得られないかと悔しく思ったそのとき、ふと山田のことを思い出した。すぐに呼び出す。
「では、あなた様の代わりに同窓会に出席すればよろしいのですね」
「ああ、そうだ」
 と言ってから、考え直した。
「いや、待て。俺はかつて俺を見下した奴らが、成功した俺を見て羨むところを見てみたいんだ。それを代行させたら意味がないな」
「でしたら、あなた様が同窓会に出席されればよろしいのでは?」
「それができるなら、あんたに代行を頼んだりしない。締切に間に合うように原稿を書かなければならないんだ」
「ですから、執筆のほうを代行すればよろしいんですよ」
 山田の提案に俺は驚いた。
「原稿を他人に書かせるのか。素人なんぞに書かせたら俺の評判はがた落ちだぞ」
「大丈夫です。あなた様のこれまでの実績からして、一回くらい駄作を発表したところで評判が落ちたりはしませんよ。それに、そこそこ小説が書ける人間に代行させますから」
 山田に説得され、結局おれは原稿執筆を代行してもらうことにして、同窓会に向かった。
 結果としては大満足だった。同級生の奴らは俺を羨望の眼差しで見つめ、老いた担任教師も「君は絶対に大成すると信じておったよ」とのたまった。俺に招待状を送ってきた野球部の元エース――今や腹の突き出る冴えない中年と成り果てていた――の嫉妬の滲む視線さえも、俺には快感だった。
 そして意外なことに代行で書かせた小説も評判がよかった。俺の新境地とまで言われた。すべては万々歳だ。
 その後も親族の結婚式など、これまでは不義理していたものにも出席するようにした。もちろんその間の原稿は代行させた。こうして仕事から少し離れてみると、いかに自分が自分自身の時間を持てていなかったかを実感した。これからはもっと余裕を持とう。疎遠になっていた妻や娘との時間も作ろう。そう心に決めた。
 誕生日ディナーに誘ったとき、妻は眼を見開いて驚いた。
「あなたがわたしの誕生日に何かしてくれるなんて、結婚以来なかったことだわ」
「これまで悪かった。これからはもっと家族サービスをするから」
 そう言うと、妻は泣きだした。
 娘の進学相談にも積極的に顔を出した。娘は最初訝っていたが、俺の態度に次第に心を開いてくれた。
「パパが頼りになるなんて、思ってもなかった」
 そう言われると、少しくすぐったかった。
 仕事も順調だった。代行で書かせた作品は評価も高く、著名な文学賞も受賞した。授賞式にはもちろん、俺が出席した。俺は自分ではほとんど小説を書かなくなった。代行による作品は次々と発表され、名声はますます高くなっていった。家庭人としても有名になり、ベストファーザー賞も受賞した。
 そしてとうとう、世界最高と言われる文学賞を受賞することになった。俺は妻と娘を伴い、授賞式が行われるヨーロッパへと旅立った。
 同じ旅客機に山田が乗っていた。彼は俺にだけ聞こえるように言った。
「今までご苦労さまでした」
「ご苦労さま? どういうことだ?」
「代行の件です。あなたは立派に役目を果たしてくださいました」
「何を言っている。代行してもらったのは俺のほうだぞ」
「相身互いですよ」
 山田は微笑んだ。
「あなたは家庭と名誉を得られた。代行の報酬として」
「俺が、何の代行だというんだ?」
「悲劇の、ですよ」
 山田の姿が煙のように消えた。次の瞬間、旅客機が大きく揺れた。悲鳴があがる。俺は咄嗟に妻と娘を見た。ふたりとも恐怖に怯えている。
 駄目だ。代行は俺だけだ。妻と娘は、妻と娘だけは……!
 落下し続ける旅客機の中で、俺は“代行”で俺をこの旅客機に乗せた奴に向けて、懇願しつづけた。

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