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ショートショート「うちで踊ろう」

Instagramで星野源さんが公開した「うちで踊ろう」の動画を何度も何度も観ていて、ひとつのお話が浮かびました。
僕は歌うことも踊ることもできないけど、こういう形でなら参加できると思い、書いてみました。

 モニタに映った阿美の顔を見て、優花は言った。
「なんか、太った?」
――太ってなんかないってば。
 阿美はすぐに反論する。
――優花こそ、家に籠もってお菓子ばっかり食べてるでしょ。ほっぺたがぷにぷにしてる。体重計、乗ってる?
「体重計? 何それ? 食べられる?」
――ばーか。
 ふたりして笑う。
――それで、そっちはどう? なんか変わったことある?
「そうだなあ……」
 優花は少し考えて、
「……あ、お父さんがゼータに引っかかれた」
――あれ? ゼータってお父さんに懐いてなかったっけ?
「あんまりしつこくモフモフしたから、嫌がられたみたい。今ほっぺたに絆創膏してる。会社のオンライン会議でみんなに笑われたって。ねえ、そっちはどう?」
――あいかわらず。退屈してる。だから踊ったりしてるの。
「踊る? 阿美が? どうして?」
――どうしてって、だから退屈だから。
「でも阿美ってダンス苦手だったじゃない」
――苦手とか得意とかじゃないの。面白いから。
「面白い、か。じゃあ見せて」
――え?
「ダンス、見せて」
 イヤだよ、と言われると思った。
――いいよ。
 あっさりと、そう言われて、
「え? いいの?」
 逆に優花が戸惑う。
――うん、いい。一緒に踊ろう。
「え?」
――え、じゃないよ。優花も踊るの。そしたらわたしも踊る。
「でも……」
 今度は優花が尻込みをした。阿美と同じく、彼女もダンスは苦手だった。学校の授業で踊らされたときも、手足がうまく動かなくてすごく苦労したし、恥ずかしかった。
――どうしてわたしが踊るようになったか、知ってる?
 躊躇する優花に、モニタの向こうから阿美が問いかける。
――ネットで動画を見たの。「うちで踊ろう」っていう、うんと昔の動画。それを見たら、わたしも踊っていいのかなって思ったの。
「踊って、いい? どういうこと?」
――誰かのためじゃなくて自分のために。でもそれは誰かのためになるの。
「なんか、意味わかんない」
――ひとりひとりが自分のために踊って、それがいくつも重なり合って、みんなのダンスになるの。そしたら誰もひとりじゃなくなるのよ。
 阿美は言った。
――だから、一緒に踊ろうよ……踊らせて。せめて、今だけでも、ひとりにしないで。
「阿美……」
――わたし、優花にひどいことしたから、本当は謝りたいの。本当は会って、直接謝りたかった。
「それは……」
――わかってる。できないってことくらい知ってる。
「違うの。阿美が謝ることなんか何もないよ。だって、しかたないことだもの。わたしのほうこそ……わかった。踊りましょ」
 優花は立ち上がり、カメラに向かって言った。
「どうやればいい? 教えて」
 それからふたりは、阿美が用意した動画でギターの音色に合わせて一緒に踊った。ぎこちない動きの、お世辞にも上手とは言えないダンスだったが、阿美も優花も一生懸命、そして楽しく踊った。何度も笑った。うまくできたときは手を叩いた。
 気が付くと、時間が迫っていた。彼らの通信は時間制限があった。
「楽しかった」
 優花が言うと、
――うん、楽しかった。
 阿美も言った。
「じゃあ、またね」
――うん、またね。
 阿美の笑顔がモニタから消えた。青くなった画面を、優花はずっと見つめていた。
 それから部屋の窓を開け、夜空を見上げた。丸い月が青白い光を降り注いでいる。
 あそこに、阿美がいる。病から逃れるために月へと移住したひとたちが住む、あの月面基地に。
 ずっとずっと遠い場所。でも一緒に踊れる。それぞれの家で、ひとりひとりが踊って、それがみんなのものになる。
 頭の中に、あのギターの音色が聞こえていた。それに合わせて優花は、ゆっくりと体を動かした。

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