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mRNAワクチンにも使用されているPEGについての考察

はじめに

ポリエチレングリコール(以下PEG)という物質をご存知であろうか。

説明面倒だから、Wikipediaから拾う。以下、Wikipediaから大事なところだけ抜粋。

・ポリエチレングリコール(polyethylene glycol、略称 PEG, マクロゴールとも)は、エチレングリコールが重合した構造をもつ高分子化合物(ポリエーテル)である。 
・一般的な構造式は HO-(CH2-CH2-O)n-H と表される。PEG は水・メタノール・ベンゼン・ジクロロメタンに可溶、ジエチルエーテル・ヘキサンには不溶である。タンパク質など他の高分子に PEG構造を付加することを PEG化 (ペグか/pegylation) という。
・PEG は無毒で、色々な製品に用いられる。
・PEG を他の疎水性分子に結合すれば、非イオン性界面活性剤(PEG部分はポリオキシエチレン[POE]鎖と呼ばれる)が得られ、化粧品の乳化剤などに用いられている。
・分子量3500 - 4000 (79≦n≦91)のポリエチレングリコールは、慢性便秘の瀉下薬として用いられる(日本での製品名はモビコール®として2018年上市された[4])。
・PEG をタンパク質性医薬品に結合すると、タンパク質の分解を抑制する効果(“ステルス化”)により、効力を延長したり副作用を軽減することが可能になる。例としては PEG化インターフェロンα(C型肝炎に有効)や PEG化G-CSF製剤[5]がある。
・セトマクロゴールは皮膚用クリームに用いられるが、希に急性アレルギー症状(アナフィラキシー)を発症することがある[6]。
・生物学では細胞への DNA導入や細胞融合に用いられる。DNA導入は、PEG 存在下ではプロトプラストに DNA が取り込まれやすくなることを利用した方法である。細胞融合は、細胞を PEG で処理することによって細胞膜が結合し、PEG を取り除くと細胞が融合することを利用した方法である。

要は現代の生活品や医療には欠かせない化合物であることがわかる。僕が医者時代に治療に使ったのはペグインターフェロンαで、まぁ要はインターフェロンをPEG化することでステルス化が起こり、血中の半減期が長くなり、これまで週3回投与だったインターフェロンを週1回投与にすることができ、かつ有効血中濃度が保たれるため(PK/PD的な話で)、B型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスに対するインターフェロン治療の抗ウイルス効果や患者のQOLを飛躍的に伸ばした化合物である。現在は、C型肝炎ウイルスに対しては10年くらい前から飲み薬の抗ウイルス薬が出てきたためそもそもインターフェロンを使用することはなくなったが、それ以前は完全に主流の治療であったため、過去ペグインターフェロンを受けた患者さんは多くいる。B型肝炎治療においては現在も経口内服薬と並んでペグインターフェロンは治療の第一選択薬である。

まぁそれは良いとして、このPEGが今脚光を浴びているのは新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンに使用されているからである。PEGには様々な作用があり、過去にはヒト細胞とマウス細胞をPEG処理により細胞融合させてしまうような実験も報告されている。

上記Wikiにあるように細胞融合的な手法を用いてDNAをヒト細胞内に誘導する方法もあり、我々もその目的のため実験にPEGを使用することもあるのだが、今回のSARS-CoV2のmRNAワクチンにPEGが使われている理由は単に半減期を長くする目的のようである。(LNPs often consist of four components: an ionizable cationic lipid, which promotes self-assembly into virus-sized (~100 nm) particles and allows endosomal release of mRNA to the cytoplasm; lipid-linked polyethylene glycol (PEG), which increases the half-life of formulations; cholesterol, a stabilizing agent; and naturally occurring phospholipids, which support lipid bilayer structure. 以下mRNAワクチン総説より抜粋)

そして今回そのPEG成分がmRNAワクチンにおいて悪い意味で脚光を浴びていて、どうやら数は多くないが副反応のアナフィラキシーを引き起こす原因物質なのではないかと考えられているからである。以下、CDCからの公式ページにも、PEGやポリソルベートに対してのアレルギーがあるならば前者であればmRNAワクチンを控えよ、後者であればジョンソンアンドジョンソンのワクチンを控えよ、と注意喚起してある。

でも正直受ける前からアレルギーあるかなんてなかなかわかりませんよね。そう、皆が自分のアレルゲンをワクチン打つ前から把握しているわけではない。

最近のニュースではアナフィラキシー反応の90%が女性であるという報告があったし、ごく最近にアナフィラキシーについて論文も出ている。

PEGは化粧水など化粧品にもよく使われていて、特に東アジアの女性ならばお化粧は必須の身だしなみのように考えられているように、日常的にペグ製品を使っている女性にどうやらアナフィラキシー反応が多く見られるという考察は実際そうなのだろう。化粧品が原因なのかに関してはまだ証明されたわけではないので、なんとも言えないところではあるが、ただ別に投与歴がある、過去に感作されているからといって皆が即時型のアレルギー反応を示すというわけではない。毎年インフルワクチン打っても別にアナフィラキシー起こりませんよね。ただ、原理的には一度感作されていないとアナフィラキシー反応は起こらない。あと正直、アナフィラキシー反応が起こった場合も治療法、対処法は確立しているので、その後の対応は医療機関に任せるしかない。今回ここに関してはわざわざ細かく言及しても仕方ないのでパス。自分が興味を持ったのは、PEGに対しての免疫応答が治療効果/ワクチンの効果に影響するのではないかということだ。次の項に移る。

PEG修飾薬剤を排除する免疫反応

PEGによる免疫反応がドラッグデリバリーの観点からPEGが付加された薬剤の治療効果そのものに影響を与えうるのかもしれない。ここでは最近発表された一つの論文を紹介する。ちなみにその論文の著者は僕の古くからの友人なので、論文が世に出る前から話は聞いていて、内容は一部先に知っていたのであるが、出版されるのを待っているうちにPEGの話題の旬を過ぎてしまった感はある。

紹介する論文は2021/3/31に'Science Translational Medicine'という臨床系で非常に評価の高い雑誌に出たばかりの論文である。つまりは世界でも素晴らしい評価を受けた論文と言える。そもそもこの話を知るまではPEGに対する免疫応答など考えてもみなかった話であり、皆が面食らうようなストーリーであることもハイインパクトジャーナルの一因なのかもしれない。ちなみに、Interfering with interferonというジョークっぽいセンテンスが論文のWebバージョンでは紹介されている。

簡単に紹介すると、肝炎患者において従来ペグインターフェロンが有効なヒト・効かないヒトに関しては様々なことが言われていたが、正直その分子メカニズムまではわかっていなかった。それが今回わかったというのである。

論文によると、ペグインターフェロンに効く人はNK細胞の活性化が効かない人よりも顕著であったらしいが、もう一つの特徴として、効かない人の肝臓に存在するマクロファージのクッパー細胞がPEG(修飾薬剤)を貪食しており、PEGに対するIgMが免疫複合体を作っていたというのだ。

つまりはPEGに対する免疫応答がどうやら、PEG修飾薬剤への治療効果に大きな相関を示したということであり、これは肝炎やペグインターフェロンだけにとどまる話ではないだろう。

ちなみに、実際に日本でのHCVのペグインターフェロン+リバビリン療法(ペグリバ療法)でも、男性の方が効果が高いことが統計的に知られていたし、今ではもう行われない治療なので細かく調べることは難しいが、もしかしたら女性の方がPEGに対する免疫を獲得していた人が多いであろうこともあり、PEG修飾薬剤を体内から排除しようとする作用が治療効果低下につながった可能性はあるのかもしれない。

すると、今回のワクチンに関してはどうであろうかということも考えることになる。mRNAワクチンが95%の有効性とはいえ、ワクチン接種後に実際に感染するケースもちらほら見られている。これは何が原因だろうか。もちろん、患者個人個人の免疫機能には個人差があるためということが、模範解答であるのだが、ワクチンに対して免疫が排除方向に働くということを考えている人は果たしてどれくらいいるだろうか。

上記の内容に反証を試みる

今まで書いたのはあくまで推測に過ぎない。もちろん人々が大好きなエビデンスも臨床においてはまだない話である。

では、ここから自分で挙げた説への反証を試みると、そもそもmRNAワクチン第III相試験のワクチン非応答例に男女差は少ししかない。NEJM論文(https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2035389)に出されたモデルナの第3相の中間報告でもワクチン接種後、発症した11例/14134例の男女の内訳は4例/7366例(0.054%), 7例/6768例(0.103%)で、ワクチンが効かなかった内訳は女性が約2倍多い程度であり論文内では一応差はないことにはなっている。リアルワールドで桁違いにnが増えたら簡単に差はつきそうな傾向はあるようにも見える。ただ実際アナフィラキシー発症ほどの男女差はついていないし、ファイザーの方も全8例中男性3例女性5例とほぼ互角な結果であった(https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2034577)。

アナフィラキシーのように大きな男女差がない点はPEGへの事前感作はワクチンの効力にはさほど影響しないのかなとも言える。副反応の男女比から過去のPEG感作既往に関しての男女差は事実だと思うが、PEG感作既往と治療効果に大きな差がなさそうだと言う点にミクロのレベルでどう説明つけるかだが、ペグインターフェロンのような長期間有効血中濃度を求めるような薬剤とは違い、今回のmRNAワクチンによるスパイク蛋白の発現までは結構刹那的でもあり、抗原の元となるmRNAが大量投与されているため、既に存在するPEGの獲得免疫が働き出してPEG付き脂質を除去する前にドラッグデリバリーはうまくいき、スパイクタンパクは発現し出しているんじゃないかなとも思う。一応ワクチンの投与量によって免疫応答は変わってくるので(初期のmRNAワクチンの第I相試験の論文参照https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2022483)、抗PEG反応によるドラッグデリバリー効率の減少に伴い治療効果に違いが出て来ないとも限らないし、上記あげた第III相の結果のように大きくは問題ないのかもしれない。結局最終的な結論はわかりません。まぁ将来話題になるかもしれない話題の提供と言うことで。