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そう思って、生きている。

衝撃的な出会いは、衝撃的な別れを生むことがある。

梅雨のはじめ。
中学生のある日、学校終わり自宅のある駅の改札を出て、ぼけっと考え事をして歩いていたら、一人の男性にぶつかった。

彼を見上げて僕はとても怯えた。
白い作業服を着ているが、金色のネックレスに角刈り、短い眉にうっすら腕周りに見える刺青。
明らかにもう、反社会的な人じゃないか。
任侠映画を飛び出したような人じゃないか。
自分がこれからどうなるのだろうなんてかんがえる暇もないほどに真っ青になった。

「大丈夫か少年」
彼は僕の方をポンとたたき、雨が降って来たし傘を貸してやるよ、と手持ちの折り畳み傘を手渡した。
「この辺でたまにたこ焼き売るから、また会ったら返してくれよ」
僕が聞こうにも聞けなかったことを先取りして答えてくれたようだった。

翌週、学校の帰り道駅のそばに小さなバンが停まっていて、バックドアを開いて移動式のたこ焼き屋を開いているおじさんに出くわした。
家に傘を取りにいき、すぐに駅に戻って、たこ焼きを買い、傘を返してお礼をした。

トランクスペースにつけられたカウンター越しに話す、おじさんに威圧感はなかった。
よく仲良くなったものだと思う。
それから2、3ヶ月学校帰りに会うたびに話をした。
自分の学校での出来事も話したし、相談もした。
ヤクザの世界はどんな世界なのか、そんな話も教えてくれた。たこ焼きもサービスしてくれた。

ある雨の日、いつものようにたこ焼きやさんと話をしようと声をかけた。
おじさんは、少し暗めの、それでも優しい口調で、
「多分、お前と会うのも今日が最後だと思う」
そう言われた。
なんでも、前の仕事の恩返しをしないといけないという。自分の望んだことではないけど仕方ないのだと。
「なぁ、お前は俺と話せたことよかったと思うか」
僕はもちろん頷いた。
おじさんが優しく微笑んだのを今でも覚えている。

彼を駅前で見ることはなくなった。
あの別れから少し経って、おじさんが反社会的集団のいざこざで逮捕されたのをニュースで見た。

今もじめっとした雨のふるこの季節になると、彼を思い出す。
そして彼の言葉を、今僕が出会った人たちに問いかけたくなる。
「一緒に話して、過ごして楽しかったですか、楽しいですか」
その答えを聞いたとき、微笑みたい。
叶うならば、その答えが喜ばしいものであってほしい。
そう思って生きている。

おわり。

#コラム
#エッセイ
#雨の日

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