十円ハゲ
私の頭の後頭部の下らへんに十円ハゲがあるらしい。
それも二つ。
確認したことはないので十円玉大のサイズであるかは不確かだ。
一般的に、頭の毛に覆われたところにできた(できたとは如何に)ハゲを総称して十円ハゲというらしいが、正しくは円形脱毛症である。
見つけてくださったのは美容師だった。
言いにくそうに、
「気づいておられますか?」と尋ねられた。
かれこれ十年以上前である。
そのあたりに触れると、妙にツルツルした箇所があるのは意識していた。
しかし二箇所とは気づかなんだ。
昔子ども向けの雑誌の科学のコーナーか何かで、尖った箸などで腕の二箇所を同時に触れると、脳は一箇所と認識すると読んだ記憶があった。
それと同じ(かどうか定かじゃないが)で、似たような場所にあるハゲは一つと数えていた。
現実には二つで、ひとつは毛の生える見込みはなさそうだが、ひとつはうっすら産毛のようなのが生えているから大丈夫だろう、と慰められ続けてはや十余年である。
この間かかる美容室をたびたび変えたから、その都度申し訳なさそうに十円ハゲのあるのを告白された。
あなたには罪はない、ただみつけてしまっただけのこと。
受診を進められたこともあったが、改善しない代わりに悪化もしていないようなので放置している。
ハゲが広がり人目に触れるようになったら医者に行くかもしれないが、それでは手遅れだろう。
おそらく原因らしきものは特定されず、治療法の決め手もないだろう。
なんとなくレーザーを当てに通ったり、日に3回薬を塗ったり飲んだり、生活習慣を変えるように言われたりストレスをなくすように言われたりするのだろう。
そういう生活そのものが、ストレスフルなんですわ。
それならハゲを抱えて生きる道を選びたい。
毛が抜けた原因には心当たりがある。
十五年来、二人ペアで施設を訪問する仕事をしている。
自宅から現地集合である。
施設訪問の開始時刻が10時であれば、10分前に到着していればよいと考え、それまでは実行してきた。
そうは言っても、さまざまな事由で5分前になることもあった。
あまりに早く着くようなら駐車場に入らず他所で時間調整をした。
私自身が、来客のある場合にあまりに早く来られると困るからである。
もう到着しているのがわかっていれば、こちらの準備が整わなくても呼び入れざるを得まいと気を使うのだ。
ある年、二十くらい年長の男性と数回だけペアになった。
初日、ペアの男性は私より早く到着していた。
年長者をお待たせするのはよくないと思い、次回から15分前に着くようにした。
ところが、またしても先に来られていた。
それでは、と、20分早く来た。
にも関わらず、またしても先を越しやがった!
かくしてその方とペアの間中、約束の時刻の30分前に到着することを余儀なくされた。
30分も早くては、もはや約束の時刻はあってないに等しい。
10時の約束であるのに駐車場で15分時間を潰して、9時45分に玄関に立つのである。
そのころは私の家にも高校生や中学生がいて、朝の10分20分は貴重だった。
もともと非常識なほど時間にルーズな自分であったので、これしきのことで毛も抜けたのだろう。
他にストレスらしきものが思い当たらないのだ。
時々、後頭部の下らへんのツルツルしたところを触ってみたりしている。
ハゲも私の体の一部である。
ちょっと愛おしい。
堂々と表にあって人に知られていないというのも、人を食っていて面白いなんて思う。
いや案外、知らぬは当人だけで周囲は先刻ご承知かも…
※ヘッダーのアンティークな掛け時計の画像は 素晴木あい@AI絵師さんよりお借りしています。
ありがとうございます♪