羽田で足止めされた時のこと
5時半頃。
定刻18時10分発の飛行機が羽田に戻る途中で乱気流に巻き込まれて遅れていると知らされた。
出立は約1時間後になると言う。
早めに保安検査場に入っていたが、それなら夕ご飯を食べておこうと出してもらった。
ちょうど夕食時だから、どの店の前にも並ぶ人の列ができていた。
18時半を目安に戻ってくるように念を押されたので、誰も並んでいない、それはおそらく値段が高めのせいだと思うが、『東京カルビ』に入店した。
思いがけず贅沢をしてしまったが、お昼は新橋駅の連絡通路でサンドイッチを買って済ませていたので、まあこれくらいいいか…
そそくさと食べて搭乗待合所に戻るとアナウンスがあった。
乱気流で破損した機材のメンテナンスに時間に取られている、搭乗のご案内までお待ちくださいとのこと。
どれだけ酷い乱気流だったのだろう?
同じコースを戻るとして、その乱気流は収まったのだろうか…
すると今度は、別機を準備することになったので搭乗口を移動するようにとのアナウンスが流れた。
端から端までの大移動となった。
日帰りの上京で朝4時過ぎに起きて5時に空港まで1時間半近くかけて車を運転してきた。
キルトの講習のためだったが、その日は座学はなくほとんど立ちっぱなしだった。
約15時間あまりスニーカーを履きっぱなし、横にもなっていない。
これは齢65歳の身体には堪える。
夏の初めに痛み出した坐骨神経痛の影響で膝が痛み、疲れが乗じてとうとう普通に歩くのが難しくなってきていた。
空港内を移動していると、親子連れの母親と思しき女性が子どもさんに
足の悪い人がいるから(気をつけてあげて)
と伝えているのが後ろから聞こえてきた。
ああ、それほどなのだなあ、せめて、足の痛い人がいる、と言って欲しかったのに。
この期に及んで往生際の悪いトシヨリである。
日帰りで着替えなどがなかったので荷物は大きな布製バッグに入れてきていた。
キャリーは邪魔だと思ったのだ。
しかしこの手荷物すら肩にかけて歩くのに耐えられず空港内のカートを借りた。
カートにすがるように押して歩いた。
いよいよだな、絶望的な気分。
そうこうするうちに後発の最終便の方が先に飛んでしまった。
こんなバカな話があるものなのだなあ…
カートを使ってたのもあって、搭乗待合エリアの最前列の椅子に座っていた。
二つ隣の席に荷物を置いて、生後一年未満だろうか、それなりに重量のありそうな、かと言ってまだ一人で立つことができなさそうな赤ちゃんを抱っこ紐で抱えて女性が立っていた。
立ってずっと体をゆすって赤ちゃんに声をかけていた。
子どもは喃語で応えている。
そうは言ってもこれだけ待たされているのである。
赤ちゃんはもうとうに、寝る時刻である。
そのうち声を上げて泣き出した。
夜が更けるに連れて人が少なくなったロビーにやけに大きく響く。
赤ちゃんもかわいそうだが、どうにか泣きやまらせようとする母親の焦りが伝わりそちらが辛かった。
私はいいよ、泣き声が気にならないほど自分のことでいっぱいいっぱいなんだし…
私の後ろの席に座っている二人連れらしい女性が、私と同じくらいの年頃に聞こえる声と話し方で母親を労った。
これで気が楽になっただろうか。
かたや何もしてやれなくてすまない気持ちがした。
空いたペットボトルを捨てに行って、また同じ席に戻った。
泣き声など気にしなくてよいと伝わるといいなあと願いながら。
欠航が伝えられたのは21時前だった。
それから航空会社が準備した、第三ターミナルに直結しているホテルに移動して部屋に着いたのが22時半ごろ。
靴も抜かずにベッドに倒れ込むというのを、生まれて初めてやった。
翌朝の第一便のチケットがすでに準備されていた。
大きな機材に変更したそうだ。
一口に言うが人員の手配など、見えないところでたくさんの人や物事が動いていたに違いない。
欠航が決まってからの手配は早かった。
朝の搭乗待合所で隣に座った見知らぬ二人連れ(こちらも私と同じぐらいの年頃、なぜそんな声ばかりが耳に入るのか?)の話しあう声が聞こえた。
どうやらここで偶然出会った地元の知り合い同士らしい。
片方の声が言う。
みなさん、誰も怒る人がいなくて、偉いなあと思いました。
そうでしたね。怒っても仕方が無いですからね。
私もそう思う。
誰が悪いわけじゃないし、怒っても仕方がない。
ただ、最終便が先発するならそちらに振替を希望する人を募ってもよかったのではないか?
とは思ったし、もし体調が悪くなかったら願い出ていたかもしれないと思う。
満席だったかもしれないし、そんなことはそう簡単にできることじゃないかもしれないけれど。
あの時はもう自発的に何かを考えたり行動する気力も体力も失って、ただ流れに身を任せるだけだった。
打ち明けると、ほんとうは頭に来ていた。
夫に電話で
なんか羽田に帰る飛行機が乱気流でぶっ壊れたから別のを用意するとか言って待たされてる。
夫のゲラゲラ笑う声が聞こえてきた。
笑い事じゃねえぞ?
と思いつつつられて笑った。
※ヘッダー画像はnaoblueさんよりお借りしています。
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