おらおらする
裏西日本で暮らしてそろそろ四十年になろうとしているが、未だ慣れない言葉がある。
方言はよく覚えて時々知らぬ間に使っている。ネイティブとはちょっと違うみたいだけど。
千葉県や埼玉県で育ったが、他所から住み移った人の多い地域だったのでケンミンショーで聞かれるようなそれを使うことがなかった。
それじゃあ美しいヒョージュンゴで喋っていたかというと、よくわからない。
NHKのアナウンサーの話し方が標準語ということになっているらしいけど、そもそも日常あんなふうに喋らない。
介護サービス相談員になってそれほど間がない頃、メンバーから使う言葉を指摘されたことがあった。
この仕事、年功があっても昇給したり役職がついたり、ましてや成果報酬などないので、先にやっていらした方は先輩だけれど上司ではない。
平たく言えば、特に誰が偉いということもない。
それはつまり、先に始めた自分も後から来た人と同列である。
私の言葉遣いを手紙で指摘されたのは、新しいメンバーだったが歳上でお寺のご住職をされている女性だった。
仕事は二人組で歩くので、ペア以外のメンバーには月に一回、事務局での連絡会で会うのみである。
月初めの連絡会では、前の月の活動報告と意見交換をする。
メンバーは総勢12名ほど、欠席者もいる。
そこでの私の発言を耳にして、言葉遣いの悪いのがずっと気になっていたらしい。
その旨手紙に書かれてあった。教養のある方らしく達筆で、私にも理解できるような文章だった。
私は百貨店に勤めていたのもあり、本人品性が良いとは言えないが、外向きにはある程度通用する言葉を使うことができると自負している。
それにも関わらず、その方の言うところの、『悪い言葉遣い』をしているのには理由があった。
報告書に丁寧語や尊敬語や謙譲語を使う必要はないと思っていたのだ。
例えば、
施設の利用者→施設の利用者さん
利用者の家族→利用者さんのご家族(さん)
歩いている→歩かれている
食べていた→食べられていた
寝ていた→寝ておられた
言うまでもなく左が私の使った言葉で、右が正しいとされる(例が提示されていたわけじゃないので予測だけれど)言葉である。
私は、〜れる 「食べられる」や「歩かれる」は受け身の表現に感じるが、この地域では敬語として使う。
私的に正しい言い方は「召し上がっている」「歩いていらした」だ。あくまで私的にだけれど。
決定的に馴染めず、今でも使わないのは「おられる」である。
「寝ておられる」は「お休みになっている」または「寝ていらっしゃる」である。
郷にいれば郷に従えであるし、年長者のご住職の指摘でもあるので、手紙を読んで素直に改めることにした。
報告書に尊敬語とかまどろっこしいとは思ったが、施設側にも提出するものだから、立場としては敬語を使うのが正解だと気づかせていただいた。
まあここで終わりにしておけば、読者には流石タダノさん、素直でクレバーだと褒めていただけそうだが、私は手紙に返信した。慇懃無礼な感謝を込めて。
いただいた手紙には、言葉の悪さは心を映すと書かれていた。仏様のおっしゃることらしい。
酷い言いようである。
そこまで言う前に、私であれば「なぜそうしたか?」を問う。
そもそも、一方的に手紙を送りつけるのではなく口頭で指摘すれば良い。
出会って日も浅い、ほんの数回二時間程度席を同じにした相手に、使うべき言葉があるはずに思った。
私の何かがわかると言うなら、甚だしい思い上がりである。
立派なご住職なら、相手を傷つけないやり方を研究するべきに思った。
でもまあ、結果的に私は報告書に使う言葉を改め、こんなふうに全然傷ついてもないから、やっぱりあの方は正しかったのかなあ。
わからない。
その方は、その後すぐに相談員を辞めてしまった。もう顔を見なくて済むので嬉しかった。
その方の多用されていた「おられる」を、私は絶対に使わない。
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