四つん這いになりたがる患者と長い夜を過ごした話
お化けなんかより100倍怖い、手術後ドレーンだらけの患者。
私はオペ日の夜勤が一番嫌いなんだけど、出勤日を選べるような権利はないし、しょうがないから行くしかない。私は与えられた仕事を淡々とこなすだけのサラリーマンである。自発的に動くことはほぼなく、与えられた仕事だけを全うする。
夜勤のため16時頃出勤し、自分の受け持ち患者の情報収集をしようとカルテを開くと
せん妄あり抑制開始する
とだけ途中まで書いてある記録がある。
またか〜。今日もか〜。と思いつつ、まぁしょうがないよねと開き直り他の記録を見ると
服を脱いで裸になり四つん這いになっている
とまた途中まで書いてある記録がある。
手術後のせん妄では生まれたばかりの状態になりたがる人が多い。いっそのこと最初から裸でいたほうがいいんじゃないかってくらいみんな服を脱ぎだす。暑いのかなと思って布団をとってみると素っ裸の患者が「いやぁ、寒いね」とか言ってくる。コントかよ。私はツボが浅いので心の中で自分でツッコんではマスクの中で「フッ」と笑ってしまう。じゃあ服着ましょうかって服を着せるけど、また次の巡視では脱いでたりする。なんでやねん。あんたらはツッコミ待ちなのか?
しばらくテンション落としながら記録を見ていると今日の夜勤を共に乗り越える一つ上の先輩が出勤し声をかけてきた。
「夜勤よろしく〜。なんかタダノちゃんの受け持ちで、めっちゃせん妄になってる患者いるみたいだね。ドレーンいっぱいだしこわ〜い!(笑)」とからかいながら話しかけてくる。
私は、
「一年しか経歴変わらないのにナースコール全然出ないし私が困ってるのわかってていつも手伝ってくれないあんたのほうがよっぽと恐ろしいよ」と心の中でつぶやきつつ、
「そうなんですよぉ〜!いざってときは助けてくださいね!ニコッ☆」
と嘘100%の返事をし、
先輩は先輩で「もちろんもちろん〜」と嘘100%の返事をしてきた。
ほんとに私も先輩もろくな奴じゃない。
私は職場の会話では嘘しかつかない。こんなに心の中では悪態をついているけど、口から出る言葉は天使のような言葉しか出てこない。
患者さんには申し訳ないが、例のせん妄患者は受け持ち時にはすでに、ガッチガチに抑制されていて動ける様子はなかった。今日一日はお願いだからベットの上で安静にしていてくれと願うばかりである。
お化けなんかより手術後のドレーンだらけの患者のほうが100倍怖いと話したが、だとしたら外科の医者は100000000倍怖い。ドレーン抜かれちゃいましたなんて言おうもんなら私の魂を抜かれてしまう。なんとしてもドレーンだけは死守したい。
順調に夜の検温を終え、あとは巡視をするのみとなったとき、
ゴソゴソ…ガタン!!!
この音の主は音の方向的にもう一人しか思い浮かばない。
術後せん妄患者の病室に向け私はビーチフラッグ並のダッシュを決め、先輩は面倒臭いことに巻き込まれたくないのか聞こえないフリしてトイレに行こうとしている。
私の先輩は気持ちがいいくらいに性格が根っこから腐ってしまっているので全く予想通りの動きだった。
心の中で「クソがぁぁぁぁ…!!!」と叫びながら病室のドアを開ける。
患者は…
柵を外して、ベットの上で四つん這いになっている。
「辛い、この体勢辛いわ!!!」
とおばあちゃん。
でしょうよ、手術後だもの。痛いでしょうよ。
と、ここでドレーン…
良かった!固定ズレてない…!!
なんとかして患者を仰向けに寝かせようとするが、おばぁちゃんは断固として四つん這いのポーズを決めようと抵抗してくる。
「ね、傷痛むだろうからとりあえず横になりましょ!ね!」
「はぁ、痛いわね、そうそう、お腹がね」
四つん這いピシーッ!!!!
「痛み止め使おうね!だから仰向けなろうね!」
グググ…
四つん這いピシーッ!!!!
断固として四つん這いポーズをやめてくれない。なんでなのよぉ…
他のスタッフの力を借り、なんとか抑制し直すが次の巡視時にはもう四つん這いになっている。どういうトリックで抑制抜けてんのよ、あんたは引田天功か。
引田天功と長い夜を共にし、朝が来る。
明けない夜はない。
シェイクスピアもまさか看護師に自分の言葉を多用されるなんて思ってなかっただろうね。
明けない夜はないって看護師みんな言うよね。
みんな大丈夫だよ、どんな夜勤でも、朝は来るから☆
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