厳しい指導と優しい指導、どっちがいいの?って言ってる看護師は論点がズレてる。

新人に対する指導は優しい方がいいのか、厳しい方がいいのかという議論がされている風景を私は幾度となく見てきた。

そのたびに思う。

現在の新人教育における問題点は優しい指導か厳しい指導かの手段に問題があるのではなく、新人が成長できていない原因を考えていないところである。

そもそも原因を探りもせず優しい指導か厳しい指導かなんていう【手段】からいきなり考え始めているのがおかしい。

なおかつ、議論をしている人達の多くは【優しい=甘やかす】、【厳しい=強い口調で恐怖を与える】になっている気がしてならない。結論、厳しくしないと新人は育たないよね、みたいな話になってることが多くて、あなたの中の厳しいとは?って思えてくる。口調を荒げてどれだけ悪いことをしたのか思い知らせるみたいな文化あるけれど、新人看護師は犬ではない。音の大小で悪さを認識するのではなく、言葉の内容で認識するのだ。それは侮辱する言葉を使えということではない。あくまで論理的に話すべきだ、にんげんだもの。

新人がなぜ成長しないのか原因を探らず、厳しくすればいいと思ってただ口調を強めるだけの看護師が多すぎてモヤモヤする。なんなら自分の機嫌が悪いだけなのに、その憂さ晴らしで新人に当たり、それを教育としているような人さえ見かける。それは教育ではなく八つ当たりだ。恐怖や罰を与えることで成長すると思ったら大間違いだ。新人が間違った行動をして厳しい口調で怒り間違えてしまっ原因は教えてもらえず、残るのは恐怖や劣等感だけである。いくら国家試験に合格して最低限の知識を身に着けたとしても、社会人としては赤ちゃんなのである。その赤ちゃんを頭ごなしに怒ったとしても「原因はわからないけど怒られた」ってことしか残らない。これが勉強すればわかる内容だったのなら新人一人でも解決できるのでまだましだが、そんなことばかりではない。


ここで私が見かけてモヤモヤした例をだす。

ある時、オペ迎えを一回見学した新人が次から自分主体でオペ迎えをしろと言われ、先輩が見守る中オペ迎えをしたが1ミリもできておらずめちゃくちゃ怒られている様子をみた。

先輩はこう言っていた。
①「前回オペのお迎え見学したときメモとってなかったよね?頭悪いの?」
②「で、今日オペのお迎えやれって言われてどうやって自分でやろうと思ってたわけ?私がいるからできなくてもいいって思ってたの?無責任だよね?看護師向いてないんじゃない?」
③「わざわざあんたの為に時間割いてフォローとしてみてやってんのに、失礼だよね。」

こんな感じだった。
新人は一通り怒られた後、「すみませんでした。次から気をつけます。」と言って開放されていた。

私はその様子を見て心の中で「見学してたときメモとってなかったの!?信じられん、そりゃ怒られるわ…」「そもそもメモもとってなくてなんの準備も自分できてないのにオペ迎え行ってって言われたときよく元気よく「はい!」って返事してたな。ある意味すごい。」

そのあと先輩が笑顔で私にこう言ってきた。
「ちゃんとビシッと言ったから流石に次からはできるでしょ。同じこと言われるようじゃもう駄目だからね。」


私としては、「新人はできなかったときの恐怖を植え付けられただけで、なぜ自分ができなかったのかを先輩と話し合えていないから、同じミスをこれからも繰り返すと思います。」と言いたかったが、3年目の私がこの大先輩にそんなこと言っても響かないよなーと思って何も言えなかった。この先輩に言われて新人の心に残ったことは

「メモをとらないと怒られる」

「頭悪いの?とズキンと心にくる言葉」

「看護師向いてない」

「無責任」「失礼なことをしてしまった」


たぶんこれだけである。メモをとる必要性も、メモの活用方法もわかっていなければ、不必要に傷ついている。先輩の指導で新人がどう良い方向に育つと思うのだろうか。

頭が悪いことや看護師が向いてるか向いてないかを伝えたところで次からオペ迎えができるとは思えない。この言葉を伝えないとやる気を出さないと思ったのであれば、それは語彙力が足りない先輩に問題がある。相手を侮辱することでしかやる気がでないとでも思っているのだろうか。

メモをとる必要性?そんなとこまで教えなきゃいけないの?っていう看護師出てきそうだけど、いやいや、相手は赤ちゃんですよ。知識ゼロの赤ちゃん。 

メモをとるのは社会人として当たり前だし、教えられなくても大半の子はできている。だが、今回の子はふざけたわけでも怠けたわけでもない様子だった。挨拶もしっかりし、病棟が決まった時からコツコツと病棟の主疾患の勉強も自主的にしてくる子だ。今回の問題点は次から一人でオペ迎えできるように行動できなかった(=メモをとらなかった)ことだと私は考える。今回はその問題点を伝えることが教育なのでは?とモヤモヤし、こっそり怒られていた新人を呼び出した。

私「今回何が悪くて怒られたのかわかる?」

新人「メモを取っていなかったからです…」

私「それはそうかもしれないけど、どうしてメモを取る必要があると思う?」

新人「次から一人でできるように…」

私「そうだね。だとしたら、今回の問題点はメモを取っていなかったっていうことではなくて、次から自分一人でやれるように行動していなかったところに問題があるよね。だとしたら、見学したときにメモを取っていたただけで次からオペ迎え一人でできると思う?」

新人「できません。」

私「どうしたらできると思う?」

新人「メモした内容をまとめて、次にオペ迎えに行く前に自分が指示を受けなきゃいけない内容を先輩に確認をさせてもらってからお迎えに行けばできるかもしれません。」

私の心の中「偉い偉いぞぉぉ!!さすが賢い子や!!」

私「そうだね、私は一年生の時こんな感じでオペ迎えの時のメモをこんな感じで作ってたよ。自分がやりやすいように次から工夫できるといいね。」

みたいなやり取りをし、後日その子はオペ迎えに行った際、たどたどしいながらも執刀の先生や麻酔科医から正しく指示を受けることができていました。

そしてオペ迎えだけではなくその他の看護業務でも応用を効かせて成長できている。ええ子や…

知識ゼロでは質問も出てこなければ動き方もわからない。ある程度はこちらが誘導してあげる必要がある。答えを教えるのではなくて、答えに近づくための道のりを指導してあげればいいのに、多くの看護師は「答えを教えるのは優しすぎる」とか、「自分で気が付かないと」とかいって自分の教育方法が間違っているかもしれないなんて露ほども思っていない。


そもそも新人看護師が落ち込んでいる環境ってのがおかしいと思う。「駄目だとわかっていたのにやってしまった」とか、そういった不誠実なことは怒られるべきかもしれないが(相談できなかった場合を除いて)、できなくて当たり前、知識が少なくて当たり前なのだ。

淡々と「ここが足りないよ。こういうアプローチで勉強したら補填できるいいかもね。」みたいなノリではだめなのか。指摘されたところを時々は間違いながらも成長しようと前に進んでいる新人看護師に対して威圧的な態度をとるメリットがわからない。いや、本当はわかってるけど(自分の機嫌くらい自分でとってくれよなお局さんよ)。

ここで厳しく(威圧的な態度をとったり声を荒げたり)することによるメリットを考える。

厳しく言われることで新人がちゃんと勉強してくるからと言う人がいるなら、私は断言できる。そういう人は言い続けないと勉強してこないし、なんなら言われてもしてこない。逆にきちんと勉強してくる子は何も言われなくても勉強してくる。むしろそういう子は言われなくても勉強するのにちょっとした失敗で必要以上に怒られたことで落ち込み、それがつり積もって最悪辞めていく。残るのは強く言われても勉強してこないレベルに鈍感な子だけである。そんな鈍感な子が年数経ったときお局にならないわけがない。最悪だ。

メリットを考えるつもりがデメリットしか浮かばなかった。

もうね、言わないと勉強しない人なんて一生言い続けないとやらないし、最悪こちらが言ってもやらないことだってあるんだから、そんな人に標準を合わせて繊細で努力家な子達が潰れていくのをみたくないんですよ。勉強の必要性を伝えるのは学生のうちまでで良い。社会にでてから言ってももう遅い。

原因を探らずに威圧的な態度をとったり声を荒げたりする厳しい指導を新人全員に対して行い、結局将来素敵な看護師になるであろう子が潰れてしまっている。なんともったいないことか。


新人が育たない原因は原因を考えず適切なアプローチをしようとしない怠惰な教育環境にあるのだろうね。


さぁ、明日もほそぼそ働きます。

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