「タコの頂点」第1話

<あらすじ>
 「ようこそ、タコ共。今からタコの頂点を決めるための選抜を行う」人間をタコ呼ばわりするイカの神様(自称)から突然告げられたタコ選抜。ごく一般的な高校生の浅田が強制的に参加させられたのは、第一選抜『玉鬼(たまおに)』だった。鬼から逃げきればよいのだが、浅田がかつて本屋で立ち読みしたデスゲームとは全く違う点が一つあった。死んだら即終了ではない。参加者に与えられる命は3つなのである。2回まで復活できると考える者、2回も死を味わうと考える者が混在する中、可視化や具現化できる命の玉に翻弄されながら、浅田は選抜に挑んでいく。

<設定>
〇浅田セイギ
 男主人公、平和主義(というより事なかれ主義に近い)、その場に合わせて生きてきたが選抜参加によって生きる以外の選択肢がなくなり、命と強制的に向き合うことになる。
〇イカの神様
 人知を超えた力を持つ神。そろそろ神を引退したくなり、今回の選抜を行うことにした。人が直ぐ死ぬことに違和感を持っていたため、選抜で3つの命を与えたらどうなるかも試験的に導入したかった。

<第1話>
浅田が眠りから覚めて起きると、そこは見慣れた教室で自分の席に座っていた。周りには誰もおらず、夕方の日差しだけが教室に差し込んでいる。
浅「あれ……」
浅田が状況把握に努めようとしたとき、時計の針が18時を指した。すると、校内放送がかかる。
イ「ようこそ、タコ共。今からタコの頂点を決めるための選抜を行う」「第一選抜『玉鬼(たまおに)』を開始する」
浅「選抜?」戸惑う。
イ「タコ共に与えた玉は3つ。それでは、スタート」
校内放送が終わると、再び教室に静寂が訪れる。

浅田はあくびをする。
浅「変な放送だったな…タコって何だよ…」「電車の時間調べ…圏外?」
右手にあるスマホは圏外を示す。
浅「はあ、再起動もダメ。電波障害か?ひとまず帰ろう」「…なんだこれ」
ふと浅田が左腕を見ると、腕時計がついていた。画面には残58:01と、<浅田セイギ(〇〇〇)>の表示。サイドにあるボタンを押すとタコ:20の数字。浅田はとにかく不気味に感じ、腕時計を外そうとした。そのとき、廊下から「鬼だ!」という叫び声が聞こえてくる。
男1「退け!」
浅「うわっ」
慌てて教室から飛び出した浅田の目の前を、制服を着た男1(同じ学校の生徒)が猛ダッシュで横切る。
浅「あの人…」

その男が先輩だったか等を考える間もなく、男1の逃げてきた先…廊下の曲がり角から鬼の面を被った人間(首から下は制服)が、顔を出していた。面は豆まきセットについていそうな簡単なデザインである。
浅「…!」
浅田は面の中の眼とあった気がした。
浅(ヤバい。殺される!)
直感でそう感じた。鬼が追いかけるモーションに入ると同時に、浅田も反対方向へ走っていた。

浅「はやっ!(気を抜いたら追いつかれる可能性がある)」
履きつぶしたシューズは底が機能せずに、曲がり角で滑りながらも最短距離で足を進める。
浅(階段を降りた先は1年のクラス。そこを抜ければ玄関口だ!)
鬼は階段を降りて1組の場所。浅田が1年5組と6組を通過する、そんなとき、この非常事態を分かっていないだろう女1が6組の教室から出てきた。
浅「早く逃げーー」
浅田が出てきた女に衝突しないように走りながら口を回す。
女1「キャー!」
浅田の声に思考を回す前に、女は鬼に触れられる。後ろを伺いながら走っていた浅田は、体を爆散させる女を目撃。思わず足を止めてしまう。
浅(体が…爆発した…)
思考停止だった浅田をまた捉えた鬼は、女の体を踏み潰して動き出す。浅田は我に返り、再び逃げる。
浅「くそっ、なんなんだよ一体!」

玄関口にたどり着いた。
浅「これで外に…!」安堵の様子。
しかし何度試しても扉は開かず、怒りを扉にぶつける。
浅「なんでだよ!」
背後に、鬼の気配を感じる浅田。すぐに振り返ると、5メートルまで鬼がきており、じりじりと歩いてくる。浅田の背中は扉に触れ、少し軋む音が絶体絶命の合図になった。右に2歩ずれると下駄箱1が、左に4歩ずれると下駄箱2がある。それぞれ、裏側を通過すれば、鬼の向こう側にたどり着ける。
鬼が一気に距離を詰めて来た。下駄箱1・2の間を走る鬼。浅田まであと2メートルといったところで浅田は左に少し体を振った。それにつられて、鬼も左寄りになる。
浅(フェイントだっ)
右を選択し裏側へ回る。
浅(速いと言っても、人間の速さだ)(勢いよく走ってくる鬼は、スピードを殺さずに瞬時に方向転換はできない)
(下駄箱で一瞬死角になる。この隙に…!)
下駄箱1が死角となり、鬼1の姿が完全に見えなくなった。
浅(出し抜いたっ)

浅「あっ」と思った瞬間、目の前に別の鬼2が居た。距離にして50センチ。
浅「うわあああ⁉」
鬼の手が浅田の体に触れ、そこから体が爆発した。

気付くと、浅田は校舎の屋上にいた。
目の前には面が置かれている。
浅「俺、爆発したはずじゃ…」
体を確認する浅田。
浅(痛くない…)
浅(あのときの痛み…!)
浅田は爆発時の恐怖や痛みを思い出す。
面に気付いた浅田は、震える手で取った。面の裏側に文字が記されている。面は紙製。
<成レバ、狙ワズ。玉一個デ成ル>
浅「玉?」
面を持つ腕の時計が目に映り、それを見ると、56:55。(×〇〇)の表示。
浅「〇が×に変わってる…」――タコ共に与えた玉は3つ
浅「命ってことか」「俺はさっきので一回死んだ。そして残りの命は2つ」「そんなことってあり得るのか…」「いやでも、現に俺は生き返ってるし、あの鬼はやっぱり異常だ」
面を見つめる浅田。
浅「命と引き換えに鬼になれば、助かる…」鬼:2、タコ:28の表示。
浅「30人のうち2人は鬼を選択したんだ」
もうすぐで日が落ちる黒い空と、生暖かい風。面を握る手が強くなる。
浅「俺は…」

浅田は食堂の厨房のところに潜んでいた。面はポケットに突っ込み、使わない選択をとっていた。
浅(ここなら、逃げる道がたくさんあるから、どこから来ても対処できる)
いつでも走れる体勢にして耳を澄ませていると、早速物音がした。一気に緊張が走り、体をこわばらせる。
男2「誰かいるのか」
浅「村井!」声で分かり、直ぐに飛び出す。
村「浅田!」安堵した様子。
村「これ、どうなっているんだ。何故か鬼が追いかけてくるし、触られた奴は爆散して消えたぜ」
浅「ああ。俺も見た。出ようとしたけど、玄関から出られなくて、窓もダメだった」
村「他の奴らに連絡しようにも、携帯は繋がらねえし」「でも、顔知ってる奴はあと二人いた。」
浅「その二人には声をかけたのか」
村「かけようとしたら鬼がいてよ。それどころじゃねえわ。しかも一人はすぐやられた」
浅「……」

浅「と、時計は48分だ。これを乗り切ればなんとかなりそうなんだけど」
浅田の腕時計を見た村井が×に気付く。
村「お前、これ」
浅「…俺も一回捕まったんだよ」「お前は無事で良かった」
村「それ、返り血じゃなかったんだな…」
浅「あとな、俺が生き返ったときこの面が落ちてて」
浅田が面を出すと、一瞬村井が凍り付く。しかしそれを受け取り、浅田の話に耳を傾ける。
浅「鬼とか玉とか、何かのドッキリかと最初は思ったけど、実際に人は爆発したし、俺も痛みを感じながら死んだ」「よくわかってないけれど、これは現実なんだ」
浅「だから、この面も…ってお前何しようと」
浅田が異変に気付く。村井が面を自分に付けようとしている。

村「そう。これが現実なら、この面を俺が付ければ……」
浅「やめろ!玉が減るんだぞ!」
浅田が必死になって止めようとする。体格は村井の方が良く、浅田を村井が突き飛ばす。
村「俺はまだ3つだからな。『アイツ』に会って玉減らすくらいなら、これで確実に…」
浅「村井!」
浅田の声も空しく、村井は面をつける。すると、面が村井に吸着する。その瞬間、村井は体を震わせながら、膝から崩れ落ちる。頭を抱えて首を振った後、動作がやむ。
浅「はあはあ」
浅田の手汗は凄く、足は半分、村井から遠ざけている。
浅「!」
村井が顔を上げた瞬間、浅田はダッシュをした。
浅(表情は見えない。けど、あいつは鬼になったんだ!)
浅田は村井の鬼化に焦っていた。
浅(こいつはサッカー部だ。足や持久力は凄いはずだ)(帰宅部の俺が真っ向勝負で勝てるはずがない)

浅田は真っすぐに逃げることを諦めて、テーブルを間に挟み、村井と対峙することにした。
浅(これなら時間を稼げるし、多分普通に逃げるより勝算がある)(それに選択できるとはいえ、この選抜は『増やし鬼』だ。迂闊に校内も歩けない)
浅田は村井が右と左、どちらを選択するかに注視していた。そして、村井に一か八かで声を掛ける。
浅「おい、村井。別にお前はもう鬼に狙われないんだ」「なら俺をわざわざ殺す必要性はないじゃないか」
村「鬼に…」
浅「?」
村「鬼になったからには、狩らなきゃいけないんだとよ」「最低三人は!」村井は机の上に飛び乗りそのまま突っ込もうとする。
浅「うわっ」(直進っ!?)(何をやっても許される世界なんだ。机を周ってのんきに捕まえに行くなんてないってことか)
浅田は、自分が思っていた以上に、鬼側が躊躇なく攻めてくることを実感。直ぐに別の机の向こう側に行き、距離を取る。
浅(そうか。そうだよな。みんな、死ぬのは怖い)
再び机を乗り越えようとする村井に、椅子を手にする浅田。
浅「でも、だ、だからって、俺を殺すことはないだろ!」
椅子を投げる。村井に当たり、彼は後ろに派手に落ちる。他の椅子を3個手当たり次第投げて、直ぐに食堂から出る。

浅田が逃げ込んだ先は理科準備室。雑多に置かれた薬品や備品の机の下で震えている。しばらく潜んでいると、少し離れた所から声が聞こえてくる。
女3「や、やめ」爆発
鬼3「これで、あと一人…」はあはあ
浅(やばいやばいやばい)(鬼が俺を殺しに来る…!)
荒い息を止めるように口を手で押さえて落ち着かせようとした。
鬼3「誰か…誰かいないか」
廊下からは、足を引きずる音が聞こえる。浅田はその足音が遠ざかるのを待つしかなく、微動だにしない。
浅(残り37分……逃げ切れるか?)
浅田は自分の呼吸音だけを聞きながら、この後の逃げ方について考えを必死に巡らせる。
浅(どうやれば…)(くそ、他の人の状況も分からない)(もう少し、情報が欲しい)
そのとき、再び廊下を誰かが駆け抜けていく音がした。浅田は身構えてまた気配を殺す。しかし、今回は一人分の足音が直ぐに消えただけで、準備室に目もくれない影だったので、浅田は思考をまた巡らせた。表示は鬼:4 タコ:16。
浅(鬼4か…)(だけどこの10分間くらいで、通過したのは3人。俺がこうやって潜伏するのにも誰にも会わなかった)(地方で最大のマンモス学校と言われているからな…身を隠す人の数も考えるとこんな感じにはなるか)
浅(そして…)
浅田は机から身をゆっくり出して、見渡した。

浅田はなるべく音を立てないようにしながら廊下を歩いていた。右の窓を見れば中庭が見え、さらにその向こうには違う校舎が見える。
浅(あっちから鬼がこちらを見ているとも限らない)
慎重に慎重を重ねて歩く。
曲がり角の向こうから、走ってくる音が聞こえてきた。浅田の体に緊張が走る。浅田は壁から顔を少し出した。勿論逃げる体制を崩さぬままだ。
女3「はあはあ」死んだので血だらけの服。
浅田は鬼でないと分かり、正面に体を出して声をかける。
浅「あのっ」
女3「ひいっ」
浅「しっ、落ち着いて。俺も追われてる側だ」
浅田は敵でないとすぐにアピールし、女3を階段に座らせる。
浅「俺は3組の浅田セイギ。君って確か同じ2年だよね」
吉「…1組の吉岡メグミ」
浅田は吉岡の衣服を見て、自身の制服のブレザーを脱ぐ。吉岡はそんな動作をみて一瞬警戒した顔を見せる。浅田は吉岡にブレザーを渡した。背中が破れている彼女を見ていられなかったからだ。
浅「吉岡…着ろよコレ」「ぶっちゃけ、俺は一回死んだ。右腕に触れられて。だから、その制服右が剥げてるけど」
吉「私…左肩と背中で2回…」
浅「っ…もうあとが無いじゃないか」
吉「セイギくんは…その…鬼にならなかったんだね」
制服に腕を通しながら話始める。
浅「ああ。お前も」

浅田は妙な連帯感の空気を感じ取り、吉岡に提案をすることを決意する。
浅「吉岡、俺と一緒に逃げよう」
吉「えっ!でも私、走るのはそんなに早くないから足手まといだよ」
浅「いいか吉岡。アイツらはどんな手段使ってでもきっと俺たちを捕まえに来る」「だったら、俺たちもそれなりの手段で乗り切るしかないんだ。手を組もう」
吉「…わかった」
浅田は表示を確認する。20:35、鬼:5 タコ:11
浅(15分で人が一気に減ってる…)(それに合計数20がじゃない。…既に3回やられた人もいるってことか)

鬼2は、8クラス向こうの場所で廊下を通過しようとしていた。吉岡はそれを見つけ、派手な音を出してコケてしまう。鬼がそれを見逃すはずもなく、吉岡に向かって走り出した。吉岡は逃げようと体勢を整えるが、鬼が彼女を捉えるまであと2クラスに差し掛かった。そのとき
浅「おらっ!」
浅田が吉岡に向かって走る鬼を、潜んでいた影から襲う。
正確には、教室にある机を投げてぶつけたのだ。鬼はその一瞬で体のバランスを崩し、床に尻を付ける。すかさず浅田は用意しておいた小瓶の蓋を開けて鬼の顔面にぶつけた。
鬼2「ぎゃああああ」
目を押さえてのたうち回る鬼の足元に、『水酸化ナトリウム』のビンが転がる。
浅(鬼は、面と殺傷能力以外は人間だ)(村井への物理攻撃も効いてたし、理科準備室前で歩いていた鬼も足を引きずってた)
浅「早くここから離れよう」「この声で鬼が集まるのは必至だ」
吉「う、うん!」

あらかじめ決めていたルートを慎重に歩き、二人は再び食堂へ向かう。
浅(流石に村井はもういないだろう)
吉「凄いよ浅田くん。おかげで助かった」
浅「いや…お前が俺の提案飲んでくれたから」
もう少しで食堂に着く…そんなとき、人影が目の前に現れた。ぎょっとする二人だったが、直ぐに相手が追われる側だと分かった。男子生徒は無傷らしいが、顔は疲弊している。
山「僕も入れてください…お願いします」
吉「!」
浅「もちろんだ」
山「僕は1年の山中です。玉は3つです」「…でもこれ以上鬼が増えたら残り13分じゃ無理です」
浅「ああ。だから、俺たちも仲間を集めていたところなんだ」「そして、ここなら見晴らしも良いし」「武器もある」
3人は厨房を見渡す。
吉「ほ、包丁とかってこと?」少し不安な声になる。
浅「ハッタリにも使えるさ」「俺は面積の多いフライパンにするけど」
山「フライパンでも、十分力になりますね。僕は…包丁にします」
うろたえる吉岡に、山中が言う。
山「吉岡先輩は2回も死んだんですよね…仲間にしてて大丈夫ですか」
浅「なっ」
うつむく吉岡に山中は言葉を続ける。
山「これはもはや、殺すか殺されるかです。その場面に、殺す覚悟の無い人がいるだけで、生存率が下がるんですよ」
包丁を吉岡に向ける。吉岡は恐怖の表情を浮かべた。浅田はフライパンで間に入り、首を振った。
浅「俺も、殺す覚悟なんて無いよ」
山「でも浅田先輩だって」
浅「無いけど、生き残ろうとは思ってる」
山「…」
浅「さっき鬼を1人やっつけたんだ。吉岡と二人で」「助け合えばなんとかできる。あと12分なんだ」「生き残ろう、みんなで」12:02

鬼が来るか注意を払いながら椅子やテーブルを動かし、情報交換をする3人。
山「薬品を目に?」
吉「目が見えなければ、すぐには追いかけられないからって浅田くんが」
山「なるほど…命まではとらない方法、か」「…考えが甘いようにも思えますが…」
浅「俺たちまで、『面のない鬼』にならなくていいんだ」
山「…まあ、そうですね」
浅田の考えに納得を見せた山中に、少し安心した浅田は考えを話す。
浅「今までの話をまとめると、鬼が人体に触れたときに爆発するんだ」
山「だから、僕たちが直接取り押さえるのは危険…縛り上げるのも無理がありますね」
吉「でも机とかなら、対処できるってことだよね」
山「この運んでいるテーブルたちも、少しは役に立ちそうですね」
テーブルを東の入り口近くに集めバリケードを作る。
浅「生存者の人数は」 鬼:7 タコ:3
山「…3…人」吉「うそ…」
山「鬼って人間ですよね?」
浅「ああ」
山「学校の規模、タコ×3の玉数、隠れる場所から考えると、52分でここまで減るものなんですかね」
吉「鬼の中で速い人がいるんじゃないかな」
浅「…まあ、そうかもな」
山「と、とにかくここで使えるものをもっと、漁ってみましょう」

03:32
南向きに大きく貼られている窓ガラスからは、月の光が差し込んでいる。食堂への入り口は全部で3つあり、北の厨房の真横に大きな二つ扉、そして東と西にもそれぞれ通路がある(扉あり、外開き)。椅子を動かそうとしていた山中は、半分開いた扉の向こうから二人の鬼が走ってきていることに気付いた(鬼は二人とも女の制服を着ている)。山中は急いで扉を閉めて、叫んだ。
山「鬼です!扉を!」
早くに着いた1人目の鬼が扉を押し返そうとする。相手が女であることもあり、山中は何とか負けずに堪えたが、2人目がもうすぐで加勢する勢いだった。2人目の鬼が扉を触るーー
浅「させるかよっ」
浅田は、山中の横に立っていた『準備中』看板を引っこ抜き、コの字型の取手の間に棒を刺した。二人の鬼が勢いよく扉に体当たりしたり、掌をぶつけているのが、小さなガラス面からうかがえる。
吉「これで!」
遅れてやって来た吉岡がその取手にさらに棒を突っ込み、強化した。
鬼「開けろ!」「おい‼」激しく扉を叩く音
しばらくすると、鬼たちが足早に去っていく音が聞こえた。
山「僕らが仲間になったように」
吉「鬼も仲間で来てる…!」
山「きっと、応援を呼んだんです、逃げましょう!」
浅「いや。逃げられない廊下とかで挟み撃ちされたら無理だ。まだ時間がある」02:59
吉「でもこのままだと、絶対ここがバレちゃうよ」
浅田が2人に話しているときに校内放送がかかる。
『タコ発見。食堂Aに集合。食堂Aに集合』3人「⁉」02:39
浅「だからここで戦うしかない。集めておいたテーブルで西にもバリケードを作ろう」
山「いやでも」
浅「早く!」
西にも積もうとしたがテーブル2つにとどまり、事前に用意していた武器を構えるのみとなった。村井と2人の鬼が西にやってきていた。02:15

村「ここだったか。手間をかけさせやがって」
鬼1「コイツの眼をやった奴出てこい」
鬼2「絶対ゆるさねえ。殺してやる」
村「玉を余分に持ってる奴が来るだけでいいんだ。余裕あるだろ、一回くらい死ねよ」
浅「何バカなことを言ってるんだ!」
東にも注意しつつ、浅田は西に怒鳴り声をあげる。
村「アイツのせいで俺たちの玉の取り分持ってかれてんだ」
吉(やっぱり鬼側に速い人がいるんだ)
村「もう生き残りは3人…たいして鬼化は7人だ」
鬼1「あきらめろ」
吉「東からも来る!」
東口に現れたのは4人。浅田は、机を挟んで山中と共に武器をちらつかせた。フライパンを持つ手の時計は02:19。
浅(東のバリケードはすぐには崩れない。西が手薄だから東から西に回られたら、それこそ対処できない。)
山「ここで確実に3人を」
浅「…」無言の同意
幸いにも、入り口の幅より机の長さの方が長い。それを押し合ったり、乗り越えようとする鬼に包丁やフライパンを突き付けたりする。東は吉岡に見張らせておくしかない。01:56

吉「東の鬼がみんないなくなった!」
山「やはり西に回る気です!」
浅「くそっ」(こうなったら…!)
浅「山中!あれを投げろ!」
山「あれって!まさか、本気で!」
浅「それしか方法はない!!」
浅田の気迫に押された山中は皿を鬼に向かって投げた。ひるんだ鬼は、それを避けるために数歩さがる。その隙に浅田は西口の近くに用意していたバケツをテーブルに向けてまき散らした。料理酒の独特な匂いの中、燃やしたツナ缶を投げ入れると、あっという間に西口は火の海となった。01:49
火災報知器が鳴り響き、スプリンクラーが作動しはじめた。しかし、火の勢いは直ぐには治まらない。
村「くそっ、面倒なことしやがって!」
鬼1「東は?」
村「バリケードで入れねえ。北も塞がれてる」
鬼2「消火器もってこい!」
鬼2が加勢にくるであろう方向に向かって走りながら叫ぶ。01:45
山「残り2分じゃ強引に入ってこられるかもしれません!」
吉「セイギくん!」
浅「まだだ」
浅田はもう一つのバケツをひっくり返して、酒を追加。消火器を持ってきた鬼を確認する。
鬼4「とりあえず2つ!」
鬼5「貸せ!俺がやる」
浅(1,2…5人)「くそっ」
浅田は5人の鬼を視認。01:31

消火器の取り扱いに少しもたつく鬼の後ろから、残り2人の鬼が来た。それぞれ消火器を持っている。警報機とスプリンクラーの嵐の中、浅田はもう一度鬼の数を冷静に確認する。
浅「吉岡!お前は隠れておけ!山中、皿をありったけ投げつけろ!」
2人「!」
怒鳴り声を聞いた2人はそれぞれ動き出し、浅田は山中と一緒になって消火作業をする鬼に投げつける。最後のバケツもぶちまけるが、火の勢いが弱くなってきた。01:11
鬼3「おい急げ!時間がない」
村「分かってる!」
鬼5「あと少しだから待ってろ!」
燃えているテーブルも原型が分からなくなってきた。もう少し粘りたかったが、消火器の粉が視界をかなり遮っていることと、火の壁も破られそうだったため、浅田は山中に静かに手で合図をした。
~作戦の回想~
浅「北の扉は西から見ると死角になっている」「消火に徹する鬼は、吉岡が北を直ぐに逃げられるようにしても分からないはずだ」
~回想終了~
浅(鬼は全部で7人。それが西に集まっている今)(ここで逃げる!)
厨房に立てこもっていた3人は北から脱出した。00:56

鬼4「もういい、俺は行く!」
火が少し治まったのを見た鬼が、粉を踏みつけて進もうとした。
村「おい、あいつらがいないような」
鬼5「はあ?」
鬼6「もしかして、北から逃げた⁉」
鬼4「くっそ、北校舎に行くぞ!」
3人は北校舎を下りる最中。階段を下りながら話す。
浅「もうすぐだ。がんばれ!」
吉「いま北には鬼はいないんだよね?」
山「鬼は確かに7人いました!」
浅「あそこまでひきつけたんだ。廊下は狭いし、気付いて俺たちを追うにも少し手間取ってるはずだ」「と言っても、まだ50秒ある」
3階の食堂から一階まで下りた3人は、北校舎を抜けて高等部の体育館付近へ。そして物置の影に潜む。隠れた3人は、静かに息をひそめる。
腕時計は28秒だと確認。
浅(ここで28秒、耐えるんだ…もし物音がすれば、中庭にも校舎にも逃げられる)
浅(俺たちが食堂からここまで来るのに30秒くらい…逃げたことに鬼達がここにたどり着くだけでも時間がーー)

オニ「ミツケタ」
膝くらいの小さな鬼。屈んで潜んでいた3人とほぼ同じ目線となる。
3人「⁉」声が出ない。
オニが3人の目の前に現れた。咄嗟に動くも、一番近くにいた山中にオニが触れた。
山「うわあああああ!」爆散。00:26
駆け出していた残り二人は一瞬山中の方を見て、それでも前を向く。浅田は全力で走りながら、顔を歪める。背後で、付着した血をゆっくり拭うオニ。
オニ「マタ ヨゴレチャッタ。ゴシゴシ スル」
自身に付着した血を気にしてその場を動いていない。
吉「なにあの鬼!まだ時間的に村井くんたちは来ないはずじゃ…!」
浅「そんなの俺が知りたいよ!」「ハッ」
浅田は思考を巡らせる。
浅(玉鬼開始時点のタコの数は30ーー。そこから鬼化していったのは事実。でも)(鬼ごっこを始めるには『初めの鬼』がいる!)
浅「村井が言ってたのが『アイツ』ってわけか…!」

浅「吉岡、二手に分かれよう。お前はこのまま中等部実技棟に行け!」
南校舎の一階部分を直線で走る。
吉「えっ、セイギくんは⁉」
浅「あのオニは多分凄く速い。俺はアイツを何とかする」
吉「でも!」
浅「お前は後が無いんだ!」
浅田の声に、言葉を失う吉岡。そのとき、西校舎から怒声が響いてくる。
鬼「西棟にタコがいるぞ!」00:21
浅(多分復活した山中だ)(これで村井たちも分散する)
オニが血がついていないことに満足し、目で2人を捉えた。殺意を感じた2人は振り向き、オニと目が合った気がしてゾッとする。
オニが走り出す。浅田の予想した通り、オニの足は速かった。00:11
浅「実技棟までまだ距離がある。急げ!」
北棟2階から1階を繋ぐ踊場から村井の顔。
村「見つけたぞ!」浅「くっ」00:09
浅「先に行け!って…どうしたんだよ」
立ち止る吉岡。

吉「…ごめん。疲れた」
浅「は?」
吉「これからも選抜あるんでしょ…無理だよ私には」「多分だけど、あのオニは汚れたらしばらく動かなくなる」「セイギくん、生き残ってね!」
浅「おい!」
吉岡がオニに向かって逆走する。それを追いかける浅田。鬼ら3人中庭に着き、浅田に向かう。00:04
浅「吉岡‼」
吉岡、オニに殺される(首が飛ぶ)。00:02
転がった首が浅田の足元にくる。血まみれになったオニが顔を拭ったとき、浅田と目が合う。00:00

鬼達「浅田ぁあ!」
浅「‼」
中庭を駆け抜けて浅田まで2メートル。浅田は咄嗟に腕を上げて顔を守ろうとする。オニが淡々と話す。
オニ「タマノ セイサン スル」
ノルマをこなしきれなかった鬼3人の首が飛んだ。周りに転がる首と、血の雨に呆然と立ち尽くす浅田。
オニ「ダイイチ センバツ シュウリョウ」
体を拭きながら鬼は言った。
オニ「アサダ セイギ。 ダイニ センバツヘ イコウスル」
浅(頼む、これが悪夢であってくれーー)


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