「タコの頂点」第3話

浅(俺は、あのときからどうなったんだ…)
水「浅田君!」
浅「あ」
水野の声に我に返ったときには、浅田は立ち止って汗びっしょりになっていた。
浅「水野さんはさ…どうやって選抜に参加したのか覚えてる?」
水「私は、気付いたら病院の中で選抜に参加してた」
浅「病院?」
水「私、入院してたんだ。末期がんで」「それで、もう最期だなって一人ベッドの上で目を瞑ったとき、イカの神様のアナウンス聞いたの」「信じられないでしょ。私、こんなに動けててさ」
明るい声で軽いステップを踏む。しかし直ぐに歩みをとめると、浅田の方を向く。
水「でも、これに参加するために生き返っただけなのだとしたら、やっぱり辛いな」
浅「…」
2人の間で沈黙が起きた。そのとき、二人は襲撃をくらった。
浅「! しゃがめ!」
何か飛んでくると瞬時に避けたはいいものの、地面が爆発し、吹っ飛んだ。
水「わっ」
相手は10代の女で、爆弾を手にしていた。銃を鞄にしまっていた浅田と、手には持っていたものの明らかに使い慣れていないだろう水野を狙ってきたのだ。襲撃で足をくじいた水野をかばうように浅田は立った。鞄から銃を取り出し、震える手で構える。

南⑤「人生に飽きて自殺した先が、殺し合いのゲームだなんて…まだまだ捨てたもんじゃないよね」「さっきの、楽しかった」
少し上の方から二人を見下ろす。
浅「それ以上進むなら、俺も撃つ」
南⑤「もう弾は入ってないかもしれないじゃない。私は見ての通り、あと3つも爆弾があるわ」
浅田は威嚇にもなると思い、空に一発はなった。しかし、女にとっては弾を減らしただけに過ぎなかった。
水「私は大丈夫。まだ玉はある…だから逃げて」
水野の玉は2つだと浅田も思い出す。
浅(そうだ。俺の玉を減らすまでして守るのか。復活できるなら別に――)
浅「いや違う」
浅田は銃を女に向けた。
浅(もともと水野さんは関係のない人間だ。あのビルの隙間で死んだ人なんて、俺は名前すら知らない。俺の命には関係ない。……でも、)
吉岡の笑顔が脳裏を過る。
浅「また俺の眼の前で人が死ぬのは、嫌なんだ」

浅(下半身を狙おう。それなら、致命傷は避けやすいかもしれない)
脳からの命令はトリガーを引く指に到達しようとしていた。しかし、心臓部にある理性が引くことを許さなかった。
浅(くそっ、ひけっ、引き金を!)太ももを狙う銃口がブレる。
浅(鬼から逃げるのとは違うーー本当に、殺しあわなければならないのかっ)
もともと汗をかいていた指だ。引き金が滑ったように思った。
浅田が躊躇していることを見抜いていた女は、爆弾に火をつけて距離を一気に縮めようと走り出していた。
浅(目の前には自分を殺そうとする人がいるのにーー!)
女の瞳孔が浅田を捉え、口元からは笑みがこぼれる。
南⑤「バイバイっ!」

爆弾を持つ手が振りかざされようとしたとき、女の背中が撃たれた。
南⑤「なっ」
浅・水「⁉」
体を傾ける女の向こうに、銃を構えている浦部が立っていた。叫び声を上げて崩れ落ちる女とともに、爆弾も爆発した。巻き込まれた女の身体は、半分はじけ飛んだ。飛んできた肉の破片が、ぺしゃりと浅田の頬に付く。
呆然と立つ浅田に、浦部は爽やかな笑顔を向けた。
浦「危なかったね、セイギくん」
浅「う、浦部く…」
しゃがんでいる水野が過呼吸になっていると気づいた浦部は、死体のあった場所を指さす。
浦「安心しなよ。消えてるから」
浅「消えてるから良いってわけじゃないだろう……」
浅田を見上げた水野はぎょっとした顔をした。それだけ、浅田の表情は恐ろしいものだった。さっきまで動かなかった体が嘘みたいに素早く浦部の胸元を掴む。
浅「人が死んだんだぞ!浦部くんの自殺とはわけが違う」
浦「じゃあ、代わりにセイギくんが死ねば良かったと?」
浅「っ…そういうわけじゃ」
浦「それにセイギくんを始末した後は、彼女も確実に殺されただろう。こっちは2つの玉が無くなるところだったんだ。この選抜の勝敗基準を忘れていたとは言わせないよ」
浅田は何も返せなかった。実際、自分が死ぬのも怖かった。またあの苦しみを味わうのかと思った。
浅(心のどこかであの人が死んで良かったと思ってる自分がいる)

浦部は浅田から、再び水野に顔を向ける。
浦「足、ケガしてるの?走れそう?」
水「捻ってて、上手く動けなさそう…」
浦「なら、一度死んだ方が良いよ」
浅「なっ!」
浅田が何か言う前に、浦部は腹部と頭部を見せた。
浦「ご存じの通り、オレはスタートして直ぐに自殺をした。腹部に一発、頭部に一発。腹部のときは死にきれなかった。頭部は即死だったから復活することになった」「そして、これをみて分かると思うけど、腹部も頭部も治っている。スタート時点での体の状態に戻っているってわけ」「まあ、復活したら身体がもとに戻るのは玉鬼の時には分かってたけどね」
そして、手にしていた武器は本人が持ち越し、服装などはそのままである。浦部の腹部は真っ赤に血が広がっていた。
水「…死んだら、足のケガも治るってこと」
浦「そゆこと。みんなの足を引っ張って、今回みたいなことになるくらいならさ」
浅「浦部くん、その言い方は!」
水「いいよ、浅田君。事実だし。私一人で動くよ。自分で引き金引くのは…怖いし」
浦「ならオレがーー」
浅「浦部くんは黙ってて!」

浦「じゃあ、情報交換はしておこうか。さっきの人は⑤だったよ」
浦部はさっさと切り替えて淡々と話す。
浅「…うん。それは後で他の北のメンバーにも伝えた方が良いね」
誰があと何個命を所持しているかを確認するのは重要だと浅田も認識していた。
浦「あと、復活先は複数あるらしい。ひとまずオレは二つ見つけた。紫のゲートだった」
浦部の指は、地図上の西の方と浅田達のいるところから近い二か所を指す。
浦「玉鬼のときは屋上スタートで、ゲートらしきものは無かったって情報だったけど」
浅「うん。特にお面以外は何も無かったと思う」
浦「紫色ってのが、引っ掛かるんだよね」「どう思う?」
浅「紫…北は赤、南は青の表示だから……」「出てくるのは、どっちの人間か分からないってことかな」
浦「ん、多分ね」浅田の考察力を測った浦部。
浦「ここで導き出される勝利方法は、①ゲートを占領する②守る人と攻める人に別れて敵を殺す③出てきた敵をまた殺す、だね」
水・浅「…」納得はしていない。
浦「通信でオレはこれらを共有する。彼女はあんまり動けないみたいだし、セイギくんたちは紫のゲートを見つけて守ることを優先した方がいい」
浅「…分かった」
浅(これしか、方法はないんだろうか)浦部の遠ざかる背中を見る。

紫のゲートを探す二人。
水「凄いね、浦部君も浅田君も。私あんなことまで考えつかないよ」
浅「いや、俺はたまたま」「浦部くんは、適応力が凄いって思うけど」
水「誰か…いるみたい」
地図を見ながら足を進めていると、目標地点から誰かの声がすることに水野が気付く。水野の制止に、緊張が走る浅田。
浅「慎重に行こう」「まずは、俺が様子を見てくる」
浅田は一人で、水野が聞こえたという方向へ行った。足が踏みしめる草の音がやけに大きい。今度は銃を構えながら、一歩一歩踏みしめる。
浅(ゲートだ!)(本当に紫だ。あそこだけ、異様な空間に見える)
人が通れる大きさの四角い紫枠が直立している。枠の中は黒い空間。
浅(人気がない…)
銃を下し、辺りを見渡しながらゲートにゆっくり向かう。
浅「ここから、人が出てくるんだ…」ゲートを見上げる。
南③「うわあああ」
銃を撃つも、あたふたしすぎて狙いを外す。浅田は銃声でやっと敵を認識し、冷や汗をかく。
浅(南の人だ…!)(全然気が付かなかった。潜伏していたのか)
浅田も銃を構えながら、距離を置く。
南③「お、お前にはここで死んでもらわないと…!」
浅「落ち着いて下さい」「俺は、あなたたちと殺し合いたくないんです」
南③「じゃあなんでココに来たんだよ!」「お前もゲートを占拠しに来たんだろ!」
浅(やっぱりこの選抜は、ゲートの陣取りが鍵かっ)

南③「俺はもうあとが無いんだ。こうしないと、こうしないと!」
トリガーに手をかけるも、弾がもうなく、カチッと音を銃が立てる。
南③「へ?」
南③は焦りながら何回も引き金に手をかける。
浅(弾切れか…!)(話し合えるチャンスだ)(この人は多分交換した武器が無い)
浅「あの、確かにこのゲートがポイントにはなってくると思います」「でも、わざわざ殺し合いをすることはないと思うんです」
南③「そんなの無理に決まってるだろ。残った玉が多い方が勝つんだ」
浅「だから、そこをみんなで考えて」
南③「俺はあと一つだ。お前は負けても余裕があるからそう言えるんだろう。俺は勝つしかないんだ!」「玉鬼とは違って、勝敗というものがある。俺は譲らないぞ」「二度と死にたくない。生き延びてやる」
浅(そうだ。これは玉鬼とはちがう…いや待てよ)【第二選抜は『玉守』――】
浅「玉守…」「そうだ。そうだよ」「…この選抜名は『玉守』です」
南③「は?」
銃声を聞いて勇気を出して追いかけてきた水野も出てくる。
浅「チーム戦だとか、残った玉が多い方がって言われて、みんな殺し合いを想定したけど」「『玉』を『守』れば良いだけなんだ」

浅「同じ玉数にすれば良いだけなんです」「協力して、引き分けにしませんか」

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