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金曜日のモヤモヤ(新卒1年目)

研修が終わり、現場で働き始めてから早半年がたった。
今この新卒1年目の半年がたったときの、感情を残しておくことは
おいおい振り返るときに良い素材として使えるのではないかと思い、
記載する。

同期というものは偉大だ。
支え合い、時にはライバルにもなり本当に多くのことを教えてくれる。

僕は会社に入るまで、正直同期という言葉が好きではなかった。
群れて、傷のなめあいをして先に進まないことを正当化するような存在だと思っていたが、僕はこの会社に入ってとても偉大な存在だと思っている。

そんな中、どの組織でも同期という存在は『評価軸』として組み込まれることがある。
同期のあいつが受注したらしいとか、同期のあいつまだ会社残って仕事しているよ、、、がんばり屋さんだなとか、比べられる場面が多々ある。
例にももれず、僕もそのような感情になるし、言われることがある。

そんな僕は同期とよく金曜日にお酒を飲む。
その飲み会では仕事の話をよくする。受注の話。上司の話。などなどだ。
そこで平日の傷を癒やして、また来週も頑張るというどの会社でもよく見る光景である。

同期が上記のような話をしてくる。
僕『ふむふむ、、、なるほどね、、、まあ頑張れよ!絶対大丈夫』
同『ありがとう!〇〇(僕の名前)はなにかないの?』
僕『、、、、、』

ここで僕は気づいてしまった。何も話すことがないことを。
平日にそれほど傷ついておらず、それほど頑張っていないのではないかと思ってしまった。決して自分は平日怠けているつもりもないし、手を抜くようなことをしていない。

しかし、話すことが全くないのだ。焦った。本当に焦った。
同じ時間を過ごしているのに、濃さが全く違うように思えた。
傷がない人間で、成長をしていないような錯覚?感覚があった。
そんな人間が同期を励ましていいのか?という疑問すら感じた。
会社に売上などの形で貢献している同期。
そんな同期に何もしていない自分がアドバイス。
自分が嫌いになりそうだった。

金曜日に帰る電車ではモヤモヤ。
普段はポジティブだし、なんとかなると思う自分だが、
なかなか頑張っているけど、頑張っていないのでは?という感情に陥ることが初めてで、どのようなアクションを起こせばよいのかはモヤモヤしていた。

数字。
これがないと自分は生きていけない弱い人間で、改めて、自分が人間的に未熟でありなにかにすがりたいと思いながら生きているんだと感じた金曜だ。

PS:こんな気づきを与えてくれた同期に感謝してます。本当にありがとう。

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