「ペット」ボトル(#19)

 姉の部屋は汚い。
 棚から床に居場所を移した教科書、一生洗濯機にたどりつけそうにない体操服、幾重にもプリントが積み重ねられ地肌の見えなくなった学習机・・・・・・そして極めつけは部屋中に置かれているペットボトルだ。
 姉の部屋を通るたびに相部屋じゃなくてよかったと心底思う。家族は皆、いいかげん部屋を片付けてほしいと思っているが、小言を言われるたびに姉は「これが一番ちょうどいい配置」「別に臭くないから汚くないし」と言ってのらりくらりとそれをかわしている。
 実際、配置うんぬんはよくわからないが、ペットボトルの中身が入ったまま放置されているわけではなく、ちゃんと飲み終わったものだけしかないため臭いわけではない。ただ換気はしていないため空気は濁っているが。
 ペットボトルに関して他に謎もある。それは全て直立不動だと言うことだ。部屋中に無数に立てられたペットボトルを見ると人間の体の60%が水だという情報にも納得する。そして、この汚部屋を歩こうものならペットボトルはボウリングのピンより簡単にバタバタと倒れると誰もが想像するだろう。しかし、ペットボトルはどんなにそれに気遣うことなく歩こうが決して倒れたりしない。以前、姉がかっぱらった私のアウターを取り戻すべくこの無法地帯に足を踏み入れた際に発見したことだ。
 このペットボトルのことを姉に聞いてもなぜ床から動かないのかは「わからない」そうだ。からっぽになったペットボトルを転がして放置すると一気に「ゴミ感」がでるが、立てて置いておくことによって「あえて」そこに置いているという体になるらしい。そうやってペットボトルを部屋中に立て続けてきたら動かなくなったと。
 想像したくないがペットボトルはすっかり姉の部屋に根を生やしているのでないかと思う。
 たしかに、ペットボトルたちは姉の部屋を一歩出れば、綺麗にフィルムを剥がされ水洗いののち、リサイクルのために回収されていく。誰だっていくら世のためと言えども、こっぱみじんにはなりたくない。飲まれて即捨てられる人生だったならばそんな事実を知ることはなかっただろう可哀想なペットボトルたちは、長く姉の部屋にいすぎたために心地よさを覚えて根を生やしてしまったのだ。
 この仮説を姉に伝えると、次の日からペットボトルに向かって「私のかわい子ちゃんたち」と、のたまうようになってしまった。この汚部屋に心地よさを見出しているもの同士、すっかりペットボトルたちを味方に付けた気でいるが、姉はペットボトルと同列になっていることを忘れてはいけないと思う。
 この仮説は突飛なものだが、ペットボトルが動かないことも、姉がペットボトルに愛着を持ち出したことも紛れもない事実である。
 私は嘘だと思いたい。

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