クイック定食(#14)

「本日オープンでーす。いらっしゃいませー」
 
 駅前がいつもより賑やかだと思ったら、新しい定食屋ができていた。最近は駅まで来ることがなかったから知らなかった。
「お兄さん、お兄さん。テイクアウトもありますよ! いかがですか」
 物珍しくてじっと見ていたらはつらつとした店員に話しかけられた。
「ああ、今日はこれから外せない用があって、食事をする時間がないんですよ」
「えっじゃあ、その用事が終わるまで何も食べれないんですか」
「そうですね、正直お腹はすいちゃうけど」
「お兄さん、お腹がすいちゃうのは良くないですよ。でも任せてください、うちの店にはお兄さんにぴったりのとっておきの定食があるんですよ。これです!」
 そう言って店員は小さな赤い種のようなものをポケットのピルケースから取り出した。
「これは『裏』メニューのクイック定食です。これを食べるとほんとすぐに満腹になるんです! 今日はオープン記念なのでサービスで無料にします!」
 とても食べ物には見えなかったが、予約したタクシーはもうそこに来てしまっていた。さあ、さあと勧めてくる店員をあしらうことの方がめんどくさく感じた僕は、とりあえずこの赤い玉を飲み込み、急いでタクシーに乗り込んだ。

 タクシーに乗ってすぐ、僕はたしかに満腹感を感じていた。あの店員に押しきられたかたちで思わず飲んでしまったが、効果は確かだったようだ。

 タクシーに乗って1メーターを過ぎたぐらいだろうか、それは突然やってきた。押し寄せてくる波はとても止められそうになく、脂汗はにじむどころの騒ぎではなかった。もう目的地までどころか、もう1メーター分も我慢できそうになかった僕は次の瞬間には運転手にこう叫んでいた。

「今すぐトイレに連れてってくれ!」

 消化もクイックだとは聞いてなかったんだ。


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