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小刀とトナカイと算術

 むかしむかし、よく研いだ上等の小刀のように頭の切れる男の子がおりました。
 いつも試験で1等を取り、周りの大人たちからもてはやされ、同じ年ごろの子らから尊敬を受けていました。
 そんな彼の関心事は、サンタクロースは本当にいるのか、ということでした。

 サンタクロースといえば、クリスマスの夜に世界中の“良い子”達にプレゼントを配りに、トナカイが引くソリに乗って世界中を飛び回る、世界一の有名人でした。
 彼にとっては、その存在には不可解なことばかりでした。たった一晩で世界中を回ることなど可能なのかどうか。世界中の子供たちがそれぞれに高価なものばかり要求したらどうするのか。とても重いであろう大量のプレゼントを引くようなことがトナカイに可能なのか。“良い子”とそうではない子の基準はどうなっているのか……。
 彼はまず、自分で調べることにしました。その中で、世界には時差があり、今この一瞬、夜を迎えている国もあれば朝を迎えている国もあることを知りました。高価なものを買うときのために“借金”という方法があることも、ただしその方法はなるべく使わないほうがいいことも知りました。荷物の重さについては、サンタクロースを手助けしているトナカイが何匹いるかわからないので、トナカイがたくさんいるなら大丈夫そうだと思いましたが、南国のサンタクロースは波乗りでやってくるということを知って、また頭を抱えてしまいました。一人なら運ぶプレゼントの量に限界があります。“良い子”の基準は、調べても調べても納得がいきませんでした。
 彼は困ると、両親や学校の先生にその質問をぶつけましたが、大人たちは微笑んだり困惑したりするばかりで、「サンタさんだからねぇ」などと彼にとっては何の意味もなさない返答をして、相手にしてくれませんでした。
 そして彼は、時差はあるとしても、サンタクロースが一晩で世界中を回るにはどれくらいの速さで移動しなければならないのか疑問に思ったところで、自分にプレゼントを運んでくれていたのが世界で有名な“サンタクロース”ではないことがわかり、またそれが通常のことだと知って、一連の問題にすっかり興味を失ってしまいました。

 彼がその鋭かった小刀を磨くほどの興味を何にも持てなくなって幾年月か流れました。
 その日、ニュースで「メロスは走っていなかった」という発見を、見知らぬ誰かがしたことを知りました。
 一瞬、自分が必死でサンタクロースを追いかけていた頃を思いました。
 しかし、錆び切った小刀にそれが触れることは二度となく、思い出は雑踏に紛れ、あっさりと失われていきました。

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