見出し画像

【CES2024】産業用メタバースに生成AI、革ジャン姿で躍進狙う独シーメンスCEO

米ラスベガスで1月9日に開幕する世界最大のデジタル技術見本市「CES2024」では「Chat GPT」人気を受け、生成AI(人工知能)やAIが目白押しのようだ。開幕前日にはキーノートスピーチ(基調講演)などの関連イベントが行われたので、日本にいながらにしてオンラインで基調講演を視聴してみた。

登壇したのはドイツを代表する企業の一つ、シーメンス(Siemens)のローランド・ブッシュ(Dr. Roland Busch)社長兼CEO。創業は1847年と古く、鉄道車両や医療機器、工場自動化(FA)装置、風力発電などで日本の産業界でも知名度が高い。

老舗企業ながら近年では産業のデジタル化をリードすべく、非中核分野の製造部門を相次ぎ売却する一方、CADソフトなどデジタル関連企業を次々に買収してデジタルソフトウェアとサービス分野へのシフトが際立つ。第4次産業革命の実現に向け、ドイツが官民一体となって進める一大プロジェクト「インダストリー4.0」(Industrie 4.0)でも中心的な役割を果たす。

そんな一般にはあまり知られない産業関連の会社がなぜ消費者向けの製品・技術中心のCESでキーノートを? と思われるかもしれないが、シーメンスは産業向けのデジタル事業やDXでは先頭グループの1社。基調講演では生成AIと組み合わせた「産業用メタバース」(Industrial Metaverse)についてブッシュCEOがその優位性を述べるとともに、同分野でのAWSや日本のソニーとの新たな協力関係についても発表した。

そもそもシーメンスの産業用メタバースは、エヌビディア(Nvidia)が展開する仮想空間上の共同開発プラットフォーム「オムニバース(Omniverse)」をもとに構築されている。

ブッシュCEOによれば、同社では新工場の建設段階から産業用メタバースを適用。単なるCG(コンピューターグラフィックス)ではなく、実物の形状や寸法、機能、工程などをデジタル空間に再現した「デジタルツイン」を使って事前に建設計画のシミュレーションを実施し、建物や工場のレイアウト、プロセスフロー(工程の流れ)、さらに従業員による手作業まで最適化できたという。

こうした取り組みにより、「以前の工場と比べて、生産能力は200%(2倍)に拡大し、生産性は20%向上。エネルギー消費は20%削減された」とする。また、カギとなる構成要素については「デジタルツインとソフトウェア定義による自動化(Software Defined Automation)、それにデータ&AI」を挙げた。

うちソフトウェア・ディファインドとは電気自動車(EV)などにも広がりを見せる最近のトレンドを指す。製品に組み込まれる部品や機構といったハードウェアだけで性能を決めるのではなく、大量に収集されたデータとその解析結果に基づき制御ソフトウェアをそのつど更新し、EVや自動化システムの性能および機能を改善していく手法だ。

人間と機械とのよりスムーズな協働に向けて、FA分野への生成AIの活用も広げようとしている。昨年11月にはこの分野でマイクロソフトとの連携強化を発表。両社で共同開発した生成AI搭載型アシスタント「シーメンス・インダストリアル・コパイロット(Siemens Industrial Copilot)」により、複雑なFA向けプログラミングコードの効率的な作成と最適化、デバッグを可能とし、これまで数週間かかっていた作業が数分に短縮されるという。

今回はさらに、ウェブやモバイルアプリケーション向けのローコード開発プラットフォーム「メンディックス(Mendix)」について、AWSとの提携を明らかにした。「必要な要素をマウスでドラッグ&ドロップするだけで誰でもコンピューターコードを作成できるローコードに生成AI機能を統合し、これまで以上にスマート(知的)にプログラミングが行える」(ブッシュCEO)。

そして発表の目玉はソニーとの協力による「Immersive Engineering(イマーシブエンジニアリング)」。ソニーが開発したXR(クロスリアリティー)向け4K高精細ヘッドマウントディスプレー(HMD)と、シーメンスのオープンデジタルビジネスプラットフォーム「シーメンスアクセラレーター(Siemens Xcelerator)」ソフトウェアを使って、クリエイターが3次元仮想空間に没入。専用コントローラーを手で操作しながら3Dデザインの設計や修正を直感的に進められるという。ソニーでは2024年中の発売を予定する。
Immersive Engineeringの動画

登壇したソニーの松本義典副社長も「モデリングからレビューまでのプロセス全体にわたり、クリエイターは驚くほどのビジュアルクオリティーで産業用メタバースに快適に没入できるようになる。産業デザイナーや製品エンジニアが製品を作る手法を再定義する大きなポテンシャルを秘めている」と強調する。加えて「自分は若い頃、DVDプレーヤーなどの製品エンジニアをしていたが、その時代にこうした技術があればよかった」とも話し、会場の笑いを誘った。

Immersive EngineeringのXRヘッドマウントディスプレーとコントローラー(ソニーの資料から)

以上のようにメンディックスなどを含めた企業買収だけでなく、さまざまなコラボレーションを通じて実効性の高い産業用メタバースの構築を目指すシーメンス。「2024年はターニングポイント(転換点)の年。我々はこれまでにないほどの速さでテクノロジーを利用し、かつ構築できるようになる」。ブッシュ氏はこう予言する。

ここで本筋とはあまり関係ないが、今回の基調講演で気になった点がある。ブッシュ氏が白い丸首シャツに革ジャンパーというカジュアルな服装をしていたことだ。ドイツの産業技術見本市である「ハノーバーメッセ」などとは違い、一般向けの色が強いCESの雰囲気に合わせたのだとは思う。白いスニーカーはかすかに3本線が見えたので、たぶん同じドイツ・バイエルン州に本社を置き、ビジネスでも関係の深いアディダス製だろう。

そして革ジャンパーとは、言わずと知れたエヌビディアのジェンスン・フアンCEOの定番スタイル。メタバースで連携するフアン氏に敬意を示したのか、はたまたAI用半導体で疾走する同社にあやかりたい思いが込められているのか、それとも単なる偶然の一致か。創業から176年の老舗大企業が獣の革をまとい、産業用メタバースで大変身をしようとしている。
(一番上の写真はCES2024のオンライン中継から)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?