3年ぶりのスタートアップワールドカップ、SkyDriveが準優勝の快挙、世界展開に弾み
優勝投資賞金100万ドルと、スタートアップピッチコンテストの中でも世界最大級のStartup World Cupの決勝大会(Grand Finale)が9月30日、米サンフランシスコで3年ぶりに開催された。日本からは9月28日の準決勝に3社が出場し、うち決勝戦に勝ち進んだSkyDrive(スカイドライブ、愛知県豊田市)が見事、準優勝を果たした。空飛ぶクルマ(eVTOL)を開発する同社にとっては国内より米国をはじめとする海外が主力市場。今回の快挙は2025年の空飛ぶクルマの事業化に向けて大きな後押しとなりそうだ。(写真は決勝で登壇するSkyDriveの福沢社長)
Startup World Cup 2022で決勝に進出した10社
・Mi Terro(米国) https://www.miterro.com/
・iLoF(英国) https://ilof.tech/
・Lazarus 3D(米国) https://www.lazarus3d.com/
・Matricelf(イスラエル) https://matricelf.com/
・SkyDrive(日本) https://en.skydrive2020.com/
・ANote Music(ルクセンブルク) http://www.anotemusic.com
・Wonderverse(中国) https://moblab.com/
・ViiT Health(メキシコ) https://viit.health/
・srtx(カナダ) https://www.srtxlabs.com/
・Japa(米国) https://www.parkjapa.com/
優勝はカナダのsrtx、破れにくいタイツ商品化
「世界チャンピオンを発表する前にお知らせすると、上位3社の国はカナダ、イスラエル、日本です」。
Startup World Cup 2022の決勝会場となったサンフランシスコ市内のホテルMarriot Marquisのボールルーム。主催者であるシリコンバレーのベンチャーキャピタル(VC)、Pegasus Tech Venturesのアニス・ウッザマン(Anis Uzzaman)創業者兼CEOが壇上で焦らすかのように告げると、3000人近い来場者で埋まった会場がどよめいた。次いで「優勝はカナダのsrtx!」というアナウンス。どよめきは大歓声に変わった。
この直後、日本代表として決勝に唯一残ったSkyDriveの福沢知浩社長は筆者に対し「英語でのQ&Aの答えがまずかったかなあ」と首をかしげた。それでも上位に食い込んだ感想を聞くと、「今回が初めての海外ピッチコンテスト。3位以内に入ったのはうれしいが、1位を取りたかった」と悔しがった。
この時点では優勝者のみの発表だったが、後日SkyDriveが2位、再生医療用に心臓や脊髄など人体の組織・臓器の3Dプリンティング技術を開発するイスラエルのMatricelf(マトリセルフ)が3位だったことが公表された。Startup World Cupで日本企業の上位入賞は、2017年の第1回大会で優勝したユニファ(名古屋市中村区)に次ぐものだ。
優勝したsrtxは防弾チョッキなどに使われる高強度繊維素材を応用し「Sheertex」のブランドでタイツ(パンティーストッキング)商品を展開。ピッチでは破れにくく長持ちすることで地球環境保全にも貢献する点をアピールした。しかも4分間のピッチの後のQ&Aセッションでは、6人の女性投資家で構成された審査員のうち一人がこのタイツを愛用していると明かし、会場を沸かせた。もしかして、ほかの女性審査員もその意見に影響されたのかもしれない。
それはともかく、自分でもsrtxのピッチを見た後、10社の中で優勝するとしたらここかも、という印象を強くした。技術開発も生産も自前で行い、すでに商品を販売している。さらに破れにくいタイツなら先進国中心にニーズがかなりあるのではと思われたからだ。
「国際展開に本気で取り組む」
SkyDriveに話を戻すと、会場で福沢社長は「米国で空飛ぶクルマを手がける企業は多いが、機体自体がばかでかい。それに対して、今回のピッチでは、小型軽量で日常的に使える当社の利点を訴えることができた」と決勝を振り返った。さらには「海外販売が主体になるので、これを機に国際展開に本気で取り組む。海外からの出資も増やせたらいい」と話し、新たな闘志を燃やす。
これに先立つ9月26日。SkyDriveは三菱UFJ銀行など13社を引き受け手とするシリーズCの資金調達ラウンドで総額96億円を調達したと発表。これにより同社の累計調達額は約147億円に。シリーズCでの引き受け手の中には唯一の海外企業としてPegasus Tech Venturesも含まれている。
そして決勝大会直後の福沢社長の発言は、優勝を逃したことに対するリベンジかもしれない。Startup World Cup上位入賞を利用し、さらに外部資金を受け入れ、空飛ぶクルマと物流ドローンの開発や販売網の構築に弾みをつけたい、ということなのだろう。
大会の主催者であり、かつ出資者でもあるウッザマンCEOもSkyDriveの準優勝について「英語の壁は大きかったと思うが、日本の技術やビジネスの精度の高さが証明された。この大会をジャンプ台として世界に大きく羽ばたいてほしい」とのコメントを発表。Pegasus Tech Venturesとしても引き続き同社を支援していくことを確約した。
世界70カ国地域で予選
そもそもStartup World Cupは2017年、世界13カ国地域の予選を勝ち抜いた代表がサンフランシスコに集結して始まった。2018年に27カ国地域、2019年には33カ国地域と規模を順次拡大してきたが、コロナ禍により2020年と2021年は決勝が中止。3年ぶりの開催となった2022年は70カ国地域にまで予選エリアを拡大し、世界中のスタートアップからの応募総数は1万5000にも上ったという。ただコロナ禍の影響やビザ(査証)発給の問題、ロシアのウクライナ侵攻の関係で、決勝2日前の9月28日にサンフランシスコ市内の別の会場での準決勝に登壇したのは56社にとどまった。
日本からは今年の日本代表であるSkyDriveのほか、コロナ禍の前に日本代表に選ばれていた2社が登壇。再生可能エネルギー電力小売りのLooop(ループ、東京都台東区)と、洗浄力の高い微細な気泡(ウルトラファインバブル)を作り出す水道用ノズルで知られるウォーターデザインジャパン(同品川区)だ。
準決勝には先進国以外にエジプト、チリ、パキスタン、ネパール、アルゼンチン、インドネシアなどの企業も登場し、地域的には非常にバラエティーに富んでいた。ウクライナ代表では、メタバース(仮想空間)向けに映画品質のリアルなアバター(分身)作製サービスのMannaと、農薬や肥料を空から散布する農業用ドローンのKray Technologiesという2社が発表を行った。
世界中から優れたスタートアップ発掘
そもそも莫大な手間と費用をかけて世界各地でピッチコンテストを実施する意義は何なのか。背景にはスタートアップの世界的なエコシステムを作ろうという狙いがある。ピッチイベントを通じて各国各地域の優れた新興企業を発掘し、シリコンバレーのVCや投資家に引き合わせ成長を加速させることで、双方の利益につなげようというのだ。実際、今回もシリコンバレーはじめ200以上のVCおよび投資家、100社以上の企業をイベントに招待。準決勝の審査員からは「モンゴルをはじめ、非英語圏からこれほどのスタートアップが一堂に会したのは素晴らしい」との声も聞かれた。
そうした優れたスタートアップ発掘の格好の事例が第1回大会で優勝した日本のユニファだろう。ICTサービスを保育施設向けに提供する同社は、投資獲得に加えて海外での知名度もぐんと上がり、近く新規株式公開(IPO)を予定するまでに成長を遂げている。
一方で、決勝に進出できなかったLooopとウォーターデザインジャパンの2社も、準決勝出場を経営にプラスに生かそうとモードを切り替えている。日本代表に決まってからサンフランシスコの準決勝に出場するまでLooopで3年近く、ウォーターデザインジャパンで約2年8カ月もの期間が経過している。その間に企業規模や経営方針が当時と様変わりしたことも、準決勝を闘う上でのマイナス要因となったようだ。
「3年前だったら売上高が2億ドルでぎりぎりベンチャーだったが、今は5億ドル(2022年3月期の連結売上高660億円)。審査員の質問でも、5億ドルは数字の間違いではないかと言われた。この3年間の間に成長し、スタートアップの域を超えてしまった」。Looopの中村創一郎社長は決勝に進めなかった要因についてこう話す。
こうしたピッチコンテストでは、もっぱら投資のレバレッジの効く金の卵のような初期段階(アーリーステージ)のスタートアップが好まれ、ある程度成長した企業はそもそも選考対象になりにくい。
それでも、中村社長は今回のStartup World Cup準決勝への出場を機に、欧米からの出資受け入れを積極化する方針転換も口にする。「日本は終わったという人もいるが、そんなことはない。市場規模も大きいし、まだまだ発展の余地がある。当社としてこれまで欧米からの投資受け入れは考えていなかったが、海外の投資家に円安の今がチャンスと訴えつつ、国内で電力の蓄電池設備やユーザビリティーを向上させ、かつコストを下げるためのソフトウエアにもっと投資していきたい」と力を込める。
ウォーターデザインジャパンの伊藤夏美共同創業者も、「日本代表に選ばれた頃は経営方針が多少違っていたが、現在は運転資金をすべて自己資金で賄っている。(外部からの投資余地のない)そうした部分が評価につながらなかったのかもしれない」と残念がる一方で、商品や技術を広く世界にアピールする場になったとの認識だ。さらに「これまでとはまったく別の商品も開発していて、今回得られたネットワークを通じ、新たな市場や可能性を探っていきたい」。こう先々の展開に期待する。
日本ではまだコロナ禍の最中にあり、これほど大掛かりなスタートアップイベントの実施はなかなか難しいかもしれない。それに対して良くも悪くもウィズコロナの平常モードにいち早く移行した欧米では、対面によるビジネス活動が元に戻りつつある。
いくらオンライン技術が発達したとはいえ、やはり現地での密な経験や人脈づくりをしようとするなら実際に足を運ばなければ話が始まらない。スタートアップの聖地に集った各社にとって、Startup World Cupでの体験が、今後の経営の財産になることは間違いないだろう。■
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?