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人生の目的がみつかる魔法の杖その弐

やっぱり、西田文朗先生の本はすきだな。

行き詰まった時に後押ししてくれる言葉が多い。ファンなので大体出版物は購入させて頂いた。強運の法則も購入した。オーディオブックも5冊くらい購入させて頂いた。信者だなw

30代で独りで仕事しているときなんて、西田先生のオーディオブックききながらやっていた。面白くない作業でもモチベーションがあがるので。

実際に、お会いしたことはありませんが・・・・

今回も、この本から一部を紹介します。西田文朗先生のYou TubeのサイトにいけばAI朗読されてますんで、興味のある人はそちらに。

ちなみに僕は本の方がすきだな。読みたいページにいけるので。

では。

徹頭徹尾欠けているもの

人生を何のために使うかと発想すると、そこに意味がうまれる

生きることに、どんな意義があるのか。頑張って努力することに、何の意味があるのか。

これがわからなくなるのが『バーンアウト』(鬱になった時点の僕です)である。しかし、この問題を一度も考えたことのない人はおそらくいないだろう。

私も若い時にずいぶん考えたが、ついに答えを見つけられなかった。

今にして思えば、見つからなかったのも当然で、人生には考えてわかるような意味など、もともと無いというのが正しい。

自分で望んで生まれてきたわけではないのだから、神様が与えてくれでもしない限り、いくら探してもそんなものは見つからない。

河原に沢山転がっている石ころの意味と同じように、私達の人生に徹頭徹尾かけているものが生きる意味である。

ただ、河原に転がっている石ころも、拾って火打ち石にしたり、漬け物石にしたり、それを投げて鳥を落とそうとすると、そこに何かの意味が生まれる

全く意味のないように思える人糞さえ、畑にまけば肥料になる。

何かに使うことによって、どんなものにも命が宿る。間違いなく生きて死んでいくだけの私達の人生も『何のため』に使うかと発想すると、嫌でもそこに意味が発生してくる。

つまり、こうだ。

人生とは、生きるものであると同時に、何かのために使うものである。

たった一度の人生を何の為に使うか。そういう目的意識が、生きる事や働くことに意味を作り出す。

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