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「ボールと生きる」スペインはなぜ負けたのか〜現象を裏付ける「構造」の視点とカタールW杯全試合分析〜

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はじめに

この記事では、軍事戦略の分野の枠組みを用いてスペインの「構造」を明らかにし、それが各試合にどのように適用されたか、相手との相互作用の中でスペインはどのように相手を攻略したのか、相手に攻略されたのかをカタール・ワールドカップの全4試合をケーススタディとして見ていく。
重要なのは、この記事は試合から見て取れる現象そのものを分析したものではない点だ。現象をそのまま受け取って解釈するのではなく、何がその現象を生んでいるのか、背景にはどんな論理があるのかを考察している。現象レベルからズームアウトしてマクロな視点でサッカーを捉えることが、一見複雑怪奇な世界トップレベルのサッカーの解像度を上げ、サッカーそのものの理解や他の物事への転用に繋がると考えたからだ。
また、サッカーの分析に軍事戦略の分野からのアプローチを採用した。詳細は1章に譲るが、サッカーのみからサッカーを見るよりも深くサッカーを理解することが狙いだ。他分野の力を借りながら、スペインのサッカーを形作っているコンセプト、相手国との攻防について考えていきたいと思う。

なお、同じく軍事戦略からアプローチしてサッカーを分析したものに以下がある。ここでは、前後編で3人の指揮官(ユリアン・ナーゲルスマン、ペップ・グアルディオラ、トーマス・トゥヘル)を比較分析している。

第1章 軍事戦略からのアプローチ

スペインの分析に入る前に、分析の土台となる軍事戦略の分野からのアプローチについて説明したい。
サッカーの分析に軍事戦略のアプローチを用いたのは、戦争を研究する軍事戦略の分野がサッカーとの親和性がある上、対象である戦争についての優れた知見が、サッカー界のサッカーの分析よりも何倍も蓄積されているからだ。
戦争から派生して生まれたゲームの内の一つがサッカーであるように、戦争の戦い方とサッカーの戦い方には親和性があり、軍事を勉強して得た知識はサッカーに転用できるものがとても多い。サッカーという枠組みの外からサッカーを考えられるのも他分野からアプローチする利点の一つだ。

戦略の階層について

軍事戦略の分野では数えられないほど多くの理論、分析のための枠組みが存在するが、その中から「戦略の階層」という枠組みを今回の記事では活用する。
戦略の階層には国・時代によって様々なバージョンが存在し、軍事戦略の整理の他、国の安全保障にまで範囲を広げて使用されることもある。
サッカーにも応用しやすく、現象レベルに留まらずその背景にある論理や思考法へ考えを膨らませることを助けてくれることが、この枠組みを使用する理由だ。
今回の取り組みは、多様なバージョンの中で最も現代的かつシンプルだと言える戦略ー作戦ー戦術の3レベルで構成された「戦略の階層」をスペインに当てはめ、彼らの価値観やそれを支える方法論、即ち「構造」を分析していくというものだ。


図1 戦略の階層


戦略は、この戦略の階層の最上位に位置するレベルだ。戦略は全ての事の指針であり、戦略に沿ってディティールが詰められていく。サッカーに置き換えると、ゲームプランならチーム全体の戦い方、チーム設計ならそのチームの価値観に相当する。
真ん中に位置する作戦は、戦略・戦術とは異なりビジネス、サッカーの議論でほぼ耳にする事のない言葉だ。全体の指針となる戦略と実務的な領域である戦術とを繋げるのが作戦レベルの役割である。全体をカバーする戦略レベルと細部を突き詰める戦術レベルにはコンセプトの具体度(抽象度)にギャップがあるため、戦術レベルの細かい事柄をまとめ上げ、「戦術のどこが、戦略のどこに繋がっているのか」を明らかにする。サッカーで言うと、個々の動きがチームの機能に還元されるようにするためのグループの役割、細かい約束事と全体の戦い方を繋げるプレー原則である。
最後に戦術レベルだ。戦略、作戦レベルから示された指針に沿って、実際に目標を達成するための実務的な作業が含まれる。サッカーにおいては、フォーメーションや選手起用、それぞれの選手のポジショニングなどだ。
以上3つのレベルは、レベル間に相互作用があり、どれも重要である。戦略だけでは実践に移せないし、かといって戦略なき戦術はどれだけ成果を上げても私達を目的地に連れて行ってはくれない。上下を接続する作戦は、複雑性の高い(高まり続けている)軍事戦略、サッカーにとって欠かせないレベルだ。このレベルがなければ戦略を戦術へ落とし込み成果を積み重ねることは困難を極めるだろう。
しかし、その中で最も重要なのは戦略レベルであり、軍事戦略の世界では戦術の失敗は戦略で覆い隠せるが、その逆はできないと言われている。戦略によって限られた資源の配分が決まり、それによって出来ることと出来ないことが生まれ、計画実行のボタンが押される(もしくは押さないことが決定される)からだ。一国の政府と私達個人の意思決定を比較すれば分かる通り、この傾向は計画の規模が大きいほど強まっていく。

第2章 スペインの構造

スペインの戦略の階層

1) 戦略レベル

図2 スペインの戦略の階層

スペインの構造を戦略の階層に当てはめたものを図2に示した。
3つのレベルの中で最重要である戦略レベルの指針は、「『ボール』と『ネットワーク』によるゲーム支配」だ。
スペインは、ボールを保持し攻撃することによるゲーム支配を志向する。これはよく耳にする言葉だが、実際のところ、ボール保持によるゲーム支配とは一体どんなものなのだろうか。

スペインにとって絶対に欠かせない要素に「ボール」と「ネットワーク」があるが、まず「ボール」について見ていく。スペインは、主導権を握り、自分達の手でゲームを動かすことを考えるチームだ。そのために彼らはボールを握るアプローチを取る。ボールを所有することで自分達のアクションに対して相手が応じる構図でゲームを進め、自らが相手の行動を管理することによって勝つ確率を高める方法だ。サッカーがボールをゴールへ入れる競技である以上、ボールはピッチに立つ全員の意識を引きつける。絶対的な引力を持つボールを自分達が扱うことで、相手がどうしてくるか、自分達にとって何が危険で何がチャンスになるか、様々な可能性を司るのだ。

戦略レベルで非常に重要な資源のもう一つは、「ネットワーク」だ。
スペインはボール保持時、それぞれの選手(ノード)が周りの選手との距離を均等に保ち、広いピッチに満遍なく選手が位置する陣形(ネットワーク)を取る。全体の陣形(フォーメーション)は5レーンに準じた4123で、どこにボールがあろうが多方向のサポートが確保され、ボールを前進させるルートが構築できるように設計されている。
相手がボール保持者にプレスをかけてきたら、ボール周辺の選手が保持者との距離を調節して瞬時に複数の選択肢を提供し、プレスから脱出する出口をつくる。言い換えれば、均等な距離に選手が分布することで、誰が・どこで・どのように相手のプレスを受けたとしても、その地点へ味方が収束して相手を「包囲」し守備網を突破できるネットワークなのだ。
スペインのネットワークのもう一つの要点は、自分達のバランスを維持しながら相手のバランスの崩壊を誘発できることだ。タスクグループという考え方(詳細は次節)によって複数の選手がグルーピングされ、その中で選手達は相互補完関係を持つ。つまり、グループ内で自由にポジションチェンジをしたり、タスクを交換したりできる。例えばSB-IH-WGのグループでは、後方に立つSBとハーフスペースに立つIHが入れ替わり、SBの配球タスクとIHのプレスの出口となるタスクを交換したりすることなどが許されている。
しかし、相互補完関係であるため、流動的にポジションが入れ替わったとしてもバランスを崩すことはない。ポジションチェンジは決して運に身を委ねたランダムではなく、互いに補い合ってバランスを維持するという規律のもと行われている。
よって、スペイン側のバランスは維持されているにもかかわらず、ポジション・タスクの入れ替えが繰り返されることで相手の守備組織は混乱を抱えている状態を生み出される。
また、ネットワークが機能するのは各選手が育成年代から積み上げてきた技術、戦術理解があってこそなのは言うまでもないことだ。
自由自在な包囲、相互補完関係による自らのバランスの維持と相手のバランス崩壊の誘発の2つが可能な「ネットワーク」も、スペインがボールを持ってゲームを支配するために必須なのだ。

ここまで、スペインが勝つ確率を高めるために自らの手でゲームを動かすことを考え、「ボール」と「ネットワーク」の二つによって実現を図るチームであることを見てきた。「ボール」と「ネットワーク」を用いて試合を支配するということが、スペインの戦略である。
「ボール」と「ネットワーク」が戦略的資源であるということは、逆に言えば、この二つはスペインにとって生命線であり試合に勝利するために講じられる全ての策の土台である。従って、「ボールを持ちネットワークを張る」ことは常に達成されていなければならない。いかなる相手・展開に直面したとしても準備されるように保護される必要があるわけだが、試合の中でスペインがこの点を満たしていたのかどうかは次章で詳しく分析する。

2) 作戦レベル

戦略的資源であるボールとネットワークを揃えるため、作戦レベルでは攻撃時には「タスクグループ」、守備時には「スモールピッチ」というコンセプトが存在する。
はじめに「タスクグループ」は、一方では戦略レベルの「ネットワーク」を現場で運用するために具体化し、もう一方では部分ごとに設定されるポジショニング・狙うスペース(戦術)が全体の機能に還元されるように纏め上げたものだ。
タスクグループは、ポジションの近い3、4人によって構成される。スペインの使用するフォーメーション[4123]を例に基本的なタスクグループの構成を以下に示す。

  • GK-2CB-AC

  • SB-IH-WG

  • AC-2IH-CF

同じタスクグループに所属する選手との間には、特に深い相互補完関係がある。3、4人という中規模のグループで選手をまとめ各グループの中で相互補完関係を成立させることで、全体を一括で管理するよりも容易に全体の相互補完関係も成り立ちバランスが維持される。
また、ローテーションやタスク交換がタスクグループの枠組みの中で実施される。自分達のバランスを維持しながら相手のバランスが壊れる事態を誘発することが「ネットワーク」の大きな役割の一つであることは述べたが、まさにこれがタスクグループの役割である。例えばSBが高い位置を取ってWGがハーフスペースへ入りIHが降りるというローテーションや、展開に応じて「IH=相手CHの外へ降りて引きつける・CF=IHに食いついた相手CHの裏を突く」というタスクの組み合わせを「IH=CFに食いついた相手CHの裏を突く・CF=相手CH同士の間へ降りて引きつける」という形に組み換えたりする。
タスクグループという仕組みは、試合中に相互補完関係を維持した上での修正を実現するのだ。

守備時のコンセプトである「スモールピッチ」は、ハイラインを敷いてボールサイドに圧縮するプレスのように、ピッチ全体から相手が利用することのできるスペースを削り取り、狭められたピッチでのプレーを強要する考え方だ。相手にゆったりボールを保持することを許さず、積極果敢に前へ出て、自らの理屈でスモールピッチを設定することで限りなく早く相手からボールを奪いにいく。それは、スペインにとってボールは最重要の資源だからだ。守備時の振る舞いにも、彼らの価値観は如実に表れている。

3) 戦術レベル

戦術レベルでは、戦略・作戦レベルのコンセプトをそれぞれの選手が体現するために細かい狙いや決まりごとが設定されるが、主要なものを以下にピックアップする。

  • ローテーション、ポジションチェンジ(タスク交換)

  • 偽9番、内側に立つSB

  • 中盤マンツーマン、右肩上がりのハイプレス

一つ目の「ローテーション・ポジションチェンジ(タスク交換)」は先述したタスクグループ内における相互補完を実現する手段である。
「偽9番、内側に立つSB」も一つ目と同じで、偽9番は[AC-2IH-CF]、内側SBは[SB-IH-WG]のグループ内の距離感を様々なポイントで相手を包囲できる状態に保つためのものだ。
作戦レベルのコンセプト「スモールピッチの設定による迅速なボール奪還」はその文字面から想像できる通りハイプレスと≒(ニアリーイコール)の関係にあるわけだが、そのハイプレスにおける主要な決まり事が「中盤マンツーマン・右肩上がり」だ。相手の中盤の選手を最初からキャッチしておき、RWGは予め中寄りに立って相手CBを狙い、RSBも連動し一列前へジャンプーーその他にもファクターは存在するがーーすることで、「誘導」のプロセスをすっ飛ばしてハナから「奪還」しに行ける仕組みとなっている。「ボールを握る」ことへのコミットメントの強さの表れだと言える。

まとめ

この章では、戦略の階層の枠組みを用いてスペインがサッカーというゲームに対してとっているアプローチ、つまりスペインの「構造」を扱った。
結論を見出すならば、「ボールとネットワークによる試合の支配を掲げ、相互補完関係とボール奪還のスピードが重要だと捉え、それへのコミットメントはピッチ上にもよく現れている」となるだろう。
「ボールとネットワークという二つの戦略資源の所有」へのコミットメントが絶対的に強くなければならず、それらによって常に相手を自らの管理下に置く強制力が必要なアプローチであるとも言える。
裏を返せばボールとネットワークを相手に取り上げられると一巻の終わりなのではないか、という疑問が生まれるわけだが、これに関しては次章でカタール・ワールドカップの実例を見ながら考えていくことにしよう。

第3章 カタール・ワールドカップ全試合分析

この章では、カタール・ワールドカップの全4試合それぞれから重要な事象をピックアップし、スペインの「構造」を検証していく。

GS-1 vsコスタリカ

概要

1)スコア

スペイン7-0コスタリカ
スペイン:11’ダニオルモ、21’アセンシオ、31’フェラントーレス、54’フェラントーレス、74’ガビ、90’ソレール、90+2’モラタ

2) スタメン

スペイン 4123/4123(攻/守)
FW:ダニオルモ、アセンシオ、フェラン
MF:ブスケツ+ペドリ、ガビ
DF:ジョルディアルバ、ラポルト、ロドリ、アスピリクエタ
GK:ウナイシモン

コスタリカ 442/442
FW:コントレラス、キャンベル
MF:ベネット、テヘダ、ボルヘス、フレール
DF:オビエド、カルボ、ドゥアルテ、マルティネス
GK:ナバス

試合分析

1) スペインの基本的な狙い

スペインの基本配置は4123で、CFに起用されたアセンシオが偽9番として振る舞い、SBアスピリクエタ、ジョルディアルバは少し内側へ絞った立ち位置を取る。
また、LIHペドリは、左ハーフスペースをベースポジションとしながら、ACブスケツの脇へ降りる場面も非常に多く見られた。中盤の底をブスケツとペドリの二人が利用する形だ。

2) コスタリカのスペイン対策

コスタリカは、自陣で組む442ブロックを軸に据えた、「スペインの攻撃時のネットワークを守備に適用したような考え方」の対策を準備していた。ただ、この試合のコスタリカは自分達が意図した守備が全くと言っていいほど出来なかったと思われるため、彼らの狙いは断片的にしか読み取れず、あくまで発生していたエラーから逆算したコスタリカに好意的な推測であることをことわっておく。
コスタリカの442ブロックは、好意的に解釈すれば、特定のエリア・人の管理に固執せず満遍なくカバーし、複数のポイントでスペインの選手を「包囲」できるよう設計されていた。最初の時点ではあえて様々なエリアをぼかしておくことで、相手がどのルートを選んでも同じようにボール位置へ圧縮し、包囲して奪いカウンターへ転じられるという理屈でコスタリカの意図を推測することができる。
この解釈を採用すれば、コスタリカの守備とスペインの攻撃の考え方には共通点があると言える。つまり、均等に選手を配置しておくことで、相手がどこから攻撃(プレスを含む攻守両面の意味)を仕掛けてきても攻撃を受けた選手の周りが収束し、相手を包囲してボールを奪い返す(前進させる)ことができる、というものだ。

3) 0-31’ 3-0になるまで

スペインは試合開始のその瞬間からボールを握り試合を支配する。彼らはコスタリカの守備をものの見事に崩してみせ、開始31分にして3点リードを得ていた。
この開幕戦が圧巻のゴールショーとなったのは、スペインの構造がコスタリカのそれにどハマりしたからだと言える。個々人がボール位置に応じた的確なポジショニングの調整をある意味で機械的に繰り返し、それが調和してグループレベルでも機能性を発揮するスペインに対し、コスタリカは後手に回らざるを得なかった。両国が「均等にポジショニング→相手が来たら収束」を行うのだが、スペインはそのスピードや前提となる技術の水準が圧倒的に優れていた。コスタリカは、「相手が来た、よし包囲してやるぞ」と思ったのに気づいたら自分達が包囲されているという状態に陥っていた。

4) 31’- コスタリカのシステム変更

0-3となり、コスタリカの指揮官スアレスは442から541へシステムを変更し、選手達はラインを押し上げ前へ出る姿勢を見せる。
しかし、すでに回復が不可能なほどに戦況は悪化しており、この策にも状況を改善する効果はなかった。541にして5DFが前へ出て相手を捕まえられるようにし、チーム全体としても後ろから前へ押し出していきたかったのだが、スペインにものの数分、いや、数プレーで適応されてしまう。
というのも、コスタリカはシステムを変え多少前へ出る姿勢を見せたものの「ボールを奪う」ことへのコミットメントが劇的に強化されたわけではなかったのだ。全体をぼかしておいて相手が守備組織内に踏み込んでから圧縮する基本線が維持されていて、スペインの後方の選手が圧迫される場面はほぼなく、442と対峙していた時の延長線上の対応で全く問題なかった。

5) HT- コスタリカのハイプレス

3点ビハインドで迎えたハーフタイム、コスタリカはハイプレスのかけ方の整備をおこなった。だが、詳細は割愛するが、残念ながらこの修正も有効なものではなかった。ラインを上げハイプレスをかけているのは確かなのだが、やはりコミットメントが不十分であったと言える。戦況を回復するには細かい手順を飛ばしてでも相手の後方に強烈なプレッシャーをかける必要があったが、コスタリカがこれまで採用してきた方法論とは調和しなかったのだろうか。
一方で、スペインの選手達の適応力がコスタリカにとてつもなく厳しいフィードバックを返したとの見方もできる。31分の541変更にしろ、HTを境にしたハイプレスにしろ、スペインの選手達は何もなかったかのように整然と適応してしまったのだ。タスクグループというシステムの機能性ももちろんだが、それ以上に選手それぞれが蓄積した経験値やこのサッカーに必要な技術、戦術理解のレベルの高さがコスタリカの抵抗をいとも簡単に突き破ってしまった。

まとめ

この試合を一言で表すとすれば、「選手の適応能力とタスクグループという仕組みの恐ろしさ」だ。
スペインの選手それぞれの随時ポジショニングの調整を的確に行いコスタリカの選手を出し抜くプレーはタスクグループに還元され、均等な距離からの収束→包囲の無限ループに繋がった。相手の出方に応じて自由自在に味方同士でポジショニングを入れ替えたりする中でもロスト時の備えが整っている様子は、まさにタスクグループの理想像そのものだった。
衝撃の7-0は、スペインの戦略が猛威を振るった結果必然的に導かれたのだった。

GS-2 vsドイツ

概要

スペイン1-1ドイツ
スペイン:62’モラタ
ドイツ:83’フュルクルク

スペイン 4123/4123
FW:ダニオルモ、アセンシオ、フェラントーレス
MF:ブスケツ+ペドリ、ガビ
DF:ジョルディアルバ、ラポルト、ロドリ、カルバハル
GK:ウナイシモン

ドイツ 4231/4231
FW:ミュラー
MF:ゴレツカ、キミッヒ+ムシアラ、ギュンドアン、ニャブリ
DF:ラウム、リュディガー、ズーレ、ケーラー
GK:ノイアー

試合分析

1) スペインの基本的な狙い

ルイス・エンリケは、コスタリカ戦のスタメンからカルバハルのみを変更した。戦い方はコスタリカ戦と同じで、偽9番と内側に立つSBを使った4123で攻撃を行う。開幕戦でほぼ見られなかった守備は、攻撃と同じ4123とハイプレスを採用した。

2) HT- ドイツのハイプレス

前半の攻防も非常にレベルが高く面白いものだったが、後半の駆け引きにポイントを絞って説明したい。
前半、立ち上がりの時間帯はドイツのミドルプレスに対してスペインが優位に立った。後方の選手に一定の余裕が与えられたことで、ドイツが圧縮する前にタスクグループ[AC-2IH-CF]が先回りして中盤でパスを受けポジショニングを調整し、プレスを掻い潜る傾向にあった。だが、ドイツは15’-20’頃からハイプレス主体の戦いに徐々に移行し、ショートカウンターやセットプレーから複数のチャンスを生む。しかしながらスペインがそう簡単に屈するわけはなく、スコアレスでハーフタイムを迎えた。

そして迎えた後半、ドイツは前半以上にハイプレスの烈度を上げてスペインへ襲いかかった。前半途中から左サイドのSHムシアラとSBラウムが一列前へ出ていく左肩上がりのハイプレスで戦況を回復したのだが、これをムシアラが最初から相手RCBロドリに付くより極端な形に修正した。
対してスペインは、若干面食らう様子を見せながらも、かなり前のめりなムシアラの裏に立つアスピリクエタ、ラウムの裏に立つフェラントーレスへのロングボールを織り交ぜてプレス回避を試みていた。

3) 54’ モラタ投入→62’ スペイン先制

54分、ルイス・エンリケはフェラントーレスに代えてモラタを投入し、モラタをCFに起用。それまでCFを務めたアセンシオがRWGへ回る布陣となった。モラタは偽9番の仕事もできる9番で、アセンシオの仕事を引き継いだ上でポストプレーとクロスという選択肢をスペインにもたらした。
そして62分、そのモラタが先制ゴールを挙げる。モラタがライン間でパスを受けて右へ展開しハイプレスを回避し、その後ドイツを押し込んだスペインは左サイドへボールを運ぶ。LSBジョルディアルバのグラウンダーのクロスに相手RCBズーレのマークを完全に外したモラタがニアで合わせてゴールネットを揺らした。ライン間での起点になるプレーとクロスのターゲット役としての役割、まさに指揮官がモラタに期待していたプレーから得点が生まれたのだ。

4) 66’ ウィリアムス、コケ投入→70’頃- オープンな展開に

先制したスペインはその4分後にウィリアムスとコケを投入する。ルイスエンリケはドイツが攻めに来ることを想定していたはずで、この2枚替えにはドイツの攻勢に対しての予防策の意味合いがあったと考えられる。まずスピードとドリブルが武器のウィリアムスをRWGに起用することで、相手の左肩上がりのプレスをひっくり返せるようにする。ウィリアムスを使ってチャンスを作ることが出来ればドイツのプレスを牽制する効果も見込める。コケの投入には様々な狙いが考えられるが、ガビよりも守備的MF寄りのキャラクターであるコケを投入することでポゼッションの安定とリスク管理の強化を図ったと推測可能だ。

しかし、70分の3枚替え(フュルクルク、ザネ、クロスターマン投入)を機にドイツは主導権を手繰り寄せていく。この時間帯からゲームはスペインにとってあまり好ましくないオープンな展開となる。
痛手だったのはウィリアムスの機能不全だ。右サイドの大外に張る彼はドイツの勢いを透かす役割を担ったキーマンだったが、オンザボールのパフォーマンスは低調で、スピードを十分に活かすことも出来ていなかった。
守備でもアグレッシブな姿勢を維持するが、70分以上が経過して必然的にラインは下がっておりプレスに前半のような強制力はない。2列目のドリブラー3人の前に純粋なストライカー・フュルクルクが陣取るドイツは、組織だったパスワークというよりも個人のドリブルやあえて密集へ挑みコンビネーションで突破するプレーにより、勢いに翳りのあるスペインのプレスを突破し押し込む場面を作り出す。

結局、82分にフュルクルクのファー天井への強烈な一撃でドイツが追いつくまで、スペインは右サイドの機能不全を抱えた状態でオープンになる以前と同じことをやるだけで、好ましくない展開に対処しきれなかった。
そして、追いついたドイツが引き分けを許容しリスクを避けるような選手交代を行ったこと、スペインが残っていた1枚の交代カードを切らなかったこともあり、その後スペインが猛攻を仕掛けるような展開にならず1-1で試合終了を迎えた。

まとめ

スペインは、モラタ投入がズバリ的中し試合をリードした一方で、攻勢をかけたドイツに対処できぬまま同点ゴールを許し引き分けでグループステージ第2戦を終えた。
70分にハンジフリックが決断した3枚替えを受けてそれまでと同じやり方で、自らの理屈を押し付けるアプローチをとったルイスエンリケであったが、オープンな展開を受け入れむしろ利用しようとしたドイツを弾き返すだけのパワー、自分達にとり好ましい展開でゲームを進めさせる強制力はなかった。
逆に、ドイツ側が事前のスカウティングで「スペインは展開によらず彼らのやり方を突き通す」ことを見抜き(実はドイツ自身もそうなのだが)、その性質を利用したことで試合の主導権を奪い返せたと推測することも可能だ。フレッシュなアタッカーを投入しオープンな殴り合いを歓迎する態勢をとったことでスペインの支配力は及ばなくなり、ドイツは主導権を奪った。
ハンジフリックを筆頭にしたドイツのコーチングスタッフが、日本戦では日本サイドの策に対応できなかったのだが、このようなレベルのことを考え試合で実現できる手腕を持っていることは十分に考えられる。
スペインにとっては、自らの手でゲームを動かすことへのこだわりの強さ故、柔軟な対応ができず勝利を逃した試合となった。言い換えれば、ボールを握り相手を管理下において試合を進めることを前提条件としている彼らの戦略の弱さが出たとも言えるが、それでも次戦に陥った事態に比べれば深刻さはよっぽどましであった。

GS-3 vs日本

概要

1) スコア

日本2-1スペイン
日本:48’堂安、51’三笘
スペイン:11’モラタ

2) メンバー

日本 343/541
GK:権田
DF:谷口、吉田、板倉
MF:長友、守田、田中、伊東
FW:鎌田、前田、久保

スペイン 4123/4123
GK:ウナイシモン
DF:バルデ、パウトーレス、ロドリ、アスピリクエタ
MF:ブスケツ+ペドリ、ガビ
FW:ダニオルモ、モラタ、ウィリアムス

試合分析

1) スペインの基本的な狙い

スペインは半分ローテーションの形を取り、バルデ、パウトーレス、モラタ、ウィリアムスが今大会初先発を飾った。
大枠の戦い方は不変だが、基準点となれるモラタとドリブラーのウィリアムスが最初からピッチに立っており先の2試合より「個人の打開力」に比重を置いた布陣になった。

2) パニック

前半、541の自陣ブロックに軸足を置いた日本は、11分に先制点を喫したことを受けてより積極的にボールを奪いにいける形を模索する。左サイドの鎌田ー長友ラインの不具合は解消されぬままだったが、右サイドの久保もしくは田中をきっかけとしたミドル・ハイプレス移行によって何度かカウンターを繰り出し、ハーフコートゲームになり得た序盤から一定程度戦況を回復してみせハーフタイムを迎えた。

後半、日本は堂安と三笘を投入し、奇襲に出た。「誘導」をすっ飛ばしてハナからスペインをたたきにいくハイプレスだ。そして後半開始からわずか3分、このハイプレスから同点ゴールが生まれる。CF前田を皮切りにLWBに入った三笘が迷いなく前へ出て相手RSBカルバハルを圧迫し、同じく矢のような鋭さで飛び出したRWB伊東がウナイシモンの浮き球を受けたジョルディアルバからボールを奪い堂安へ。堂安が左足の弾丸シュートを叩き込んだ。

スペインは、1-1のまま時間を進めて日本の勢いを抑えなければならなかったが、日本は先制直後の51分に逆転する。試合後指揮官が語ったように、この時間帯スペインはまさに「パニック」に陥ってしまった。

3) パニックへの対処

逆転ゴールを許したスペインは、57分にアセンシオとフェラントーレスを投入する。これは、「俺達のサッカー」へのコミットメントを再確認するような交代だった。時間が進むにつれ日本は守りを固める方向へシフトしていくと思われる中、基準点になれるモラタ、単騎突破に特化したウィリアムスは引いた守備を崩すのに必要な選手だったようにも思える。
しかし、2章の分析を思い出せば、「ボールを握り続けること」「どこでも即座に相手を包囲するネットワークを持つこと」は戦略上の大前提だ。常にこの2つは確保されていなければならない。
だが、日本の奇襲と逆転劇はその大前提を揺らがせた。ハイプレスでボールを奪われ、ネットワークの相互補完の機能が起動する前にスピーディーなコンビネーションで組織を破壊され得点を許した6分間は、まさにスペインが「ボール」と「ネットワーク」を取り上げられたことを意味した。そのせいでもう一度「全て」であるボールとネットワークの回復を強いられた。
だから、ルイスエンリケは交代枠を2枚使い、より「ネットワークを構成する一人としてのプレー」に長けた選手を投入した。こう考えれば、偽9番を担うアセンシオと内側でもプレーできるフェラントーレスの起用は理解できるのではないだろうか。

ひとまず試合を落ち着かせ、もう一度自分達がボールを握って日本を押し込む構図を取り戻したルイスエンリケは、68分に勝負手を打つ。約25分を残したこの段階で5枚の交代枠を使い切り、ジョルディアルバとファティを投入した。左サイドをコンビで替えて左から崩せるようにする狙いだった。
しかし、日本を率いる森保一によって勝負手は無効化されてしまう。スペインのベンチの動きを見た日本サイドは冨安投入を決断し、RWBに起用して相手の左サイドにぶつけた。アーセナルで主力を張れるほどの実力の持ち主であり守備の様々な側面において優れている冨安が入ったことで、日本右サイドを狙い撃ちする狙いは封じ込められてしまう。
交代枠を使い切って打った策を台無しにされたスペインは手詰まりとなった。ファティを内側へ置き、終盤にはフェラントーレスをCFに回して彼らへ浮き球を送るなどしたが、本職WGの彼らが中央で起点を作ることは難しい。チャンスが無かったわけではないが、引いた541を破るに十分な攻撃は行えなかった。

まとめ

日本の奇襲によってスペインは自分達のやり方へのコミットメントを再確認せねばならず、このことが541ブロックに対する手詰まりを引き起こしたといえる。仮に後半が前半の延長線上で進んだとすれば、スペインがボールとネットワークを失う危機に瀕することはなかったであろうし、それらを取り戻すための2枚替えも必要ではなかったはずだ。仮にどこかの時点で同点にされたとしても、日本を攻略するために使える交代枠は単純に考えて2枚多かったわけで、最終盤にアタッカーを投入することも可能だった。
見方を変えれば、スペインの戦略そのものの脆弱性が現れたとも言えないだろうか。いくら日本のパフォーマンスレベルが高かったとしても、数分、数プレーで全ての土台である戦略がグラついてしまい、立て直すコストが高くついた(57分の2枚替え、68分の時点での交代枠使い切り)ことは確かだ。日本のドイツ、コスタリカとの試合を見ればハーフタイムにハイプレス対策を擦り合わせることはできなかったのかという疑問も残るが、戦略上の前提を揺るがした、つまり戦略レベルで勝利した日本を讃えるべきだろう。

R16 vsモロッコ

概要

1) スコア

モロッコ0-0(PK:3-0)スペイン

2) メンバー

モロッコ 4123/4141
GK:ボノ
DF:マズラウィ、サイス、アゲルド、ハキミ
MF:アマラ、アムラバト、ウナヒ
FW:ブファル、エンネシリ、ツィエク

スペイン 4123/4123
GK:ウナイシモン
DF:ジョルディアルバ、ラポルト、ロドリ、ジョレンテ
MF:ブスケツ+ペドリ、ガビ
FW:ダニオルモ、アセンシオ、フェラントーレス

試合分析

1) モロッコのスペイン対策

コスタリカ、ドイツ戦と同じくボール保持に特化した、偽9番を置く布陣をとったスペインに対し、モロッコは4141の自陣ブロックを敷いた。
モロッコは自陣で構えながらもDFラインをできる限り高く設定し、押し込まれたとしても3ラインのコンパクトネスは徹底して維持した。彼らのコンセプトは、「ハーフスペースに立つ相手以外と噛み合わせ、ハーフスペースへ誘い込んで包囲し攻撃へ転じる」というものだ。
一般的に攻撃の要所と言われるハーフスペースは、モロッコにとってスペインをはめる罠であった。ハーフスペースは、攻撃側目線で「相手4人を引き付けられる効果がある」と捉えられているが、これは守備側に「4人で相手を囲い込む」チャンスがあるということでもある。
まず、相手CBラポルト、ロドリヘプレスをかけるためにIHウナヒ、アマラーが一列前へ出て、あえてハーフスペースが空く状態にしておく。そしてスペインがハーフスペースにボールを送り込んできたら、ACアムラバトが逆サイド、WGシエシュ/ブファルが同サイド(大外)、DFラインが前方(ゴール方向)、IHウナヒ/アマラーが後ろ方向から圧縮し、ハーフスペースで受けた選手の四方を塞ぐ(包囲する)。ハーフスペースの性質を逆利用することでボールを奪い、反転速攻へ転じるアプローチだ。

2) タスクグループの弱点

この試合、前の日本戦とは異なりスペインは試合を通して主導権を握ってプレーした。戦略資源の行方という点では、この試合はおおよそ安泰であった。
しかし、問題を抱えていたのは作戦レベル、タスクグループだ。
モロッコの非常に組織されたハーフスペース包囲は、タスクグループの「調整幅の狭さ」という側面を炙り出す。超コンパクトな陣形を土台にハーフスペースに狙いを絞り一気に包囲するアプローチによって、スペインのハーフスペースで受けた選手は、味方と共に相手を包囲しているはずが逆に包囲される状態に陥っていたという意味だ。
モロッコはスペインの後方にしつこくプレスをかけてくるわけではなく、WGが相手SBに、IHが相手CB(降りたIH)にといった形で噛み合わせているだけだ。後ろで回している段階では、スペインが何かしらの危険に直面することはない。しかし噛み合わされているせいで、ハーフスペースにボールが入りモロッコの選手がそこへ圧縮すると、受け手は味方へのパスコースがなくなる。スペインの右サイドを例にとると、内に絞ってボールを持ったRSBジョレンテが相手LIHアマラーに寄せられ、CFアセンシオは相手ACアムラバトに見られている。RSBジョレンテが右ハーフスペースに立つIHガビにパスをつけると、アマラーはプレスバックし、アムラバトは左側から寄せる。この時、アマラーはジョレンテの、アムラバトはアセンシオのすぐ側からボールへ向かっているので、ちょうどジョレンテとアセンシオは隠れてしまう。
この「噛み合わせる→ハーフスペースで罠にはめる」守備をモロッコが高精度で繰り返し行うため、タスクグループを構成する均等な距離に立つ選手達は、ハーフスペースで受けた味方から切り離されてしまっていた。

タスクグループも抵抗する手段がなかったわけではない。モロッコの守備組織に混乱を生むためにタスク交換・ローテーションを行っていた。しかし特段の効果は生まれず、延々とモロッコの4141ブロックの外でパスを回す時間が続いた。なぜモロッコは動じなかったのだろうか。
それは、タスク交換・ローテーションは「入れ替わり」に過ぎず、ハーフスペースに対する人数のかけ方・受け手に対するサポートの仕方は変わっていないし、モロッコの選手は人の移動(入れ替わり)へ付き合わずに「今、自分のエリアにいる人」を守っていたからだ。
LIHペドリが降りてLWGダニオルモが中に入りLSBジョルディアルバが高い位置を取るといったローテーションを行っても、「誰がいるか」は変わるが「どこにいるか」「どのくらいいるか」はほぼ同じだ。モロッコの守備の要点はそこに誰がいるかは関係なく、「ハーフスペースに立つ選手を空けて他は噛み合わせ、ハーフスペースに入ってきたら周りと受け手を切り離す」ことであり、単なる入れ替わりは「どのようにリソースを配分すればハーフスペース包囲を掻い潜れるか」という問題への解決策とはなり得なかった。
タスクグループ内でのバランス確保の徹底は確かにリスク管理にはなるが、代償としてダイナミズムを失っており、そのせいでモロッコ側の思惑通りにボールを奪われカウンターを浴びる場面も多くあった。

3) 120分を戦う
スペインは圧倒的にボールを保持しながら、120分間でモロッコのゴールを破ることができなかった。
後半にモラタ、ソレール、ウィリアムスを投入し確かにチャンスの数が増えたが、モロッコも時間の経過と共に必然的にラインが下がる中でも押し上げ続け、延長に突入してもなおカウンターから決定機を生み出した。
スペインは、90分のうちにモロッコの守備組織を崩壊寸前まで追い込みたかったが、前半から一貫して「入れ替わりのみ」であったためダメージを蓄積させられなかった。スペインが得点を決めて勝つ可能性も一定程度あったが、試合全体としてモロッコの守備を攻略できるほどのパフォーマンスだったかというとそうではなかった。

まとめ

タスクグループの弱点、バランスの維持を徹底する故の融通の利かなさを露呈したゲームとなった。
仮に相互補完を広く捉えて、選手個々の受け持つタスク・ポジションのカバー範囲(ZOC:Zone Of Control)を調整できたなら、ラウンド16での早期敗退は回避できたかもしれない。
例えばタスクグループ[LSB-LIH-LWG]において、LSBジョルディアルバのカバー範囲を広げて大外でのサポートとロスト時の内側に絞ったカウンター対応を兼任させ、反対にLWGダニオルモのカバー範囲は意図的に狭めて相手RSB-RCBの間に立ち2人を釘付けにするタスクに専念させる。そしてLIHペドリがハーフスペースでパスを受ける役を担うことで、ペドリがハーフスペースで受けた時、ダニオルモは相手DF裏に走るなど効果的なサポートを提供できるようになる。
他にも、単一のタスクグループ内で問題解決を図るのではなく、隣のタスクグループと協力する方法もある。LCBラポルトに左サイドのカバーリングも任せ、ジョルディアルバ、ペドリ、ダニオルモの3人のカバー範囲を全体的に前へ押し上げるというやり方が一つだ。
今大会のスペインは単一タスクグループ内で相互補完を完結させることに固執しており、自ら相手・展開に応じた調整の可能性を制限してしまい問題解決を難しくしていた。モロッコにこの構造上のエラーを露呈させられ、120分でゴールを割れなかったスペインは、PK戦の敗北で大会を去った。

結論

スペインの戦略とその運用について詳しく見てきた中で、スペインの戦略には3つの要点があった。

  • スペインの戦略は、「ボール」を持ち「ネットワーク」を張ることで相手を管理下に置き、ゲームを支配するというもの。「ボール」と「ネットワーク」は彼らにとって最重要資源である。

  • ネットワークというのは即ちタスクグループの集合体のことであり、規模的には中程度のタスクグループというユニット内で相互補完を成立させ、自分達のバランスを維持した上で相手のバランスの崩壊を誘発する。

  • 戦略を実現させるために偽9番などのディティールが存在し、それは守備においても全く同じである。

試合における戦略の運用について、特に重要だったのは以下だ。

  • スペインの戦略には、相手に自分達の理屈を飲ませる強制力がある(コスタリカ戦はもちろんのこと、他3試合でもスペインは長い時間ボールとネットワークを所有してゲームを進めた)

  • 一方で、グループステージ第2戦から最後のR16のモロッコ戦まで3戦続けて何らかの形で構造的欠陥を相手に利用され、苦境に陥っている。

  • 特に日本戦では、戦略上の前提が揺らぐという緊急事態に陥った。

「構造」を見れば、スペインには自分達のやりたい試合を実現させるための確固たる仕組みがありそれは万能にも思えたが、試合を見ると全くそうではなく、カタール・ワールドカップにおいて結果により濃く反映されたのはボールとネットワークの所有を絶対条件とする戦略の脆弱性の方だった、というのがこの記事の結論だ。
彼らのサッカーが魅力的であることは多くの人が認めるだろう。そして緻密に落とし込まれた戦術の存在を否定する人も少ないはずだ。だが、それとサッカーというゲームに勝つことは別物である(彼らの戦略がリーグ戦向きであることを付け加えておく)。まさにその点にこそ、サッカーの面白さと奥深さが存在しているのだ。

おわりに この記事が見逃していること

最後に、この記事が残念ながら見逃しているとても重要なことについて少しだけ書き記しておく。私はこのことに気づいた時正直ショックを受けたが、本文に加えるには遅かった。
それは、「ボール保持によって試合を支配する戦い方に特化したスペシャリスト集団の存在が最も重要な戦略的資源である可能性」を見逃していたことだ。それを言ったらおしまいだ、と思われるかもしれないが、マンチェスターシティ、アーセナル、バルセロナ、スペイン、川崎フロンターレ...ボール保持を試合の支配へ繋げる力があって尚且つ結果を出しているチームは皆、所属リーグの中で他の多くのクラブを圧倒する戦力を有しており、選手補強の質も高い。
攻撃し続けることによって相手を破壊する戦い方が、防御態勢で時間を稼いで反抗に出る戦い方の何倍もの兵力を要することは軍事の世界で常識であるが、それはサッカーでも同じで、マンチェスターシティが毎回の移籍市場で大金を投じて選手を獲得するのも当然のことだと理解できる。
スペインの選手のクオリティについては本文中でも何度か言及しているが、この要素は少し触れるぐらいでは全く不十分である可能性が高い。残念ながらこの記事の中でじっくり考えることは叶わなかったが、日々サッカーを研究する過程で見つかった価値ある仮説であったことは確かだ。

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