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自分にとって『指導者』とは-①

19歳からこの道を志してからずっと、50歳になったら『指導者』を名乗ろうと思っていた。

指導者って、すごい響きだなと。
おこがましいというか、全然足りないというか。
30年間は下積み修行だと自分のなかで決めていた。

『指導者』を僕の中の概念で考えた時に、知識、理論、経験を基に様々な個性、戦型、用具、技術に対しての指導が抜かりなく出来なくてはならないし、それだけの『指導力』が不可欠であると考えている。

自ら手本を示し、解りやすく演じられるスキルと、自らが習得過程を経験し、多くの失敗体験と試行錯誤の上に成り立っている(簡単ではない)と理解している必要がある。

特に、プレーヤーによって戦型や用具、技術が異なる卓球競技の特性上、専門性が高く、『カットマンの先生』とか、『ペンの表ソフト速攻型が専門』、『裏面打法が得意です』『粒高対策なら任せて!』といった
スペシャリスト型コーチが一般的だ。

僕は当時からスペシャリストではなく、ゼネラリストであり、卓球そのもののマイスターを目指していた。

そこで、様々な用具、技術、戦型に精通し、自然に使いこなせて、その習得過程や習得方法、技術理論を熟知した『マルチインストラクター』というワークスタイル(方向性)にいきつき、それを目指して取り組んできた。

それが実現すれば、卓球指導者として自信を持って活動できるし、それを目指す事が、理想の卓球指導者への道でもあると。

20年間のキャリアの中で、後半の10年間はマルチインストラクターとして様々な戦型、用具での雑誌連載や技術DVDの監修や出演などの機会に恵まれたが、それも目標とする理想の指導者への下積み経験だと思っている。

カエルで例えると、手足が生えてきたオタマジャクシくらいの段階である。

20年前は卓球界にインストラクターという概念がまだ浸透していなかったが、その頃僕はダンスやフィットネスのインストラクターの本を参考にしていた事もあり、その方向性に開拓の余地が大いにあると考えていた。

独立時に、『卓球スタジオ』と名付けたのも、実はその影響によるものである。

つづく

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