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菊池良生『傭兵の二千年史』の概要と感想

傭兵と聞くと『戦争の犬たち』や『ベルセルク』の鷹の団、『ヘルシング』の傭兵隊長ベルナドットなどがパッと思い浮かぶ。では実際にいた歴史上の傭兵とはどのような人たちだったのだろうか。

古代ギリシャから現代に至るまでの傭兵のリアルな歴史綴った『傭兵の二千年史』の内容をお伝えしよう。

古代の傭兵

売春が世界最古の職業ならば、俺たち傭兵は世界で二番目に古い職業についている

『傭兵部隊』ジェイムズ・マギー

では古代にいた傭兵は、どのような人だったのだろうか。

古代ギリシャや古代ローマでは「市民軍」が国家の中核を担っていた。軍役は一人前の市民にとっての誇り高い義務であり、高額納税者の特権だったのだ。

だが悲しいかな、植民地が増え国家が繁栄すると海外に権益を持たない人が没落し、兵役の特権を持つ高額納税者が減ってしまう。そこで各地で食い詰めた人を傭兵として雇うのだが、「市民軍」というアイデンティティを失った国民の心はバラバラになり国家は衰退してしまう。

ユグルタ戦役で活躍したガイウス・マリウスは、兵役の資格を廃止。食い詰めた人を傭兵のように雇用し兵力を確保した結果、戦争には勝利した。

しかし軍団長は食い詰めて押し寄せてきた兵を養う必要があり、戦争が戦争を呼びローマ内乱が始まる。そんな内乱をカエサルが制しローマは帝政へ。

広がった国土を防衛するために各属州の現地民を「援助兵」として傭兵雇用。兵役を果たすと市民権が得られるので人気職となったが後に規制緩和で魅力がなくなり、新参のゲルマン人が傭兵として穴を埋める。

兵士を中心に形成されたローマのアイデンティティは崩れ去り、広がった国土は分裂、力を持ったゲルマン人に乗っ取られ古代は終わる。

中世の傭兵

スイス傭兵とランツクネヒトが繰り広げた「邪悪な戦争(マラ・グエラ)」

中世の傭兵は、古代から続き「ボロは着てても心は錦」いつか力でテッペンを取る傭兵ドリームな精神の世界が繰り広げられるが、そんな時代に陰りが見え始める。

鞍と鐙、蹄鉄により歩兵を蹴散らす戦闘のスペシャリスト「騎士」が登場。騎士団のトップが王となった。だがお金のない下っ端騎士は「忠臣は二君に仕えず」なんてことはまったくなく、複数の君主と封臣契約を結び傭兵騎士として雇われた。

騎士はとにかくお金がかかり、万年金欠だったので、私闘や決闘裁判と称し難癖をつけ都市や村落を略奪するものが続出し、ドイツでは度々「平和令」がでたという。日本で言うところの御成敗式目といったところだろうか、鎌倉武士といい中世の戦士階級はどこも似たようなものだったのだろう。

そんな厄介者の傭兵騎士も十字軍という就職先を得ていざ、聖地へ!
色々あって聖地から帰ってきた傭兵騎士は、諸勢力が入り乱れ群雄割拠しているイタリアに目をつける。

イタリアはノルマンディーからやってきた傭兵によって征服された。その後、フィレンツェをはじめとしたイタリア都市の市民は結束して貴族を追い出し繁栄するが、やがて兵役を嫌い傭兵を雇うことに。

だがここで雇用主と傭兵の間でミスマッチが生まれる。すなわち「戦功を挙げれば危険視され、武運拙ければ直ちに切り捨てられる」ということだ。そこで傭兵たちは八百長まがいの戦争をだらだら続けることに。

そんなだらだら時代も長槍を携えたスイス傭兵の登場によって終わる。
15世紀のブルゴーニュ戦争で、羊毛騎士団を破ったスイスの傭兵。勢いづいたフランス王はイタリアへ攻め込む。騎士の慣例では捕虜を取り身代金を要求するという様式美があったが、スイス傭兵はガン無視して捕虜を殺しイタリア人にドン引きされる。ついでに雇い主のシャルル8世もドン引きして撤退。

戦争が終わりスイスに帰ろうとしたら故郷からの帰ってくんなコール。そこを後任のルイ12世が傭兵としてまた雇い、イタリアへ再侵攻するがミラノで同士討ちしそうになる。ミラノ側のスイス人が雇い主を最悪の形で裏切りスイス傭兵のブランド力が暴落。

フランス王を見限りローマ教皇と神聖ローマ皇帝につくがお賃金が全然払われない。なら自立しようとミラノ公国をものにしようとするがフランスに敗北。以降、フランスの専属傭兵に。

近世の傭兵

パヴィアの戦い(1525年)

近世は、戦場で一旗挙げて一国の主に、そんな夢を傭兵が見られた最後の時代で、悲しき「奴隷傭兵」たちの時代となっていく。

ブルゴーニュ戦争前夜、フランスのスイス傭兵ええなと思ったブルゴーニュの代官が南ドイツから人を集めスイス風の長槍部隊を作る。

戦後、ネーデルラントをめぐり対立が起きたとき神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世は南ドイツから来たこのスイス風長槍部隊を雇い戦いに勝利する。このスイス風の傭兵が「ランツクネヒト」だ。

ランツクネヒトの特徴は派手な服装(サムネ画像参照)と自由がアイデンティティーなところ。スイスは国家管理の傭兵部隊だったが、ランツクネヒトはいわば私企業。『ベルセルク』の鷹の団をイメージするととてもわかりやすい。

連隊長、中隊長、旗手の将校クラスのほとんどが立身出世と権力を渇望する没落騎士貴族からの転進組で占められていたが、傭兵団の運営はかつて例がないほど民主的であった。

兵士たちの利益を代表する人が「兵士集会」で選ばれ、将校や雇い主と給金や略奪品の分配など共同決定権を駆使して交渉した。

ランツクネヒトの共通の価値観は「どの連隊長に付けば安定して給金がもらえるか」しかなく、戦争の目的や雇い主には大して興味はなかった。この価値観は後に大きな影響を及ぼしてくる。

スイス傭兵とぶつかったパヴィアの戦いでは大量の火縄銃を集中運用してスイスの方陣を破った。戦いに敗れたフランソワ1世は捕虜から開放されると停戦条約を一方的に破棄、ローマ教皇ものっかりカール5世がキレる。

イタリアへ懲罰軍として送られたランツクネヒトは給料未払いに不満を抱きローマを略奪する。悪名が広がるが戦争が増えたせいで需要はかえって増えた。

オランダ独立戦争では、マウリッツ・オラニエにより訓練された規律正しい正規軍にランツクネヒトは敗北する。訓練と給料をしっかり施された軍隊は強い。

30年戦争から絶対王政、そして現代の傭兵へ

ロクロワの戦い(1643年) Rocroi,_el_último_tercio,_por_Augusto_Ferrer-Dalmau

傭兵が国家の軍事機構の中心にいた最後の時代。
30年戦争はざっくりいうと4期にわたって繰り広げられたプロテスタントとカトリックの宗教戦争だ。

初期のボヘミア・プファルツ戦争ではプロテスタント勢はあっさり負ける。だがプロテスタントの傭兵隊長マンスフェルトは敗戦後、都市や農村の非戦闘員相手に次々と略奪を繰り返しカトリック勢を悩ませる。

第二ラウンドのデンマーク戦争ではお金がない皇帝のために傭兵隊長ヴァレンシュタインが立ち上がる。使命感に心を燃やしマンスフェルト以上に略奪を繰り返す。なんなら味方の領地まで略奪する。「戦争は戦争で栄養を取る」の精神はこの後さらなる地獄を作っていく。

皇帝とドイツ諸侯はやめてほしいが、すでに15万の兵がヴァレンシュタインの私兵として編成されていたため強く言えない。ヴァレンシュタインは15万の兵でマンスフェルトを倒す。倒したら用済みなのでヴァレンシュタインは罷免される。

第三ラウンドのスウェーデン戦争では、マンスフェルトが倒されてピンチのプロテスタント勢にスウェーデン王グスタフ・アドルフが参戦。マウリッツ・オラニエの軍制改革を完成させた正規軍でカトリック勢を破る。

ピンチになったのでカトリック勢はヴァレンシュタインを再招集。リュッツェンの戦いでは敗れるがグスタフ・アドルフが戦死。用済みになったのでヴァレンシュタインも暗殺される。

ちなみにこのとき皇帝は、マンスフェルトとヴァレンシュタインを見て「あれ、略奪しなくても武力を背景に徴税すりゃよくね?」と真理を悟り軍権を掌握。ヴァレンシュタインの私兵は皇帝の私兵となっていた。

第四ラウンドは、戦争が起きることで大地が荒れ果て、食い詰めた人が戦争を起こしさらに大地が荒れるといった悪循環がだらだら続くだけの地獄。『イサック』はこのあたりの時代だろうか。

そんなこんなで独立独歩の自由な傭兵は絶対王政のなかに組み込まれ「奴隷傭兵」のようになっていく。

絶対的な権力を掌握した王たちは金ではなく国家に忠誠を誓い高度に訓練された正規軍を主力とするようになる。

一方、プロイセンのフリードリヒ大王は訓練した兵の他に、詐欺や身売り、誘拐などで確保した「傭兵奴隷」で戦力を補った。

オランダ東インド会社にも同様の手口で船乗りを確保する「魂売り」というブローカーがいたというから恐ろしい時代だ。

だが精強を誇った傭兵奴隷がいるプロイセン軍もフランス革命で生まれた国民軍によって打ち負かされ、傭兵軍は国家の軍事機構からその姿を消す。

フランス革命後は、フランス外人部隊が創設される。部隊の任務は補助、特殊作戦で要するに使い捨て部隊だ。軍の中核ではなくフランス軍事政策の汚れ仕事をやる特殊部隊。

豊かな生活に飽きた者や傭兵ロマンチシズムに酔いしれる、使い勝手の良い便利な冒険野郎が志願して雇用される。これはまさに『ヘルシング』の傭兵隊長ベルナドット。

おまえら小銭目当てに好き好んで戦争屋になった親不孝共じゃねぇか
さてと死のうぜ犬ども 畜生(ファック)畜生(ファック)っていいながら死のうぜ

『HELLSING(ヘルシング)』6巻

まとめ

傭兵の歴史を追うと思いがけずヨーロッパの歴史を概観することになった。

古代から近代までの傭兵の共通点は「金のために戦う」というところだろう。ペロポネソス戦争で没落したギリシャ人、農業革命で人口が増え相続する土地がなかったノルマンディー傭兵いずれも生きるために文字通り身を切ってお金を稼いだ。

中には成り上がり王にまで上り詰めた傭兵もいたが、時代が下るにつれ傭兵から権力の座につくのは難しくなる。奴隷傭兵の時代になると、なぜ人権思想が生まれ啓蒙活動が盛んに行われるようになったのかよく分かるほど待遇がひどい。

自由な傭兵、極悪非道な傭兵、守銭奴な傭兵、義侠心あふれる傭兵と様々な傭兵たちが歴史を織りなしていた。創作物には傭兵がよく出てくので、前提知識を持ったうえで見ると演出の意図がわかり、より多くの楽しみ方ができそうだ。

ちなみにベルナドットの部隊名「ワイルドギース」はアイルランドの傭兵。イギリスとの戦争に負けてフランスに渡りルイ一四世の大陸軍に編入され使い倒される。そんな悲しき歴史を持つ傭兵隊の名を冠してはいるが、金さえ貰えればいいと大英帝国王立国教騎士団に雇われるのだから皮肉が効いている。

現代の傭兵事情は、少し古いがP.W. シンガー『戦争請負会社』が詳しい。

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