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〈43〉Mっちから届く「まごころ段ボール」/まるで身内の仕送りのようにあったかい。

手づくりの梅干しとともに遠い街の香りまで運んでくる。

毎年、夏の終わり頃、Mっちから段ボールの小包が届く。Mっちが大切にしている梅の木から実をとり、丹念に漬けた梅干しができあがると、早々に送ってくれるのだ。小さな箱には、その他にも地元の海産物や素朴なお菓子、これまた彼女の手づくりだろうと思われる干し椎茸など、心を込めた美味しいものがぎっしり入っている。段ボールを開けたとたん、彼女の住む遠い漁師街の空気がふわっと立ち昇るみたいだ。
Mっちは私と同業のコピーライターで、私とNさん(オット)の共通の友人だ。私より若いが、3年ほどまえ故郷に帰り、母上と静かな暮らしを送っている。帰郷するずっと前から、親戚のおばさんたちから郷土料理のレシピを聞きとりして自分で再現するのが楽しいと言っていた。たぶん梅仕事もおばさんたちから教わりながら自分の味に仕上げているのだろう。
Mっちの梅干しには「梅は果物」と気づかせてくれるフルーティーさがある。種の近くのトロッとした果肉部分が、まるで桃を食べているようにふわっと甘く香る。さらに赤紫蘇もとびきり香りがいい。うちでは熱々の昆布茶にこれを刻んで入れて、醤油をひと垂らしして吸い物がわりに楽しんでいる。おにぎりにこの吸い物があれば、うちの昼ごはんは最強だ。私たちがあまりホメるものだから、いつも赤紫蘇は申し訳んいほどたっぷり送ってくれる。
段ボールに入っていたMっちの手紙を読みながら、彼女の人懐っこい笑顔を思い出して、思わずNさんも私も「元気みたいだね」「会いたいねぇ」としばらく思い出話が弾む。

段ボールの仕送りを想うと鼻の奥がツンとする。

私自身がまだ海のものとも山のものとも知れずもがいていた20代、すぐ上の姉からときどき段ボールが届いた。インスタントラーメンやお菓子が入っていて、ギリギリの生活をしていた私には本当にありがたかった。40年前のことだが、いまも感謝している。姉妹げんかになりそうなときも、あの段ボールを思い出してグッとこらえる。どん底のときの恩は忘れてはいけない。
当時、故郷を捨ててしまった私は親の援助を受ける資格がないと思い込んでいた。意地もあった。
コピーライターでどうにかごはんが食べられるようになってから、ようやく両親に会いに帰ると、私が人の道を外していないことにやっと安心したのだと思う。それ以来、両親は故郷の果物や野菜を段ボールで送ってくれるようになった。
夏には、名産のビワがもぎたてのまま送ってきた。親戚のおじさんの家のビワはとりわけ美味しくて、ビワ好きの私のために父がわざわざもらってきてくれたものだ。段ボールの底にうぶ毛のついたビワの葉を敷き、実をきれいに並べたのはきっと母だ。母の鼻歌が聞こえてきそうだもの。
父が育てた夏野菜も楽しみだった。私の好物だからとわざわざ植えてくれたモチトウモロコシは、ふつうのスーパーには売っていない品種だ。ゆでたてをかじると、ギシギシ音がしそうなくらい粘りがある。本当は帰省した私に食べさせたかったのだろうが、トウモロコシに合わせて帰れるほど優雅ではなかった。
母の手紙を読みながら、故郷の美味しさを噛みしめるたびに鼻の奥がツンとする。両親が他界したいまとなっては、仕送りの段ボールはもう二度と届かない。そんな私を思ってか、姉はいまも季節の特産品を段ボールで送ってくれる。やっぱり姉には絶対に逆らえない。

姉は今年もかぼすを送ってくれた。

今度は私がMっちへ送る段ボールを用意した!

段ボールを送ってもらう幸せを、今度はMっちに味わってもらおうと私も中に詰める品を用意した。やっぱり手づくりのものがいいよね。
一つ目は、今年作ったブルーベリージャム。毎年、失敗と工夫を重ねたおかげで、今年のはプルンッと固まって美味しいしく仕上がった。大瓶に詰めて冷凍しておいたのを選んだ。
二つ目は、Nさん(オット)の高菜漬け。2年前に畑で育てたものを収穫し、たっぷりの塩で漬けたもの。まだ塩が効いているから、食べる前にはしばらく水で塩抜きの手間が要るが、さすがに2年も寝かせているから旨みたっぷり。これも冷凍しておいた。
三つ目は、庭のローズマリーの枝を干して匂い袋に仕上げたもの。こないだの台風でローズマリーの灌木が根元から倒れてしまったので、枝を洗ってカラカラに乾燥させ、葉だけをこそぎとってティーバッグに詰めた。古い麻布で袋を縫って、そこにティーパックを入れてリボンで口を縛ると、おしゃれなサシェのできあがり。バラやラベンダーのようには香らないが、清々しい匂いがほんのり漂う。

もちろん中には手紙も入れた。
段ボールを開けるときのMっちの笑顔を思い浮かべながら、クール宅急便を申し込んだ。Mっち、喜んでくれるかな。

私がつくったローズマリーのサシェ。
Mっちに送る段ボールに入れた。


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