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自転車泥棒〜供述調書の書き方講座〜

『自転車泥棒』、大昔のイタリア映画で、同名のものがあるが、今回はその話ではない。
約1ヶ月前、長男の自転車が盗まれた。駅前の塾の駐輪場に停め、教室あと駐輪場に戻ると、かごに入れたヘルメットだけがそこに置かれ、自転車がなくなっていたという。
最初、何が起きたのか分からなかったと長男は話す。誰かの悪戯で、近くに隠したのだろうと思い、駐輪場の周辺を探し回ったそうだ。当然、自転車は見つからない。盗まれたのだ。
聞くと、鍵をかけ忘れたと言う。その日は塾の模試で、時間ギリギリ急いでいたのが理由だそうだ。盗まれて当然の結果でもある。
駅から徒歩で帰宅する時、長男は自転車が盗まれたことに対して、気持ちの変化が起きたことを話した。最初は、なぜ?の疑問だったものが、盗まれたことに対する怒りに変わり、最後は、施錠しなかった自分に対しての後悔に変わったそうだ。その後悔は、反省よりも自分に対する不甲斐なさを責めるものに近かったと言う。
翌日には警察に盗難届を出した。この時点で、僕は自転車が返ってくるとは思っていなかったが、妻や長男は、その辺ですぐに見つかると思っていた様だ。警察は、防犯カメラを確認してみます、とだけ、話した。

それから、約1ヶ月後。警察から、自転車が見つかった、と電話があった。ただし、乗れる状態にないので、車で引き取りに来てほしい、と。残念ながら僕の予想が当たってしまった様だ。

休日、警察に出向くと、長男だけが別室に呼ばれ、調書を取らされた。時間にして40分。その後、僕と妻も交えて、警察がその調書を読み上げた。間違いがなければ、ハンコを押せ、と。
面白かったのは、その調書、全て長男が話した風に一人称で書かれていたこと。最後には「人のものを盗むことはよくないことで、僕もとても困りました。犯人には反省してほしいし、そのためにも厳しく罰してもらいたいです」と締められていた。
僕は瞬時に、これは長男の言葉ではないな、と悟った。「誰にでもでき心はあるし、まあ、まずは謝ってもらえればそれでいいよ」、警察に出頭する前、そう話していた長男が、この様な供述するはずがない。あとで長男にそのことを聞くと、「人のものを盗むのは良くないよな?君も困っただろ?やっぱり反省してほしいよな?反省してもらうためにはちゃんと罰せられないとだめだよな?」と警察が話すことに対し、長男は、はあ、とかはいと繰り返していただけだと言う。なるほど、こうやって調書は作られるのか。発言してもいない内容を、あたかも自分が言った様に書かれてしまうのだ。今回はたまたま被害者側であるが、もし、加害者側になったとしたら、都合よく警察の思惑通りの供述に、まんまと書き換えられてしまう可能性があるなと思った。

その後、自転車が引き渡された。駅からさほど離れていない川に、投げ捨てられていたという。

防犯登録のステッカーと、中学の学年ステッカーは剥がされていた。

自転車は、普段、家のガレージに保管されていたため、盗難前はとても綺麗な状態だった。しかし、返ってきた自転車には、多くのゴミや藻がからまり、川の腐敗臭がした。いろんな場所が痛み、錆び、タイヤはパンクし、とても乗ることのできる状態ではないと、瞬時にわかった。犯人は、なぜ自転車を川に捨てたのだろう。ステッカーを剥がしたことは、持ち主判明を遅らせるための行為だと想像がつく。僕は、千と千尋の神隠しを思い出した。川の神から、多くのガラクタが吐き出される時、錆びついた自転車が一緒に出て来るシーンがあったのだ。なぜ、自転車は川に捨てられるのか。証拠隠滅のつもりなのだろうか。
結局、車体に刻印されたシリアルナンバーで長男のものと判明したそうだ。盗んだ犯人に行きつき、問い詰めた結果、川に捨てたと供述。現場を検証すると、供述通り、川の中で発見されたという。自転車をぼんやり眺める長男は、やはりどこか寂しそうに見えた。たった数年でも共に過ごした日々、無残な姿を見て、いい気分なわけがない。

今回、わかったこと。

①自転車泥棒は、バレる。
詳しい経緯は教えてもらえなかったが、きっと防犯カメラを確認したに違いないと思う。今時、軽い気持ちで自転車盗んだって、すぐに捕まってしまう。

②施錠は、絶対。
長男も、今回1番反省したのは、この点。僕も、強く長男を叱責した。もし施錠していれば、盗難はたぶん、防ぐことができた。言い換えれば、犯人も被害者も生まれなかった。自転車だって今でも綺麗な状態で、あと何年も乗ることができただろう。警察からも、今後十分に気をつける様に、と言われた。

③警察に、個人情報、的な配慮はない。
長男が調書を取らされている最中、何度も担当の警察官が、他の警察官と大声でやり取りをしていて、自転車を盗んだ犯人の名前や年齢まで、丸聞こえだった。さらには名前の漢字にまで言及する様子まで。僕ら以外にも警察署に来ている人もいる中で、そういった配慮が全くないことに驚いたが、署全体で気にかける様子もなく、ああ、これが日常なんだと悟った。デリカシーに欠ける。怒りよりも、呆れに近い感情。

④供述や調書は、警察の思うがまま。
少し言いすぎだが、警察の話すことに相槌を打っていただけで、それがあたかも自分の発言の様に書き留められてしまう。最後に、これで間違いなければ判子を押して、と言われ、いやいや、それ、あんたが言ったことじゃん、そんなこと言ってねーよ、と、首を横に振れる人が何人いることか。こうやって無実の犯人も生まれてしまうのだろうか。

⑤時間掛かりすぎ。
たったペラ一枚の調書を取るのに、40分。しかも、被害届を出した際に話した内容の繰り返し。その時も、約2時間掛かっている。警察には、独自のスピードの時計の針が存在する。

聞こえてきた情報によると、自転車泥棒は未成年。僕は、長男と同じ中学の生徒や、同じ塾生だったら気まずくて嫌だなと思っていたが、それは杞憂に終わった。今後の流れを聞くと、犯人は立件されることになるという。そのうち、警察からまた連絡が来ることになるらしい。

とにかく、施錠。特に高価でも希少でもない自転車だ。鍵さえされていれば、きっとわざわざそれを壊してまで盗まれたこともなかったことだろう。
長男にとっても今回の経験が、今後に活かされるものであって欲しいと願う。

長男は帰り際、今回の担当警官に「いろいろとお世話になりました。ありがとうございました」と頭を下げていた。いつの間にか、丁寧に礼を言える様になった彼の成長を、ほんの少し垣間見ることができた。

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