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にじみ出る人間性と、変わらない「何か」。

さて。
今週も早いもので金曜日。

今日もいらっしゃいませこんばんは。

このnoteは、僕の思いをリアルタイムで綴る。
そんなハートフルなコンセプトで成り立っている。

よかったら覗いていってみてください。


大丈夫。
大したことは絶対に書いていない。



今週の振り返り

まずは、今週の振り返りから。

先週はネガティブな記事を書いてしまった。
その原因となった体調不良は小康状態。

でもまぁ。
よくないのは決定的なので、
そのうち折を見て病院へ行く予定。

なんかさ。



まぁいいや。
この件については進捗があったら報告するとしよう。





僕の今週は、
一言で表せば英語漬けだった。
アプリ、YouTube、参考書、辞書。

あらゆる情報を読み漁った。


来週月曜日が英語の試験だからだ。

一夜漬けだろうとなんだろうと、
前回よりちょっとでもいいスコアになれば
僕の勝ち。上司に怒られなければ僕の勝ちなのさ。


本当はちゃんと英語の勉強もしたいんだけど。


なんていうかこう。
優先順位は目一杯でも4番手くらい。

ぼちぼちやっていこうと思う。

英語ができるといいことがいっぱいあるんだけどな。




なかなか気分の晴れない日々ではあったけれど。
なんていうか今週は。


「健康の大切さ」
みたいなものを思い知った気がする。

だって、なかなか頭に入らないんだ。

そんな感じだった。


クレイジー、再び

さて今日の本題。


なんとも個人的な記事になる予感だ。
毎週のことだけど。


どこから話そうか。


僕は、人生で何度か、
「クレイジー」
と言われたことがある。
※狂ってる、は数え切れない


僕自身、意識しているつもりはないけれど。


他人から見た僕は、そんな感じらしい。


僕のクレイジーストーリー

自分で自分のことをクレイジーというのは、
なんかこう、
過去を自慢するちょいワル親父みたいな雰囲気であまり好きじゃない。


一応、この作品でちょっとだけ。
僕の「人生初クレイジー」を描いた。



で。

正直、僕は。
この頃の自分と今は全然違うな、と思っていた。


どこかこう。
大人びてしまった。
丸くなった、というやつだ。

心根は変わっていないと思いつつも。
エネルギーのなくなった自分を嘆く。


創作の世界じゃあ、
僕は僕の思うがままに表現できるのだけど。

リアルはそうもいかなくて。



正直、

「僕はこの先の人生、
 きっとショボい感じで生きていくんだろうな」

と思ってた。


エネルギッシュだったあの頃の自分とは、
変わってしまった。


受け入れられない。
なんとも言えない気持ちだったのだ。



そんな折。
今週のことだ。


僕は再び、
「クレイジー」と言われることになる。




にじみ出るクレイジー

「チェーンソーマンって知ってます?」


僕にそう問いかけてきたのは、
会社の人。


一応解説しておくと、
チェーンソーマンとは、ちょっと前に話題になった漫画のことだ。

独特のタッチとストーリー。
ダークヒーローというべきなのか、
ジャンルレスで、狂った感じの作品。
まずまずのクレイジーな作品だ。

アニメにもなったのかな。


僕はもちろん知っているし、
かなり好きな部類の作品。

どっかこう。
琴線に触れるものがある。


で。


問いかけてきた会社の人はこう続けた。



「読んでて、TACKさんが思い浮かびました」
「どっか似てますよね。クレイジーっていうか」







僕は正直、「え?」と思った。







なぜなら会社では。
僕はバチクソに常識人的な振る舞いをしていると思っていたからだ。



いやいやいや。
チェーンソーマン的要素なんて微塵もない。

あったとしても気取られるわけがない。

そもそも僕は大人しくなった。
音楽もやめたし、衝動で何かをするなんてことも減った。

今の会社は辞める予定だし、不用意に人との距離は縮めない。

僕はそう考え、スマートに行動してきたつもりだ。



もちろん会社の人には、
「作家 TACK」のことは一切話していない。




僕は正直、めっちゃ焦った。
僕自身が感じている「大人な振る舞い」が、
他人から見たら違うように見えてるのか。と。

正直、恥ずかしさすら覚えるレベルだった。


全くもって理解できない。

そんな心持ち。


「え!あ、そうなんですね〜ウフフ」

みたいなキモいリアクションをしてしまったので
金輪際その人は近づいてくることはないだろうけど。



なんていうんだろう。
衝撃的と言わざるを得ない。


僕のジョハリの窓はガラガラと音を立てて崩れたような気がする。
※ジョハリの窓=コミュニケーションにおける分析ツール的なやつ


結局僕って、何者なんだ。

いやほんと、今回は自分語りがすぎるな。
と思ったけど毎回こんな感じだった。ごめん。
後悔はしている。


実際のところ。
僕自身は自分のことをクレイジーだとは全く思っていない。


もちろん、言われたら言われたで、
ちょっと嬉しかったりもするけれど。


それ以上に、クレイジーなやつはいくらでもいるからだ。
クレイジー野郎なんて青天井の世界でしかない。


宇宙に行こうとするやつ。
深海に行こうとするやつ。
とんでもない山に登るやつ。
ニュートリノとか研究しまくってるやつ。
謎の数式をひたすら解いてるやつ。
アホみたいな高さのビルの上ではしゃいでるやつ。


尊敬すべきクレイジーは世界中にいくらでもいる。


そんな人外魔境に足を踏み入れる勇気は、
僕にはない。

そんなクレイジー共からしたら、
僕はミジンコ以下のカスでしかない。


至って普通の、どこにでもいる人間だ。

だから自分から、
「僕ってクレイジーなの!」
みたいなことは口が裂けても言えないし、
生涯に渡って思考することすらないだろう。












何が言いたいかっていうとさ。

心の中の「何か」は、
変わっていないのかもしれないと。

そんな風に思えたことが、






僕はちょっとだけ、嬉しかったんだ。






バンドをやってた頃。

人と違う音楽を聴いて。
人と違うドラマーになりたいと思って。
人と違う趣味を持って。
人と違う感性を磨いて。

世間知らずで、
ちょっとギラギラしていた僕。

衝動で富士山とか登っちゃった僕。

ほんのちょっとだけ、
やんちゃだった僕。

ホッピーを飲みまくって、
ゲロを撒き散らしながら家に帰った僕。





そんな僕が、
まだ死んでいなかったのだと。
心のどこかで生きているのかもしれないと。

僕はそう、思った。

諦めていた自分が、
まだ自分の中にいるんだと、僕は思った。



何がどこでどう転んで、
チェーンソーマンという作品から僕を連想したのかはわからない。

単なる思いつきだったかもしれないし、
完全に冗談の類だったのかもしれない。

でも、その人と僕は、
ここ1、2年の付き合いしかない。

少なくともその期間内に、
そんなことを言いたくなる「何か」が僕にあったのだろう。





本当にケチくさいエピソードだけどさ。
これは僕にとっては、
かなり大きなトピックだと言わざるをえない。




他人から見たら鼻くそみたいな話でも。

当人にとっては、

何にも代え難い、
でっかい希望に映ることだってあるんだよな。







だからね。
まだ希望を捨てないでいいと。
僕は思ったんだ。



もしこの駄文を読んでくれているあなたが、
過去の自分と今の自分にギャップを感じているならば。


希望を持ってもいいんじゃないか?と僕は伝えたい。




人は変化する生き物だけど。
どこか変わらないとこってあるんだよ。

自分では「変わってしまった」と嘆いても。


自分では見えないところに。
もしかしたら、残っているかもしれないよ。

心理学的に言えばそれは明確になっているのだけど、
僕はそんな野暮ったいことは言わない。


心の中には、
変わらない「何か」が絶対に、ある。




なんてね。


今日はここまで。

読んでくれてありがとう。

よしなに。



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