盗みの教え

盗みの教え



「物盗んだことある?」と師匠に聞かれた。

噺家になって二年が過ぎた酷暑の八月で、師匠の鞄を持ちながら要町の駅に向かっている時だった。

僕は「あぁ暑いな、今日打ち上げあったら遅くなるなぁ、でも多分打ち上げはあると想定して、肝心なのは二次会をさせないこと。あまりにハキハキ働きすぎると師匠方がご機嫌になってしまい『もう一軒行くぞ』となるため、そこそこ働こう。業務は徹底するけど愛想良すぎず生真面目に働いて、『よし、前座は今日もう良いぞ、二次会は俺たちだけでやるから』という流れが理想。できれば帰り際小遣いをもらいたい、ああ、早く二つ目になりたい 、にしても暑いなぁ」

とぼんやり考えている時の質問だったので返答に困った。
そもそも師匠が弟子に質問すること自体が珍しい、そして質問の内容が鋭角すぎる。

 物を盗んだことがあるか。

 しかし弟子たるもの師匠の考えを瞬時に汲み取り、短い返事で端的に答えなければならないのがこの世界の常識、あーだの、うーだの、ぴーだの返答の遅い者に売れる素質はない。
僕は頭を振る回転させ答えを絞り出した。


「あー、えー、どうだろー、うー、え?師匠、物、ですか?ぴー」


 最悪の返事だった。


端的さの欠片もないし「物」とは何か という一言では語り尽くせない哲学のような質問。
売れるのはまだまだ先かと思いつつ、師匠の返事を待った。

「だから、万引きしたことあるかって」

 この質問には 素早く端的に返すことができた。

「ありません」

ない。断じてない。
別にここで万引きの過去を暴露してのちオリンピックの開会式に招集されたときにこの文章が世間の目に留まり、万引きした者を開会式に参加させるとは何事だとバッシングを受け謝罪しなくてはならない事態を恐れているから万引きを否定しているのではない。本当にないのだ。

師匠は少し残念そうな顔をして、

「そうだよな。うん。万引きはな、しちゃいけないんだよ」

 どうした師匠。まさか万引きしてしまってそのことを引きずって、弟子に暴露することで赦しを乞うとでもいうのか。もしくは僕が「ありますよ」と言って「そうだよな、それくらい誰だってするよな」と晴れやかな気持ちで罪をなかったことにしたいのか。

でも僕は万引きをしたことはないし、ある、と答えて、師匠と二人で「万引きあるある」を展開するわけにはいかない。
さあ、何の告白をおっぱじめるのかとドキドキして待っていたら、

「この間、出来心演ってたろ。あの泥棒のうちの入り方、あれじゃだめだ。人の家に侵入するときは間抜けだろうがもっと警戒するし、なにか盗む時の手つきがやっぱり素人だ。万引きはしちゃいけないんだけど、例えばすっと盗ってみて、見つからないように返すとか。ああ、それもだめか。でも、盗るという感覚を腹に入れてないと泥棒の噺は良くならないよ」


芸の話でした。

疑ってごめんなさい。

この話はここで終わり。
西武池袋線に乗り込んだ。


さて、言われたことを改めて考えてみる。


経験が噺に生きるというのはこの世界の常套句。踊りを習えば所作が綺麗になるし、笛の心得があれば手真似でやってもリアリティーが増す。相撲が本当に好きな人と、そうでない人の相撲ネタは出来に雲泥の差が出るし、となると盗みを覚えれば自ずと泥棒のネタに深みが出てくる、ということになる。

ただ、やはり盗みは犯罪でやるわけにいかない。

噺のためだと主張しても警察は聞き入れないだろうし、もし本当にやろうものなら先輩方から「真に受けやがった馬鹿だね」と楽屋で延々いじられ倒されることになる。

盗みの人間の目つきや手の動きというのは確かに独特なのだろう。
そういえば師匠は楽屋のケータリングとして用意されている味噌汁パックやらお茶やらお菓子やら、実に多めに持ち帰る。

しかも人が見ていない時にすっとやる。

なるほど、あれは噺のためだったのかと拡大解釈をしつつ、さて、できる盗みがなにかないかと考えた。

答えは案外簡単に見つかった。



「あ、師匠の家のものを盗もう」


家の物と言っても現金やらお客様から頂いた有り難い楽屋見舞いではないので安心していただきたい。

師匠は料理が得意で、弟子の飯は必ず作ってくれる。最初は感謝し味わって食べていたのだが慣れた頃には、俺が来たんだから飯作れよ、と図々しくなるというのが定番。僕も弟弟子も通った道だ。

書いていて我ながらすごい。

ごはんのおかずはすべて手作りで、味玉、塩辛などが抜群に美味い。

そう、このおかず達を師匠にお断りなく持って帰ろうというのだ。
盗みなのでもちろんタッパーも師匠の家ものを使う。

そんな建前を持ちつつ、いろんなものを盗んではうちで夕飯に食べていた。

とくに梅干しが有り難く塩分が抜群に好みに合っている。あとから聞いたのだがこれはお客さんが漬けたものを毎年師匠に渡していたものなので、お客様からの頂き物には手を着けないというルールはいとも簡単に崩壊したが、まあ美味いし師匠一人では食べきれないだろうと推測して毎日ひとつずつ拝借していた。

師匠のおかずへの警戒心は緩く、弟子が食べている時に様子を見にくることもなく、頂きますと言ってからおかず拝借の時間は悠々に取れたので盗みのランクからすれば簡単なのだろう。
こちらは勉強のためにやっていることなのでできればもう少し難易度を上げてほしいくらいだが、師匠はよく 食う奴だな、とか、味玉なくなるの早ぇ、くらいに思ってはせっせとおかず作りに精を出していた。



コンスタントに盗みを覚えつつ、やがて最大の勉強の場がやってきた。


ある日師匠の家に行くと鍵を忘れて入れない。
忘れたならインターフォンを押せば良いのだが、まだ寝ている師匠を弟子の忘れ物で起こすのは申し訳ない。なんとか入ることはできないかと考えていると、これは「侵入」のチャンスなんだと気がついた。

以前弟弟子も鍵を忘れたことがあったのだが、風呂場の窓を開けて侵入するという王道かつ体育会系空き巣のやり口でこの難題を突破している。

なんせ弟弟子は北九州出身。風呂場から大胆に入る手口は彼だからこそ出来る芸当で、東京出身の僕としてはもっと華麗な手口で入りたい。

しばらく考えていると、師匠がいつも鍵をかけている場所を思い出した。窓から手を伸ばせばそこに届くのではないか。

もちろん師匠もいつも必ず同じ場所に置いておくというわけではないし、窓の鍵も閉まっているかもしれない、でもやってみる価値はある。
一か八か窓に手をかけるといとも簡単に開き、記憶をたどり右手を伸ばしてみると 、そこには鍵があった 。予想通りの展開に声を上げつつ慎重に鍵を手にして師匠宅 へ無事侵入成功。
鍵を元に戻し、掃除をしていると師匠が起きてくる、たっぷりと寝たようでご機嫌だ。やはり、早くに起こさなくて良かった。


今でも鍵を掴んだ時の右手の感覚や玄関を開けた時の高揚感を覚えている。
あの緊張と無駄のない手つきが泥棒の感覚なのかもしれない。

あれから泥棒のネタを指摘されたことはないが、少しは上達したのか、それともなにも変わっていないのか。

いずれにせよ褒めてもらえたらその時言おう、

「師匠、勉強させて頂きました」




あとタッパーは返そうと思う。

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落語協会所属、二つ目の噺家です。 HP→https://www.tachibanayabungo.com/music 日常や思い出を書いていきます。