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立庭和奈のこの言葉に響きあり 9

 敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。(戦いに負けないためには、敵の情勢を詳しく知るとともに、自分の置かれた状況をも客観的に把握しておかなければならない。) 有名な兵法家の孫子の言葉です。今日でもビジネスの現場などで用いられることが多い教訓ですが、実は幅広く人間関係の多くの場面で通用する、普遍的な法則性を説いているともいえる言葉でもあります。例えばあなたが人一倍繊細で、他人の気持ちに敏感で傷つきやすい人であるとします。そのような人は、往々にして人の気持ちを察しすぎてしまい、常に自分が何か迷惑をかけて悪いことをしているのではないかと悩んだり、もしくは人に責められている気分になってしまい、人知れず落ち込んでしまうということに見舞われます。

 今よく言われるHSP(Highly Sensitive Person)や、繊細さんかもしれませんね。しかしこれはそのまま短所であるということではありません。その人の気質であり、特徴の一つです。ただ、そうでない気質の人から見ると、「何もそんなことを思って言ったわけでもないのに。」と思われるくらいに、言葉の裏を感じてしまったり、何気ない一言に一方的に傷ついてしまうことがあるから、生きづらさを感じてしまうのですね。そこでこの孫子の言葉の登場です。この場合「敵を知り」とは「相手の性格や、意図することを正確に読み取る」ということになります。相手の言葉尻が強いからといって、必ずしも怒っているとは限りません。戦(いくさ)の場合でも同じです。敵が意気揚々としているように見えても、実際には疲れ切っているのかもしれません。そんな時に弱気になって兵を引いてしまうのは、戦況の読み間違えです。常に相手が自分を責めているのではないかと心配するのも、これと一緒で円滑な人間関係を遠のけてしまいます。

 また翻って、繊細であることに負い目を感じて、落ち込んでしまうのも間違いです。繊細であるのとそうでないのとでは、白黒はっきりするものではなく、ある範囲までは程度の問題であり、さらには繊細ながらも社会に適応できている人もいるわけです。そのような人はどんな人であるかと見てみると、ある意味、通役の技術を身に着けているといえるかもしれません。通訳とは言語や文化の違いを理解して、双方が意思疎通を図る手段です。有能な通訳者はバイリンガルであることのみならず、人の行動のバックボーンとなる、文化にまでも精通していなければならないといわれます。繊細な人がそうでない人と円滑な意思疎通を図るためにはこれと同じで、通訳者の技量-バイリンガルの能力=相手と自分の文化(この場合性格や行動規範)の違いを知ってコミュニケーションする技術を持ち合わせればよいのではないでしょうか。

 一昔前まで、アメリカ国内に住むアメリカ人は、他の国の文化を理解することが出来ないといわれました。世界帝国であるアメリカは、世界の中心であるがゆえに外国語を習得する必要がなく、それに伴い異国の文化を学ぶこともなかったのです。その結果、自分たちが何者であるのかを知る機会をも逃してしまうことにもなるのです。また最近HSPや繊細な人のことが書かれていたり、話題にされる機会が増えたように見られますが、他人の言動に動揺しやすかった人や、人の感情に自分も左右されやすかった人が、「なるほど自分はこういうタイプの人間なんだな」と、客観的に自分を知ることになる良いチャンスであるといえます。価値観やモノの見方考え方を越えてコミュニケーションする能力は、通訳の場面でも、会社経営での場面でも、およそ人と人が触れ合う場面では、必ず求められる能力です。HSPの人や繊細な人は、そのエキスパートになる道が開かれているといってもよいのではないでしょうか。

 

いつの世も 人の出会いは ゆくりなく 見えぬ糸にて 繫がれしか