Microbiome - 生態系としての人体 #3

 もちろん、それらはただ無為にうごめいているだけではない。例えば、二酸化炭素や窒素、一酸化炭素を含んだ原始の大気に、私たちが生きるために必須の遊離酸素を供給し、さらに紫外線を防ぐオゾン層で地球全体を覆ってくれたのは、細菌たちが数億年もの年月をかけて光合成をしてくれた結果だ。仮に細菌が地上から姿を消し去ってしまったらどうなるだろうか。感染症の撲滅に取り組む一部の医者にとっては朗報かもしれないが、その負の影響は、哀れなヨーグルト業者やワイン農家を破綻に追い込むだけには留まらない。植物が栄養源としている土壌の硝酸塩やアンモニウム塩、リン酸塩や硫酸塩の産生が止まり、動物の死骸は腐敗することなく放置され、餌を失ったプランクトンが死滅することによって海中の食物連鎖も崩壊する。それどころではない。実は、あなたがあなたでいることさえできなくなる。それが本書の告発するテーマである。すなわち、あなたという存在は、ヒトの細胞と無数の微生物が密接不可分に融合して成り立つ一つの生態系なのである。

 人体に存在する微生物たちが織り成す生態系を総称して、マイクロバイオームという。宇宙から深海にまで遺憾なく適応力を発揮する微生物にとっては、あなたの身体も例外ではなく快適な住環境なのだ。微生物たちは、今日もあなたの皮膚の上を元気に動きまわっては毛根の中に頭を隠したり、涙や唾液の中を泳いだり、胃酸に追われて粘液の中に逃げ込んだり、腸の中に投げ込まれる食べ物を集団で待ち構えたりしている。つまり、「地球を覆う生物圏の膜」(エドワード・O・ウィルソン)によって、私やあなたも覆われている。近年の生物学の進歩によって、細菌、古細菌、ウイルス、菌類、原生生物といった微生物が、人体において複雑な生態系を成していることが明らかになってきた。

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