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Cognitive enhancer(認知機能改善薬)とは?頭を良くするために科学者が真剣に研究している5つの方法 #1

 いつも「Intellectual giftedness – 才能についての科学」や「Microbiome – 生態系としての人体」にお付き合い頂き、ありがとうございます。いずれも今後いっそうマニアックさを増していくマガジンとなっておりますが、今回は閑話休題です。

 たまには、サイエンスに関わる最先端の研究から美味しいところだけをすくい取って、皆様の人生に役立つライフ・ハックを提供できればと思い、ノートを書いています。どうしてサイエンスがこうも面白いのか?最先端のサイエンスに触れることは、今から10年先の皆にとっての「常識」を先取りすることと同じだと思っています。サイエンスは、僕たちにとっての「世界の見方」を大きく変えてきました。地球は丸いのか?平らなのか?健康とは何か?病気とは何か?目には見えない小さな世界に何がいるのか?知能とは何か?サイエンスを理解すると、見える風景が全く変わってくるのです。

 と、硬い話はここまでにしておきます。

 今日のテーマは、「頭を良くするために科学者が真剣に研究している5つの方法」です。

 「能力の違い」に関する話題は、どんな時でもすぐに僕たちの関心を引き起こします。書店には能力開発に関する自己啓発本がいつも山積みです。どうしてこの話題は、これほどまでにデリケートなものと捉えられ、いつも社会的な関心を集めるのでしょう?

 結局のところ、僕たちは「考える主体」です。頭で「理解」できること、その認識能力の限界を超えて物事を「経験」することはできません。そして現代は、産業が非常に高度化され、コンピュータなどのテクノロジーが溢れています。そのため、いわゆる「頭の良さ」が、収入や社会的な地位といった人生の豊かさに対してかつてないほどの影響を与えています。

 「Intellectual giftedness」では生得的な高知能について紹介しています。しかし、実は人の「頭の良さ」とは決して生まれつきに固定されているものではなく、訓練や環境によって大きく変化します。そこで、僕が論文データベースから集めた、「頭を良くするために真剣に研究されていること」の中から注目すべき5つの方法をご紹介します。

 エビデンスはすべて英語の原著論文です。あまりインターネット・ニュースなどでは手に入らないディープな情報となっていると思います。

 今日からできる手軽な方法から、禁断の「頭を良くする薬」や「頭を良くする機械」まで、幅広く集めました。どうぞお楽しみ下さい。

 * あくまでもデフォルメされた読み物とお考えください。特に後半にはスマート・ドラッグ、経頭蓋直流電気刺激を取り上げる予定ですが、これを使用したり、購入したりする際には自己責任でお願いします。

1. 脳が成長する過程を知る

 頭を良くする方法を探求する前に、脳がどのように出来上がっているかを見てみましょう。

 昔から、多くの人が「頭の良さ」とは生まれながらに決まるものであって、「大脳」の発達も子供時代までにほぼ完了してしまうものだと信じてきました。実際に、大脳の重さや形だけに注目すれば、その約9割は10代の初めまでには完成します。そして、科学者たちも単純に、脳みそは大きければ大きいほど良いと考えていた時代がありました。しばしば引き合いに出されるものが「骨相学」です。頭蓋骨の形や模様などから、頭の良さや時には人格までを推し量ろうとしていたのですから、驚きです。

 でも脳の出来上がる道のりは、そこまで単純ではありません。

 大きさや形といった見かけ上の違いよりも、もっと大事なものがあります。それは、脳の内部で神経細胞がどのように繋がりあっているのか?という神経回路の発達です。

 よく言われるように、神経細胞の分裂はほとんどが子供時代までに完了します。大人になってからも脳室下帯と言われる特別な場所で神経細胞の分裂は続きますが、その割合は大幅に低下します。けれども、実は細胞の数よりも、神経回路がどれだけ成熟して形成されているかという点のほうがよっぽど重要なのです。ご存知の通り、神経細胞は電気と化学物質の組み合わせによって情報をやり取りしますが、その電気が伝わるスピードは「ミエリン化」という仕組みによって大幅に上昇します。また、神経と神経の繋がりの「刈り込み」といって、頻繁に使われる回路がより素早く動作するような最適化の仕組みが働きます。

 脳の中でも運動や感覚などの「原始的な機能」を担う部分は早く完成します。けれども、感覚からの情報を統合して複雑な判断を下すといった「高次な機能」を担当する部分が完成するのは、実は大人になってからなのです。

 そして、この神経回路の精密さこそが、頭の良さと関連していると言えます。

 それでは、どうすれば神経回路の発達を促すことができるのでしょうか?

 こうした仮説に対して、動物による実験が数多く行われてきました。科学者たちはまず、環境からの学習が全くなければ脳はどうなるのか?を検証しました。マウスには気の毒ですが、周囲からの刺激がほとんど遮断された独房をイメージして下さい。もし、脳が成長する過程が遺伝子によって予めプログラムされているのであれば、環境からの刺激がなくても、時間が経った後の大脳は十分に能力を発揮できるはずです。

 そこで、真っ暗闇であったり、音が遮断されていたりする環境でマウスを育てました (感覚遮断実験)。するとどうでしょう?光や音といった刺激から隔絶された環境で育ったマウスは、「見たり」「聞いたり」する能力を獲得することができませんでした。更に、こうした「物理的」な刺激だけでなく、「社会的」な刺激についても研究されました。考え方によっては更に気の毒です。マウスは生まれた直後に「親」から分離されたり (母子分離実験)、仲間のいない孤独な環境で育てられたりしました。結果はご想像の通り。親からの愛着を奪われたり、同胞から隔離されて孤独に育ったりしたマウスは、やはり認知機能を十分に発達させることが出来なかったのです。

 それでは、不幸にも刺激に乏しく、環境にも恵まれない幼少期を過ごしてしまった場合、脳の機能については妥協して生きていかなければならないのでしょうか?

 実は、ここからが重要なポイントです。

 神経回路はダイナミックに変化し、環境に適応します。これを「可塑性」といいます。だから、仮に両親の愛情が足りなかったり、経済的に貧しかったりしても、その逆境を乗り越えて頑強な神経回路を作り上げることは可能です。学習すること、すなわち神経回路を発達させることは、大人になってからも十分に間に合うのです。親から分離されて育ったマウスも、その後に愛情深い育ての親に巡りあうことが出来れば、他のマウスと同じくらいにまで脳を成長させることができました。当初の養育環境がストレスに満ちたものであっても、ストレスのない豊かな環境に移し替えられたマウスは、大脳の大きさや重さを著しく成長させ、濃密な神経回路を手に入れたのです。

 つまり、大きすぎるストレスは、脳の働きや発達を抑制してしまう負の側面があります。しかしながら、脳には可塑性があるために、学習や経験によって神経回路を作り替え、成長することが出来るのです。

 ですが、ご注意を。この結論は人間で厳密に証明されているわけではありません。「幸福の種類は一つでも、不幸は人の数だけある」と嘆かれる通り、マウスに比べて、人間の一生は非常に複雑です。「人は逆境を乗り越えて成長できる」という命題があったとして、それを科学的に証明することは恐らく困難でしょう。しかしながら、この命題が「真」であることを僕は信じていますし、それで十分なのです。きっと。

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